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創造のSILVER  作者: 雪野
Directive Mode
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67/73

20.転落

「……アハハッ……!」


 ギルダの乾いた笑いが、戦場に溶けた。

 その音を、無線が微かに拾う。


(――笑った)


 作戦室のヘッセンは、わずかに目を見開く。

 背筋を冷たい何かが駆け抜けた。


 同時に、モニター上の数値が異常な勢いで跳ね上がる。


 義眼出力。

 神経負荷。

 脳活動。


 すべてが警告域へ達しようとしている。


「……っ」


 モニターを監視していたカイルの顔から血の気が引いた。


「ギルダ――!!」


 悲鳴にも似た声が無線へ飛ぶ。

 だが、返事はない。

 ギルダはなおも引き金を引き続けていた。


 一発。

 また一発。


 撃つたびに義眼の演算は加速し、出力値は限界を超えてなお上昇を続ける。そして――反動は唐突に来た。



「……ッ!?、は……っ……!」



 ギルダの胸を締め蹴るような圧迫感が襲った。酸素はそこにあるのに、いくら吸い込んでも肺がそれを受け付けない。


 視界が歪む。

 輪郭が二重に滲み、

 地面がわずかに傾く。


「はあ……ッ、はっ…はあッ…!」


(違っ……まだ……!)


 まだ、撃てる。

 まだ、終わってない。

 なのに、呼吸だけが言うことを聞かない。


『ヘッセン大佐!』


 カイルの切迫した声が無線へ響く。


『ギルダが臨界手前です!!前線に置かないで!!』


 ヘッセンの判断は早かった。


『リア、ギルダを後送しろ。今すぐだ』


 だが、その命令が届く前に――

 リアは、弾かれるように動いていた。


 爆風を縫うように駆け抜け、ギルダの腕を掴む。そのまま火線を横切り、倒れたコンクリート柱の陰へ身を滑り込ませた。直後、二人がいた場所へ爆発が降り注ぐ。破片が柱を叩き、鈍い衝撃が背中へ突き抜けた。


「……ッ!」


 背中に衝撃が走るが、そんなことはどうでも良かった。


「ギル! …ギル! 息しろ! こっち向け!」


 だが、返事はない。

 ギルダの胸は小刻みに上下し、

 浅く、速い呼吸音だけが漏れている。


 それでも、展開された右目はまだ開いていた。虹彩は高速で回転を続け、獲物を探すように空を見据えている。その異様な光景に、リアは息を呑んだ。


 無線が鳴る。


『リア、残りのドローンを排除しろ』


 ヘッセンの声は、いつも通り冷静だった。


「……な」


 リアの声が喉で引っかかる。

 腕の中のギルダを見る。

 この状態で、置いていけるはずがない。


『ドローンは、すぐにまた動く。今、迎撃を止めれば、負傷者も後送班も危険に晒される』


 ヘッセンは事実だけを突きつける。そこに一筋の猶予も、感情の入り込む余地もなかった。


『被害を広げるな』


 リアは、返事をできなかった。


 視線が揺れる。

 腕の中。

 前線。


 歯を食いしばり、ギルダの身体を柱の陰のより奥へと押し込む。


「……ごめん」


 小さく呟き、振り返らないまま立ち上がる。


『――急げ、リア!』


 リアは唇を噛み、そのまま爆煙の中へ駆け出した。

 入れ替わるように、カイルが無線を開く。ヘッセンへの許可は求めなかった。


『ギルダ。聞こえる?』


 震えそうになる声を押さえ込み、ゆっくりと言葉を紡ぐ。目の前のモニターでは、ギルダの生体情報が赤く点滅を繰り返していた。


 無線の向こうから返ってくるのは、言葉ではなかった。


「……はっ……はぁっ……」


 息を求める、苦しげな呼吸だけ。

 カイルは一度だけ目を閉じる。

 そして、自分自身へ言い聞かせるように口を開いた。


『大丈夫』


 短く、はっきりと。


『死なない』


 一拍置く。


『絶対に、死なせない』


 遠く離れた管制室で、カイルはギルダの乱れた呼吸に、自分の呼吸を重ねるように話す。


『ゆっくり』

『息を吐いて』

『……そう』

『ゆっくりでいい』

『僕の声だけ聞いて』


 柱の陰で、ギルダは胎児のように体を丸めた。


 崩れ落ちていく世界の中で、カイルの声だけが、濁流に差し込まれた一本の細い光の糸のように、ギルダの意識を辛うじて繋ぎ止めていた。


 ***


 Second班は、誰一人欠けることなく、全員帰還した。だが、誰も勝利の実感を持てなかった。


 帰還直後から医務班と復元局の職員が慌ただしく動き回る。カイルは処置台の前で、ギルダの応急処置を休む間もなく続けていた。


「血圧低下。酸素投与を継続」


 義眼の緊急停止処置を終えると、担架が運び込まれる。意識の戻らないギルダは、そのまま復元局へ搬送された。担架が廊下の奥へ消えていく。

 

 カイルは追いかけることもできず、その背中をただ見送った。

 

 少し遅れて、リアも右肩と左脚に損傷を負った状態で復元局へ運ばれていく。医療スタッフの足音だけが、廊下へ響いていた。


 ***

 

 控室は静まり返っていた。

 

 誰も口を開かない。戦闘が終わった安堵ではない。疲労とも違う。重く沈んだ空気だけが部屋を満たしている。


 その隅で、テオはベンチに腰を下ろし、両手で顔を覆い俯いていた。戦闘服には乾き始めた血がこびりついている。それが自分のものなのか、誰のものなのかも分からなかった。


 ゆっくりと、ソーンが歩み寄る。

 テオの前で立ち止まり、静かに口を開いた。


「テオ」


 返事はない。


「しっかりしろ……お前のせいじゃない」


 テオの肩が、小さく震えた。

 瞼の裏に浮かぶのは、助けを求めて伸ばされた血まみれの手。

 その直後に崩れた前線。

 リアの叫び。

 ギルダの笑い声。

 どれも耳から離れない。

 唇がわずかに動く。


「……オレが」


 掠れた声だった。


「オレが……持ち場を離れたから」


 その先は続かなかった。



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