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39.なぜだ※鬼視点

 なぜだ――?

 なぜ、もみじは俺のものにならない。


 三百年以上前。

 まだ俺たちが人間の世界とあやかしの世界を自由に行き来できていた頃――。


 俺は毎日退屈していた。

 あやかしの世界は平和だったが、俺にはそれが物足りなかった。


 俺は鬼。あやかしの中で最強種。

 あやかしにとって、力こそがすべて。


 しかし、このように平和な世界では、力があっても意味がなかった。


「退屈だなぁ……ぎん」

「そうか? 平和でよいではないか」

「犬ころは呑気だな」

「……ではおまえも人間の世界に遊びにいってみるか?」

「人間の世界?」


 あやかしの世界にも人間は存在する。

 人間はとても弱くてすぐに死んでしまう、下等な生き物。


 故に俺たちを恐れ、この山には入ってこない。


「そう。あやかしはいない、人間だけが暮らす世界だ」

「そんなところに行って、一体なにが面白いというのだ」

「向こうの人間は、面白い者が多いぞ」

「……ふぅん」


 その頃、俺とぎんはまだ、いがみ合ってなどいなかった。


 友人というものがどんな存在(もの)かは知らないが、顔を合わせれば普通に会話をするような関係ではあった。


 そんなぎんに誘われて、俺は人間の世界とやらに足を踏み入れた。


 ……そうだ。思えばそれがすべての始まりだった。


 ぎん、俺がこうなったのは、おまえのせいではないか――。



「もみじ」

「あら、ぎん。今日も来たのね」

「……」


 人間の世界で、俺は一人の女に出会った。

 巫女の衣装を身にまとった、長い黒髪に白い肌が特徴的な、美しい女に。


「こいつは黒鬼丸。鬼だが、そんなに悪い奴ではない」

「そんなに、というのが気になる言い方だな」

「ふふっ、ぎんがお友達を連れてくるなんて珍しいわね」

「友ではない」

「ははは! 照れるな、黒鬼丸!」


 女は人々の心を癒やし、落ち着ける不思議な力を持っていた。


 そのためみんなに慕われていた。

 人間にも、あやかしにも。


 そして俺も、そんな女――もみじの不思議な魅力に惹かれていった。

 俺はもみじに会うため、ぎんとは別に毎日人間の世界に通うようになった。


 しかし、それで気づいてしまったのだ。


 もみじがよく、山犬の当主であるぎんと二人きりでいることに。


 もみじがぎんを見つめるその視線は、特別なものだった。

 他の者には見せない、熱い視線。

 ぎんもまた、もみじに同じような視線を向けていた。


 ぎんは若くして山犬の当主になったが、嫁をとっていなかった。


 あやかしは、一度添い遂げる相手を決めたら一生その相手を想い続ける。


 俺は同族と会ったとこはないし、鬼の寿命は千年とも言われているため、焦って子孫を残す必要がない。

 簡単に負けることもないほど強いので、これまでそんなことを考えたこともなかった。


 だが初めて、俺はあの女(もみじ)を欲しいと思った。


 もみじは俺にはない力を持っている。

 俺ともみじが結ばれれば、最強ではないか。


 そしてなにより、あの眼差しを俺にも向けてほしいと願った。


 俺を見てほしい。

 俺の隣にいてほしい。

 もみじが欲しい。

 俺はもみじが好きなのだ――。



「ぎん、おまえ、あの女とはどういう関係だ」

「あの女?」

「人間の巫女だ。よく会っているだろう」

「ああ、もみじのことか。彼女には山犬(うち)の若いのを助けてもらったことがあってな」

「助けてもらった?」

「彼女には傷を癒やす力があるんだよ」

「……へぇ」


 ぎんはその礼に、もみじが暮らす村で悪さをしていた害獣を追い払ってやったらしい。

 それから二人はよく会うようになったのだと言った。


 しかし、もみじには心を癒やすだけではなく、傷まで癒やせる力があるのか。

 それは、ますます欲しくなるというものだ。



「女――もみじ!」

「はい?」

「おまえには傷を治す力があるそうだな」

