ムースさんと海水浴へ!海中大決戦です!前編
夏はムースたちの住んでいるアパートは地獄と化す。
クーラーが設置されてないので扇風機かうちわで過ごすしかないのだが、室内温度は三十五度を上回っており、扇風機を「強」にしても温風しか吹いてこない。
美琴の長い髪は汗でぐっしょりと濡れて、ムースは暑さのあまり机に突っ伏して一言も口を利かない。否、話す力さえ失われているのだ。
美琴は冷凍庫からとっておきの棒付きアイスを出してきて、袋を開けてからムースにあげた。
「食べると涼しくなりますよ」
「でも、一本しかありませんわ。美琴様はどうしますの?」
「わたしは大丈夫です。暑さには慣れていますから」
美琴からアイスを受け取って口に含むとバニラの濃厚な甘さと冷たさが口の中を幸せにしてくれる。
「生き返りますわぁあああ~!」
沈んでいた顔が嘘のようにイキイキと輝きだしたのを見て、美琴も嬉しそうに笑った。
無我夢中でアイスを平らげ、棒をゴミ箱に捨てたムースは、机から身を乗り出して。
「美琴様、大切なアイスもなくなってしまいましたし、わたくしたち、いよいよ追い詰められましたわ。何か、対策を立てませんと死にますわよ!」
「海水浴、はどうでしょう」
「海水浴ってなんですの」
「海に行って泳ぐんです。気持ちいいですし、夏の定番ですよ」
「海に行くんですの!? サメが出たら危険ですわよ!」
「その時はわたしがお相手をしますから、大丈夫ですよ」
「ま、まあ美琴様がそこまで仰るのでしたら、行かないこともないですわよ。海水浴……美琴様の水着姿も見たいことですし……」
「何か、言いましたか?」
「なんでもありませんわよ!それでは、水着を買いに行きますわよ!」
「そうですね。一緒に素敵な水着を選びましょう」
こうしてふたりは水着をデパートに買いに行くことにした。
ムースが暮らしていたパスティス王国は内陸に位置しており、海がなかった。
海に関する情報は家族から聞かされることのみで、サメと呼ばれる凶暴な生物がいる、くらいの知識しか持ち合わせてはいなかった。
だからこそムースは美琴に危険だと言ったのだ。
「デパートには本屋さんもありますから、海の写真をガイドブックで見ることができますね」
「楽しみですわ。美琴様の仰る冷たくて気持ちのいいところ、早く行ってみたいですわ~!」
「そのためには水着を選ばなければなりませんけれど、ムースさんにお任せしてもよろしいですか? わたし、ファッション関係には自信がなくて……」
「もちろんですわよ。わたくしが美琴様に似合う水着を選んで差し上げますわ」
「やっぱりムースさんは頼りになりますね」
「そうでしょう。オーッホッホッホッホ!」
楽しい会話を続けながら歩いていると、不意に美琴が険しい表情で立ち止まって告げた。
「ムースさん。少し待っていてください。行ってきます」
美琴はムースが答えるよりも先に超高速で駆け出した。
彼女の視界が捉えたのは道路に飛び出し、今にもトラックにひかれそうになっている男の子だ。
美琴は掌で軽くトラックを抑えて動きを停止させ、男の子を抱きかかえて歩道へジャンプし、優しく彼を下した。
「危ないところでしたね、もう大丈夫ですよ。外で歩くときは気を付けてくださいね」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
続いて美琴は大きな手さげ袋を持ってヨロヨロと歩くおばあさんを発見した。
「もしよろしければわたしがお手伝いしましょうか」
「まあ、ありがとう」
美琴は軽々と荷物を指先に引っ掛け、おばあさんの手を引いて歩きだす。
家まで送り届けると、今度は煽り運転をして迷惑をかけている車を見つけた。
美琴は跳躍して車に乗ると、怪力を活かして車を持ち上げ、そのまま空を飛ぶ。
急に車が宙に浮かんで仰天する運転手に、美琴は穏やかな口調で語りかけた。
「ごめんなさい。わたしが持ち上げています……あなたはこれから警察署に連行しますけれど、許してくださいね」
