#44『10戦目① 〜人見、古巣に凱旋する〜』
──そして、月曜日から一夜が明けて。
東京から西へ約700km。広島県広島市の『ベースボールパーク広島』にて、下町ブレイブハーツと広島シャークスの第1回戦が始まろうとしていた。
現在は、ビジター側であるブレイブハーツ側の試合前打撃練習が行われており、そのバッターボックスには本日も先発マスクを被る真壁が立ち、快音を響かせていた。
……しかし、だというのにも関わらず、彼はどこか納得のいってなさそうな表情で。
最後のスイングでフェンス直撃打を放った真壁は、彼のフリー打撃を後ろで見ていた人見の方へと一目散にやってくる。
「そんな微妙な顔してどうした真壁? 見てた感じでは普通に調子良さそうに見えたけど」
「……いや、やっぱこの球場広すぎるだろ! 入ったと思った打球が、フェンスにすら届かなかったりするんだが?」
そんな人見の問いに、真壁が呆れたように呟く。
確かに彼の言うように、このシャークス本拠地『ベースボールパーク広島』は、ホームランが出にくい球場として有名だ。
なぜかといえば、両翼の数値こそ普通の水準であるものの、外野フェンスが左中間・右中間の部分で、非常に大きく膨らんだ形状をしているからに他ならない。
その分、フェンスはホームランキャッチも可能なほどに低くはなっているものの、それを以って広さ分を補填するにまったく至らず、ジャパンリーグ8球団が使用する球場の中で、本球場はパークファクターで最低値を誇っているのだった。
「たしか外野スタンドの構造上、向かい風も起きやすくなってるんだっけか。まぁはっきり言って、ホームランを狙うには最悪の場所と言えるだろうな」
「昔はシャークスの本拠地といやぁ、狭いことで有名だったのになぁ。そういや人見は元シャークス所属なんだし、前の球場のことも良く知ってるだろ?」
どこかしみじみとして語る人見に、真壁が今思い出したと言わんばかりに、手をぽんと叩いて尋ねる。
「……あぁ、まぁな。入団時は、設備が何もかもボロくて『これがプロが使う野球場なのかよ』と驚いたもんだ」
そんな彼の質問を受けて、人見はプロ1年目。4球団競合のドラフト1位として、この世界に入ってすぐに受けた洗礼。あの大きな衝撃について思い返す。
建物がボロいのはまぁいいとして(本当は良くはないが)、今思い返せば、あの両翼90m程度のすごく狭い球場は、ドラフトで投手として入団した自分にとっては、かなりキツイ環境だったんだなぁ、思う人見なのであった。
「それが、6年前からこんな綺麗な球場に移転ってなったんだから、当時はまぁ嬉しかったよな。そりゃ」
「けど、綺麗な球場への移転に喜んでたのも束の間。待ち受けてたのは、こんな野手泣かせの球場だったって訳だ」
真壁はやれやれと言ったように、皮肉で返す。
そうしていると、後ろからまた別の者がやってきて。
「──6年前……つまり、シャークスがここに移転したのは、蒼矢兄さんが野手に転向した年からってことですね」
「おっなんだ一輝か。……ってちょっと待て。つーことは、人見は投手のときはあの狭かった球場が、野手のときはこのクソ広い球場が本拠地だったってことかよ!?」
「そうなりますね。まぁ、このなんとも言えない噛み合わなさは、蒼矢兄さんらしいと言えばらしいんですけど」
「……ねぇカズキ、それってどういう意味? 幼少期からの付き合いの後輩からいきなりお出しされた言葉のナイフに、お兄ちゃん、なんか目から溢れてきそうなんだけど?」
そうして、チームメイトの打撃練習が続く中、そのバックネット裏でしょうもない会話をしている人見たちなのであった!
「ま、俺の過去話は置いといて、今のここはそういう場所ってことだ。悪いことは言わねーから、広島でプレーするときは『ホームランを打つ』ことは一回忘れた方が──」
「──いや、人見。それは違うぞ」
……と、そこでそんな短答が、人見の続く言葉を遮る。
彼らが振り返るとそこに立っていたのは、少し太った1人の中年男性であった。
「うわぁびっくりした。……あぁなんだ、斎内コーチですか」
「なんだとはなんだ人見。チームが打撃練習をしているところに俺がいるのは当たり前だろうが」
そんな人見の思わず出た呟きに、少し不服そうに返すのは斎内剛。ブレイブハーツの1軍打撃コーチである。
「……まぁそれよりもだ。お前ら、確かにここは客観的に見ても広い球場なんだが、そんなことは気にするな。どんな場所だろうが、いつもどおりにプレーをすればいいんだ」
コホンと咳をするふりをして仕切り直してから、彼は人見たちに目を向けて、堂々とそう言い切る。
それを受けて、どこかあまり納得いってなさそうな人見・真壁・一輝の3人を見て、彼は再び口を開く。
「じゃあ逆に考えてみよう。ホームランが狙えないからと軽打したとして、君たちはそれでヒットが打てるようになるのか? ……いや、そんなことはないだろう?」
「……あ、今の僕たちに聞いた訳じゃないんですね」
話の腰を折る、抜けた一輝の小さな声の呟きには触れることなく、彼は力説を続ける。
「だから、関係ないんだよ。ボールを良く見て、強く振る! そんでいい角度で早い打球を飛ばす!! そうした方が、ヒットの可能性だって高まるんだ。それが柵を越えるか越えないなんていうのは、その先の話なんだよ」
「──斎内コーチの言うとおりだ。それこそが、就任以来私が言ってきたこのチームの方針。みんなには目先の打席結果に囚われず、自分のスイングを徹底して欲しい」
「「「…………は、はい!!!」」」
……どうやら、彼らの話を実は近くで聞いていたらしい諸星英一が、すかさず会話に入ってくる。
彼ら実績ある首脳陣のありがたいお言葉に、浮かんでくる反論などはなく、3人はそんな返事をするほかなかったのだった。
「──そもそも、フェンスまで150メートル以上あった、20世紀初頭のアメリカのスタジアムじゃないんだ。このプロの世界の最前線で戦っているお前らなら、ここでもホームランは打てる。……ほら。ああやって振り抜けば──うわっ」
「……コーチ。言いたいことは理解出来ますが…….、流石にあそこまで飛ばすのは、流石に俺は無理だと思います」
「──それは……そうかもな、うん」
彼らの視線の先にいるプライスJr.が、ライトスタンドに設置された2階席の奥まで豪快に飛ばしているのを見て、斎内と人見は、ちょっと引き気味にそう呟くのであった。
【人物紹介⑥ 斎内剛】
下町ブレイブハーツの現1軍打撃コーチ。
現役時代には通算250本塁打を記録しており、本塁打王の獲得も経験した和製大砲。しかし、その翌々年に右手首骨折の大怪我を負ってしまい成績は低迷。最終的には、古巣の福岡アイビスから引退を勧告されるがそれを拒否。その後、下町ブレイブハーツへと移籍し、代打の切り札として黎明期のチームを支えた。
引退後には、そのまま2軍打撃コーチへ就任。3年前からは1軍の打撃コーチを任されている。
顔がイカついため怖いと思われがちだが、本当は面倒見良いアニキ気質。また、2人の子どもにはとことん甘々なのだとか。