「ええ、どこか怪我をしたの?」

「違う。おまえを俺のものにしたい」


 そこで俺は、ぎんがいないときを見計らい、もみじにこの想いをまっすぐ伝えにいった。


 他に方法など知らぬ。

 まどろっこしいことは好かん。


 だから率直に、はっきりと伝えたのだが。


「……私を、あなたのものに?」

「そうだ。俺と一緒に来い。恐れる必要はない、俺は人を喰わぬからな」

「……そう。でもごめんなさい、私はあなたのものにはならないわ」

「なぜだ」


 もみじは俺を拒んだ。

 最強種であるこの俺を拒むなど、考えられないことだった。


「人にはね、心というものがあるのよ」

「心?」

「そう。あなたが私を欲しいと思うように。私にも、心がある」

「……俺の心の望みは叶えてくれぬのか」

「その望みは叶えられないわ」

「俺は鬼だぞ? 誰よりも強い」

「そんなことは関係ないの」

「……」


 関係ない? なぜだ。

 強い者は魅力的だろう?


 鬼の中には、過去に人を喰い、村を滅ぼした者もいたという。

 だから人間であるもみじは、俺が怖いのだろうか?


 俺はそんなことをしたことはないし、する気もないというのに。

 しかしこの辺りには俺の他に鬼はいないから、人間が俺を恐れるのも無理はない。


 人間は、くだらない言い伝えを熱心に信じる生き物だからな。




「――もみじ様―! 見てください、綺麗なお花が咲いていました!」

「あら、本当ね」

「退け」

「わっ!」

「もみじ、今日も会いに来たぞ」


 その日も、俺はもみじに会いに行った。

 俺が恐ろしい存在ではないとわかれば、もみじも俺の気持ちに応えてくれるはずだ。

 そう思い、可能なかぎり会いにいった。


 もみじの周りには人間の子供がいたが、邪魔だったので押し退けたら、一人のガキが転んで泣いた。


「僕のお花が……、もみじ様にあげたかったのに……っ、うわ~ん!」

「うるさいな」

「ちょっと、黒鬼丸……! その足を退けて!!」

「ああ?」


 わざわざ来てやったというのに、もみじは俺よりもその、転んだガキに駆け寄った。

 言われて足下を見ると、そこら辺に咲いているような、なんでもない花が落ちていた。

 名前も知らぬ、雑草だ。


 俺が踏んだようだが、どうでもいい。


「そんなことよりもみじ、今日こそ俺と一緒に来い」

「足を退けて!」

「……」


 鋭く睨みつけるもみじに、なぜそんなに怒っているのか疑問に思いながらも、俺は足を退けた。


「ごめんなさい、せっかく摘んできてくれたのに……でも大丈夫、ほら見てて?」

「……もみじ様?」


 すぐにその花を拾うと、もみじは泣いていたガキの前にぼろぼろになった花を掲げ、目を閉じた。


「わぁ……! すごい!」


 途端、もみじとその花の周りを、ふわりと赤い光が包んだ。

 そして、もみじの手の中にあったぼろぼろの花は、活き活きと蘇った。


「これが、おまえの力か……!」


 なんと素晴らしい。

 この力があれば……もみじが俺のものになれば……!


 俺はこの世でもっと最強の存在となれる。

 伝説とされている山の神にもなれるだろう。


 もみじが力を使うのを目の当たりにして、俺の中であやかしの血がざわざわと騒いだ。


「ますますおまえが欲しい! もみじ、俺のものになれ!!」


 興奮のまま、改めてこの想いを伝えたが、もみじからは冷たい視線が返ってくるだけだった。

 ぎんに向けるような熱く優しい視線を俺に向けてくれることはない。


「お断りします」

「――なぜだ」

「私は、あなたのような勝手な人のものにはならない」

「……」


 俺を鋭く睨むと、もみじは「行きましょう」と言ってガキどもを連れて俺の前から立ち去った。


 なぜだ、なぜなんだ。


 俺のどこが勝手だというのだ。

 こんなに熱心にもみじを想っているというのに。

 なぜもみじはそんなに怒っているのだ。

 わからない。わからない――。




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