ムースさんと海水浴へ!海中大決戦です!後編
突如として深い青色の海から突き出してきたプロレス用のリングは、通常のものとはあまりにも異なっていた。
マットは固いサンゴの死骸で作られており、単純な投げ技でも威力は高くなるだろう。
三本ロープにはびっしりとウニの殻がつけられていて、ロープを使用した飛翔技やロープに振られでもしようものなら全身にウニの棘が刺さって怪我をしてしまう。
リングの外は海なので、投げ捨てられたら海の底へと沈んでしまう。
ただでさえ海の泳ぎは初体験のムースなのに、海中戦を得意とする大タコと大イカの化身、タコゲソルズとイカゲソルズが相手では分が悪すぎる。
仮に浮き輪を使用したとしても、穴を開けられてお終いだろう。
つまるところリングの外も内も地獄なのだ。
リングに上がってマットを踏んだ美琴は、想像以上の硬さに武者震いが起きた。
だが、これ以上彼らの蛮行を見逃すわけにはいかない。戦えるのが自分たちだけなら、勝たなければいけない勝負なのだ。
ヘラヘラと笑い続けるイカタココンビを一瞥してから、そっとムースに耳打ちをした。
「先方はわたしが努めますから、ムースさんは待機してください」
「美琴様、ここはわたくしに任せてくださいな」
「ですが、ムースさんは……」
言いかけて、美琴は言葉を噤んだ。
ムースの横顔が凛々しく、目に激しい闘志が宿っている。
「わかりました。任せます」
美琴はふっと笑って、ムースとハイタッチ。自らは後方に構え、彼女がピンチに陥れば、援護射撃を行うつもりだ。
上空を浮遊するヘリコプターには特大の画面が取り付けられており、世界中で彼女たちの試合が中継されている。
敵チームはタコゲソルズが先方を務めるようだ。
美琴にとっては苦い思い出のあるタッグ戦方式。
先の敗北を返上するためにも、この試合には勝利したい。否、してみせるのだ。
波の音と同時に鐘が鳴り、海上リングでの試合が開幕した。
「参りますわ」
ムースはタコゲソルズの太腿に果敢に蹴りを打ち込んで攻め立てていく。
筋肉の塊と評してもいいタコゲソルズだが、ムースの滅多蹴りを受けて怯んでいる。
ムースは彼を持ち上げ、ボディスラム。続いて腕ひしぎ十字固めを極めて、彼の右腕をもぎ取ってしまった。
「取れやすい腕ですこと」
「フィシュフィシュ……この程度で俺の戦力が落ちたと思っているのか?」
瞬時に右腕を再生して、パンチによる猛ラッシュを繰り出し、逆に追い詰めていく。
ムースは踏ん張りを効かせて腕を固めて懸命に拳を防ぐが、体格差から押され始めた。
彼女は何発目かの拳を躱して、ウニのロープに被弾させることで流血を呼ぶと、隙を突いて後ろ蹴りをタコゲソルズの股間に命中させた。最大の急所を蹴られ七転八倒する中、ムースは呼吸を整える。
下手に追撃をすれば、どんな痛手を受けるかわからないので慎重に攻めるつもりなのだ。試合序盤にエンジンを全開にするのは得策ではない。
突進してきたタコゲソルズの勢いを利用してショルダースルーで放り投げ、ウニのロープに衝突させようとするが、寸前で身を翻して阻止。
一進一退の攻防が続く中、美琴は試合を観て両者の動きが小さいことに気づいた。
硬いマットに危険なロープとなれば、どうしても動きは小さくなってしまう。
リングのすべてを使って攻撃ができないのは、戦闘の幅を制限されることを意味し、ムースにとってはつらい展開になってくる。
リング上ではタコゲソルズがムースに抱えられ、エアプレーンスピンをかけられ何度も振り回された末に放り投げられたものの、ロープを超える寸前にロケット頭突きで帰還して強烈な一撃を食らわせてから、瞬く間にムースをロメロスペシャルに極めた。
四肢を極められ吊り上げられ、ムースは激痛に苦悶の表情を見せている。
美琴がカットしようとすると、タコゲソルズは髪の毛を伸ばして足を捉え動きを封じる。
これで邪魔はできない。
「イカゲソルズ、頼むぜー!」
「待ってたぜ、兄弟―ッ!」
タコゲソルズの呼び声に応じて、イカゲソルズが鉄柱の最上段に駆け上がって跳躍し、鋭い頭部を光らせてムースに迫る。
「ネプチューンの剣!」
巨大な頭部が刺さった腹からは大量の鮮血を招いた。通常の戦闘服であるコルセットならば、衝撃を分散し貫かれることはなかったのだが、薄いワンピース水着だったので悲劇が起きた。
