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創造のSILVER  作者: 雪野
Atri Boot Sequence
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4.リア登場

 外縁治安維持部隊第47基地-1F。

 

 倉庫を改造した食堂は、朝の光が斜めに差し込んでいた。高い天井の鉄骨に、外の風がかすかに鳴る。窓の向こうでは、雪をかぶった地平線が白く光っている。


 中央の作業台をそのまま流用した長机には、目玉焼き、ベーコン、スープ、焼きたてのパンが並んでいた。どれも素朴だが、温かい匂いが漂っている。


「ファン、準備変わってくれてありがとう」


 ギルダが皿を並べながら言った。

 ファンは狭い調理スペースでフライパンを置き、肩をすくめた。


「それはいいんだけどさあ、目玉焼き焦げてたよ」


「ごめん。作ってる最中にめちゃくちゃ連絡来ちゃって……」


 アトリがそっと椅子に座り、フォークとスプーンを手に取る。

 アイビーがパンをつまみながら言う。


「まあ、こんだけあれば上等だろう。豪華な朝食じゃないか」


 そして、全員を見回して軽く顎を上げた。


「じゃあ、いただこう」


 食器の触れ合う音が、倉庫の広い空間に小さく響く。

 ギルダがアトリの様子をうかがいながら尋ねた。


「どう、アトリ?8年ぶりの食事は」


 アトリはスープを一口飲み、少し考えてから、短く答える。


「……おいしい」


 その言葉に、ギルダはほっと笑った。


「それで、あんたらこの後、本部に行くんだろ?」


 アイビーはパンを一口頬張って尋ねる。


「うん。復元局でアトリの検査をして……そのあと監査執行局にも行かなきゃだから、私は多分、五日くらい帰ってこないかも」


「基地の様子は、たまに見に来させるよ」


「ありがとう。ブルーに管理してもらうから、最小限で大丈夫だよ」


 そのやり取りの間、ファンはじっとアトリの手元を見ていた。アトリがスープを飲む手を止める。ファンが眉をひそめて、ぽつりと言った。


「……なあ、その手って、もしかしてシェイプシフト合金?」

 

アトリは瞬きをして、首をかしげる。


「シェイプ……?」


 ギルダが苦笑しながら補足した。


「アトリの体に使われてる金属のことだよ。自分の考えた通りに変形したでしょ? 昨日、地下区画でブレード状に変えたって聞いたよ」


 どうやら、昨日の逃走劇はすでに報告で共有されているらしい。

 ファンは目を輝かせ、身を乗り出す。


「やっぱり……!ねえ、ちょっと変えて見せてくれないかな」


「ファン、そんな気軽に頼むもんじゃないよ」


 アイビーがたしなめる。その声だけで、ファンは背筋を伸ばした。


「す…すみません」


 アトリは少し考え、危なそうな刃の形は避け、右手の指をゆっくりと変形させた。金属が静かに滑り、 フォークのような形状へと収束していく。


 ファンは思わず声を上げた。


「うわ、すげえ!」


 アトリはフォーク状の指を見つめながら尋ねる。


「普通の義手だと……できないの?」


「できないよ!今じゃ違法だし、施行前でもめちゃくちゃ貴重だったんだから。俺、生で見るの初めて」


 ファンが興奮気味に言うと、ギルダが右手の手袋を外した。手首から上の黒い義手が露わになる。


「普通の義手はこんな感じ。人によっては強化したり、補助機構を増やしたりするけど……」


 ギルダは指を軽く曲げて見せる。動きは滑らかだが、形状が変わることはない。


「“変形機構”は基本ついてない。それは特殊用途の旧技術だ」


 ファンがパンをかじりながら、軽い調子で言う


「俺も、曹長みたいにサイボーグ化に志願しようかなー。雪道を走り回るの大変なんですよね」


 アイビーはスープを一口飲んでから、淡々と返した。


「志願すれば、軍が手術はしてくれるよ。足でも腕でも、必要と判断されればね。でも、一回サイボーグになったら元には戻れない。あんたは今のままで十分動けてるんだから、判断は慎重にしな」


