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【完結】惚れ薬で暴走する幼馴染  作者: 橘つかさ


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02.惚れ薬

 授業終了のチャイムが構内に響き渡る。

 黒板に数式を書き込んでいた中年男性教師は自分の仕事が終わったと言わんばかりにチョークを手放す。

 板書の説明も切り上げ、学級委員の号令が終わると、そそくさと教師は教室を後にする。

 職務怠慢だと彼――鳴沢遼介は口には出さずに呟いた。


「しっかし、まだ夏じゃないのに暑すぎじゃね?」


 遼介はカーテンの隙間から外を眺めながら呟く。

 窓際席ということもあり、カーテン越しの熱気に晒され、シャツにはじんわりと汗が滲む。

 遼介は椅子の背にもたれ掛かりながら、スマホで時間を確認する。

 次の授業まであと八分。

 校舎二階の端にある教室――ココから一階の校舎中央にある渡り廊下に設置された自販機までは約二分。

 飲み物を購入して戻ってくるだけの時間は十分にあった。

 遼介は次の小遣いまでの日数を考えて少し躊躇するが、諦めて席を立つ。

 タッチ決済の残高に幾分か余裕があったからだ。


「鳴沢、ちょっと待て! オレに救いを!」

「なんだよ、康司。用があるなら後にしてくれ。飲み物買いに行きたいんだよ」


 遼介は肩を掴まれて嫌そうに背後を確認する。

 悪友の狩野(カノウ)康司(コウジ)が彼の予想通り切羽詰った顔をしていた。


「二階から渡り廊下まで二分もかかんねえだろ。頼――」

「『頼む古典のノートを貸してくれ。今日、絶対当てられるんだ!』だろ」

「おお、さすが心の友! よくわかってる!」

「つーか、たまには予想外のことを言ってくれよ」


 ため息をつきながら遼介は素直に古典のノートを康司に差し出す。

 下手に言い争っても無駄だとわかっているからだ。

 もみ手をしながら康司は笑顔で大切そうにノートを受け取る。

 どういうわけか康司の『今日は先生に当てられる』という直感は、未来が見えているのかと訊ねたくなるほどの的中率を誇っていた。


「狩野、当たるかどうかわかってんなら予習くらいしてきなさいよ。いつもいつも遼介に頼りっぱなしじゃないの。そんなんじゃ将来苦労するわよ」

「仕方ないだろ、時間は有限だから、やりたい事に優先順位を付けてやっていくしかないんだからさ」


 突然横からかけられた声に康司はヘラヘラしながら答える。

 遼介が視線を向けると、彼の予想通りに幼なじみの女子生徒――折谷(オリタニ)葉月(ハヅキ)が立っていた。

 彼女は腰まで伸ばしたストレートの黒髪に整った凛々しい顔立ち、スレンダーな体つきから猫ぽいと揶揄する生徒が多い。

 遼介もそんな評価を耳にしているが、彼にとっての葉月は世話焼きな妹のようなもので、容姿がどうこうと考えたことすらない。いや、考えようとも思っていなかった。


「ちっ、やはり出やがったな、折谷! オレと鳴沢の仲を邪魔するというのか!」

「な、なに変なこと言ってんのよ! 私は遼介に迷惑をかけるなって言ってるのよ!」


 バチバチと火花を散らしてにらみ合う二人。

 いつも通りの展開に、遼介は思わずため息をつく。

 彼が横目でスマホの時間を確認すると残り時間は六分。

 自販機まで往復するには少し心許なく、飲み物を買うのを諦めようかと遼介は考えるが、そう考えると無性に喉が渇いているような気がしてしまう。

 遼介は、睨み合う二人の死角にソッと移動すると、一階の自動販売機に向かって走り出す。

 ワンテンポ遅れて背後から聞こえてくる声を無視して、遼介は一目散に自動販売機に向かうのだった。


***


 遼介が校舎一階の渡り廊下に設置された自販機に辿り着いたとき、休み時間も残り少なく生徒の姿はなかった。

 他に生徒がいないことに遼介は、小さくガッツポーズをしながら、自販機に駆け寄る。


「……ペットボトルで買うほどじゃないよな」


 ペットボトルを避けて数十円をケチる事を正当化するためか。遼介は呟く。


「……気のせいか」


 ふと視線を感じて、遼介は周囲をキョロキョロと見渡す。

 渡り廊下から見える中庭に特に変化はない。

 強いて言うなら、若干手入れが行き届いていない背の低い植木があるくらいだった。

 好き勝手に枝を伸ばしてボサボサになっている箇所があった。

 違和感に目を細める遼介だったが、本来の目的を思い出して、自販機に向き直る。


「っと、休み時間が終わっちまう。お茶にするか炭酸にするか迷うな。こういう場合は……」


 遼介は緑茶とコーラの二つのボタンに指を乗せる。

 ふぅ、と息を吐きながら彼は瞳を閉じると、全神経を指先に集中させる。


「せい!」


 遼介は気合を入れて二つのボタンを押す。そして素早くスマホをかざしてタッチ決済を完了する。

