#35『9戦目⑥ 〜脅威の新戦力②〜』
9回表。あと1アウトで敗戦というところから、ブレイブハーツ守護神の二階堂を打ち崩し逆転に成功した横浜シャインズ。
その裏の攻防。シャインズベンチは藤咲をマウンドに送る。
シャインズ一筋。チームの抑えを長年務めている右腕であり、昨年には通算200Sも達成したベテラン投手だ。
しかし、対するブレイブハーツもただでは終わらない。
9回裏の先頭打者は、前の打席に試合を同点にするグランドスラムを放っている4番打者、プライスJr.。
際どい変化球を2球見極め、2ボールとなってからの3球目。
『──さぁ振り抜いた!! 捉えた打球はセカンドの頭を超えて右中間を真っ二つ!! 打ったプライスは一塁回ってゆうゆうと二塁へ!! ブレイブハーツ、先頭からツーベースヒット。まずは同点のチャンスを作ります!!』
球場に響くファンの歓声の中、プライスが一塁上でベンチに向けガッツポーズで盛り立てる。
そして、続く打者は5番の真壁。
最初に投じられた球は、彼がまさに張っていたストレート。
それを受けて、真壁は迷わず振り抜く。
『──さぁ真壁も打った……っと打球がピッチャー直撃!!!』
真壁が打ち返した打球は、ピッチャーへ目掛けて一直線。
藤咲もなんとか避けようもするも、ノーバウンドで直撃。
そのまま、力無く倒れ込む。
転々としたボールをショートが処理するも一塁はセーフ。
二塁のプライスも、一度はライナーバックで下がったものの、ボールが転がったのを見て三塁へ進塁。
──これでノーアウト一、三塁。
すかさず諸星監督はサヨナラのランナーである一塁走者の真壁に変わって、代走のスペシャリスト速水を起用。
こうして、ブレイブハーツはいきなり、サヨナラの大チャンスを迎えていた。
『──いやぁ、氷室さん。これは大変なことになってしまいました。藤咲、まだ立ち上がれていません』
『……ライナーで直撃でしたからね。当たったのは軸足の……あー、膝の辺りでしょうか。これは痛いでしょう……!』
マウンドにキャッチャーを始めるとしたナインが集まる中、藤咲は問題ないと首を振りながらようやく立ちあがるが、明らかに打球の当たった右足を庇うように体勢は崩れている。
そして、駆けつけた球団スタッフとコーチが声をかけて。
『……あー、シャインズ石浦監督出てきました。やはりここはピッチャー交代のようです』
そうして、先ほどブルペンとの電話を繋いでいた石浦監督が、ベンチから出てきて球審に選手の交代を告げる。
シャインズ守護神の藤咲、わずか3球で無念の降板。
スタッフらに支えられながら、彼は悔しさに歯噛みし、足を引き摺るようしてベンチへと下がっていく。
「……ここでいきなり交代、誰が投げるんだろう?」
「えっと、今まだ投げてないピッチャーは……?」
菜月の疑問を受けて、真彩が野球速報アプリで状況を確認する中、球場にもアナウンスが流れて。
『──横浜シャインズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー藤咲に代わりまして、秦野。背番号24』
「……あれ、確かこの人もルーキーじゃなかったっけ?」
「えぇ、先ほどの火神選手と同じく、昨季のドラフト指名選手ですね。指名順位も彼に次ぐ2位だったはずです」
真彩の言葉に「やっぱりそうだよね」と反応しながら、菜月は彼の名前でネット検索を行う。
──秦野、彗。
26歳にしてプロ入りのオールドルーキー。
高校では内野手だったが、大学で投手に転向し才能が開花。
その後、関東独立リーグのチームに入団すると、投手として着々と成長し、昨年はチームの抑えとして活躍。防御率は1点代を記録し、セーブ王にも輝いている。
「……なるほど、独立出身の選手なんだ。ちなみに真彩、どんなピッチャーなのかは知ってたりする?」
「私も、前に軽く映像を見た程度ですが……。コントロールこそ良くはないものの、MAX150後半にもなる剛腕。……そして、なによりも彼の特徴を言い表わせる言葉こそが──」
そして、そのとき。
秦野がピッチング練習を終え、本日6番指名打者での出場。長谷隆行がバッターボックス。
外野フライでも同点の緊迫した場面で、第一球が投じられ。
「──『生粋の、カットボーラー』……ですかね」