「嫌だ!助けてくれ、おろしてくれぇ!」
「お巡りさんのところについたら降ろしますから、安心してくださいね。
みなさんに迷惑をかけるような運転をしては、多くの人が悲しみますから、わたしも辛いですけれど、少し反省していただけると嬉しいです」
優しい口調で一切の躊躇いがない行動に運転手は仰天し、そのままおとなしく警察に車ごと連行されるのだった。
超視力と超速度でそれらを解決したあと、改めてムースの前に戻って掌を合わせて謝る。
「ムースさん、少し待たせてしまってごめんなさい。気を悪くしているでしょう?」
「そんなことないですわ。美琴様のことですもの、慣れていますわ。買い物ついでに人助けができて良かったですわね。これで、良い水着もきっと選べますわよ」
「ですね……」
少し道草を食ってしまったが、ふたりはデパートにたどり着き、意気揚々と水着売り場へと向かうのだった。
「これが海ですのね。綺麗ですわ~!」
ムースは太陽の光を浴びて青く輝く海の写真を見て、顔をほころばせた。
水着売り場に行く前にふたりは本屋さんに立ち寄って海の写真を見ることにしたのだ。
写真集のページをめくる度に、彼女の瞳が光ってとても嬉しそう。
「海について少しはわかりましたか?」
「はい。とっても。海にはサメやシャチなどの怖い存在もいますけれど、イルカみたいに可愛い生き物もいるみたいで、今から行くのが楽しみになってきましたわ。
美琴様、この本、買ってもよろしいですの?」
「ムースさんが嬉しいのなら、わたしが否定する理由はありません」
「ありがとうございますわ!」
ムースは鼻歌を歌いながらぴょんぴょんとスキップをしてレジに並んだ。
袋に包まれた本を大事そうに抱えながら、美琴と並んで水着売り場へと向かうと、彼女は再び驚嘆の声をあげた。
「たくさん種類がありますわね。美琴様、ひとつずつ試着してみたいですわ! 美琴様も付き合ってくださいませ」
「全部はさすがにお試しし過ぎのような気がしますけれど……」
「そんなことありませんわよ!好みを探すのに躊躇っていたら満足はできませんわよ!
さあ一着ずつ試してみますわ!」
「は、はぁ……」
ムースの迫力に押され、美琴は苦笑いで肯定することしかできない。
大量の水着を抱えて試着室へ入ったムースだが、いきなり人前に肌を晒すのは抵抗があったのか、服の上から合わせてみることした。
美琴としてもすべての水着を試着されては周りの人に迷惑がかかると思っていたから、彼女の振る舞いに少し安堵を覚えるのだった。
最初は赤いフリルのついたビキニで、続いては黄色、白と合わせていく。
「美琴様、どう思われますか?」
「少し、派手すぎるかなとは思いますけれど、ムースさんが好きなら、それがいちばんいいのではないでしょうか」
「いーえ!ちっとも気にりませんわ。美琴様が称賛してくれる水着でないと、わたくしも納得いきませんの!」
「わたしの基準よりも、自分の好みを大事にした方がいいのではないですか?」
「ダメですわよ!だって美琴様はわたくしより海に関しては詳しいでしょう?海水浴場で浮いた水着では恥をかいてしまいますから、ここは先輩の意見に従いたいのです!」
「それでしたら、わたしも水着選びをがんばらないといけませんね」
「そうですわよ。気合を入れて選んでくださいませ♪」
様々な水着を試着した末にムースが選んだのは白銀色のワンピース水着だ。
ムースは自分の水着を定員さんにお洒落な紙袋に入れてもらって、ご満悦。
次は美琴のものを選ぶ番になったが、服の上から合わせても腕を組んで口を少しへの字にして眉は下がって困った顔をするばかり。
「ムースさん、どうかしたのですか?」
「なんでもありませんわよ。ただ、美琴様はわたくしと比べますと背も高くてスレンダーですもの、海に群がる玩具共に強い刺激を与えてはいけないと考えているのですわ。
白も清楚な美琴様に合いますし、黄色も元気があって場がパッと明るくなるに決まっていますし、大胆な赤いビキニも派手で普段とのギャップがあって素敵ですもの。
