#40『首脳陣、会議します!』
一方、人見の誕生日パーティが行われているのと時を同じくして、東京都内某所のとある会議室にて。
「──では、これよりミーティングを始めます」
諸星監督の号令によって、周囲の者の顔が引き締まる。
そこは、ブレイズハーツの監督・コーチ陣が一堂に会し、チーム状況や今後の方針などについて話し合う場であった。
諸星監督による新体制になって以来これまでも何度か行われていたが、ペナントが開幕してからはこれが初の開催である。
「それでは、進行はこの城嶋が務めさせていただきます」
そして、その宣言を受けて、1人の男が立ち上がる。
彼は城嶋・ジェームズ・冬馬。
統計解析を専門とする研究者であり、野球というスポーツにおけるデータ活用を日本で本格的に広めた第一人者。そして、その実績を買われ、元プロ野球選手でありながら、今季よりチームの1軍ヘッドコーチに登用された男だ。
「──早速ですが、まずは現状のチーム概要から。我らが下町ブレイブハーツは9試合を終え、5勝4敗。昨日の敗戦で東京山手スターズに抜かれ、順位は3位となっております」
「……昨夜は、二階堂が誤算だったな。相手の勝ちパから勝ち越し点を奪っただけに、あそこは抑えて欲しかったが……」
そう悔しげに口を開いたのは、投手コーチの津本裕司。
全体的に若めのブレイブハーツ首脳陣の中ではなかなか年配で、現役時代には通算1500奪三振のマイルストーンを達成。かつて、諸星英一とチームメイトだったこともあり、先輩としてプロの世界を教えた過去も持つベテランコーチだ。
「……津本さん。たとえどんな偉大な投手であろうと、打たれるときは打たれます。昨日は、勝ち越しに固執するあまり消極的な作戦の指示に逃げ、最後の攻撃でも代打の展開やチャレンジの使い所を誤ったのがまずかった」
「……確かに、あのときの選択は、こうして振り返ってみれば間違っていたのかもしれません」
そんな諸星の自戒の言葉に、城嶋が賛同を示す。
そんな彼の反応を見て、諸星は小さく頷いて。
「……えぇ。ですから、昨日の敗戦は、監督である私の責任です。やはり、まだまだ私は経験が浅い。かつての選手としての活躍など、監督としての手腕とは関係がないんだということを、改めて実感させられた試合でした」
「いえ、諸星監督。私が言いたかったのはそうではなく──」
「じょ、城嶋ヘッド! それ以上は──ッ」
そう悔しげに顔を歪める諸星に、城嶋は再び声をかける。
そんな彼の反応を見て、津本が嗜めようとすると。
「──そう思ったとしても。結局のところ、野球というスポーツにおいて『采配』がチームの勝敗に与える影響は、我々が思っている以上に微々たるものである……ということです。これは印象などではなく、現代のデータの数々が証明しています」
城嶋は、そう力強く言い切ってみせた。
確かに、いくら采配が重要だなんて言っても、結局のところ野球は、個々の選手の実力が勝敗を左右するのだ。
これはデータに頼らずとも、昔から『野球は個人競技だ』……などと言われているように、一般的な体感レベルからでも分かる話だろう。
「ですから、こうして後から振り返ってみて、『あの判断は間違いだった』と思えたとしても、それは結果論なんです。例えば、8回裏のスクイズだって、あそこで取れる得点の期待値を勘案した上での賢明な判断だった。結果的に、次の回に2点取られてしまったから、『間違い』と思えたというだけのこと」
「……結果論。『間違い』に思えた、か」
そんな城嶋の言葉を、諸星がぽつりと反芻して。
それを聞いた城嶋はゆっくりと頷いてから、再び口を開く。
「えぇ、少なくとも、昨日の試合は。私はそう言い切れます。……勿論、チームの勝てる確率を下げてしまうような明らかな『悪手』は間違いなく存在します。……ですが、監督がそのような判断をしてしまうレベルの者ではないことを、私は知っている。……ですから、ここではそういった過去の采配の是非などではなく、今後の選手起用などのチームマネジメントに関して話していくべきではないでしょうか」
そんな城嶋の提案に、皆は目を見合わせて。
「………えぇ、そうでした。チームを背負う監督として、経験を今後の教訓として心に刻めど、何にも繋がることのない後悔などしている場合ではなかった。ましてや、それを皆の見せるなど。……流石、城嶋先生」
と、彼を見つめて、しみじみと呟くように諸星が言う。
「いやそんな。所詮、私は野球を研究していただけのただの素人。諸星さんほどの方にそう言っていただくなど、あまりに畏れ多い。……というより、すみませんでした。進行役にも関わらず、こんな勝手な意見を言ってしまって」
「いやいや、とんでもない。謝るべきなのはこちらのほうだ。…………そう、今回のミーティングを行うにあたって、言っておきたかったことがあったんだ」
そう言って、彼は仕切り直すようにわざとらしい席を一回ひてから、少し間を空け、皆を見回して。
「──『発言に遠慮はいらない』。城嶋ヘッドのように、皆も何かしら、チームや私に対して言っておきたいことの1つや2つはあるはず。今回は、そういった率直な意見をしてほしい」
そんな監督の言葉に、皆は静かに息を呑む。
そして、そんな彼らも見た諸星は頷いて、軽く手を叩き。
「……それでは、気を取り直して、今度は二軍を含めた投手陣・野手陣今後の展望を考えていこう! 新興球団初の優勝、そして日本一という我々の悲願のために!!」
そう、冷静に。それでいて力強く、宣言してみせた。
──そうして。
再び、彼らのミーティングが進んでいくのであった。
【人物紹介④ 城嶋・ジェームズ・冬馬】
下町ブレイブハーツの新監督、諸星英一に招聘された、史上初のノンプロ出身の1軍ヘッドコーチ。
その正体は、アメリカの某有名大学出身で、統計解析を専門とする著名な研究者。日本の野球界におけるデータ分析・セイバーメイトリクスの第一人者ともいえる存在でもあり、これまでもその方面における著作を数多く執筆している。
現役を引退後、指導者としての道を志していた諸星へデータ分析の知識を与えたのも彼である。




