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創造のSILVER  作者: 雪野
Atri Boot Sequence
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6.復元局

 復元局ふくげんきょくは軍本部の内部――

 巨大施設の中でも、ひときわ隔絶かくぜつされた区画にあった。

 入口の前で、リアとテオが足を止める。


「じゃ、オレらはここまでな」


 リアが軽く手を振る。


「巻き込まれたくないから帰る」


 テオも即座に続いた。

 二人はアトリの背中をぽんと押し、「がんばれよ」とだけ言って、そそくさと退散していった。


 アトリはぽつりと呟く。


「巻き込まれるって……?」


「……入ればわかるよ」


 ギルダが認証パネルに手をかざすと、無機質な電子音が鳴り、自動扉が静かに左右へ開いた。その瞬間、アトリは思わず足を止めた。


 ――復元局 生体・義体統合部:神経接続科。


 白い廊下の奥から、雪崩のように白衣の集団が押し寄せてくる。


「来た来た来た来た!!第二同期ユニットの子!!」

「脳—義体リンクの生データ、8年ぶりの実測値だぞ……!」

「通して通して!」


 勢いが強すぎて、アトリは反射的に一歩下がった。


「え……」


 ギルダが慌てて前に出る。

「すみません、この子ちょっと怖がってるんで。お手柔らかにお願いします」


 しかし研究者たちは止まらない。


「もちろんですとも!丁重に扱いますとも!……カルスタさん、折角なのであなたの“神経同期データ”もぜひ採らせてください!Second(セカンド)の長期稼働サンプル、ずっと欲しかったんです!ついでに反射応答の簡易テストだけでも――」


「私は後でいいので。まずアトリの検査を先にしてください」


「もちろん最優先です!でもデータは欲しい!」


 ギルダが小さくため息をつく。白衣たちはアトリを囲むようにしながら、次々と検査室の扉を開けていく。


「ではフィンチくん、こちらへどうぞ!初期診断から入ります!」


 アトリは圧に押されながらも、ギルダに背中を軽く押されて検査室へ足を踏み入れた。扉が閉まる直前、白衣たちの興奮した声がまだ聞こえてくる。


「今日徹夜だな……!」

「リンク値、絶対保存しとけよ!」


 アトリは小さく息を呑んだ。


(……なんか、すごいところに来ちゃったな…)


 続いて――復元局 生体・義体統合部:生体維持科。


「フィンチくん。生体部分の状態をスキャンするよ。脳、脊髄、循環系……残ってる生体組織は全部チェックするからね」


 装置が静かに光り、アトリの体を淡い青が包む。


「……おお、リンクの立ち上がり早っ」


 白衣の女性が軽い調子で言うが、その手つきは異様に速い。装置のパネルを叩く指が、まるで楽器を演奏しているようだった。


「脳の萎縮なし。血流も正常。8年放置でこれは奇跡だな……」

「義体側の負荷も低い。Second(セカンド)の設計、やっぱり化け物じみてるわ」

「ねえこれ、誰が設計したの?資料残ってないんだけど」

「残ってないから“特機扱い”なんだよ」


 研究者たちが勝手に盛り上がる横で、ギルダは腕を組み、死んだような目でその様子を見ていた。そこへ、白衣の一人がギルダに気づいて駆け寄る。


「あっ、カルスタさん!ちょうどよかった!あなたの生体側の定期チェック、まだですよね?ついでに血液データだけでも採らせてもらえません?Second(セカンド)同士の比較サンプル、ずっと欲しかったんです!」