でも、美琴様は黒がお好きですわよね?」
「はい……」
恥ずかしそうにうつむく美琴にムースが差し出したのは、白いフリルのついた黒ビキニだ。
「これなら黒と白のフリルの相性が抜群で気に入っていただけるはずですわ」
試しに合わせてみると、美琴も気に入ったようだ。
お互いが納得する水着を選んで幸せな気持ちで帰宅したふたりだった。
眩しい太陽とコバルトブルーに輝く海が自慢のとある海水浴場では、夏の暑さに参った人々が集まりバカンスを楽しんでいた。
大勢の水着姿の人々がバーベキューをしたり、泳いだりと思い思いに満喫している中、
ひとりの女性が海を泳いでいると、突然、両足の自由を奪われた気がした。
何が起きたのかと視線を下に向けると、太い触手が絡んで引っ張っているのだ。
あまりのことに悲鳴を上げようとしましたが、それよりも素早く、謎の触腕はすごい力で女性を海の底へと引きずりこんでいく。
それから、ひとり、またひとりと海から人が消えていき、徐々に人数が少なくなっていく海辺に監視員が気づいた時、犯人が姿を現した。
それは巨大なタコとイカの化け物で、どちらも十メートル以上の大きさがある。
突然の化け物の襲来に人々は大パニックとなり逃げようとしますが、何本もの触腕がそれを許さず、人々を捉えては深い海の底へと引き込んでしまうのだった。
すっかり餌を食らいつくした二体は次なる狩場を目指して、海の中へと消えていった。
美琴とムースは予定通り、海水浴場へと赴いた。
朝が早かったからなのか、客はまばらだ。
先日選んだ水着-―ムースは白銀のワンピース水着、美琴は黒に白いフリルのついたビキニに着替えてから、まずは日焼け止めクリームを塗ることに。
「美琴様、わたくしが美琴様の美しい全身に塗って差し上げますわよ」
「ありがとうございます。でも、美しいだなんて、恥ずかしいです。わたし、お胸もあまりないですし」
「謙遜してはいけませんわ!美琴様のお胸は美しいですし、谷間だってちゃんとありますもの。もっと堂々と水着姿をわたくしにアピールすれば、それでよいのですわよ」
「ムースさんに言われると、ちょっとだけ嬉しくなります」
「でしょう? さ、クリームをたっぷり塗って差し上げますから動かないでくださいませ。
ぬりぬり~ですわ」
「ウフフッ、ちょっとくすぐったいです」
ムースは丁寧に美琴の長い四肢や細い腹にクリームを塗って、真夏の太陽から守ろうとした。自身もまた、美琴に塗ってもらって日焼け対策は万全だ。
ふたりは砂の城を作ったり、デッキチェアに腰かけて日差しを浴びてまったりしたり、
美琴が作ってきたおにぎりを食べたりして海を楽しむ。
「海で食べるおにぎりは、潮風がおにぎりについて美味しくなるんですよ」
「ほんと。いつもとちょっとだけ味が違うみたいですわね」
「わたし、海で食べるおにぎりが好きなんです」
「わたくしも大好きになりましたわ」
それから少しして、ムースは美琴にバニラ味のソフトクリームを奢った。
先日自分が食べてしまった借りを返すというわけだ。
店員さんにひと巻きサービスしてもらい、自分も小さなスプーンでお付き合いするあたりは彼女の強かさが現れている。
ムースは海が初めてということで、溺れないようにとライフジャケットに浮き輪も装備で、海の中へと入っていく。暑い砂浜とは対照的に海の中はひんやりと冷たくて気持ちがいい。
「ひゃっ!海水ってとっても塩辛いですわ!」
「海の水からお塩はできるんですよ」
「さすがは美琴様、いろいろとお詳しくて勉強になりますわ~」
ムースはプカプカと浮き輪の力で浮いて波の流れに身を任せてゆったりとしている。
「気持ちいですわ~」
「ムースさん、あんまり深いところに行ってはダメですよ」
「わかっていますわよ。海って本当によいところですわね……」
あまりの気持ちよさにまどろみかけた時、ムースは足が何者かに掴まれたのを感じた。
「もう。美琴様、いたずらはいけませんわ」
「……」
「美琴様?」
海の下に視線を向けると、そこには巨大な触手の姿があった。
