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第21話 奪われた時間を満たすには?

 穏やかだ、ああ穏やかだ、穏やかだ──

 いつもだったら粘り絡みつくようなワープリ部部長としての責務に追われているのに全てから解放されているような穏やかさ。

 部長に選ばれてからずっと頭を動かし続けてた気がする。今でも少しはワープリのことを考えてはいるけど、考える内容は全然違う。自分のことだけに集中すればいい。

 そんな訳で今日も今日とて休みの日は大体菫ちゃんの家にいる。

 だって私の家と菫ちゃんの家を直線距離で結んだら100mも無いから気軽に行き来できちゃうからもうこれは小学校時代からの日常。やることと言えば──


「ほら、ここ間違ってるわ」

「え? そうなの?」

「二列目のところ、+と-間違えてる」

「……あ、本当だ」


 そう宿題──完全に一緒にやるのが習慣になっちゃってる。家の中だとどうしても気が散る物が多いから菫ちゃん()の方が集中してできる。意図しない音が殆ど聞こえないこともあってテスト勉強もこっちですることが多い。菫ちゃんも

 そういう環境も理由だけど理由はもう一つある。


「お菓子をお持ちしました」

「やった、ありがとうございますイロハさん」

「そこに置いといて」

「かしこまりました」


 相変わらずそっけなくあしらうよねぇ……菫ちゃんの言葉に動じることなくお皿に盛り付けられた沢山のクッキーに鮮やかなジャスミン茶がテーブルに置かれる。

 これも楽しみの一つなんだよね。美味しいできたてのお菓子が食べられる!

 なにより正確無比な計量から用意される何時も変わらぬ味は流石はイロハさんなだけ──


「……あれ? イロハさんってこんな姿だったっけ? 前見た時よりも何だかデザインが前と違うような」

「高等部に上がったのに合わせてバージョンアップしたのよ。昨日珍しく帰って来たと思ったら改修するために来ただけだった、全く……」

「アームの精度向上に加えUCIバリアフィールドの展開が可能となりました。これにて防御能力が追加され作業スピードは20%程向上したと言えるでしょう」


 家事手伝い見守りアンドロイド──それがイロハさん。

 見た目の殆どは人間そっくりで頭部はアンドロイド的なメカパーツが目立ってる。目の部分にはゴーグルがあってその奥からはほのかに光る目が見える。耳にはヘッドホンみたいなアンテナが付いててここからネットの情報に繋げたりするみたい。

 菫ちゃんのお父さんとお母さんはアンドロイド工学、特にAI部分の第一人者なだけあってこのイロハさんは全てのお世話アンドロイドの母とも言えるぐらいの存在。

 私が菫ちゃんと出会った頃からこのイロハさんは菫ちゃんを守っててバージョンも何度か上がってるのを知ってる。

 でも、性能が上がる度に菫ちゃんは不機嫌になっている気もする。


「無駄機能の増加でしかないわ。そんな紹介どうでもいいから、さっさと家事を終わらせといて」

「かしこまりました──ごゆっくり」


 そんな菫ちゃんの感情を察しているのかいないのか。頭を下げてスッと部屋から出て行く。本当に人間みたいな動きだよねぇ。モーター音とかも全然聞こえないし間接部分は服で隠れてるから頭部の目立つ部分がなくなったら区別がつかなくなっちゃいそう。


「ぞんざいに言いすぎじゃないかな?」

「良いのよどーせ手伝いロボットに過ぎないんだから、感情とかストレスとは無縁でしょ。壊そうとしないだけ優しいわ。全く……イロハの方が自分の子供だと思ってるんじゃないかしら……」