 ギルダは無表情のまま、低い声で返した。


「……後で。今はアトリが先」


「そこを何とか!五分で終わりますから!」


 ――検査終了。


 アトリはふらふらになりながら、検査室の壁にもたれていたギルダのもとへ戻った。ギルダは少しげっそりした顔でホロパッドを開き、次の予定を確認する。


「初期診断はこれで終わり。えっと……次は情報制御部か。歩ける?」


「うん…大丈夫」


 研究者たちは名残惜しそうにアトリを見送りながら、まだ端末を叩き続けている。


「リンク値、保存しとけよ!」

「あとで解析回すからデータ共有して!」

「落ち着け、順番に測るから!押すな!」


 アトリは思わず小声で尋ねた。


「……あの人たち、ずっとあんな感じ?」


 ギルダは真顔で答える。


「復元局は“技術オタクの巣窟そうくつ”なの。Second(セカンド)が来ると目の色変えて群がってくる……慣れるしかない」


 ***


 三日間は、怒涛の勢いで過ぎていった。

 アトリとギルダは、復元局の迷路のような区画を次々と回された。


 神経接続科。

 生体維持科。

 義肢骨格科。

 痛覚・感覚調整科。

 制御系復元科。

 戦闘アルゴリズム再構築科。

 神経セキュリティ科。

 残骸解析科。

 適合曲線再構築科。

 生体・義体境界診断班。

 AI暴走対策科。

 医療支援部・義体連携班。

 技術鑑識班。


 ……

 …


 アトリには、どれが何をする部署なのかほとんど区別がつかなかった。どこへ行っても、似たような質問をされ、似たような検査を受け、似たような白衣の研究者に囲まれた。


 検査をしている最中で廊下の向こうから、ギルダの声が聞こえてくる。


「だからですね!?同じ説明を今日だけで三回してるんですよ!部署間で共有してないんですか!?……してないんですね!あと、私は今回検査対象じゃないんです!勝手に検査リストに入れないでください!」


 ああ、ギルダも大変なんだな……と、アトリはぼんやり思った。


 ***


 地獄の復元局ツアーを終え、二人は監査執行局かんさしっこうきょくの区画へ足を踏み入れた。復元局の白く明るい研究棟とは対照的に、廊下は落ち着いた灰色で、足音が吸い込まれるように静かだ。


 廊下は無駄がなく、壁には「法務監察室」「文書管理科」「内部監査科」などのプレートが整然と並んでいる。端末や分厚いファイルを抱えた職員たちとすれ違った。


 案内された小さな待機室に入るなり、ギルダは椅子に沈み込み、そのまま前屈みになった。


「……しんどい……」


 声に力がない。三日分の疲労が、ようやく安全圏に入った途端に崩れ落ちたようだった。


 アトリが心配そうに覗き込む。


「だ、大丈夫……?」


 ギルダは顔を上げ、申し訳なさそうに笑う。


「……アトリの方が大変だったのに、こんなこと言ってごめんね」


「ぼくは、ほとんど横になってただけだから……」


 ギルダは机に額を押しつけ、低くうめいた。


「……絶っ対、こんなに回る必要なかった。Second(セカンド)を正面から検査できる機会なんて滅多にないから、復元局が張り切って全部詰め込んだだけ……」


 そのとき――


 勢いよく扉が開き、両腕いっぱいに食料パックを抱えたリアが、軽い足取りで入ってくる。


「ふたりともお疲れー!」


 明るすぎる声が、重たい空気を一瞬で吹き飛ばす。ギルダは顔だけ上げ、魂の抜けた目で言う。


「……リア、もうちょっと静かにして……ここ、監査執行局だから…」


 リアはまったく気にした様子もなく、机の上に食料を並べ始めた。 パックが次々と置かれていく。 温かい蒸気の立つスープ、栄養バー、加熱式の携帯食、軍用とは思えない甘い匂いのデザートパックまで。


「復元局に三日もいたら、そりゃ削れるって!ほら補給、まずは食え!」


 机の上が、あっという間に小さなビュッフェ状態になる。


「アトリ、何がいい?好きなの選んでいいよ!」


 アトリは少し戸惑いながらも、ひとつ手に取る。


「じゃあ……これ、食べる」


「正解!それは、まあまあうまいやつ!」


 リアは次にギルダへ向き直り、容赦なくパックを突き出す。


「ほら、ギルも食っとけ。これでいい?」


 ギルダは机に突っ伏したまま、片手だけ上げて受け取った。


「……ありがと……」


 三人はそれぞれパックを開け、静かに食べ始めた。

 アトリが選んだスープは素朴だが、ほどよい塩気と温かさが心地よく、主食の煮込みパックは柔らかい豆と肉の旨味がそこそこ出ていて食べやすい。栄養バーは甘味控えめだが、噛むほどに香ばしさが広がった。