「きゃあああああっ」
滅多に動じることがないムースが金切り声をあげたことで、美琴は異変を察知し、高速移動でムースの場所へ移動すると海面からムースを触手でぐるぐる巻きにしたまま、巨大なイカが現れた。
美琴はすぐさま手刀で触手を切断し、ムースを助け出すと、イカから間合いを取る。
海面で浮遊してふたりが対峙すると、巨大な水柱が発生し、中から大ダコが現れた。
「せっかくの楽しい思い出に水を差すなんて、相応の覚悟がおありのようですわね」
ムースはいつもより少しキーを高くして、苛立ちを発した。
美琴とムースは構え、イカとタコも目を吊り上げて臨戦態勢に入る。
両者が火花を散らし、海上での決闘が始まった。
「アイアン・メイデン!」
ムースはいきなり大イカに対し、能力を発動した。アイアン・メイデンは女性型の拷問器具で中には無数の棘が入っており、収納された者を串刺し血塗れにする機能がある。
通常サイズでは機能しないので、超特大サイズでイカを挟み込んだのだが、次の瞬間には内側から拷問器具を破壊して飛び出してきたではないか。
「嘘でしょう。わたくしのアイアン・メイデンが効かない……」
次々に迫る触手を相手どり躱しながらも、ムースは次なる策を考える。
「水は電気を通しやすい、でしたわよね」
これまた巨大サイズの電気椅子でイカを縛り付けて何億ボルトもの電流を流すが、イカは耐えに耐えて、遂に電気椅子をも破壊してしまった。
慣れない海中での戦いに加え、普通とは違うサイズの敵が相手のために特大サイズの器具を生成し、それが突破されたとあってか、ムースは心身的に疲労を覚えた。
一旦浮上して海から身体を出し、イカと向かい合い。
一方の美琴も大タコの触手攻撃を切断したり回避したりしていたが、いくら切っても触手をすぐに再生させては襲い掛かってくる。
しかも、一向につかれる様子が見られない。
美琴は触手の一本を掴んで上空へ引っ張り上げてから、投げ技で海面へと叩きつける。
盛大に水しぶきがあがってタコは海面に横たわるものの、目を吊り上げて更なる猛攻を開始。
鞭のようにしなる触手が美琴の腹を殴打し、彼女の剥き出しの腹が赤く腫れあがる。
いつもより軽装なので機動力は増すが、代わりに防御力が低下しているのだ。
「これは困りましたね……」
「きっと、夏場にしてはお客さんが少なかったのは、彼らの仕業でしょう。
早く倒さないと被害が増えてしまいます……」
焦れば焦るほど追い詰められる現実にふたりは汗を流した。
すると、イカが口を利いた。
「お前たちが戦いやすいようにしてやろうかぁ?」
「何をする気ですの……」
「決まっているだろうが」
降り注ぐ太陽の下で大タコと大イカは縮小し人型へと変態していく。
タコの膨らんだ胴体は小型化して頭のようになり、触手の何本かは長い髪のようになっている。
黄色い瞳に赤い肌、筋肉質の体躯には吸盤が幾つもついた不気味な姿をしている。
イカも尖った胴体を頭に変化させ、艶やかな白いボディが特徴的な人間体となった。
「名乗るとしよう。俺はタコゲソルズ!」
「俺はイカゲソルズ!」
タコとイカの怪人は名乗りを上げ、ふたりの水着姿の女子を見つめた。
「わたしは闇野美琴です!」
「わたくしはパスティス王国の姫、ムース=パスティスですわ!」
名乗りは終わった。あとは力を比べるだけだ。
「せっかくふたり同士なんだ。タッグマッチと洒落こもうぜ」
「……仮にわたしたちが勝ったら、どうしますか」
美琴が低い声で訊ねるとタコの怪人は肩をすくめて笑った。
「オイオイ、試合も始まってねぇのに勝つときやがったか。大層な自信だが、万が一お前らが勝ったら俺たちは二度と人を襲わねぇでおいてやる」
「……約束、ですよ」
「ただし!俺たちが勝ったらお前たちは餌だ!」
「……わかりました」
「決まりだな。じゃあ、ステージを用意してやるとしよう。お前たちの墓場とも言えるが」
指を鳴らしてサンゴの死骸のマットとウニの鎖でできた三本ロープのリングが現れた。