「そんなこと無いって。そもそも菫ちゃんがいなかったらイロハさんもここにいないと思うよ」


 「そうかしら?」と言ってるような不機嫌な瞳。

 長く一緒にいるから自然とわかってる──菫ちゃんがイロハさんに対して敵意みたいなのもある。それは多分嫉妬で直接聞いたりするわけにはいかないデリケートな部分。

 菫ちゃんのご両親は多忙に多忙で滅多なことじゃ家に帰って来ない。ずっと研究所でアンドロイドの研究をしてる。だから自分よりもイロハさんの方が大事に想われていると勘違いしているかもしれない。

 とは言っても「菫ちゃんの方が大事」に説得力を持たせるにはご両親の言葉と態度が必要不可欠。なのに休日の日曜日でも帰ってくることはない、私のお父さんみたいに海に出ている訳じゃないのに。

 それに私が夜近くまでのんびりしていても菫ちゃんの両親に注意されることもイロハさんに何かを言われることは無い。私のお母さんには「お邪魔しすぎ」って注意はされたけど。

 でもお母さん曰く、これからも遠慮なく遊びに来て欲しいと挨拶されたこともあって逆に困ったみたい。イロハさんを通じて家の情報はバッチリと伝わってるみたい。


「ま、役に立ってるからそれでいいけど。これでポンコツだったらバッテリー抜いて廃品回収に出してるわ」

「あはは……」


 冗談に聞こえない……。

 イロハさんは一家に一台みたいなコンセプトの家事代行アンドロイド。その全ての始祖となるプロトー01──らしい。

 姉妹機の皆は毎月定額を支払うレンタル型で多くの家庭の役に立ってるのが今の世の中。私の家は導入してないけど確か白華の寮にはいるんじゃなかったかな?

 まあ、そんなことよりもお菓子をいただかないとね。お店で買ったような綺麗な彩りと形、さらにジャムが乗っているオシャレなクッキー、これがお手製なんだからすごい。

 食べてみれば──うん、いつも通り菫ちゃんの好きな豆乳クッキーだ。味も今まで通り美味しい!

 不機嫌な菫ちゃんもこれを食べるとなんだかんだで機嫌が元に戻る。 


「そうだ、今日ウチで夕飯食べていかない? 折角バージョンアップしたんだからこき使ってあげないと」

「いいかも。じゃあお母さんに連絡しとこっと」


 なんとなく予想してたけど誘われる気がした。

 菫ちゃんが私を夕飯に誘うのは寂しさの限界が近い時だけ、最初の時は服の袖を摘まんで今にも泣きそうな顔でお願いしてくれたのを覚えてる。

 クールに振る舞ってるけどお父さんとお母さんと一緒に何かをしたい。そんな自分の気持ちに気付いているのかいないのか。でも、教えたらそんな訳無いって否定もされそう。

 私の家で食べることもあるけど回数的にはこっちの方が多い。どっちが美味しいとかじゃなくて手間の問題。

 メッセージを送るとスタンプで「OK」って返って来た。


「普段だったらもっと遊んだりしたいけど、あんまり動く気になれないわ」

「やっぱり練習がハードになってるもんね」

「逆に前が緩すぎたってのもあるわ。試行錯誤見様見真似、あたし達なりに最善を探して実行してきたつもりだけど、あっさりと効果的な練習をやらされてちょっと悔しくもあるわ」

「……だよね。嬉しいけどどうしてもね」


 宿題の後は一緒に明日からの練習はどうするか考えるのも習慣だった。

 あーでもないこーでもないって相談して成功したり失敗したり、最善を探っていくのも楽しかった。真っ暗闇の海を小舟で進んでいくような気持ちだった。ゴールの見えない不安に押しつぶされそうでも菫ちゃんと二人だったから進むことができた。

 だからこそ……私達で練習メニューを考えたからよりコーチって本当に凄いって思う。

 明らかに間違ってるような練習を提示してくることもないし、練習の目的も私達をどう鍛えたいかはっきりしてる。多分コーチの頭の中では私達の完成形みたいなのが既に思い描かれてると思う。

