40.また、俺は――※鬼視点
それからも俺はもみじを自分のものにするため、人間の世界に通い続けた。
俺にはにこりとも笑わないもみじが、やはりぎんにはとびきりの笑顔を向けていた。
あの二人が日々仲を深めていく様子に、無性に腹が立った。
なぜ、俺よりも弱いあんな犬ころにもみじは優しくするのだ。
俺のほうが強いということが、わからないのか――?
力こそがすべてだ。
力の強い者が生き、弱い者は死んでいく。
だというのに、もみじはなぜそれがわからぬのだ……!!
「もみじ――」
「またあなたなの? 何度来ても、私はあなたのものにはならないわ」
「おまえが俺のものにならないと言うのなら、人間を喰ってやる」
「え――?」
「この世で一番強いのは誰か、おまえにわからせてやろう」
「なんてことを――!!」
そのとき、初めてもみじが俺の目を熱心に見つめてくれた。
ぎんに見せる眼差しとは違うが、とても焦っている。もみじが、俺のことで熱くなっている。
それだけでも、俺は嬉しかった。
「そんなことをしたらあなたを許さない!!」
「では俺のものになれ。俺と一緒に来い」
「嫌よ! 力でねじ伏せようとしたって、無駄よ!」
「……そうか」
それでも俺に屈しないもみじに、その夜、見せしめにもみじの父親である神社の宮司を喰ってやった。
人間は初めて喰ったが、これまでどんな獣を喰ったときよりも力がみなぎってきた。
人間など下等で弱いだけの生き物だと思っていたが、意外といい養分になるらしい。
過去に鬼が人を喰っていたのも、頷ける。
とにかく、これでもみじは俺に従う。そうせざるを得ないはずだ。
そう思ったのだが、翌日、父の残骸を見たもみじは怒り狂い、泣き叫んだ。
「黒鬼丸……! おまえはなんということを――!!」
そして、朝からもみじに会いにきたらしいぎんまで、俺を否定した。
同じあやかしだというのに……ぎんはもみじと一緒にいすぎて、人間に毒されてきたのではないか?
「なぜ怒る……なぜ泣く。俺と一緒になれば悲しい想いはさせぬぞ」
「黒鬼丸、おまえは取り返しのつかないことをした……! 俺がおまえをこの世界に連れてきたばかりに……!!」
「ぎんには感謝している」
「おまえは俺がこの手で葬り去ってやろう」
「なに? ……おまえが俺を葬り去るだと? 笑わせるな」
山犬は群れをなす。
理由は、弱いからだ。
弱いから、大勢いなければ敵に勝てぬのだろう。
だが俺には仲間など一人もおらぬ。
そんなものは必要ないからだ。
俺は一人でも、十分強いのだ。
「もみじ、俺と来い。俺はおまえより先に死んだりせぬぞ」
「……許さない。私は、あなたを絶対に許さない……!!」
「そんなに怒るな、もみじ。俺がおまえを一生愛してやる。父などいらぬではないか」
まったく、ここまで頑なだと溜め息が出る。
そもそも俺には最初から父などいなかった。
一人でも生きてこられた。
特別な力を持つもみじにも、そんな存在は必要ないではないか。
「私はこの先も一生、たとえ何度生まれ代わっても……、絶対にあなたのものにはならない……!!」
「……なぜだ」
なぜ……なぜ……。
なぜわからぬ。なぜ俺を拒む……ッ!?
涙に濡れるもみじの瞳は、俺を全力で拒んでいた。
「わからないのなら、俺が教えてやろう、黒鬼丸」
「……そうか、おまえのせいか。おまえが俺たちの邪魔をしているのだな」
無謀にもこの俺を殺そうと刀を抜いたぎんに、俺も応えた。
力は俺のほうが上だった。
しかし、ぎんを仕留める寸前、後ろでなにかを唱えたもみじから発せられた赤い光が、ぎんの身体を包み込み、俺の刀は弾き飛ばされてしまった。
その刹那、俺は見た。
ぎんの刀に埋め込まれている宝玉から白銀の光が放たれ、奴の妖力が増したのを。
俺より下等な山犬のくせに、俺よりも強い力を得ただと――!?
もみじのせいか。
これはもみじの力か――。
俺は、ぎんに負けたのではない。
もみじの姫巫女の力によって、封じ込まれたのだ。
もみじから放たれた赤い光に包まれ、意識を失っていく最中、強く思った。
俺は死んでいない。
なんびとたりとも俺を殺すことはできぬ――。
いつか封印を解いて、もう一度もみじを……今度こそ、この手に――ッ!
――しかし、俺はまた負けたのか……。
また、あの二人に敵わなかったのか。
なぜだ、もみじ。
俺はこの数百年、おまえだけを想っていたというのに。
おまえは今でも、俺を怒っているのか?
今でもあの男が、好きなのか――。
「――黒鬼丸。おまえは間違っている」
ぎんの生まれ代わり――銀夜と言ったな。
意識が薄れゆく中で、俺を貫いた銀夜の言葉が耳に響く。
「俺が、間違っているだと……?」
「わからないのだな。力があるが故の孤独……。おまえはかわいそうな男だ」
「……」
俺がかわいそうだと?
最強であるこの俺が、かわいそうなはず――。
「だが俺はおまえを許さない」
「……」
銀夜の鋭い言葉と視線は、〝ぎん〟を彷彿させるものだった。
こんな若い犬ころに、この俺が負けるとは――。
だが、身体に力が入らん。
姫巫女の力か。三百年前と同じ感覚だ。
「黒鬼丸……姫巫女の名のもとに、再びあなたを封印します」
「……」
もみじの声はいつも心地よい。
怒っていても、泣いていても、たとえ俺を拒んでいたとしても――。
このままずっと聞いていたくなるような、澄んだ声。
「邪悪なるものよ、我が巫女の神聖なる力を前に消え去れ。光の加護により永遠の闇へと還れ――!」
もみじの力を浴びれるのなら、それはそれでよいかもしれぬ。
封印されている間、俺はずぅっともみじを感じられるのだから。
もみじが死んでも、俺は死なない。
ぎんが死んでも――銀夜が死んでも、俺は死なない。
ならば孤独な数百年を、もみじの力の中で過ごしたい。
封印されるというのに、それでももみじの力は心地よい。
好きだ……俺はおまえが好きなのだ、もみじ。
俺はただ、一度でいいからあの優しく熱い眼差しを俺に向けてほしかった。
もみじと一緒にいたかった。
だが、椛の声は、やはり俺を拒んでいた。
「また、俺はおまえをこの手にできなかったのか――」
明日で完結です。




