#38『良家出身で才色兼備な幼馴染のお母さんは好きですか?』
「──し、失礼しまーす」
そういう訳で。諸星真彩の力強い提案に流されるままに、タワマン最上階にある諸星家へやってきた人見。
ここを訪れるのは、昨年末。下町ブレイブハーツの入団会見をしたあの日以来となる。
しかし、ここは彼にとっても、幼少期より何度も訪れたことのある非常に馴染み深い場所であって。
緊張ではなく、むしろ懐かしさを感じていているのだった。
だだし、当然ながら。そうであるとしてもここは人様のお家な訳で……。彼はゆっくり、遠慮がちにドアを開ける。
──すると。
「あら、蒼矢くん。お帰りなさい!」
そんな、優しい声色の返答があった。
その声のした方へ人見が目を向けると、そこには1人の女性。そして、その人は彼にとっても既知の存在であり。
「──彩楓さん!! 今日はお仕事お休みだったんですね」
「そうなのよー。最近は色々忙しかったからこうして会うのもちょっと久しぶりね。話は娘から聞いてるわ。ほら、立ち話もなんだから、上がってらっしゃい?」
「あ、はい。それではお邪魔しまぁす……!」
……と、親しげに言葉を交わし、彼は玄関に靴を綺麗に揃えてから部屋へと上がっていく。
──彼女の名は、月ノ宮彩楓。
現ブレイブハーツ監督であり、野球を超えたスポーツ界のレジェンド。引退後の今でも彼を知らぬ者はそうそういないであろ大スター、諸星英一の『妻』。
そして、言わずもな、諸星菜月や一輝などの実の母である。
しかし、そんな成人を含めた四兄弟の母である。……とは到底思えない美貌とスタイルの持ち主で、昔からの彼女を知る人見でも、「変わらず綺麗だなぁ」と思ってしまうほどだ。
……そして、非凡なのはその容姿だけではない。
彼女は、戦後の東京復興に大きく寄与し、その興隆と共に成り上がった大企業。月ノ宮グループ現社長の娘なのだ。
現在では、そんな月ノ宮グループの役員として働いており、縁故採用などとは言わせない、優秀な手腕を見せている。
しかも、その上で運動神経も抜群。
とくにバレーボールの腕前は指折りで、学生時代にはキャプテンとしてチームを全国大会準優勝に導き、その後も大学、そして自社の社会人チームで活躍を見せていた実力者だ。
そして、バレー引退後には芸能界にも進出しており、その類まれなる経歴と才能で引っ張りだこ。月ノ宮グループの知名度をさらなる向上に日々貢献している。
(……なんつーか。英一さんと同じく。ちょっと完璧すぎて、もはや非現実的なんだよな、この人)
そう、彼女の経歴を思い返して改めて苦笑いの人見。
そんな彼女は、夫である諸星英一とは幼い頃から付き合いで、周囲の人々は『英一に釣り合うのは、やっぱり彩楓しかいないよね……』と分からせて、男女を問わず打ちのめしていたという。
……まぁ、そんな嘘みたいな逸話も「さもありなん」と思わせるほど完璧でお似合いなのが、この諸星家夫婦なのである。
「──蒼矢くん。新チームで結構頑張ってるみたいじゃない。いつも、菜月や真彩が嬉しそうに話してくれるのよ?」
「……まぁ始まったばかりなので。英一さんの指導を受けた有望なチームメイト達に負けないよう、毎日必死って感じです」
「ふふ、その謙虚な姿勢は相変わらずね。でも、もうちょっと強気な気持ちを出すのも大切よ? それこそ、諸星英一なんか霞むくらいの活躍してやる ! ……ってくらいにね?」
「いや、流石にそれはちょっと……! いや勿論、出来るならあのくらい大暴れしてみたいですけど……!!」
そのまま応接間へと上がった彼らは、そのような気兼ねのない会話を続けて笑い合う。
実は、前述のような凄まじい経歴・能力を持つ彼女も。
このように家庭ではとても優しい1人のお母さんであり……、人見にとっても、母のような存在なのである。
というのも、実は彼女は人見の母とは昔ながらの親友で、昔から彼のこともよく気にかけてくれていたのだ。
そのため、物心つく前に父を亡くし、母もずっと病気がちであった人見は、幼い頃から頻繁に彼女のお世話になっていた……という訳だ(このような経緯が、彼と菜月を幼馴染として結びつける大きな理由にもなった……ということになる)。
──まぁ、そう言う訳で。
「蒼矢くん。外でランニングしてきたんでしょう? お風呂沸かしてあるから、とりあえず入ってきなさいな」
「あ、はい。分かりました。……行ってきます!!」
人見は、彼女にとても頭が上がらないのであり、このように何か提案でもされれば、ただ従うほかなかったのであった!!