 ギルダはシチューを一口食べ、ようやく肩の力を抜く。


「……アトリ、この後の審問がとりあえず最後。これまでの検査や聞き取りを、全部まとめてアトリの今後を判断される」


 言いながら、審問室のある方角へちらりと視線を向ける。


「あそこ、無機質で……ちょっと圧があるけど。雰囲気だけだから、気にしなくていい」


 するとリアが、スプーンをくるくる回しながら軽く言った。


「そうそう。しかも担当はオーウェン中佐だし。あの人、必要以上に脅したりしないから大丈夫。変な方向に話が転がることはないからさ。焦んないで、見たまんま、覚えてるまんま話してくりゃいいよ」


 リアが軽く言うその名前に、アトリはわずかに反応した。オーウェン中佐、という人物はどうやらギルダたちの上官にあたる人物らしい。ギルダの態度や今のリアの言い方から、少なくとも理不尽な相手ではないということだけは伝わってくる。


 アトリは小さく息を吸い、頷いた。


「……うん、わかった」


 そのとき、控えめなノック音がして、待機室の扉が静かに開いた。

 テオが立っていた。


「まもなく審問が始まる。アトリ、ついてきてくれ」


 リアが椅子の背にもたれたまま、片手を大きく振った。


「がんばれよー!終わったらまたなんか食おうぜ!」


 ギルダも、シチューのスプーンを置き、椅子から身を起こす。


「……大丈夫。さっき言った通り、雰囲気に飲まれなければいいだけだから」


 一瞬だけ、アトリの肩にそっと手を置く。


「ちゃんとここで待ってる」


 アトリは二人を順に見て、小さく笑った。


「行ってくる」


 テオは無駄な会話を挟まず、一定の速度で歩く。アトリは半歩後ろをついていきながら、さっきまでいた待機室の温度が、もう遠いもののように感じられることに気づく。


 曲がり角をひとつ抜けると、廊下の途中に、他の扉とは明らかに造りの違う“重い扉”がひっそりと据えられていた。余計な表示はない。ただ、扉の横に小さく「審問室」とだけ刻まれたプレートがある。


 テオが立ち止まり、認証パネルに手首をかざす。 短い電子音。ロックが外れる音が、やけに大きく聞こえた。


 テオはアトリの方へ振り返る。


「ここから先は、オーウェン中佐の管轄だ。……緊張してもいいけど、嘘だけはつくな。それだけ守れば、あの人はちゃんと扱ってくれる」


 アトリは小さく頷き、開いた扉の向こうへ足を踏み入れた。


 ***


 審問室は、外の廊下よりさらに静かだった。白と灰の無機質な壁。天井の照明は均一で影を作らず、空気そのものが薄く感じられる。


 アトリは中央の椅子に座り、向かいの空席をじっと見つめていた。金属製の机は冷たく、上には必要最低限の端末が一つ置かれているだけ。“感情を持ち込むな”とでも言われているような空間だった。


 しばらくして、壁のランプが小さく点灯する。向かい側のサイドドアが静かに開いた。入ってきた人物の存在だけで部屋の温度がわずかに変わる。


 黒い軍服。胸元には階級を表す、銀のラインが二本。男はアトリの正面の椅子に、無駄のない動きで浅く腰掛けた。背筋はまっすぐで、軍服の縫い目まで規律を帯びている。


 銀縁の眼鏡のブリッジに指が触れるとレンズの端で光が小さく弾け、表情の読めなさをさらに深くしていた。視線はアトリに向けられているのに、まるで“内部”を静かに覗き込まれているような圧がある。そして、男は口を開いた。


