5.北方連邦軍本部
「──おう、任せろ!」
ギルダの指示に、リアは嬉しそうに口角を上げた。そして、走行中の車の屋根へひょいと立ち上がる。雪煙を巻き上げる車体の上にもかかわらず、リアの足元はまるで地面に吸い付いているかのように揺るがない。
「よし……じゃあ上から片付けるか」
リアは右腕を軽く持ち上げた。その瞬間、銀色の義手が波打ち、銃身へと滑らかに変形する。変形は瞬きほどの速さだった。金属音すら鳴らず、ただ形だけが“切り替わる”。リアは迷いなく照準を合わせ、引き金を引いた。
乾いた発射音。
だが、弾丸はドローンの外装に弾かれ、鋭い火花が散った。
「……固っ!」
リアは眉を上げ、すぐにギルダへ声を投げる。
「ギル、ダメだこれ!外装が軍用の強化型だ!」
「知ってる!下方向の衝撃には特化してる!狙うなら側面か上!」
「じゃあギル──ハンドル、思いっきり切ってくれ!」
「了解!」
ギルダの義眼が赤く瞬き、ドローンの軌道を高速で解析する。そのデータがリアの視界にも流れ込む。二人の視界が“同期”するように、リアの目が細められた。
「受信した!」
ギルダは短く息を吸い──
「アトリ!運搬ユニットは私たちで対処する!ハンドル切ったら車を止めたら、さっきみたいにハッチから制御阻害銃で撃って!」
「わかった!」
アトリが銃を構え、ハッチの下で身を低くする。
ギルダはハンドルを強く切った。車体が横滑りし、遠心力がリアの身体を後方へ“投げ飛ばす”。だが──リアはその力を利用した。
「──行くぞ!」
リアは車体から跳ねるように飛び出し、空中で身体をひねる。右手が再び変形し、長銃身へと伸びる。空中での変形速度は、もはや視認できない。ドローンの真横に並ぶように飛び込み──至近距離で銃口を押し当て、引き金を引いた。
轟音。
ドローンの外装が砕け、黒煙を上げて落下する。リアは空中で体をくるりとひねり、姿勢を整えると雪上に吸い付くように、音もなく着地した。
雪煙を上げながら車体が停止した。アトリはハッチから勢いよく顔を出し、後方に銃を構える。ギルダは運転席のドアを蹴り飛ばすように開け、雪上へ飛び出した。
外気が一気に流れ込み、彼女の白いコートが鋭くはためく。ギルダの義眼が赤く光る。次の瞬間、三台の運搬ユニットが一斉に動きを止めた。まるで時間が一瞬だけ凍りついたような静止。
「アトリ、今!」
ギルダの声に、アトリは反射的に銃を構える。
ハッチの縁に肘をかけ、狙いを定め──止まったユニットの一台へ、弾を撃ち込んだ。金属の脚が崩れ、ユニットが雪上に沈む。
ギルダはその隙に腰のホルスターへ手を伸ばし、拳銃を抜いた。動きは無駄がない。片膝をつき、銃口をわずかに傾ける。義眼が照準を補正し、ユニットの“急所”を瞬時に割り出す。
乾いた二発。一発は制御核、もう一発は補助電源。ユニットは痙攣し、雪上に崩れ落ちた。
残りは一台。最後の運搬ユニットが、アトリめがけて跳躍した。
「──っ!」
アトリは銃を構えるが、間に合わない。金属の脚が迫り、影が覆いかぶさる。
その瞬間──雪上の向こうで、リアが地面を蹴った。空気が一拍遅れて震えるほどの加速。雪煙だけが、彼の通った軌跡を示している。
「アトリ、伏せろ!」
ギルダの叫びが飛ぶ。
リアは走りながら跳躍し、空中へ飛び出した。同時に右腕が“ほどける”ように変形し、細く、しなやかで金属光沢を帯びたワイヤー状の形状へと伸びる。ワイヤーの先端は三本の爪を持つクランプへと変形し、空中のドローンの脚部をがっちりと挟み込んだ。
リアはそのままワイヤーを巻き戻し、引き寄せた勢いを殺さず、大きく振りかぶる。金属が空気を裂く鋭い音。ドローンは巨大な投擲のように回転しながら飛び、アトリへ跳びかかろうとしていた運搬ユニットへ直撃した。雪上を勢いよく転がり、ユニットは動きを完全に停止した。
「はい、完了!」