『──ファール!!! 秦野、初球は得意のカットボールから!! ボテボテの打球が一塁方向に転がります!!」
注目の初球は、そのカットボール。
手元で曲がったその投球は、積極的に代り端を叩きにいった長谷のバットの先に当たり、彼の指をひどく痺れされる。
「えっ、今のカットなの!? ストレートだと思った!」
「……そこが、このピッチャーの大きな特徴なんです。球速はストレートとほぼ変わらない150キロ中盤ほど。投球割合も半分ほどを占めています。言うなれば、『カットボール』というより、『カッター』を投げているんです』
そうして球種表示に驚く菜月に、真彩は彼の投球データを詳細に映した某データサイトの画面を見せる。
彼女が言うように、秦野が投げているのそのカットは、ストレートとほぼ遜色ない球速が出ている。
それは、『スライダーとストレートの中間』のように概ね位置付けられている、いわゆる日本式の『カットボール』というより、ファストボールに少しジャイロ回転をかけ変化させる、米国式の『Cutter』なのだ。
「秦野選手は、どうやらこのボールを独立リーグ時代にあの杉野選手に教わったようです。そして、その投げ方こそが、彼にとっては相性抜群だった」
かつて彼らの父、諸星英一と同寺時代にアメリカの地で活躍した日米通算200勝の名投手、杉野達央。
彼が日本球界復帰後、独立リーグで選手兼任コーチを務めていた際に、米球界直伝のその球種を教わったのだ。
「──打者は捉えたと思ったのに、何故か打球は飛ばない。そう感じてしまうくらい、あのカットは手元で鋭く変化してるんだそうです。……なかなか手強い投手が出てきましたね……!」
そう、真彩が語りながら注目する、秦野対長谷の対決。
ブレイブハーツベンチでは、代打の切り札である笹沼や、本日休養のため控えに回っていた板谷の2人が準備をしており、諸星監督の「ここで勝負を決める」姿勢が表れおり。
その後、カウントは2─2となってからの5球目。
ここまでアウトコース一辺倒の配球であったのが、ついにキャッチャーがインコースへと構える。
そして投じられた球は、今度は長谷の胸元へと食い込み──。
『──バットがへし折れた!! 詰まった打球が前進守備のセカンドへ!! 三塁ランナープライスはスタートしている!!』
頼れるベテランの長谷と、実は足も使えるプライスの2人に、ゴロゴーのサインで託したブレイブハーツ首脳陣。
そして、そんな彼らの狙いを阻止すべく、前進守備を仕掛けていたシャインズ守備陣。
両者の全力のプレーが、ホームにてぶつかり合い──。
『──さぁ判定は…………アウトだあああああッッッ!!!』
減速することなく身体をうまく回り込ませ、左手でホームベースにタッチしたプライス。
そして、捕球から流れるようにホームベース付近に送球してみせたセカンドと、なんとか避けようとするランナーに、冷静かつ的確にタッチをかけるキャッチャー。
共に、無駄のない素晴らしいプレーを見せたその結果は。
ギリギリ、ほんの僅かにタッチが上回っていたのだ。
アウトコールがされるや否や、ブレイブハーツベンチも勝負所と見てチャレンジを仕掛けるも、判定は変わらず。
同点の大ピンチの中でのこの好プレーに、シャインズファンがアウェーとは思わせないような大歓声をあがるのだった。
【笹沼健人(34) 選手名鑑】
《16年目》
エクスパンションドラフト上位指名で下町ブレイブハーツに入団し、球団の黎明期を支えたベテラン外野手。
今季はシーズン序盤こそレフトでのスタメン出場が中心だったが、成績不振やケガでの離脱、加えてルーキー日下の台頭などもあり、後半戦は代打待機の試合も増加。2年ぶりに規定打席も未達になる悔しいシーズンとなった。
しかし、それでもキャリアハイで32発を放ったパワーは健在で、二桁本塁打の連続記録は維持。初年度からチームの主軸を担ったベテランが、来季はスタメン奪取を狙う。
[成績] 右/左(右左)
.223(278-*62) 10本 29打点 *2盗塁 *1盗塁死 OPS.667
93試合 二塁打12 三塁打1 四球21 死球4 三振62 犠飛1
出塁率.286(304-87) 長打率.371(278-106)
BB% 6.91% K% 20.46% SB% 66.7%
IsoD.063 IsoP.158 BB/K 0.32 *0犠打 (304打席)