「初めまして、アトリ・フィンチさん。監査執行局・主任審問官のヘルマン・オーウェンです。本日はご足労いただき、感謝します」


 オーウェンと名乗った男は眼鏡の位置をわずかに整え、静かに言葉を紡いだ。その声は低く落ち着いていて、無駄な抑揚がないのに、不思議とよく通る。


「本日の審問は、あなたが“再起動”して本部に至るまでの経緯を確認し、今後の取り扱いを判断するためのものです。 復元局での検査結果を含め、ここでのやり取りはすべて公式記録として残ります」


 視線がアトリにまっすぐ向く。


「最初に申し上げておきますが、あなたには黙秘権があります。答えたくないことには、お答えいただかなくて構いません。ただし――お話しいただく内容は、できる限り正確に。偽りのない形でお願いします」


「……はい」


「まず、いま分かっている事実を、記録に基づいて簡潔に申し上げます。私は八年前のあなたを直接存じ上げませんので、以下はすべて書面上の情報です」


 オーウェンは電子パネルを開き、黒塗りの多いファイルを淡々とめくる。


「あなたは第二同期ユニット。通称“Second”と呼ばれる計画個体です。“Second”とは、医療技術の高度化と生活補助の研究を目的として開発された、拡張義肢および補助神経インターフェースの試験モデルを指します。あなたを含め九名が当時の手術を受け、一定の成果が確認されています」


 資料を一枚送ってから、声の温度を変えずに続ける。


「しかし、8年前――あなたが当時14歳の時、頭部内部の神経インターフェースに対する攻撃を受け、機能停止シャットダウンに移行しました。攻撃主体は当時、創造規制法に反対していた武装集団によるもの…というのが公式の記録です」


 アトリは額に手をやる。痛みは思い出せない。ただ、空白が軋んだ。


「次に身体の点です。あなたの体は脳を除き、そのほとんどが機械化されています。あなたが活動を停止した翌年に創造規制法が施行されたため、新造および全交換は現行法で不可能です。修理と微調整のみ許可されます。


 ——実年齢は22歳ですが、肉体は“停止時の14歳相当”のまま。医療・法運用はこの“乖離かいり”を前提に進めます」


 オーウェンは一度だけ視線を上げ、静かに問いを置く。


「ここまでで何かご質問は?」


 言われて、アトリはようやく息を吐いた。情報が多すぎる。頭の中で言葉がぶつかって、どれも形にならない。こめかみが脈打つ。吐く息が少し震えた。


「……ぼくは……何年たっても、このままってことですか」


 沈黙が落ちた。

 審問室独特の冷たい空気が、肺にひたりと張りつく。


「そうです」


 オーウェンは逃げなかった。慰めの嘘もつかず、しかし切り捨てるような言い方もしない。ただ、現実をそのまま置いた。アトリの胸がぎゅっと縮む。


「怖くて当然です。しかし、“変わらない身体”は、あなた自身の価値を他者に委ねなくてもいい、という意味でもあります。周囲がどう扱おうと、あなたの“今”はあなたが決められる」


 アトリは顔を上げた。オーウェンの眼は、“まだ形になっていない感情”まで静かに拾い上げようとするような深さをしていた。 観察の鋭さと、突き放さない誠実さが、ぎりぎりの均衡で同居している。オーウェンは、続けるタイミングを慎重に測り、 声の温度をわずかに柔らかくした。


「これからどう生きるかは、あなたが決めることです。身体が“止まっている”からといってあなたの人生まで止まる必要はありません」


 ピ、と微かな電子音。警告音だった。


 天井の監視ノードが反応を返す。


≪対話が規定の審問項目から外れています。正規項目に復帰してください≫


 どうやらAIはこのやりとりを不要ととらえたようだった。オーウェンは一切視線を上げず、わずかに呼吸を整えるだけで、何事もなかったように話を続けた。


「――では、あなたが地下で目覚めた際の状況について伺います。再起動直後、どのような状態だったのか、説明してください」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

復元局での地獄の検査ツアーの回でした。


次回はオーウェン中佐による審問です。

アトリの過去が少しだけ分かります。

こういうインテリキャラが好きなのでセリフ多めです。

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