#43『自称凡才の大学球界無双』
──そして、再び場所は移って。
東京都新宿区、東京青山スタジアム。
移転前の新潟アルバトロスが長年使用していた球場であり、大学野球においては聖地ともされる歴史の深い球場である。
そんな東京青山スタジアムでは、本日、大学球界で最も有名なリーグである、東京七大学の春季開幕戦が行われていた。
その注目の対戦カードは、中政大学と明教大学。
昨年の秋季リーグ優勝校と準優勝校のぶつかり合いだ。
そして、そんな試合はすでに9回裏を迎え、なお0対0。
プロも注目する両チームのエースがここまで完璧な投球を見せており、両者一歩も譲らない投手戦が繰り広げられていた。
そして、そんな試合の観客席。中政大学の応援席にて。
1人の黒髪短髪ボーイッシュが、グラウンドを静かに。それでいてどこか真剣な表情で見つめていた。
(月曜はオフだったから久しぶりに見に来てみたけど……。俊介くん、やっぱ凄いなぁ……)
そうして、心の中で感嘆する彼女は、廣中琴葉。
実家である『居酒屋ひろなか』の看板娘で、有名プロ野球選手、廣中悠佑の妹である彼女は、この中政大学の4年生。そして、兄と同様に、男子顔負けの速球で相手打者を圧倒する、同校女子硬式野球部のエースなのである。
そんな彼女の視線の先にいるのは、諸星俊介。
ここ数年かつてない強さを誇っている中政大学を投打で引っ張っている中心人物であり、あの諸星英一の次男でもある。
本日は中政大学の先発として9回を13奪三振無失点に抑え、4番DHとして1二塁打2四球の活躍を見せていた。
そして、琴葉はそんな彼とは、両者の兄という存在の繋がりもあって小学生の頃からの仲である。性別や戦う場所は違えども、親族にプロ野球選手を持ち、自身もプロを目指す者たちとして、日々切磋琢磨する関係なのであった。
「──あれ、そこにいるのは、もしかして琴葉さん?」
……と、そんな幼馴染の活躍を見つめている彼女に、不意に背後からそんな声がかけられる。
彼女が振り返ると、そこにあったのは見知った顔。中肉中背で眼鏡、まさに『ザ・普通』といった男性で。
「……驚いた。まさかここで黒崎くんに会うなんて。……久しぶりというか、高校卒業以来だよね?」
そう言って、琴葉は感慨深そうにして笑う。
彼の名前は、黒崎晃。
琴葉自身にとっては、諸星俊介と同じく小学生の頃からの旧知である……というだけの関係だが、その俊介とは古くからの『親友』である人物だ。
彼自身も以前は野球をやっていたものの才能には恵まれず、高校卒業を機に引退。現在は、この東京七大学にも名を連ねている、某日本一の大学に通う秀才なのだった。
「うん、確かに会うのは高校以来かも。……というか、むしろ僕はここに琴葉さんがいた方が驚きだよ。僕は俊介の出る試合は全部見に来てるけど、こうして会うのは初めてな訳だし」
「……それはそうかも。同じ『野球』をやってる以上、日程が被ることも多いから、こうして来るのはあんまり出来ないし」
と、2人が毒にも薬にもならない会話を繰り広げていると、投球練習が終わったようで、9回裏中政大学の攻撃が始まる。
1点入ればサヨナラのこの場面、先頭打者としてバッターボックスへ向かうのは4番DHの諸星俊介だ。
先ほどのイニングでは、最終回ながら158キロを記録するなど、疲れを感じさせない化け物っぷりを見せつけていた。
そんな彼は、ゆっくりとバッターボックスに入ると、バットを高く掲げて相手投球と相対する。
そのゆったりとして余裕のあるフォームと、190センチを超えるデカさも相まって、『威圧感』は凄まじい。
「……あなたの顔を見て思い出したけど、そういえば俊介くんって、あれで高校から本格的に野球始めたんだよね」
「……うん、そうなんだよね。小学生の頃は、上手くなれる前にプレッシャーに耐えられなくてやめちゃったから」
そう呟いて、2人は過去を思い返す。
小学校の頃、彼は背の順で一番前争いと背が小さかった。
まぁ、今となっては190超えの身長なのだから、その頃の高さなどどうでもいいという証明になるのだが……、いずれにしても、そのような状況で、かつ、まだ野球を始めたばかりの状況では、今のような圧倒的な姿など見せられる筈もなく。
彼は、『あの諸星英一の息子であり』、当時すでに高校1年生ながら甲子園で暴れていた『あの諸星一輝の弟である』ということからもたらされる、周囲の者からの強いプレッシャーに押し潰されて、野球を辞めてしまったのだ。