リアは軽く息を吐き、右腕を元の形へ滑らかに戻しながら言う。無邪気な声とは裏腹に、その一連の動きは常識の外側にあった。
つぶれた運搬ユニットの破片が、ハッチの上からぱらぱらとアトリの頭に落ちてくる。ようやく、危険が過ぎ去り、アトリはふらつきながら車の外へ出た。足元がまだ少しぐらついている。
ギルダが駆け寄る。
「アトリ、大丈夫!?」
「だいじょーぶ……」
「アトリーー!!」
良く通る声が響いた。リアが両手を大きく広げ、嬉しさを隠しきれない笑顔のまま──雪の上を軽く蹴って、小走りでアトリへ一直線に駆け寄ってくる。足取りは軽く、まるで再会を待ちわびていた子どものようだ。
「えっ?」
アトリが反応するより早く、リアはそのままアトリをぎゅうと抱きしめた。
「アトリー!!久しぶりじゃん!!オレ、すげー嬉しいよ!!」
「ぐえ……」
アトリの背中がミシッと鳴る。
ギルダが慌てて叫んだ。
「ちょ、ちょっと!初期報告見てないの!?」
リアはアトリを抱えたまま、ぽかんと振り返る。
「え?」
ギルダは頭を抱え、深くため息をついた。
「……とりあえず、アトリを一旦離して。私、司令本部に連絡するから、ドローンと運搬ユニットのログをとっといてくれない?」
「了解!」
リアはぱっとアトリを離し、すぐに残骸へ駆けていく。ギルダはこめかみに軽く手を添えてホロパッドを展開し、軍人らしい硬い声に切り替えた。
「──こちら第二同期ユニット、ギルダ・カルスタ。リア・レノッスクと合流し、追跡行動中だったユニット群をすべて停止させた。現場の危険は排除済み。居住区ゲートの解除を要請する。ドローンおよび運搬ユニットの異常行動ログは、監査執行局経由で司令本部へ提出する」
報告の最中、リアは横転したユニットのそばにしゃがみ込み、腰のベルトに固定していた端末を指先で軽く叩いた。瞬間、モニターに細かな文字列が走り出す。ユニットの内部データが吸い上げられているのだろう。その動作は迷いがなく、どうやら日常的な作業らしかった。
***
作業を終えて、車は再びドームへと走り出した。車は雪煙を巻きながら進んでいる。
「えーーッ!何も覚えてないの!?」
運転を代わったリアが、振り返り気味に叫ぶ。
車が少し揺れ、助手席に座るギルダが眉をひそめた。
「そうだって報告上げたでしょ!なんで読んでないんだよ…!」
「わりぃわりぃ。アトリが起きたってとこだけ読んで、めっちゃ喜んでたわ……」
ギルダは深くため息をつき、後部座席のアトリへ向き直る。
「アトリ、こいつはリアっていうの。私たちと同じ“Second”──軍の計画個体のひとりね」
「よろしくなー!」
リアが片手を上げて笑う。
「たまたま今日、外縁で仕事が入ってさ!そしたらミラーナから連絡来て、もうびっくりしてさあ!」
あはは、と本気で楽しそうに笑うリア。
ギルダはその横顔をちらりと見て、ぼそりと呟いた。
「……たまたま、ね」
運転しながら、リアはふと何かを思い出したように、ミラー越しに後部座席のアトリへ視線を送った。
「──あ、アトリさあ。テレパスは覚えてる?」
「テレパス?」
聞いたことのない言葉にアトリが聞き返す。
「うーん、説明するよりやった方が早いか。アトリ、ちょっとオレに意識向けといて」
リアが軽く目を細めた瞬間──
<おーい、アトリ、聞こえる?>
「うわッ!!」アトリが思わず声を上げる。
声が、頭の奥に“直接”落ちてきた。耳ではなく、脳の内側のどこかを軽く叩かれたような感覚。目覚めたときに聞こえた“あの声”の感覚と似ている──
リアは得意げに笑った。
「Second同士で使える頭の中の回線があるんだよ。オレたちしか聞こえないんだぜ?なんか小難しい正式名称がついてんだけど、オレたちは“テレパス”って呼んでる。あんまり離れすぎると届かないし、ちょっとコツはいるけど……よく使うし思い出しといたほうがいいよ」
「運転中にやめてよ、危ない」
ギルダが苛立ち気味に言う。