 ワンテンポ遅れてガコン、と缶の音が後に続く。

 遼介は自販機を見ないようにして、ドキドキしながら缶を取り出す。

 取り出し口から出てきたのは赤い缶だった。


「……コーラか。何故かこうなるとお茶を飲みたくなるから不思議だよな」

「遼介、早くしないと休み時間終わるわよ!」

「ああ、分かってるよ」


 いつの間にか渡り廊下に駆けつけた葉月が、渡り廊下の入り口から遼介に声をかける。

 彼女の腕には、青い顔で必死にタップし続ける康司の姿があった。

 これもいつもの光景なので、遼介は特に気にしない。

 スマホで残り時間が三分ほどしかなく、遼介は缶コーラを飲むべきか考える。

 この残り時間で缶コーラを全部飲み切るのは少し難しい。飲み残した缶コーラは三十分も過ぎれば、炭酸は抜けきり、生ぬるい甘ったい液体に変わってしまう。

 でも、最初の数口は、冷たさと喉を潤す炭酸は絶対美味い。

 遼介は一瞬だけ逡巡した後、意を決してプシュとプルトップで缶コーラの蓋を開ける。

 そして、腰に手を当て一気に冷たいコーラを喉に流し込――


「――! ブハッ! ゲホッ、ゲホッ! ……なんだ、これ」


 遼介が反射的に咳き込む。

 彼の口の中は、甘さと酸っぱさと苦さが混沌とした凄まじい味が広がっている。

 彼が涙目になりながら、手にしている缶を見ると『惚れ薬・情熱の赤』と白抜きの文字が躍っていた。


「なんだよ、これは……」


 遼介は口元を押さえながら、渡り廊下の横にある側溝に駆け寄り、缶を傾けてみる。

 とろみの付いた紫と緑の混じった液体がドロドロと流れていく。


「ッペ! 種類を入れ間違ったってレベルじゃないだろ……」


 口の中に残っていた液体を吐き出しながら、遼介は自販機のラインナップを思い出す。

 当然、こんな怪しい商品はない。

 得体の知れない物を口にしたという事実に呆然としてしまう遼介。

 遼介のただならぬ気配に、葉月は康司を解放して彼に駆け寄る。


「あ……ががが……!」

「りょ、遼介! ほ、保健室に行こう!」


 喉元を押さえながら、うめき声を上げ始める遼介。

 それを見て、葉月は顔を青ざめさせながら、彼の腕を引く。

 葉月に腕を引っ張られた瞬間、遼介の揺れる視界の中で揺るがない存在があった。

 それは渡り廊下の入り口付近を歩く一年生の女子生徒の姿だった。

 ドクン、と遼介の鼓動が高鳴る。

 遼介が今まで感じたことのない感情が、胸の内側から溢れ出してくるようだった。

 突然、銅像の様に動かなくなった遼介に、葉月は訝しげる。

 柳眉を寄せながら、彼の様子を確認すると、ぶっきらぼうな彼の顔がわずかに赤い。

 まるで根が張っている様に動かない彼を必死に引っ張っていた葉月だったが妙に赤い顔をした遼介の表情に眉を寄せる。


「……好きだ」

「へ、あ、いうえあ。い、いきなり!」


 ポツリと遼介の口からこぼれた一言。

 葉月の顔が一気に赤くなり、両手を振り回して慌て始める。

 今にも湯気が出てきそうなほど赤くなった頬を葉月は両手で押さえる。


「好きだから! たまらない! 思い立ったが吉日だ!」


 まるで疾風のように駆け出す遼介。

 呆気にとられる葉月。

 遼介は一年生の女子生徒に駆け寄る。

 異変に気づいた女子生徒はおびえた表情で遼介を見る。


「貴女が好きだ! たった今、運命の鐘が鳴り響いたんだ!」

「だ、誰なんですか」

「俺か? 俺は鳴沢遼介さ」


 キラリ、微笑む遼介の歯が輝いた。

 それは普段の彼を知っている葉月には考えられない姿だった。

 ガラガラと頭の中で何かが崩れるような音を葉月は聞いた。


「鳴沢のやつ、突拍子なことするなー。あのスカーフの色から一年かな。文系ぽい可愛い子だけど、いきなり愛の告は――ブベッ!」


 反射的に繰り出された右ストレートが康司の頬を打ち抜く。


「嘘でしょ! こんなの嘘に決まっているわ! 遼介が女子に気安く声をかけるなんてあり得ない!」


 葉月が康司の胸元を締め上げながら叫ぶ。

 半分意識を飛ばしながら、康司が必死に葉月の腕をタップしていると、身体に草や木の枝を着けた――お手製のギリースーツを着た長身装具な人影が渡り廊下に飛び出してきた。


「成功じゃ! コレで儂もモテモテじゃ! あの頃の青春が! 情熱が再び蘇るのじゃ!」


 ギリースーツを脱ぎ捨て、小躍りする白髪の老人。

 老人は歓喜の涙を流していた。

 次の瞬間、葉月は血走った眼を老人に向ける。


「アンタが原因かぁぁぁ!」


 老人と五メートル以上離れていたはずなのに、葉月の飛び膝蹴りが老人に炸裂する。

 老人は水平に吹き飛ばされて中庭の植木に突っ込む。

 それを即追撃する葉月。

 状況に置いてきぼりにされた康司は、後に鬼を見たと語った。


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