03 グルーピー
「ビンゴでしたよお、瀬崎さん」
閉店後のバックヤード。デスクチェアに座った灰谷が、ローテーブルの上にファイルを広げる。俺と葛原は二人並んでソファだ。本来なら客人にこちらを進めるべきなのだろうが、そうすると俺か葛原どちらかの座る場所がなくなるし、この男にそこまでの敬意を払う必要も感じない。
灰谷自身もそんなことは全く気にしていない素振りで、嬉々としてファイルを捲っていく。
「バンド名がわかっていれば、調べるのはそこまで難しくありません。ユージーン。1977年に結成された日本のバンドですね。70年代初頭のハード・ロックやプログレッシブ・ロック……ディープ・パープルとかキング・クリムゾンとか、そこらへんの影響を受けているバンドだったようです」
透明なファイルケースには、雑誌やなんかの切り抜きや分厚い紙の束が、ぎゅうぎゅうに押し込まれている。それら一枚一枚を灰谷の指がすばやく捲っていく。
「解散は80年。ちょっとの間しか活躍しなかったバンドのようですねえ。解散するまでに、二枚のアルバムを出しています。ただ、お聞きした『ネクローシス』というアルバムは……調べても、そもそもリリースしたという記録が出てきません」
「でも、俺たちは本当に……」
思わず体が前のめりになる。
『ネクローシス』が調べても出てこないことくらい、俺たちだって確認済みだ。
第一、あの男に聞いたとおりのアルバムなら一般に流通するわけがない。だからこいつにリサーチを頼んだというのに。
まあ待ってください、と灰谷が手を止めずに笑った。
「瀬崎さんの言うことを信じてないわけじゃありません。この前お話したときの印象からして、そんな愉快犯みたいな嘘をつくような人じゃないでしょ? 私だって、こんな面白そうなネタ、みすみす見逃すわきゃありません。だから色々と調べたんですよ。さっき“ビンゴ”って言ったでしょう」
灰谷の指が、ようやくあるページで止まる。音楽雑誌の切り抜きらしい。髪の長い若者四人のモノクロ写真と、「ユージーン」の見出し。
インタビュー記事のようだ。
「これは79年に行われたインタビューです。現在での評価はともかく、当時はそこそこ受けていたみたいですね。こうしてインタビューも組まれるくらいですから。とは言ってもメジャーデビューには程遠く、小さなライブハウスで地道に評判を集めているという状況だったようですが……」
俺は頷いた。よくある話だ。
コツコツと名前をあげている若手の有望株を雑誌で取り上げ、露出の機会を増やす。
今よりもずっと、「ロック」というコンテンツが一般の人々にとって身近で切実だった時代だからこそ、ありえたこと。
だが、これの何が「ビンゴ」なのか。
俺の顔色を察したのか、「話はこれからだ」と言わんばかりに灰谷が手を振る。
「ここ。ここ見てください」
俺は葛原と顔を見合わせた。
葛原は不安そうな顔をしている。灰谷が来てからずっと居心地が悪そうだ。
「いけ好かないオカルトライターに相談する」という俺の案に賛同はしたものの、どこまでこの男を信用していいものか図りかねているんだろう。
少なくとも、「耳」のことだけは絶対に話さないでほしい。灰谷がここに来る前、葛原は俺にそう言った。言われなくても、そのつもりだった。
二人そろって、灰谷が指さす箇所を覗きこむ。
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――「ユージーン」はライブパフォーマンスも素晴らしいですよね。
(羽山)ええ、ありがたいことに。最近はお客さんも増えてきて。本音を言えばもっと大きいハコで、でかい音でやれるといいんですけどね。
(木崎)前は男ばっかりだったんだけど、結構女性客も増えてきたんですよ。やっぱりいいっすよね、観客に女の子がいるって。
(山井)何回も繰り返し来てくれてる子もいて。そういう子からライブ終わりに「お疲れ様です」なんて言われると、こっちも嬉しいですよね。
――男性ばかりより女性がいたほうがモチベーションも上がる、と?(笑)
(木崎)そりゃそうですよ!全然違いますって!(笑)
(羽山)(笑)まあ、それは冗談ですけど。どんなときでも、そのとき自分たちが出せる最高のパフォーマンスをしたいと思ってます。
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いま出したら色々問題になりそうな内容の記事だ。それは置いておいても、これの何が重要なのかさっぱりわからない。
俺たちが顔を上げると、灰谷はもう一枚ファイルを捲った。
「その問題のジャケット画像……被害者は女性だったんですよね? だったら、バンドの周囲にいる女性の中の誰か、という可能性が高くないですか? それも、手にかけたところで後腐れのない存在。ビジネス上で関わることはなく、社会的立場もないことから消えても誰も真面目に探さない。本人は居場所のない寂しさからロックバンドに異常なまでに傾倒し、バンドメンバーが声をかければ、ほいほいとついて来る。そんな扱いやすい女性。つまり……グルーピーです」
灰谷が捲った先には新聞記事の切り抜きがあった。小さな記事だ。
「若槻香夏子という女性が失踪した、と書いてあります。ユージーンのライブを観に行った帰りに。この女性、どうもユージーンが大好きで何度もライブを観に行っていたらしい。どうです、怪しいと思いませんか?」
にやりと笑うと、胸ポケットからタバコのケースを取り出す。すかさず俺は「禁煙です」と釘を刺した。灰谷は舌打ちを我慢するように唇を曲げると、無言でタバコをしまう。
俺はしばらく、いま奴が言ったことを考えた。
グルーピー。
いわゆる追っかけと呼ばれるものだ。音楽に限らず、何かの熱狂的なファンのことを指す。
純粋な「ファン」と違うのは、その根底にあるのが作品や人への愛ではなく、「有名な人と近づきたい」という承認欲求であることだ。本人たちに自覚はないだろうが。
たとえば音楽の場合なら、「曲が好き」だからライブに行くのではなく、「バンドメンバーと仲良くなりたい」からライブに行く。そして自分のことを認知してもらうために何でもやる。人によっては、バンドメンバーと寝ることすらあるという。
さきほど灰谷が述べたグルーピーの見解はかなり偏っていると思うが、正直に言って、俺自身もいい印象のある言葉ではない。
「でも、それだけでその女性が殺されたかどうかはわからんでしょう? たまたまかもしれないし……」
俺の言葉に灰谷は、
「そう言うと思いました」
とわざとらしく人差し指を立てる。
「SNSでね、『ユージーン』ってバンド名で検索をかけてみたんです。当時、このバンドのファンだった女性が何か投稿してないかと思ってね。そしたらいたんですよお、70年代後半、ずっとこのバンドの追っかけしてたって女が」
灰谷が見せてきたスマホの画面には、音楽好きらしいアカウントの呟きが示されていた。他のアカウントとやり取りしているコメントの一部らしい。
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返信先:@Natsume_0877
70年代後半のバンドだと、私はユージーンってバンドが好きでしたね。当時はライブ全部行ってました!
返信先:@norimakimakimaki
えーのりまきさんが!私もその頃からロック聴いてたけど、全然知らないです
返信先:@Natsume_0877
いま聴くとそんな大したバンドじゃないですよ(笑)ただメンバーがみんな超イケメン♡で(笑)それ目当てで行ってたようなもんです。若気の至りですね(笑)
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「この『のりまき』ってアカウントの人と連絡がつきまして、今度話を聞きに行くことになってるんです。どうです、お二人とも。一緒に行ってみませんか?」
そこまで言って灰谷は、俺と葛原の顔を見比べて満足そうに笑った。




