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夜。
屍のように動かないリリは初めて見た。
『大変だったみたいだな』
『…………フロストさん、あれから一時間ずっと私のこと撫でまわしてて』
そりゃ大変だとオレは笑うと、リリは不服そうに頬を膨らませ睨んでくる。
同じ顔、同じ背格好なのに、こうして見ていると全然違う。
前置いたから理解できて当然とはいえ、それをフロストが分かってくれたのは少しだけ嬉しく思えた。
『んで、結局あの後どうなったんだ?』
『私たちに対して敵対することはしないでくれるって。時間もなかったから、それしか聞けなかったけど』
オレとリリはリリアという人間の体を共同で使っている。
今こうして話している精神世界にいる間であれば、言葉を介さず対話することができ。
どちらかが外でリリアをしている最中も、ここから声をかけることで会話もできる。
その一方で睡眠、自覚的な意識の喪失中はそれらは共有されない。
本当に眠っている時と同じことが起こるため、隠し事があればその時間で済ませるのが暗黙の了解だ。
この仕組みの欠点は二つ。
一つは思考の共有はできないので、相手が何を考えているのかは分からないこと。
そしてもう一つは、感情だけは相手と同様に自分も発生してしまうことだ。
『良かったじゃねぇか。年上の同性に甘えられて』
『…………っ!リア、また私の感情を盗んだでしょ!?』
こんな風に、存外に甘やかされるのも悪くないと思う、そんなリリの照れも分かってしまう。
『オレの記憶を勝手に閲覧してんだ。文句を言われる筋合いはないね』
『今度、ミカエラさんに昔のレクスは大量の恋文を投げ渡してたって言っちゃおうかな』
『だぁぁぁあ!?それはおまっ、掘り返すの禁止って言ったろ!?』
『ふーんだ。私のことで揶揄うのが悪いんだよ』
『…………恋愛小説の濡れ場で顔真赤にしてたのフロストにチクるか』
『ななな、なんでそんなことするの!リアの意地悪!!』
だから、二人の間には隠し事は通用しなかった。
その場その時どう思ったのか、言わなくても受け取れてしまう。
リリアという体に共存するからこそ、二人の関係は少しだけ他とは違う。
『…………ひとまず、外堀は概ね埋められた、のよね?』
『…………そう、だな。レクスの一番弟子と聖騎士を味方につけられたんだ。どっちかに邪魔されるってのは考えなくていいだろ』
精神世界で取っ組み合いをしたあと、オレとリリは何も言わず会話を元に戻した。
お互いがお互い様だと思う時は、何も言わず何もなかったことにする。
特段話し合って決めたわけではないが、それでもこれも二人にとっての暗黙の了解になっている。
『これでやっと、いやまだ他にも懸念事項は腐るほどあるが。それでも身近にある危険は排除できたって考えていいだろうな』
『リアはもう少し、前世の自分のことを覚えててほしいな…………』
『覚えてはいるんだけどな。思い出せないだけで』
『それ余計に質が悪いと思うよ』
とりあえず、今の状況は下記の通りだ。
レクスは奥手だが、誤った知識で暴走する恐れあり。
ミカエラはレクスの顔ファン。
フロストは小さい女の子が好き。
『地獄だろこれ』
『で、でも!リアの邪魔はしてこないから!』
そういう問題なのか?
思わずそう言いそうになったが、そんなことしても現実は変わらないので話を進める。
『このなかだと、一番話が通じるのはミカエラか。単なるレクスの顔ファンってだけで、一応は聖騎士の職務は真っ当してるわけだし』
『別にフロストさんもサボってるわけじゃないけどね』
フロストの場合、関わる度に撫でまわされる可能性があるので除外すべきだ。
直接的な危害があるわけではないが、シンプルに鬱陶しい。
『それで、どうするの?ミカエラさんとレクスさんを恋仲にするとか?』
「魔王」と聖騎士のカップルとか、あらゆる方面から怒られかねない事案なのだが。
『無理だろうな。顔ファンってことは、アイツはレクスの内面を知ってるってことだ。流石にあの性格を知って恋愛感情を抱けるほど夢見がちじゃねぇだろうし』
『…………』
何か言いたそうにリリがオレを見るが、感情では読み取れないので無視する。
『現実的なのはレクスの本性を知らず、なおかつ顔面のいい男に弱い女を見繕ってもらうことだな。弟子たちの中から選ぶのも手だが、下手な優遇は不和を招いて問題になりかねない』
こういった紹介からの見合いは、当事者の性格を考慮しきれていない場合が多い。
だがしかし、今回に限れば問題ない。
なにしろレクスはオレだ。
天地がひっくり返っても性格を読み間違えることはない。
『気になってたんだけど』
『何がだ?』
『レクスさん、よくリアの言うこと聞くよね。いくら求婚した相手だからって、そんなホイホイ納得できるの?』
『そりゃ、リリアが可愛いからな』
さっくりと断言するオレに言葉を失うリリ。
リリはオレがレクスだった頃の記憶の大半を見ている。
だが、記憶だけでは分からないことのほうが多い。
『客観的に今の状況を見れば、思わず求婚したくなるような美少女が、見返りも報酬もなく自分に奉仕してくれてんだ。大人ならまだしも、リリアはまだ十四歳。警戒するほどの年齢でもねぇ』
レクスという人間は、周りが思ってるよりもずっと単純で、寂しがり屋だ。
あんな別館に引き籠ってる割に、人と関わり話したいと思っている。
だけど無理やり話しかけにいって、嫌われたらどうしようとも思っている。
『目的がある。好意か悪意か分からんよりも遥かに納得できる動機だ。自分のためにしてくれるっていう大義名分としてな』
だからまだ、レクスは浮かれている最中にあるはずだ。
オレが別館に押しかけた際も、強く拒否しなかったのが何よりの証拠。
初対面から今までで、リリアという人間はレクスにとって特別な一人になりつつある。
『今のオレの言葉なら、レクスは必ず応じてくれる。あの手の孤高キャラは相応に、一度心を許した奴に弱いんだよ』
クックックッ、と悪い顔で笑うリアを見てリリは思う。
(その言い方だと、一番脈があるように見えるのってリアなんじゃ…………)
当然、そんなことは口に出せるわけもなく。
不意に脈打った心臓の音に、リリは思わず首を傾げるのだった。