「はい、よく考えます」


 その横で、アトリは右手のフォークでベーコンを刺し、もぐもぐと静かに食べ始めた。


 ***


 基地の車庫で、軍用車の駆動音が静かに立ち上がった。角ばったフレームと補助パネルが並ぶ外装は、寒冷地仕様らしい無骨さをまとっている。エンジン音はほとんどしない。代わりに、低い駆動ユニットの振動だけが床を伝ってくる。車体の下で冷えた空気が白く揺らぎ、 朝の光に淡く溶けていった。


 ギルダは運転席で起動を確認しながら、車庫とつながる通路の方へ声を張った。


「アトリ、そろそろ行くよ!後ろ乗って!」


 アトリは倉庫の奥からその声を聞き取り、ぱっと顔を上げる。


「わかった!」


 外へ向かおうとした瞬間、 ファンが慌てて腕をつかんだ。


「ちょっと、お前その格好で行くの!?外、マイナス8度だぞ!?」


 アトリはあっけらかんと答える。


「寒くない。昨日はもっと薄い格好で走ってきたし」


「いやいやいや……」


 ファンは呆れたようにため息をつき、 自分の首に巻いていたマフラーを外すと、アトリの顔の周りにぐるぐる巻きつけた。


「脳みそ凍ったらどうすんだよ!返さなくていいから、これ巻いてけ!」

 

アトリはマフラーの隙間から顔を出し、 少しだけ目を丸くした。


「……ありがとう」


 ファンは照れ隠しのように鼻を鳴らす。


 その横で、アイビーが一歩近づき、 アトリに右手を差し出した。アトリは一瞬きょとんとしたが、 すぐにその手を握り返す。アイビーはしっかり手を握り、ほんのわずかに口元を緩めた。


「アトリ、会えてよかったよ。向こうでもうまくやりな。……大丈夫、記憶はきっと戻る」


 握手は短く、どこか“別れ”の響きがあった。アトリは二人に向かって小さく頭を下げ、 車庫に停められた軍用車へと歩き出した。


 ***


 軍用車は車庫を出て、外縁部の街道へ滑り込んだ。駆動ユニットの低い振動が車体を押し出し、 雪を踏みしめる音だけが一定のリズムで響く。


 アトリは後部座席の窓に額を寄せ、夜とは違う街の姿に目を奪われていた。


 外縁部の街は、低い建物がまばらに並び、屋根には昨夜の雪が薄く積もっている。 道路脇には凍りついた配管がむき出しで走り、 ところどころに暖房塔の白い蒸気が立ち上っていた。


 早朝の作業員が数人、 雪を払ったり、小型の運搬車を動かしたりしている。 夜の静寂とは違い、 街はゆっくりと“生活の音”を取り戻しつつあった。


「……こんなふうになってたんだ」


「ドームには昨日、アトリが出てきたゲートじゃなくて正面から入るよ。ここから三十分くらいかな。……君、結構な距離を走ってきたんだよ」


「本部に行ったら、ぼくは何をするの?」


 ギルダは視線を前に向けたまま、淡々と答える。


「まずは復元局ってところで君の体を調べてもらう。異常がないかとか、内部の状態とかね。君が言ってた“声”のことも、専門の人に見てもらったほうがいい」


「そのあとは……?」


「担当の人が君にいろいろ話を聞く。今後どうするか、総合的に判断される」


「……審問ってやつ?」


 ギルダは一瞬だけ黙り、思い当たったように眉を寄せた。


「……もしかして、通話の内容、聞こえてた?」


「うん」


「あー……耳がいいんだったっけ。そう、審問っていって、……根掘り葉掘り聞かれるやつ。審問官の中には、正直嫌な奴もいるけど、アトリを担当するのは話の分かる人だから安心していいよ。まあ、私の上司なんだけどさ」


 ギルダの説明を聞きながら、 アトリは前の座席の背もたれを見つめ、少し考え込むように言った。


「ギルダって……アイビーやファンと同じ部隊じゃないの?」


「私は“監査執行局”っていう、違法規格のチェックや取り締まりをやる部署の人間でね。外縁に派遣されてる立場なの。あの基地に普段いるのは、私とブルーくらい。アイビーたちは別の拠点なんだ」


