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創造のSILVER  作者: 雪野
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66/71

19.正しさ

 作戦決行を数日後に控えた、ある夜。

 

 消灯時間を過ぎた廊下を、リアとテオが並んで歩いていた。足元を照らすのは、ホロパッドの淡い光だけだ。


「N-Link置いてくるとか、お前バカだろ」

 呆れたようにテオが言う。

「ごめんって。調整で外して、そのまま忘れてたんだよ」

「一人で取りに行け」

「頼むからそういうこと言うなって。この時間の廊下、マジで怖いんだからさあ」

「戦闘ユニットが何言ってんだ」

「幽霊と戦う訓練は受けてねーの」


 二人はSecond専用の情報室の前で足を止める。認証音が鳴り、自動扉が静かに左右へ開いた。


 室内の照明は落ちたままだった。無数のモニターだけが青白い光を放ち、静まり返った部屋に不規則な影を落としている。


 その光の中心に、ギルダが座っていた。

 

 椅子へ座り、机へ覆い被さるように背を丸めている。瞬きもほとんどせず、乾いた義眼と左眼で画面を見つめ続ける。表示されているのは、戦域地図、部隊配置、弾薬消費、通信ログ、戦闘シミュレーション。


 画面を切り替える指だけが、規則正しく動いていた。


「……ッ、びびった……」


 リアが胸を押さえ、小さく息を吐く。


「おい、ギル。明かりくらいつけろよ」


 返事はない。

 その様子に、テオの顔つきが変わる。


「……ギル」


 少しだけ強めに呼ぶ。


「ギル!」


 ようやく、ギルダが肩を震わせた。

 顔を上げるが、視線が定まらない。


「……?」


 テオは無言のまま壁のスイッチを叩いた。白い光が一気に満ち、部屋の輪郭がはっきりした。ギルダの顔色は明らかに血の気が引いていた。


 テオは時計に目をやり、眉をひそめた。


「……お前、いつからここにいる。それ以前に、夕飯はどうした」


「……夕飯……?」


 言葉を繰り返すだけで、意味を掴めていない。

 リアが一歩踏み出す。


「飯だよ、メシ!……今、何時だと思ってんだ」


 数秒の沈黙。

 思考のギアが軋みながらようやく噛み合ったのか、ギルダは首を傾げ、他人事のように呟いた。


「ああ……忘れてた」


 そう言って、またモニターへ視線を戻そうとする。

 リアとテオが、無言で目を合わせた。


 次の瞬間、テオがモニターの電源を落とした。

 画面が暗転する。

 同時にリアがギルダの手首を掴む。


「なに!?」


 ギルダは驚いたように声を上げる。

 リアが珍しく声を荒げる。


「何じゃない! お前、変だって! 顔色も最悪だし!」


「医務室だ」


 テオは有無を言わせなかった。


「今すぐ連れてく。メシも適当に運んでやるから、とりあえず休め」


「でも――」


 ギルダが何か言いかけるが、二人は問答無用で連行した。



 ***


 医務室は、しんと静まり返っていた。

 規則的に刻まれる電子音だけが、無機質な白い空間に染み込むように響いている。

 

 カイルは端末に向かい、無言で指を走らせていた。

 彼にできるのは、ギルダの脳に負荷をかける不要な情報を削ぎ落とし、純粋なデータだけを抽出する後方支援だ。背後のベッドでは、ギルダが冷却パックをまぶたに当てたまま、横たわっている。閉じた薄い瞼の下で、眼球が小刻みに動いていた。休んでいるはずの脳が、まだ何事かを演算している。


 沈黙を裂いたのは、掠れた声だった。


「……カイル」


 呼ばれた名前に、カイルは振り返る。

 どこか、声の調子がいつもと違った。


「次は……」


 ギルダは一息置き、言葉を探すように続けた。


「たくさん、人が死ぬ」


 カイルは瞬きをした。

 唐突すぎて、意味が追いつかない。


「私たちを生かすために。たくさん死ぬみたい」


 それきり、ギルダは黙りこんだ。

 カイルはモニターをロックし、椅子から立ち上がった。ベッドの脇へ歩きながら、言葉を探す。


「……どういうこと?」

 

