#45『10戦目② 〜スタメン一新〜』
『──さぁ、シャークスの野手陣が続々とベンチから出てきました。まもなく、下町ブレイブハーツ対広島シャークスの第1回戦が始まろうとしています』
時刻は17時55分。試合中継では、自身の守備位置へと向かうシャークスのメンバー達の姿が映し出される。
そして、そんなテレビの画面を、2人の男女がリビングのソファに座って見つめていた。
「──もう試合始まるけど、そういえばお姉ちゃんは?」
「あいにく、今日はシフトが夜なんだと。……にしても姉さん。夫がプロ野球選手だっていうのに働いてるのえらいよなー。フルタイム勤務じゃないとはいえ、それも人見さんを支える時間を確保するためなんだろうし」
「それは蒼矢様のことを想えば至極当然のことです。……私も大人になったら、蒼矢様のためにお仕事もプライベートも頑張るんです。そう、その頃にはただの年増となったお姉ちゃんから乗り換えたくなるくらいに。ふふふ……」
「……んー、何も聞かなかったことにしよう。うん」
そうして、怪しい笑みを浮かべる真彩から目を逸らして。
近所の児童養護施設にて、管理栄養士の資格を活かして今も汗を流しているであろう、実の妹にNTRを画策されている悲しき姉のことを想う諸星俊介なのであった⭐︎
『──さて、それではここで改めて、先攻の下町ブレイブハーツのスターティングラインナップを確認してみましょう』
そうして、シャークスの選手たちがポジションについて、先発ピッチャーの投球練習が行われている中、画面にはブレイブハーツのオーダーが映し出される。
1番 三 人見
2番 右 プライスJr.
3番 遊 諸星
4番 指 曹浩然
5番 一 板谷
6番 捕 真壁
7番 左 笹沼
8番 中 夜賢濬
9番 二 高崎
先発 投 神山
『──ご覧のとおり、本日のブレイブハーツはかなりスタメンを弄ってきました。1番には、本日サードで起用の人見が入り、2番に一昨日の試合で満塁ホームランを放ったプライス。3番には、打率.342と打撃好調の諸星一輝を置いてきました』
『はい。しかも下位打線では笹沼や夜賢濬など、今季初スタメンとなる選手を起用しています。開幕からメンバーを固定してきた諸星監督が、ここで大きく動かしてきましたね』
『そうですねぇ。この思い切った起用判断が、吉と出るか凶と出るか。注目してみましょう』
「……へぇ、今日も人見さんがサードなんだな」
「セカンドには、一昨日の試合で勝ち越しの足がかりとなる三塁打を含めた2安打を記録してる高崎選手が入ってますからね。どちらもサードを守ることはできますが、双方の守備経験から考えれば、この起用方法はまぁ妥当でしょうね」
そんないつもの実況の実松と解説の氷室の会話を受けて、兄妹は真剣な表情で呟く。
2人は普段はそれほど会話をすることはないのだが、こうしてプロ野球の中継が始まるとなると、テレビの前に座って仲良く見たりする関係性なのである。
『そして、対する広島シャークスの先発は柏原。先週の今季初登板では、強力東京山手スターズ打線相手に捕まり5回途中4失点でノックアウトと残念な結果に終わっただけに、今日はやはり気合が入っていそうです』
そんな実況の紹介と共に、テレビには彼が体を捻るようにして、サイドスローでしなやかに投げ込む姿が流される。
球速は平均140km/hほどと早くはないが、この変則投げを駆使して、とくに右打者を翻弄するいやらしいピッチャーだ。
前回登板では打たれてしまったようだが、この選手を裏ローテの頭に置けるということが、広島シャークスの先発陣が優れていることを示しているといえるだろう。
そして、そんな柏原の投球練習も終わりを告げ。
先攻ブレイブハーツの先頭打者、人見が左バッターボックスへ入り、球審によってプレイボールがコールされる。
