05.お弁当
朝から郁美にちょっかいをかける遼介。
それを回収する葉月という構図が、ここ一週間で着実に出来上がっていた。
四時間目の終了と共に遼介が教室を駆け出していくと予想する葉月。
彼女は、授業時間の残り時間が十分を切ると遼介捕獲の準備を始める。
足首を回して上履きを体育館シューズに履き替え、今日こそは一年C組の教室にたどり着く前に確保しようと意気込む。
「では、少し早いですが今日はこれで終わりましょう」
「さすが先生、話がわかるぅ」
「康司くんだけ特別に時間延長してあげましょうか?」
「それは全力で遠慮させてもらうぜ」
国語教師と康司のやり取りに、クラスメートたちが笑い、一気に授業中の静かな空気を吹き飛ばす。
苦笑しながら国語教師が廊下に出たタイミングとほぼ同じタイミングで葉月は廊下に出る。
次の瞬間に廊下に飛び出してくるであろう遼介に飛び掛かるため、彼女は身構える。
ポツリと一筋の汗が葉月の頬を流れ、緊張の糸が張り詰めるが、遼介の姿は出てこない。
代わりに昼休みを過ごすためにクラスメートどころか他の教室から生徒が廊下に溢れかえっていく。
「……なんで遼介が出てこないのよ」
不満を口にしながら葉月が教室を覗き込むと、遼介はゴソゴソと何やら準備をしているようだった。
「鳴沢、何やってんだ?」
「これか? これは秘策というヤツだ。将を射るにはまず馬を、とか言うだろ。つまりそういうわけだ」
「何がそういうわけなのかさっぱり分かんねーっての」
自信満々の笑みを浮かべる遼介。
どう反応するべきか分からず、曖昧な表情で応じる康司。
遼介は机の上に円柱状の物体をドンと置く。
「……なんだ、それ?」
「フフフッ、これが秘策の要よ。これが何か悩め、悩め。俺は花園へ出かけてくるぜ! 郁美の下へ!」
「チッ! タイミングを外された! 待ちなさいって、遼介!」
遼介が取り出した物体に意識を向けていたため、葉月は彼がダッシュして教室を出ていく動きに反応できなかった。
遠目には軽やかなスキップをしている様に見える遼介。
実際は超高速移動しており、残像でスキップしているように見えるだけという不気味な移動術を駆使して、彼はあっという間に一年C組に辿り着く。
「待たせたかい?」
「「「「「待ってません!」」」」」
声を掛けながら教室に現れた遼介に対して、教室にいた全員が即座に拒絶の言葉を返す。
だが、遼介は胃に介すことは無く、ズカズカと教室に入ってくる。
彼の奇行に少し慣れたのか、郁美の表情から若干恐怖心は薄れていた。
彼女の仲の良い友だち二人にいたっては、どこか悟ったような表情をしていた。
「で、先輩、なんのようなんですか? 私たち今からお弁当なんですけど」
「当然、郁美と一緒に食べるんで、先輩の出番ないですよ」
「フッフッフ、今日の俺は一味違う。何故ならば、コレがある」
買い物のときに主婦が腕にカゴをかけているような感じで、腕にかけていた円柱の物体を高く掲げる遼介。
教室にいた全員から冷たい視線が注がれる。
「お、お弁当ですか?」
「さすが郁美! 俺のことわかってるな!」
おずおずと告げられた郁美の言葉。
遼介は正解者にオーバーアクションで応じるクイズ番組の司会者のように動く。
ひと呼吸置いてから、ドンとそばの机に円柱の物体を置く。
それは保温も出来るタイプの三段重ねの弁当箱だった。
鼻歌を歌いながら広げていく遼介。
周囲の視線は彼にではなく、彼の広げるお弁当に向けられる。
から揚げ、玉子焼き、ポテトサラダ、スパゲッティなどなど、人気のあるおかずが二段にぎっしりと詰め込まれ、三段目には色鮮やかな握り飯が並ぶ。
あまりの豪華さに教室のあちこちから唾を飲む音が聞こえる。
「こ、これってどーしたんですか?」