イカタココンビが技を解いて、ボロ雑巾のようにムースを蹴り飛ばすと、彼女はゴロゴロとマットを転がり美琴の元へ。
「み、美琴様……」
「ムースさん。今は喋らないでください。すぐに痛みが和らぎますよ」
美琴はムースの腹を軽く撫でて回復させていくが、腹の傷が塞がってもムースが受けたダメージは大きかったのだろう、立ち上がることさえままならず。
どうにか震える手を伸ばしてタッチをしようとする。美琴も必死で腕を伸ばしてタッチ。
「美琴様、過ごした夏の思い出、決して忘れませんわよ……」
その言葉を残して転がると、エプロン側で気絶。
「ムースさん。あなたの頑張りは絶対に無駄にしません」
美琴はロープをバク宙で飛び越えてリングインすると、敵対するふたりを見た。
静かな、敵意さえも感じない瞳にふたりは不気味さを覚えた。通常ならば、味方があれほど深手を負えば激高し、冷静さを失うのが常のはず。
ところが美琴の瞳からは怒りを全く感じることができず、構えは自然体そのものだ。
海のような静けさに、困惑したふたりだが、虚勢と判断し煽り出した。
「黒髪のねえちゃん。お前ひとりで俺たちと戦おうっていうのか」
「……ひとりではありません。ムースさんがいます」
「はァ?あいつはやられちまって使い物にならねぇだろうが!」
「たとえ倒れてしまっても、心は一緒です。ここからは、ふたりで戦わせていただきますね」
「やれるもんならやってみろや」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
ニコッと笑ったかと思うと、美琴は瞬時に甘いを詰めてタコゲソルズの胴に肘、顎先にサマーソルトキックを命中させ、首を掴んで鉄柱に投げ飛ばす。
すぐさま、跳躍してタコゲソルズが頭突きで返ってきたところをカウンターでドロップキックを浴びせ、頭部を凹ませた。
「頭が!俺の頭があああああッ」
膨らんだ頭は柔らかくタコゲソルズの最大の弱点になっていた。
どうにか立ち上がったが、半分凹んだ頭は元には戻らない。
口から煙幕を発射して美琴の視界を奪おうとするが、彼女の姿がない。
それどころか相棒の姿さえも見当たらない。
「兄弟、上だーッ」
声に反応して見上げると、美琴がイカゲソルズをジャンピングパイルドライバーに捉えて落下していくところだった。
イカゲソルズの尖った頭部は自らの柔らかな頭に向けられていることを悟り、彼は大量の冷や汗を流して激しく動揺した。
「待て、やめろ、頼む!」
「残念ですが、わたしはムースさんとふたりで戦っているのです。
わたしならあなたの願いを聞き入れたかもしれませんが――
ムースさんなら技を続行するでしょう。
本当に、ごめんなさい……」
美琴はタコの末路を思い一筋の涙を流した。
断末魔を叫び、タコの頭部は風船のように呆気なく破裂。
そのまま身体をも真っ二つにしていき、イカゲソルズはマットに脳天を突き刺した。
美琴が技を外すと彼もゆっくりとマットに沈んでいった。
試合は美琴とムースの勝利に終わった。
ふぅと軽く息を吐きだしてから、ムースをお姫様抱っこで抱えて、優しく微笑む。
「あなたの頑張りで海の平和は守られましたよ。元気になったら、また一緒に海水浴をしましょう。わたしたちの夏は、まだ始まったばかりですから」
数日後。美琴は水色のビキニ、ムースは赤色のセパレート水着姿で沖縄の海へと来た。
あれから新しい水着を新調し、再びバカンスにやって来たのだ。
前にように怪物に邪魔をされることもなく、ふたりで楽しい時間を過ごせる。
名物の氷ぜんざいを一杯注文し、ふたつのスプーンでわけあって食べる。
シャクシャクとした氷の触感と大きい小豆、冷たく甘い汁が嬉しい。
ふたりを祝福するかのように太陽が温かい光を注ぎ、小鳥たちは可愛らしい声で鳴いた。
「ムースさん、わたし、とっても幸せです」
「わたくしも同じ気持ちですわ」
「これからも、良いお友達でいましょうね。何があっても」
「も、もちろんですわよ。わたくしたちは一生、何が起きてもお友達ですわ!」
にっこりと微笑むムースと美琴。
だが、ムースは内心で突っ込みを入れていた。
ああ、美琴様とはお友達ではなくて恋人同士でいたのですけれど。
でも知らぬが仏という諺が日本にもありますし、両想いを禁じているスター流のことですから、美琴様が鈍感な方がある意味幸せかもしれませんわね。