そして、そんな俊介を。一番の友人として支えたのが黒崎。
彼は、父や兄と比べられることを恐れ、野球はおろか『スポーツ』からも逃げていた俊介に、別の世界を教えたのだ。
ゲーム、アニメ、漫画……。今まで一度も触れてきたことのなかった新鮮な世界と、それを共有できる友人の存在は、例の件で心をやられていた俊介にとっては間違いなく、大きな癒しとなっていたのであった。
「……でも、そんな彼を再び立ち上がらせて、再び野球に連れ出したのも、黒崎くんだったでしょ?」
「……いや。結局、過去のトラウマに負けずに頑張った俊介が凄かっただけだよ。僕が何もしなくても、きっとあいつなら、同じようにあそこに立ってたさ」
そう言って、黒崎は居心地が悪そうに苦笑する。
彼女が指摘したように、かつて、俊介が野球から離れてからしばらくが経った、高校2年生の初秋。彼は「再び一緒に野球がやりたい」「何か言うやつがいたら、僕がぶん殴ってやる」と力強く説き伏せ、自身が所属していた野球部に俊介を誘い入れた過去を持っていたのだった。
「……ところで。こうして久しぶりに、あの頃のことを振り返ってみて、ふと思いだしたんだけどさ」
──そして。
カウントはツースリー、フルカウント。ここまで無失点で投げ合ってきた両チームのエースの、一歩も譲らない白熱の1打席勝負が球場を最高潮に盛り上がるなか。
黒崎はどこか遠い目をしながら、呟くように語る。
「あの頃、あいつは言ったんだ。……『俺には、父や兄とは違って野球の才能なんてなかった。到底、2人に並び立てられるような存在じゃないんだ。だから、もういいんだ』……って』
そうして、彼は打席に立つ俊介を見つめる。
「確かに、そうなのかもしれない。彼の目線から見るその景色は、きっと僕なんかには想像もつかないほど険しくて、辛い道だったんだろうさ。…………けど、さ」
──パカンッッ!!!!
その瞬間、そんな凄まじい爆音が球場に鳴り響いた。
……それは言わずもな、バットがボールを捉えた音で。
そのまま、アウトコースにノビのある150キロ超えの直球を投げ切った明教大学エースの。そして、必死に白球を追いかけるセンターの頭上を、無情にも通り過ぎていった。
───バックスクリーンへの特大サヨナラホームラン。
チームのエースであり4番の一振りで放たれた、試合の勝敗を豪快に決めたその1発に、球場の者たちは皆盛り上がり、そして、あまりの怪物ぶりに驚き、響めきにも包まれる。
俊介は右手を高く掲げて吠え、ヘルメットを高く投げ捨て、ホームで待ち受けるチームメイトにもみくちゃにされる。
「──だとしたら、高校でレギュラーすら取れなかった僕は何なんだって。……そう、思っちゃったよね。ちょっと」
「……あー、まぁ……それは……うん」
そうして、親友のとてつもない活躍を喜びつつ、思わず微妙な笑みを浮かべてしまう2人なのであった。
【人物紹介⑤ 諸星俊介】
諸星家の次男、中政大学4年の21歳。
兄の一輝とは異なり、『諸星英一の息子』というプレッシャーに耐えられず一度野球から離れていたが、高校2年の初秋、親友である黒崎の説得により野球部に入部。すると、ブランクを感じさせない急成長を見せ、高3の夏には、東東京の強豪である帝都高校から2打席連続本塁打を放つ活躍を見せた。
その後は中政大学に進学すると、1年から主力として活躍。また、2年からは投手としての才能も開花。3年秋には、投手及び指名打者の部門でB9に輝き、チームの優勝に貢献した。
そうして、かつて父が背負った称号たる『二刀流』を襲名しつつある彼は、当然ながら今季のドラフト候補筆頭。すでに複数球団が1位指名を検討しているとか。
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【あとがき】
……ということで、これにて幕間は終了。次回からは再び、この作品の本筋であるペナントレース編へと戻っていきます。
人見を中心とした、下町ブレイブハーツの愉快な仲間たちが、同じくリーグ優勝を目指す強敵たちとどう戦っていくのか。引き続き見守っていただけたら幸いです。
そして、当作品に評価(下部の★マーク)やブックマークをしてくださった方。何度でも言います。ありがとうございます。
皆様のその一手間のおかげで、確かに救われる命があります。少なくともここには1つ。
それでは、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