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「──あら、菜月から連絡が。……どうやら、もう部屋に戻ってきていいそうよ?」
それから暫くが経って。
人見も風呂から上がり、彩楓と談笑していたところ、スマホに届いた通知を見た彼女がそう報告をしてくる。
どうやら、例の燻煙殺虫とやらの処理が終わったようだ。
「……あ、そうですか。でしたら、もう戻ることにします。彩楓さん、今日はありがとうございました」
ということで、人見が自宅に帰る支度を始めると、それと同じように彩楓もまた立ち上がり、玄関へと着いてくる。
「──あれ、彩楓さんも出かけるんですか?」
「あー、……そう! 実はちょうど菜月に用事があってね。私もついていっていいかしら?」
「それはまぁ、勿論かまわないですけど……?」
そうして、彼女と2人で自宅に向かうことになった人見は、準備を整えて諸星家を後にして、エレベーターで少し下っていき、あっという間に自宅へと辿り着く。
ドアからドアで1分。
それが、人見の新居と諸星家の近さの具合であった。
以前、チームメイトの真壁にこのことを話したときは、『義理の父母とすぐご近所とか嫌すぎるだろ……』との言われたものだが、人見としては、これくらい近い方が何かあったとき今回のように助けあえるし便利だな、と思っているのだった。
そして、彼はポケットから鍵を取り出し玄関の扉を開けて、そのまま部屋へと入っていく。
「……おーい、ただいまー」
──返事は、ない。
聞いていた話からして、菜月はいると思ったのだが……、もう外出してしまったのだろうか? それとも、べランダにでも出ていて聞こえてなかったのだろうか?
そう考えた人見がとりあえず玄関先の廊下を進んでいくと、微かに奥から足音の鳴ったのを感じた。
……どうやら、リビングに彼女はいるようだ。
そう確信した彼は、リビングへ向かい、ドアを開ける。
「ただいま。というか菜月、なんで部屋でバルサ──」
──パンッッ!!!
そう、人見が菜月へ話しかけながら部屋に入ったその瞬間。
突如、そんな大きな破裂音が鳴り響く。
予想だにしてなかった展開に驚いた人見が、その正面に映る光景へと意識を向けると。
「「「──誕生日、おめでとうッッッッ!!!!!!」」」
そこにいたのは……菜月、真彩。一輝の諸星兄弟。
そして、廣中を中心とした、かつての高校時代の仲間たち。
そして、彼らの持っているモノから、先ほどの大きな音はクラッカーを鳴らした音であったということが分かった。
また、リビングのテーブルには、ケーキやチキンといった豪華な料理が所狭しと並べられている。
……ここまで揃ってしまえば、誰でも理解できるだろう。
──そう。本日4月6日、月曜日は。
人見蒼矢の、28歳となる誕生日なのであった。
【用語解説① 月ノ宮グループ】
戦後間も無い頃に『月ノ宮建設』として創業され、その後の日本(とくに東京)復興と共に成り上がった国内企業。
現在では本業の建設業だけでなく、不動産・ホテル・金融・出版などの多様な業種についての関係会社を持つ『月ノ宮グループ』として、日本有数の大企業に成長している。
また、近年では、都心に近くありながら比較的開発の手が薄く、本社も所在している23区東部の再開発に力を入れている。新興球団である下町ブレイブハーツの本拠地であり、商業施設等を併設した複合型施設である『下町スタジアム』や、それに隣接する『ブリリアントレジデンス錦糸町』(人見らの住むタワーマンション)などの建設も、その方針に基づく事業の一環である。