「あんなところに、ひとりでいるの?」


 くすりとした笑い声が小さく聞こえた。アトリは思わずルームミラーに目を向ける。


「そうだよ、基地に来てもう四年くらいになるかな……」


 ミラー越しに映ったギルダの横顔は、どこか諦めと慣れが混じった、静かな笑みを浮かべていた。


「最近、外縁でユニットの“妙な暴走”が増えて…壊れてもないのに、意図の読めない動きをするんだ。原因不明で、こっちは振り回されっぱなし。だから、まあまあ忙しくさせてもらってるよ」


「そうなんだ……」


 ギルダの声の調子に、アトリは何か胸に引っかかるものを感じた。言葉を続けかけて、そっと口を閉じる。それ以上踏み込むのはやめて、窓の外へ視線を向けた。


 ……その静けさの中で。


 アトリはふと、背後の方から 地面を叩くようなリズムを感じた。 最初は風かと思ったが、違う。 もっと重くて、規則的で、速い。


「ねえ……ギルダ」


「ん?」


 アトリは後ろを振り向き、 遠くの道路に目を凝らした。


「暴走したユニットって……あんなの?」


 ギルダも視線をミラーに向け、一瞬だけ目を細めた。


「そうそう、あんな感じ……」


 四足型の影が、こちらへ向かって一直線に迫ってきていた。ギルダの眼が見開き、 右目の赤い光が警告のように点滅する。


「──マジか!!」


 次の瞬間、ギルダは自動運転を切り捨て、 アクセルを床まで踏み込んだ。車体が跳ねるように前へ飛び出し、 アトリは後頭部を座席に強く打ちつける。


「うわっ……!」


「……あれは外縁の運搬用ユニット!でも、動きがおかしい!」


 四足型は信じられない速度で距離を詰めてくる。 本来は荒地を走るための強化脚部──それが今、車を追い立てる凶器になっていた。


 そのうちの一台が、突然横から跳ねるように飛びついてきた。金属の脚が車体の側面をかすめ、 鈍い衝撃音が車内に響く。


「っ……!」


 アトリが身を縮めた瞬間、さらに二つの影が空中に現れた。小型ドローンだ。 プロペラ音が甲高く、車の上空を旋回する。ギルダの視界には、右眼の赤いHUD(ハッド)が高速で情報を流し込んでくる。


「……ドローン二台、運搬ユニット四台。全部旧式……車を狙って追ってきてる…」


 ギルダは片手でホロパッドを展開し、怒鳴るように通信を開いた。


「司令本部!こちら第二同期ユニット、ギルダ・カルスタ!応答願います!」


『こちら司令本部、受信した』


「現在位置、外縁第21区画手前!旧式の運搬ユニット四台、ドローン二台が原因不明の追跡行動──!至急、支援を要請する!」


『──ええ? ギルだったら対処できるでしょ?』


 通信の声が、急に気の抜けた若い女性の調子に変わる。


「私だけだったらね!!今、アトリを乗せてるの!!」


『あー……ちょっと待って………』


 何かを調べているような間があった。ギルダの眉間のしわが深くなる。


『リアが近くにいるっぽい。ポイント共有するから、あと15分くらいで合流できそう』


「15分!?持つわけないでしょ!!」


 ギルダの怒声と同時に、背後の四足型が再び跳躍し、車体後部に爪のような脚がかすった。アトリが息を呑む。その直後、通信の向こうで話し声が聞こえた。


『──あ、リア? 今、アトリを乗せたギルの車が襲われてるんだって。行ける? うん、早く来てって。……OK、位置情報送るからよろしくね』


 そして、まるで友人の家に寄る予定でも確認するみたいな気楽さで続ける。


『ギル?リアが5分で行くって。新しいルート送るね。あと、居住区に来ないようにC2からC7ゲートは封鎖した。対応後に開錠するから、終わったら連絡して』


「──ッ了解!!」


『じゃあ、頑張ってね、ギル、アトリ』


 通信は途切れた。


「クソッ……ミラーナの奴……!」


 運搬ユニットは容赦なく追いついてくる。 左側から一台が跳ねるように飛びかかり、 車体の側面に影が覆いかぶさった。


「っ……!」


 ギルダは一瞬だけ左に視線を向ける。 右目の奥で、小さく赤い光が点滅した。次の瞬間──飛びかかってきた運搬ユニットの動きが、まるで糸が切れたように一瞬だけ固まった。そのまま惰性で後方へ流れていく。