「こんくらい大丈夫だって。難しい話しじゃないし──じゃ、試しにやってみようぜ」
リアが軽く意識を向ける。
<アトリ──今日の朝飯、何食べた?>
アトリは頭の中で言葉を組み立てようとする。
<こ──>
しかし、うまく頭の中でつながらず、続きは自分の口から出た。
「……げた目玉焼き」
ギルダが振り返って叫ぶ。
「なんでそれなの!?」
リアは吹き出した。
「はは!なんだ、うまそうじゃん!ギルが作ったの?」
「そーだよ…」
「へー、変わるもんだねえ……」
リアの何気ない一言に、ギルダはふいと視線をそらし、頬杖をついて窓の外を見た。
***
巨大なドームが、雪原の向こうにゆっくりと姿を現した。
外縁の街とは比べものにならない規模だ。半透明の外壁は夜明けの光を鈍く反射し、その表面を走る補強フレームが、まるで巨大な生物の肋骨のように連なっている。
近づくにつれ、門の構造がはっきりしてきた。外壁の一部が分厚い装甲板で覆われ、その中央に“ゲート”と呼ぶにはあまりに巨大な、多層式の防衛シャッターが鎮座している。車がゲート前の停止ラインに入ると、周囲のセンサーが一斉に起動し、低い電子音が雪の静けさを押しのけた。
リアは運転席側の認証パネルへ手首をかざした。彼の義手に埋め込まれたIDチップが読み取られ、パネルが緑に点灯する。
≪一次認証:第二同期ユニット、リア・レノッスク──確認≫
続いて、ギルダがホロパッドを起動する。薄い光のパネルが指先に沿って展開し、軍用IDが自動的に立ち上がった。
「第二同期ユニット、ギルダ・カルスタ。監査執行局所属。随伴二名、照合を依頼」
ゲート上部のスピーカーが応答する。
≪二次認証:ギルダ・カルスタ――確認。随伴個体の識別コード……照合中……≫
アトリは無意識に息を止めた。短い沈黙のあと──
≪……照合完了。《アトリ・フィンチ》、特例区分にて通行許可。車両ユニット、進入を許可する。ゲートを開放します≫
重低音が地面を震わせた。まず外側の装甲板が左右へ割れ、その奥の二枚目がゆっくりと上昇する。最後の透明な隔壁が開いた瞬間──
空気が変わった。
ドームの境界を越えた途端、車体を包んでいた刺すような冷気がふっと和らぐ。
アトリは窓に額を寄せたまま、目の前に広がる光景に息を呑んだ。高層ビル群が幾重にも重なり、その隙間を縫うように立体道路が走っている。街の光は雪に遮られることなく、まるで“生きている都市”の脈動そのものだった。
「……こんなに明るいんだ」
ぽつりと漏れたアトリの声に、運転席のリアが振り返りもせず笑う。
「だろ?外縁とは全然違うよな。ここが“北方連邦の心臓部”ってやつだ」
ギルダは腕を組んだまま、ドーム内部の光景を眺めながら静かに言った。
「軍本部、政府機関、主要企業……連邦の中枢は全部ここに詰まってる。資源が乏しい時代だからね。食料もエネルギーも、全部“中枢AI”が管理して最適化してる。無駄を出さないように、都市そのものが巨大な生命維持装置みたいなものなんだ」
車は立体道路を抜け、都市の中心部へ向かってゆっくりと高度を下げていく。ビル群の密度が増してくると、リアが顎をしゃくった。
「アトリ、あれが本部だよ」
その先に、ひときわ巨大な建造物が姿を現した。灰色の外壁は無駄がなく、角ばった構造体がいくつも積み重なったような形。上層には通信アンテナと監視ユニットが林立し、まるで“都市そのものを監視する塔”のようだった。
アトリは思わず声を漏らす。
「でっか……」
リアは笑いながらハンドルを切った。
「やばいよなー。オレ、いまだに迷子になるもん」
車は本部の正面ゲートを避け、建物の脇にあるスロープへ滑り込む。
「正面は来客用。私たちはこっち、地下の職員ゲートから入るよ」
ギルダが淡々と言う。
スロープは緩やかに下り、やがて巨大なシャッターが現れた。外縁のゲートよりは小さいが、それでも戦車が通れるほどの幅がある。車が停止ラインに入ると、天井のセンサーが青白く点灯した。