お弁当に視線を釘付けにしたまま友だちのひとりが訊ねてくる。
遼介は口にバラを咥えてポーズをとる。
「もちろん、俺が作った。つまり、愛情弁当だ。愛というのは最高の隠し味なのだよ」
「いや、隠し味がどうこうはどーでもいいんですけど、めっちゃおいしそう……」
「ふ、安心したまえ。こんなこともあろうかと取り皿は四人分用意しているのだよ。一緒にお弁当タイムとしけこもうじゃないか」
郁美とその友人に取り皿を渡すと、遼介は近くの机を彼女たちが使っていた机にくっつける。
三人は視線でどうするべきかやり取りをするが、お弁当の魔力に負けてしまったのだろう、遼介を追い払うことが出来なかった。
「っは、なにこれめちゃうまい!」
「このから揚げもおいしー。なにこれ、うちのお母さんが作ったのぜんぜんダメじゃん」
「ふはははっ、どーだ。おいしいだろ。俺の愛情がたっぷりだから」
「いや、先輩の愛情はいらないんで、愛情無しでお願いします」
同じ釜の飯を食うとでもいうべきか食事が始まって五分も過ぎた頃には郁美の友だち二人と遼介はすっかり打ち溶け合っていた。
プロ顔負けの味に舌鼓をうちながら冗談を言い合っている。
「おいしい……」
物怖じしない友だち二人を羨ましがりながら郁美はふわふわの厚焼き玉子を一口食べる。
まるでケーキのような食感と甘すぎない味が彼女の口に合う。
おずおずではあったが次第に郁美の箸が遼介のお弁当に伸ばされることが多くなっていった。
和気藹々とした雰囲気が四人を包んでいった。
「遼介の……お弁当……」
入り口で眺めていた葉月はポツリと呟く。
共働きの両親を少しでも楽をさせたいという優しい遼介は家事全般を熟練した主婦並にこなす。
中学のとき、彼が宿題で提出したエプロンは既製品と間違うほどの出来で、教師を驚かせていた。
それだけでなく、料理の腕も凄く、調理実習のときは彼と同じ班になりたがるクラスメイトが続出したため、毎回くじ引きになったほどだった。
中学の頃までは葉月もよく口にしていた遼介の手料理。
高校になって遼介を余計に意識するようになり、葉月は自然と彼と疎遠になっていた。
葉月が最後に遼介の手料理を口にしたのはいつだっただろうか。
「折谷、いつまでそこで睨んどくつもりなんだ? 羨ましいなら一緒に食わせてもらえばいいんじゃね」
「う、うらやましくないわよ。ぜんぜん、うらやましくないわよ」
背後から蹴られた声に脊髄反射で答える葉月。
その姿に声をかけた康司が失笑する。
「しっかし、遼介も大盤振る舞いだな。伝家の宝刀を持ち出したって感じだな。っと、忘れるとこだった。ホレ、どーせなにも買ってないんだろ」
急にぽんぽんぽん、と投げ渡される物体を難なく受け取る葉月。
確認してみるとそれは購買の人気商品でカフェオレパンと野菜サンドにウーロン茶。
「これ、どうしたのよ?」
「恩を着せとくのも悪くないって思ってな。購買の強者を相手にゲットしてきてやったぜ。苦労したんだから感謝して味わって食えよ」
「……ありがと」
「それくらい、鳴沢にも素直になればいいのにな、折谷も」
「――っ!」
葉月は一瞬で頬を染め上げる。
恨みがましそうに康司を睨みつけるが彼はニヤニヤと笑いながら教室に入っていく。
「鳴沢、俺にも少し味見さしてくれよ」
「フフフッ、仕方ないなぁ。俺の料理も詰みすぎるなぁ」」
躊躇なく遼介に声をかけた康司の姿に葉月は絶句してしまう。
遼介は、どこから取り出したのか追加の紙皿にテキパキとオニギリとオカズを盛り付け、割り箸を添えて康司に手渡す。
ギリギリと奥歯を噛み締める葉月。
人を殺せそうなほど殺意の込められた視線で、彼女は五分ほど康司を睨みつける。
しかし、近づくことは出来ず、葉月は肩を落とすとトボトボと自分の教室に戻るのだった。




