お願いしたい条件は以上です
時計の針が、その時が来た事を示した。
手元のマウスを操作し、ボタンをクリックする。
ポーンという軽快な音と共に、画面一杯に窓が立ち並ぶ。
「お世話になります。大竹です。本日はよろしくお願いいたします」
『こちらこそよろしくお願いします。株式会社ネクストフロンティアソリューションズ――長いのでNFSと略させて頂きます――採用部の神林です』
『DXイノベーション事業部プロダクトイノベーション課、課長の猪田です』
『同課の井原です。先日はどうも』
映し出される画面が次々と切り替わり、口々に自己紹介を並べていく。
今日は――いわゆる採用面接だ。
……何度やっても、こういう状況は緊張する。
『私と井原は先日の選考でお話を頂いておりますが、今回猪田課長が初参加となりますので、改めてご自身のご経歴と、今回転職を考えられている理由をお願いいたします』
神林さんに促され、俺に会話のバトンが回ってきた。
既に2回の選考を通過していて、その過程で神林さんと井原さんとは既に話した事がある。
神林さんは物凄く丁寧で、物腰が柔らかい。話しているとつい釣られて笑みがこぼれる。
井原さんは何と言うか――失礼だけど――面白いおじさんという感じで、結構こちらの話を真摯に聞いてくれていたが、今回は少し目を細めている。改めて裁定しようとしているのだろうか。
もう1人、猪田と名乗った課長は初めてだ。
ギョロッとした目付きがこちらを見定めようと画面越しに注がれる。
――大丈夫。いつも通りやれ。
こんな場面、今まで何度もあっただろ。
俺は少し深めに息を吸い――そして、吐く。
「はい。改めまして、大竹克己と申します。よろしくお願いいたします。私の経歴としましては――」
そうして、自分の経歴や転職理由なんかを話していった。
この手の話はもう慣れたものだ。
言う所とそうでない所が自分でも分かってきて、覚えたり資料を用意したりせずにすらすらと言葉が出てきた。
「――という事を考え、今回転職活動を始めるに至りました」
『ありがとうございます。よく分かりました。いやぁ、お話上手いですね、思わず聞き入っちゃいましたよ』
一通りの自己紹介を終えた俺に、猪田課長が言ってくる。
……何となく言い回し的に、営業の人なのかな?
『大竹さん、元々喋ったりする仕事もされてたんですよ。だからメディア展開とか今後してくなら任せられるかもです』
『あぁ、なるほど、はい。確かにそうですね。そういうのも今後は考えていかないとなぁ』
井原さんが補足してくれた。
自己紹介では長くなるからと思って少し端折っていた。
メディア展開、か。
「そうですね。喋るのは好きですし、議論とかもよくします。流石に1人で全部というのは難しいでしょうが、台本なんかもある程度は書けます」
『へぇ、そうなんですね』
『それに、大竹さんは仕事のやり方を考えるのが好きなんですよね?』
「はい」
さらに井原さんがトスを上げてくれる。
何だろう、何かこの面接やりやすいな。
「私は、仕事の進め方をとにかく楽に、そしてやれる事を増やすのが好きで、それでいわゆるDXに興味を持ちました。お客様のDXを推進する為には自分達の業務がDXできていなければ説得力に欠けると思っています」
『うん、それは確かに』
「前回の面接時に井原様より伺いましたが、御課では今後社内業務のDXを目的とした取り組みやプロダクトも作っていきたい意向との事で、私のやりたい事にも非常にマッチしていると考えています」
『あー、確かにそこはやっていきたい所なんですよね』
猪田課長がうんうんと頷いている。
結構好感触な気がする。
『そうですね、採用とかやっていても、もっと楽にできたらいいのにと思う事が結構あります』
『でしょう? まぁそれをやっていくにはまだまだ長い道程ではあるんですけどね』
『期待できそうですね。大竹さん、ありがとうございます。話は変わりまして、ご希望の条件等はございますか?』