ギルダはホロパッドを軽く掲げる。リアも運転席側の認証パネルへ手首をかざした。
≪ID照合……第二同期ユニット、ギルダ・カルスタ。同伴:第二同期ユニット、リア・レノッスク。随伴個体『アトリ・フィンチ』、特機扱いにて通行許可≫
短い電子音。重いシャッターが上下に割れ、内部の白い照明が車内へ流れ込む。
リアが軽く息を吐いた。
「よし、入るぞ」
車がゲートをくぐった瞬間、外の喧騒が一気に遮断され、静かな地下通路へと吸い込まれていく。コンクリートの壁面には最低限の案内表示と警告灯だけが並び、空気はひんやりと乾いていた。
その静けさの中で、ギルダがぽつりと呟く。
「……あー……できれば、もう少し来たくなかったなー…」
***
軍本部の内部は、広いロビーは落ち着いた灰色で統一され、足音すら吸い込むような静けさが漂っている。
壁面には最低限の案内表示だけが淡く光り、人の気配よりも機械の規律が支配している空間だった。その静寂を破るように、エレベーターの到着を知らせる電子音が短く響く。扉が横へと静かに開いた。
そこには、ひとりの青年が立っていた。
濃いグレーの戦闘服。リアと同じ規格だが、着こなしは驚くほど端正だ。肩にかかる長いブロンドの髪を後ろで束ね、切れ長の瞳は静かで、どこか誠実な光を宿している。細身で整った顔立ちなのに、佇まいは無駄がない。
青年は、エレベーターの前に立つアトリを見た瞬間、わずかに目を見開いた。“信じられないものを見た”ときの、静かな衝撃。
「……マジか」
声は小さいのに、その一言に感情が詰まりすぎていた。
リアがぱっと顔を明るくする。
「テオ!迎えに来てくれたのか?」
テオ、と呼ばれた青年はリアに軽く頷きつつ、視線をアトリから外せないまま、ゆっくりと言葉を落とした。
「……ああ。いや、それより……ほんとにアトリ……なんだな」
「アトリ、記憶ないんだって!」
悪びれもなく言うリアにテオは一瞬だけ眉を寄せた。
「知ってる……報告書、読んだ」
そして、ほんのわずかに声を柔らかくする。
「アトリ。オレはテオドール。オレもお前と同じ“Second”だ」
アトリは戸惑いながらも、その静かな眼差しにどこか安心を覚えた。
その空気を断ち切るように、ギルダが口を開く。
「テオ、とりあえず、アトリはどこに行けばいいの?」
ギルダに促され、テオははっとしてホロパッドを展開した。空中に淡い光のパネルが広がり、びっしりと詰まった予定表が表示される。
「まず復元局で精密検査。生体・義体統合部に行って、神経接続科で“脳と義体のリンク”の初期診断。そのあと、生体維持科で生体系のチェック。義肢骨格科でフレームの歪み検査。感覚補正科で視覚・触覚の再較正……」
スクロールする指が止まらない。
「次に、情報制御部で内部ログの抽出。AI暴走対策科が“例の声”の可能性を調査。それが終わったら制御系復元科……」
「いや、エグいエグいエグい…」
リアが横から覗き込み、顔をしかめた。
「一日でやる量じゃないけど、“特機扱い”だから仕方ないらしい。言っとくけど、三日間こんな調子だからな。……それとギル、全工程に同行義務。…覚悟しろよ」
「ぐあーー……」
ギルダは頭を抱え、エレベーターの壁に額を押しつけた。
テオはホロパッドを閉じ、アトリへ向き直る。
「とりあえず復元局だ。案内する」
アトリは小さく頷き、ギルダは深いため息をつきながらも歩き出す。
こうして──アトリの“本部での一日”が、静かに幕を開けた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
戦闘終了。リアの強さと、戦闘馴れしてる感じが伝われば嬉しいです。
次回は軍本部の復元局で、アトリが全身検査されます。
クセの強い研究員がたくさんいます。