 ギルダはすぐに前方へ視線を戻し、 今度は上空のドローンを睨む。


「運搬ユニットとドローンの制御系がリンクしてる……単体の自律制御じゃあり得ない追従精度で、車に張り付いてきてる」


 ちら、とミラー越しにアトリを見る。アトリは急カーブの遠心力に負け、 足を上に投げ出したまま後部座席で転がっていた。


(どれも破壊行動には移らない…… 車線を妨害するのが目的か?単なる軍への嫌がらせか、それとも──)


「アトリ!」


「ふあい!!」


 アトリは転がった姿勢のまま、 必死に体を起こそうと手足をばたつかせる。


「ごめん、後部座席にケースがあると思うんだけど、中から銃、出してくれない!?」


「えっ、じゅ、銃!?」


 アトリは慌てて後ろを振り向き、 シートの隙間に押し込まれていた黒いケースを引っ張り出す。 車体が揺れるたびに、アトリの身体も左右に振られる。


「これ!?これでいいの!?」


「それ!!開けて、上の段に入ってるやつ!」


 アトリはロックを外し、 中に収まった金属の重みをそっと持ち上げる。ライフル銃。触れた瞬間、手になじむ。 どう扱えばいいか──なぜか分かる。アトリはハッチを見上げた。


「すぐ使えるように出しといてくれれば──」


 ギルダが言い終わる前に、 アトリはハッチを開け、銃を構え、引き金を弾いた。


 乾いた一発。 運搬ユニットの一台が制御阻害銃(インヒビター)で沈む。


「ちょッ……アトリ!?アトリアトリ!!」


 運転席から驚愕の声が飛ぶ。


「突然撃ったらびっくりするでしょ!!一言いってよ!」


 アトリはひょい、と車内に戻る。


「……ごめん。なんか……撃てそうだったから」


「いや、いいんだけどさ…!」


 ギルダは息を整える暇もなく叫ぶ。


「アトリ、後ろのユニット対処できそう!?」


「やってみる!」


 アトリはすぐに後方へ銃口を向ける。だが撃った瞬間、ユニットが横へ跳ねて避けた。

 ギルダの義眼が赤く瞬く。


「ドローンがアトリの動きを観測してるのか……」


 その言葉と同時に、四足ユニットが道路脇から飛び出した。ギルダがハンドルを切る。車体が大きく横滑りし、アトリは座席で派手に転がった。


「わっ!!」


「ドローンを先に落とさないとダメそうだな……!」


 ギルダは歯を食いしばり、 上空を旋回する二機のドローンを睨みつけた。


 その瞬間──視界の先、地上二十メートルの仮設足場に“影”が立っているのに気づく。風に揺れるケーブルの中で、そこだけが不自然なほど静止している。

 ギルダの目が、わずかに見開かれた。


「……来た……!」


 次の瞬間、影が落ちた。


 ドンッ!!


 重い着地音。車体が沈むほどの質量。 衝撃でサスペンションが悲鳴を上げる。

 

 アトリが驚いて見上げたハッチの縁から、逆さまの顔がぬっと車内を覗き込んできた。短く刈り上げた茶髪。 ダークグレーの戦闘服。筋肉の線が服越しでも分かる、無駄のない身体。そして──状況に似合わない、子どものような無邪気な笑顔。


「うわあああっ!!マジでアトリだ!!なんで?!すっげえ!!」


 その青年は、抑えきれない喜びをそのまま爆発させるように叫んだ。


「リア!!状況見ろ!!」


 ギルダの怒声が飛ぶ。

 リアと呼ばれた青年は、車両のハッチから逆さまにぶら下がったまま、アトリを指さした。アトリと同じ、銀色の義手だ。


「見てる見てる!アトリじゃん!本物じゃん!」

 

 アトリは銃を抱えたまま、ぽかんと目を丸くする。


「そっちはいったん後!リア、まずドローンをどうにかして!」

 

 ギルダの指示が鋭く飛ぶ。


「──おう、任せろ!」

 

 リアは嬉々とした声で返し、頭上のドローンを見上げて、不敵な笑みを浮かべた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

Secondの戦闘ユニット、「リア」の登場回でした。


次回は戦闘シーンが入ります。

リアはSecondの中でも戦闘力が一番高いユニットです。


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