神林さんが促してくれた。
ここは、ちゃんと言っておかないといけない事がある。
「大きく2点あります。まず1つ目ですが、私はフルリモート勤務とフレックスタイム制の適用を希望しております」
『フルリモート、ですか』
「はい」
予め求人票にフルリモート勤務とフレックスタイム制は記載されている事を確認してある。
「もちろん出社や客先への移動が必要になるケースというのもあるとは思いますし、なるべく調整いたします。が――」
ここで、俺は一拍入れる。
万一にも聞き流される訳にはいかないからだ。
一呼吸置いて、改めて切り出す。
「家庭の事情で、いつ何時でも対応できるという訳ではない為、そこはご了承頂きたく存じます」
『事情……ですか?』
猪田課長が画面の下側に目を向ける。
おそらく、事前に伝えている内容が手元にあるのだろう。
「はい。実は私、1歳の娘がおりまして。この娘が――総排泄腔外反症という先天的な病気を抱えている子です」
『病気……』
病気としては難病指定されているものだ。
娘の場合はその亜種という何とも理解が難しい代物ではあるのだが。
病気について詳しく説明したい訳ではないので、掻い摘んで説明する。
「それで、その娘を保育園に預けているのですが――」
保育園への送り迎えをする必要がある事と、何かがあった場合保護者が保育園に赴き対応しなくてはならない事を伝える。
……前者は距離的な問題もあってできたりできなかったりではあるのだが。
なるべくならやりたいとは思っているので、できれば条件としたかった。
「対応に必要な物品が自宅にある事と、問題が起こってから対応までにかかる時間を可能な限り短くする事が望ましく、あまり長時間家を離れられません。これが、フルリモート勤務とフレックスタイム制を希望し、出社等に制限を設けざるを得ない理由です」
『……なるほど。よく分かりました』
おおよその説明が終わったと察したのか、それまで黙って聞いていた猪田課長が言葉を発する。
神林さんと井原さんは前回の面接時に同じ話をしていたので、驚いた様子もなく猪田課長の反応を待っていた。
『まず、求人票にも記載がある通り、フルリモートとフレックスタイム制は適用対象ですので問題ありません』
「はい」
『とは言え、出社はともかく客先に出向く事はあり得るというのは、大竹さんの仰る通りです』
まぁそうだろうな。
俺が今選考に臨んでいるのは、顧客の問題解決を行う事業だ。
それには顧客の問題理解が必ず必要になるし、場合によるが客先に足を運ぶ必要がある事は容易に想像できた。
『ですが、その場合は必要な時だけ移動して頂く形で問題ありませんし、必要な時は必ず相談の上で決めさせて貰います』
「ありがとうございます。もちろん、時間帯的に可能な場合は調整し対応します」
『はい、それで大丈夫です』
良かった。そこが通るなら、話は先に進められる。
この条件を飲んでもらえるかどうかが今回の転職活動の肝だったから。
「私からお願いしたい条件は以上です」
『ありがとうございます。念の為の確認ですが、基本はフルリモート前提で、出社や客先対応については都度相談しながら決める、という形ですね』
『それと……出社や客先対応の可能性がある場合、常時対応ができない前提でアサインする必要がある、ですかね?』
「はい、認識齟齬ございません」
神林さんと井原さんが改めて条件を整理してくれる。
『承知しました。それでは、弊社側から何か質問等はありますか?』
『あ、はい。こないだ大竹さんと話し切れなかった点について続きをやりたいんですけど――』
その後は井原さんとの話に華を咲かせるような形で、面接は無事終わった。
感触は良かった気がするが、結果が出るまで気は抜けない。
少なくとも、伝えなければならない事は全て伝えた。
わざわざ明確に確認までしてくれたのだ、伝わっていないという事もあり得ないだろう。
後は、結果を待つのみだ。




