たとえ、何年の時が過ぎても……
ガタガタと、重機が働く音が辺り一帯に鳴り響く。
取り壊される離れの家を、私はただじっと、庭の畑に立ちながら見つめていた。
小さい頃から遊んできた家。
母親に叱られる度に、隠れて静かに泣いていた家。
おじいちゃんがまだ生きていた時に、親戚たちを呼んで、楽しい季節行事をたくさんしてきた家。
それが今まさに、取り壊されていく。
「……」
泣きはしない。もう古いのだ、あの家は。
私が泣いたところで、作業が中止になるわけでもないし、壊された箇所が元通りになるわけでもない。
もう、なくなってしまうのだ。離れの家も、思い出の証も、何もかも……。
私は、処分するために外に出された離れの家の家具や玩具の中から、こっそりと持ち帰られるくらいの大きさの思い出の品をいくつか集め始めた。
せめて、それらを見る度に、当時の記憶を思い出せるように……。
「お嬢さん、ここの家のお孫さんだよね?」
声がした方向を振り向くと、そこには取り壊し作業をしていた作業服姿のおじさんが、私を見ていた。
「……そうですが?」
どうしよう。
きっと私が作業場の近くで物を漁っていたから、危ないからと注意しに来たに違いない。
私はすぐにでも謝ってその場から立ち去ろうと、声に出そうとした。
「ちょっと、来て欲しいところがあるんだけれど、一緒に来てくれるかな?」
「えっ?」
私が「どこですか?」と尋ねる前に、おじさんは畑の奥へと歩き始めてしまった。私はわけが分からないまま、おじさんのあとをついて行く。
「私のお父さんは、君のおじいさんと古い仲でねぇ。一緒にいたのをよく覚えているよ」
「は、はあ……」
「それでね、この依頼が来た時に、私のお父さんは私にある頼み事をしたんだよ」
私は、おじさんが話している内容の意味がいまひとつ理解出来ずに、ただひたすら曖昧な相槌を打っていた。
やがて、おじさんは一本の木の側に来ると、そこでピタリと立ち止まった。
「この木の下を掘ってごらん」
私はたまたま畑に置いてあった園芸用のスコップを手に取って、言われるがままに、その木の根元を掘り始めた。すると――。
「……あ」
根元を掘ると、そこには地中で古くなった、錆びかけた何かが顔を出した。
更に掘り進め、出土したそれを確認してみると、それがお菓子を入れるような缶箱であることが分かった。
何故このようなものが? と疑問に思いながらも、私は取り出した缶箱の蓋を開けて、中身を確認する。中には丁寧に折り畳まれた、一通の手紙が入っていた。
『チビへ。
おじいちゃんが亡くなってから、何歳になったか?
今も元気に過ごしているか?
仮に元気じゃなかったとしても、絶対に諦めるんじゃないぞ。
今は苦しくても、諦めなければ、この先絶対に幸せになるからな。
おじいちゃんはいつでも、天国でチビのことを見ているからな。
おじいちゃんより』
「チビ」とは、私がまだ小さかった頃に、おじいちゃんから呼ばれていた呼び名だ。
……これは、おじいちゃんからの手紙? でも、どうして……?
「実は私のお父さんが、君のおじいさんと約束をしていてね。君が大きくなったらこの場所の事を伝えて欲しいと私に頼んだんだよ」
上を見ると、木にはたくさんの実が実っていた。大きくて、鮮やかな、夕日に照らされ仄かに輝いている柿の実が――。
あれは、おじいちゃんが私のために植えて育ててくれた、私が一番好きな木の実。
――たとえ何年の時が過ぎたとしても、私の側に、ずっとおじいちゃんはいてくれたんだ。姿が見えなくなったとしても、本当に大切なものは消えたりなんかしないんだ。
夕暮れ時の柿の木の下。
私は手紙と柿の実を抱きしめながら、静かに、静かに泣いた。
【END】