 まるで……あの日々が無駄だったんじゃって思う位優れた答えをバンバンとぶつけられた。同じような真っ暗闇の海を進んでいてもコーチは大船で先を見通せるライトも、海図やコンパスを持っているかのような安心感しかない。


「まっ元々あたし達はプレイヤーで学生、全部を完璧にこなそうったってリソースが足りないわ。むしろ喜ばしいことなのよ、余計な荷物が無くなった~って。コーチのおかげでこうしてのんびりできるのも悪くないし」


 絨毯の上で手足をぐ~って伸ばして寝そべってる。

 切り替えが早くてちょっと羨ましい。でも──


「菫ちゃんと色々相談するのも楽しかったんだけどね、これからはそれをしないとなるとちょっと寂しいかなって」

「……だったら別のことで楽しめばいいじゃない。ワープリ関連で何かするのもいいし運動系はできないにしても動画を見れば以前とは違った見方もできるようになるかもしれないし、そうだ! 公式で出してるゲームってあったじゃない? 興味はあったけど前はやる暇なかったけど今ならできそうじゃない?」

「そっか、別のことをすればいいんだよね。それもやりたかったことを」

「余裕ができたと捉えるべきよ。それに……こっちは練習の相談以外やりたかったことあるし」

「菫ちゃん……!」


 確かに部長になる前はもっと色々遊んでた。宿題の後はゲームしたり買い物行ったりイロハさんのお菓子を食べながら映画を見たり、もっと自由だった。

 コーチに全部奪われてちょっと空虚感に襲われていたけど、今までどけていたものを元に戻せばいいだけだった。


「じゃあ早速映画見よ映画! ずっと気になってるのが配信されてたはずだから!」

「はいはい、じゃあイロハにポップコーンでも作らせるわ」

「いいね! なら『紫煙の弾丸3』見ようよ」


 私の大好きな紫煙の弾丸シリーズ! ワープリをやってなかったら多分出会うことは無かったかもしれない作品。

 美人エージェント『(ゆかり)』が巨悪に立ち向かうディープなファンが多い人気ガンアクションムービーシリーズ!

 1は麻薬販売組織のヤクザ、2は内乱を誘発させる武器商人、3はツインタワービル爆破阻止。

 話の展開が粗削りな部分も多いけど主役のかっこよさとアクションの派手さで全部なぎ倒した超作品! 感想も「見ているだけでストレスが吹っ飛びました」「二週三週したけど話を理解しきれませんでしたが映像が気持ち良いのでOKです」「スタントマン使ってる気配ありません! もっと大事にしてください!」だったり、まぁ他にもKAEDEさんだから見てるっていう男性ファンも多すぎてそういう感想は気持ち悪さが勝るかなぁ。

 もしも金剛(むらさき)さんよりもこの人を先に見ていたら使っているトイも違ってたと思う。そういえ読み方は違うけどば漢字は一緒なんだよね。

 一階のリビングには大きなテレビとくつろげる大きなソファーがあって、もしかしたら御両親よりも私の方が長く使ってるかもしれない位出番に見舞われない。イロハさんが掃除をしてくれてるから埃の心配は全く無い。

 菫ちゃんが指示を送った後、プレムビを開いて映画の一覧を表示する。この画面を見るのも久しぶりだなぁ。


「去年やってた4は見に行く暇無かったものね。そろそろ配信されるんじゃないかしら?」

「大きいスクリーンも良いけどこうやって落ち着いた場所で見るのも悪くないよねぇ」

「……そうね。映画館だと寝そべって見ようと思ったら特別シートみたいなので余計にかさむもの」

「映画館だと真剣に見たいから逆に普通の席の方が良いと思わない?」

「確かに言えてる。ちょっと広いペアシートとかなら丁度いいかも」

「おお、確かに! あれ、でもそっちも少し高いよね?」

「たまにならいいんじゃない?」

「でも最近は見たい映画無いんだよねぇ」

「だったら冒険物の映画見に行かない? 面白そうなのがあって来月開始なんだけど」

「うん、いいね!」


 来月かぁ……負けられない理由がもう一つできた。

 後ろめたさとか後悔無く純粋な気持ちで映画を見ないと絶対に楽しめないから。


「できあがりました」


 後ろからポンポン鳴っていた音が鳴り止むとまだ湯気が残るポップコーンがドサリと皿の上で山盛りになっている。お塩の香りがたまらない!  

