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2.「真実の愛を見つけた二人は素晴らしい」

「ココはまた泣いていたよ」


 クリストフが軽くため息をつきながらシモーヌに打ち明ける。

 シモーヌの生家、トゥルナン侯爵家の応接室で、向かい合って座る二人。彼らの隣には、それぞれ両親が席についている。


 今日は婚約解消について互いの両親を交えて交渉が行われる。

 有責のブラッスール公爵家が足を運ぶべきだと、シモーヌの父は格上貴族にも毅然と言い放った。逞しく頼りがいのある父である。

 クリストフの両親も息子のやらかしを恥じているらしく、是非もなく侯爵家を訪問することに同意した。

 そんな中、クリストフの暢気な言葉に、シモーヌ父のこめかみには青筋が浮かび上がる。

 公爵夫妻は無言で目を伏せているが、シモーヌだけは別だった。


「まあ、お可哀そうに。ですが伯母様は見込みのある人にはとても厳しいと聞きますから、ココ様はきっと大丈夫ですわ。何と言っても真実の愛で結ばれているのですもの」


 侯爵夫人と公爵夫人は背筋に冷たいものを感じるが、シモーヌの放つ言葉は本当に嫌味の意思はまるでないのだ。


 シモーヌは婚約の解消について、精神的苦痛はまったく受けていない。

 だが表面上はそうと扱わなければ次の嫁ぎ先への道筋が閉ざされてしまう。

 あくまでもクリストフの浮気で有責とし、公爵家が相応の金額を支払わねばならない。

 示談書の作成は両家の弁護士が話し合い、損害の計算や清算条項を盛り込んでいく。

 すでに社交界では噂が一人歩きしている状況だが、家同士の契約において書面を残しておくことは必要不可欠だ。

 もちろんトゥルナン侯爵家が後で蒸し返すようなことはしないが、それも当然のごとく明文化しておく。


 シモーヌをしばらく社交界から遠ざけることで、傷心のために参加できないと言い訳が立つ。

 その間に別の相手を見つけなければ、今度はシモーヌが傷ものだ、行き遅れだと標的になってしまう。


 輝く金髪と海のような青い瞳。

 人形のように整った顔立ちと陶器のような白い肌。


 せっかく美人に産んだのに、娘は綺麗な髪をお下げに結いまとめ、いつでもすぐに本が読めるようにと眼鏡をかけて出歩く。

 シモーヌの母はそれが不満だったが、当の本人はどうやら自分を凡庸でつまらない人間だと思っている節がある。

「運命」や「真実の愛」といったドラマチックな出来事に陶酔するのも、そのせいらしい。


「シモーヌ嬢。愚息が申し訳ないことをした」


 話し合いが終わり、公爵がシモーヌへと視線を注ぐ。

 ぱちぱちとまばたきを繰り返し、シモーヌは両手を振った。


「とんでもないことです。クリストフ様は真実の愛を見つけられたのです。喜ばしいことではありませんか」


 いや、ううん……、と公爵が何とも歯切れの悪い相槌を打つのを、大人たちは万感の思いで見守った。


「その相手が自分ではないことについて」どう思うか、シモーヌは一度も言葉にしていない。誰も推し量れないのだ。

 彼女の主張は一貫して「真実の愛を見つけた二人は素晴らしい」だ。

 眼鏡の奥の瞳が涙に濡れることも、感情をむき出しにしてクリストフを責めることもない。

 淑女らしからぬから、というわけではない。

 シモーヌにしてみれば、クリストフの「運命」の相手が自分ではなかった。

 ただそれだけであった。

 残念ではあるが、悲しくはない。

 そんなドラマチックなことが自分の人生には起こりえない、そう諦念を持っているだけである。


 一目見て恋に落ちる。

 そんな光景に憧れたこともある。


 だが九歳にして婚約者が決まっていたこともあり、相手がいる以上、別の誰かに恋をするなど、シモーヌの倫理観ではありえないことだった。

 空想の中の出来事であり、物語だから成立することなのだと思っていた。


 だからクリストフから「真実の愛を見つけた」と打ち明けられたとき、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 理性を超越した衝動というものが本当にありえるのだと、気持ちが高ぶった。


 婚約者という枷がなくなった今、シモーヌは密かに「真実の愛」に出会えるのではないかという期待を抱き始めている。


 だがそれが、シリル・ドゥ・デュムラン皇太子殿下だということは、まったくもって予想外の人選である。


 市街地にある書店で同じ本を手に取ろうとした相手。

 それがシリル・ドゥ・デュムラン。この国の皇太子殿下である。

 今思えばお忍びの恰好ではあるが、気品や威厳は隠しきれていなかった。

 なのに「同じ作者が好きなんて偶然だね?」と問われて、思わず好きな作者について熱弁していた。

 あまりに盛り上がり、書店を出て街で一番人気のカフェに行き、小説談義をしていたのだ。

 殿下は”話させ上手”でもあった。

 調子に乗って国の教育やら福祉やらについても日が傾き始めるまで二人して語り合っていた。

 テラス席で目立っていたに違いない。

 何人の客が通り過ぎただろうか。紅茶を何杯飲んだのだろうか。


 シモーヌは皇宮からの招待状と両親を前に、事の成り行きを白状した。


「生意気に政治のことを賢しらに話しましたし、お叱りを受けるのではないかと思います。お父さま、お母さま、不肖の娘で申し訳ありません」

「……いや、わざわざそんなことのために呼び出したりしないだろう」

「そうよ。内容はともかくとして、殿下と熱い議論を交わしたのでしょう?」

「殿下に送っていただき、部屋に戻って我に返ったときには、時すでに遅し、でしたの」


 両親は顔を見合わせ、戸惑いの表情のまま息を吐く。

 招待状には両親の名前も書いてあるので、家族全員で出向くことになる。

 三人で悩んでも、答えは出るはずもなく。

 同じように頬杖をつき、うーんと唸るばかりだ。


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