対する柏原は、捕手のサインに大きく頷く。そして、セットポジションから投じた本日の第1球目はストレート。
まさにそれを狙っていた人見は、積極的にスイングにいく。
『さぁ初球を捉えたッッッ────が……ライトの山吹、右中間、一番深いところでこちら向き。右手をフェンスにつきながらキャッチしてワンナウト。先頭打者の人見、いい角度の打球でしたが、あと一伸び足りませんでした』
『いやぁ、打った瞬間行ったかと思ったんですがね。僅かに差し込まれていたでしょうか」
……しかし、定位置より奥めに守っていたライトの山吹がフェンス手前でその打球を好捕。テレビ画面には、一塁ベースを回ったところで悔しがる人見の顔が映される。
「……あー、惜しかったなぁ」
「他の球場なら入ってたのに他の球場なら入ってたのに他の球場なら入ってたのに他の球場なら入ってたのに他の球場なら入ってたのに他の球場なら入ってたのに他の球場なら入ってたのに他の球場なら入ってたのに他の球場なら入ってたのに他の球場なら入ってたのに他の球場なら入ってたのに──」
「でも次は好調のプライスJr.、きっと蒼矢さんの無念を晴らす豪快ホームランを打ってくれるはず」
ぶつぶつと同じことを呟く真彩を平然とスルーする彼の言うとおり、今度は2番打者のプライスJr.が打席に入る。
ゆったりと構え、投手がセットに入るのを待つその姿はまさに堂々とした様相で、彼のメジャー時代の本来のスタンスだ。この前までのように、日本に適応しようとフォームを弄ったりしていた、迷いのある姿は完全に払拭されていたのだった。
「まぁとはいえ、そんな風に話が上手くいくことってのは、そうそうないだろうけ────」
『──ふたたび初球ッ!!! さぁ打球は先ほどと同じく右中間へッッ!! 今度はどうだ!? ライト山吹がフェンス手前!! 見上げて…………入ったホームランッ!!!』
俊介が苦笑して独り言を呟いたその瞬間。同じく初球を振り抜いたプライスの打球は高々と上がり、キャッチしようとジャンプした右翼手のその頭上を……超えていった。
──2試合連続となる、第2号ホームラン。
すでにスタンドインを確信していたプライスは、一塁へと走り出しながら、ブレイブハーツのベンチへと指を指す。
『……いやぁ少し詰まっていたように見えたんですがねぇ。さすがは元メジャーリーガーといったところでしょうか』
『そうですねぇ。ベースボールパーク広島の広さをモノともしない、凄まじいパワーでした。……プライスJr.、今ゆっくりとホームイン!! ブレイブハーツ、1点先制です!!』
「……まさか本当に打つとは。しかも、蒼矢さんと同じ初球で、ほとんど同じところに飛んでったよ。これはもう、完全にバッティングの感覚は取り戻してそうだ」
「ここ数年は確実性欠けていたとはいえ、米リーグで20発超え、昨年も二桁放ってる実力はやっぱり間違いないですね。あのベースボールパーク広島すら、狭く見えちゃいます」
……と、プライスJr.が規格外のパワーで放った先制の1発に、驚きを隠せない2人なのであった──。
【人物紹介⑦ 氷室司】
データに基づく的確な分析で人気を博す、プロ野球の解説者。
現役時代は俊足好守のスーパーサブとして活躍し、晩年には黎明期の下町ブレイブハーツでプレー。引退の翌年からは、そのブレイブハーツ戦の解説者として活躍している。
プロ野球16球団拡張に伴う諸々の改革の一環として創設された、『JPBO.TV』では、ホーム・ビジターを問わず、各チームファン向けの実況・解説が行われることから、ブレイブハーツファンにとっては『お馴染みの人』として有名。同じくブレイブハーツ戦の実況を務めている実松和男と共に、地元出身のチーム愛ある実況・解説で、その就任以来愛されている。