 これで楽しむ準備は万全、再生開始のボタンを押すとすぐに始まる銃撃戦と混乱した場面。音量を間違えたんじゃないかってぐらい響く音、始まりは何時もこれだよね──


「主役の女優さんって確か白華の卒業生なのよね」

「KAEDEさんは凄いよね。動けてスタイルの良い美女優で憧れちゃうよね~私達もこれぐらいになれちゃったりするのかなぁ?」

「流石に高望みしすぎでしょ。セイラが女優の道を進むってなったら届くかもしれないけど……40代なのにこの若々しさはちょっと怖さも覚えるけどね」


 アンチエイジング技術は進んでいるとは言っても別格。お母さんと同年代位だけどKAEDEさんの方が5歳ぐらい若く見えるもん、この映画と今の姿だって大して変化無い気がするレベル。

 まぁ、そんな若さ談義は置いといて話に集中する。

 簡単な流れはツインタワービルを敵視する企業が妨害工作として爆破を実行する。それを止めるために警察やKAEDEさん演じる特殊エージェントの(ゆかり)が活躍する──以上!


「またとんでもない任務がやってきたようね」

「悪いわねあなたのフラッペ私のズボンが飲んだみたい──これで次は全トッピングを頼むといいわ」

「気に入った──あなたを殺すのは最後にしてあげる」

「助手席に乗りながら飲む酒が一番美味しいのよ」


 機械のように冷徹な実力者だけど人間味ある姿に誰もが魅了される。

 別シリーズの話だけどボディスーツを着ながら屋台のおでんを食べるシーンはシュールすぎて真面目な話なのに入って来ないこともあった。

 そんな訳でクライマックス、風が吹き荒れるツインタワービル屋上、東棟で人質を盾にしている悪人。西棟で銃を構える紫。連絡橋も落とされ空中という壁に阻まれ助けに行けない状況、さらに逃走用のヘリが近づいてきている。東では相棒枠の若い刑事さんがいる。

 人質を傷つけずにどうやって助けるか──ビル同士の隙間は50m以上この距離をどう狙うか。


「私の弾丸は悪のみを撃ち抜く」 


 訪れる無音──

 煙が弾け銃口より放たれる弾丸が空へと飛ぶ。

 勝利を確信した余裕の笑みを浮かべる悪人。その数秒後、空を漂った弾丸は曲線を描いて肩へと直撃、パニックになったところで人質は暴れて離れる。

 激情して人質を撃とうとするけど、その銃も紫さんに撃たれて失敗──刑事さんが取り押さえてそのまま逮捕。

 最後に頼るべきところは頼ってるのがかっこいいよねぇ……人質になっていた人達もただ助けられることだけを待っているんじゃなくて、自分にできることを必死にやってる。思わず手に力が籠っちゃったよ。

 

「はぁ~面白かったぁ~やっぱり久しぶりの紫煙シリーズは心を滾らせてくれていいねぇ」

「シリーズ重ねても相変わらずツッコミどころ多いわね……」

「そうかな?」

「まぁ、複雑に考えながら見る作品じゃないものねこれは」


 そんなこと言ってながらも無意識的に手に握り拳ができてたのは知ってるよ。言わないけどね!

 親友とゆったりソファに座りながらポップコーン片手に映画を見る……こんな贅沢な休日は久々だなぁ……練習を頑張った自分へのご褒美感もあって充実してる。

 これは来週も頑張れちゃうな!


本作を読んでいただきありがとうございます!

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