「何通りも回した。状況をずらしても、戦力を盛っても、結果は変わらない。ここを抜けるなら、別の箇所が先に崩れる。それを避けると、今度は全体が持たなくなる」


 冷却パックを押さえたまま、ギルダの指がシーツを掴む。


「ちゃんと“正しい”。数字も、条件も、全部」


 カイルは何も言えず、ただ近くまで来た。

 無意識に、ベッドサイドに片膝をつく。


「……ヘッセン大佐には?」


「言ったよ」


 ギルダは、わずかに口角を上げた。

 笑顔というには、あまりに浅い。


「でも……伝わらなかった。いや…本当は伝わってたのかも。だって、調べれば調べるほど……それが一番“正しい”って分かるんだもん」


 正しい。

 正しい。

 正しい。


 その言葉が、彼女をどれだけ追い詰めているか、カイルには見えていた。


「ギルダ……次は休もう」


 慎重に、しかし迷いなく言う。


「体調が悪いとか、何でもいい。ぼくからも大佐に話すから」

「私が抜けたら、致死率が跳ね上がる」


 きっぱりとした断言だった。そこにはもはや感情の色はなく、冷徹な計算結果だけが横たわっている。


「……それは、数字の話だよ」


 ギルダは答えない。

 やがて、かすれるように声が落ちる。


「考えれば考えるほど、逃げ道が消えていくみたい……前に進んでるはずなのに、足場がなくなってく……」


 冷却パックの隙間から、わずかに覗く頬が緊張で強張っている。


 カイルは何も言えなかった。


 彼女が見てしまった答えを、彼自身も否定できないと分かっていたからだ。



 ***


 作戦決行日。


 冬の空気は刺すように冷たく、吐く息が白く散った。


 上空では、敵の自爆型ドローンが蜂の群れのように飛び交っている。 味方の迎撃弾が軌跡を描き、別部隊の対空砲火が断続的に閃光を放つ。 通信には各隊の報告が途切れ途切れに入り、戦場全体がぎりぎりの均衡で保たれていることが分かった。


「Second、前方の進撃路を確保しろ! 他部隊が右側面から回る!」


 味方部隊の声が無線に割り込む。 その向こうで、別隊の兵士たちがドローンの雨に押されながら必死に前進していた。


 迎撃が始まる。


 ギルダは一歩下がった位置で、まるで他人事のように戦況を見ていた。 指は引き金にかけたまま、動かない。


 予測は尽くした。 可能性は潰した。 それでも――最前線は壊れる。


 感情だけが、どこか遠くに置き去りになっていた。せめてリアとテオだけは死なせない。 その一点だけが、ギルダを戦場に繋ぎ止めている。


 ドローンが迫る。


 ギルダは義眼の逆位相で数台を落とす。 空中で金属片が散り、黒煙が尾を引いた。だが、すべては落としきれない。


 撃ち漏らした数機が友軍の頭上へ滑り込む。


「散開ッ!」


 誰かの怒鳴り声。

 直後、白い閃光が戦場を飲み込んだ。


 煙の向こうで、一人の兵士が吹き飛ばされるのが見えた。


「あ……あぁぁぁぁッ!」


 黒煙の中から、絞り出すような叫び声が聞こえた。

 一人の兵士が、痛みにのたうち回っている。


 膝から先は消失し、断面からは鮮烈な赤が、止まることを知らずに溢れ出している。地面に広がる血溜まりが、爆炎を反射して不気味にぎらついた。


 前方でドローンを迎撃していたテオの視線が、その悲鳴に引き寄せられ、銃口が止まる。


 「あ……」


 兵士は必死に腕を伸ばしていた。


「た……助け……」

 

 その声が、爆発音の隙間を縫うように耳へ届く。

 次の瞬間。

 テオは駆け出していた。


「衛生兵ッ! 衛生兵は!?」


 兵士の傍らへ膝をつき、戦闘服の襟を掴む。血で手が滑る。身体を必死に引きずり、安全圏へ運ぼうとする。


 背後では、ドローンの接近警報が鳴り続けていた。


「テオ!」

 

 リアが叫ぶ。

 飛来した一機を義手で殴り飛ばす。

 爆風が二人を揺らした。


「前! 前見ろ!」

 

 テオはリアの声で一瞬だけ意識を戻す。だが焦りで視界が狭まり、判断が追いつかない。


 無線が割り込んだ。


『テオドール。持ち場を離れるな』


 ヘッセンの声だった。


『負傷者は救護班が回収する。お前は迎撃を続けろ』

「でも……!」


 迷いが、テオの足を止めた。

 その間にも、ドローンの着弾音が続く。

 砂と煙が巻き上がり、周囲の叫びが増えていく。


 ギルダが飛び出す。

 義眼が閃き、逆位相で二機を撃墜。

 さらに引き金を引く。

 続けて爆散したが、それでも数が多すぎる。


「テオ! 立て直せ!! 私じゃ制御しきれない!!」


 テオは荒い息のまま、震える手で再び前線へ銃口を向けた。だが次の爆風が三人を襲い、地面へ弾かれる。


「っ……!」


 砂を噛み、ギルダは顔を上げる。視界の先では、視界の先で、 “犠牲部隊”として最前線に押し出された兵士たちが、 雪と泥の上に折り重なるように倒れていた。


 胸の奥で、何かが切れた。



 ――もう、いやだ



 義眼の右目が、軋むような音を立てて展開する。世界が反転し、無数の情報が洪水のように流れ込み、一つの答えへ収束していく。


「……全部」


 唇が、勝手に動いた。


「――堕ちろ」


 空が沈んだ。


 次の瞬間、ドローン群の挙動が一斉に歪む。推進音が裏返り、金属の悲鳴のような音が空を裂く。制御を失った機体が、雨のように叩き落ちていく。


 ギルダは前へ出た。銃を構え、倒れきらない残骸を迷いなく撃ち抜く。


 引き金。

 反動。

 閃光。


 撃つたびに、世界が澄んでいく。


 ――見える。


 煙の向こう。崩れる瓦礫。敵の視線。弾道。


 次の三秒。

 次の十秒。

 次の三十秒。


 未来が、頭の中へ流れ込んでくる。

 情報は恐ろしく膨大なはずなのに、何一つ苦にならない。

 

 むしろ、――心地がいい。

 

 こんなにも世界は単純だったのか。


「……ふ」

 

 喉が勝手に鳴る。


「……アハハッ」


 乾いた笑いが、戦場へ溶けていく。




明日の更新はお休みします!

次回は8月1日(土)の19:20ごろ更新です。

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