18.境界
「この作戦は――どういうつもりですか」
ギルダの声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
ヘッセンはその視線を静かに受け止める。
「……どういう意味だ」
ギルダは一度息を整え、ホログラムを指さした。
「今回投入される友軍部隊のことです。連携精度が低すぎます。この配置で最前線へ投入する合理性が見えません」
「今回は複数地点で同時にドローンを処理する必要がある。Secondだけでは手が足りない」
「それは理解しています」
ギルダは即座に返す。
「ですが、この配置では最初に崩れるのは友軍です」
沈黙が落ちた。
ヘッセンの指先が、机の上でほんの一瞬だけ止まる。配置の意味はあえて説明しなかった。だが、ギルダは見抜いた。それでもヘッセンは表情を変えない。
「その想定で配置している。優先度の低い部隊から切り捨てる」
ギルダの瞳が揺れる。
「……切り捨てる?」
「戦況が悪化した場合、救援可能な範囲を縮小するということだ」
ヘッセンは淡々と続ける。
「全戦線を守ろうとして全滅するより、一部を放棄して戦力を維持する。指揮官として当然の判断だ」
その瞬間、ギルダの中で何かが音を立てて弾けた。
――最初から、その部隊を見捨てるつもりだった。
胸の奥で熱が一気に立ち上がる。
「……それを前提にするのは、違うのではないですか?」
声の温度が変わった。その変化で、ヘッセンはようやくギルダの方へ顔を向ける。
「違わない。戦力には差がある。それは事実だ。全隊が同じ水準で戦えると思うな」
返答は即座だった
「使える戦力から使う。それが組織の運用だ」
そこに悪意はない。
彼にとっては、戦場の現実を口にしただけだった。
だからこそ、ギルダには耐え難かった。
「そのことは、本当に共有されているんですか」
問いかける声が低くなる。
「"自分たちは切り捨てられる側かもしれない"と知らされた上で、その部隊の人たちは前線へ向かうんですか」
「司令部間では合意済みだ。作戦命令も承認されている」
「……上の話を聞いているんじゃありません」
声がかすかに震えた。
「現場の人たちは知っているんですか、と聞いているんです」
一瞬、沈黙が落ちる。
しかしヘッセンの答えは変わらない。
「知る必要はない」
その一言が、静かに作戦室へ落ちた。
「情報を制限することも指揮官の責任に含まれる。だからこそ、戦力の中核であるお前たちを維持することが最優先だ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が焼けるように熱くなった。
違う。
「どうしてそうなるんですか!」
声が弾けた。
静まり返っていた作戦室に、その叫びだけが鋭く響いた。
「……大佐は、いつも私たちに『代替不能になれ』と言ってくださったじゃないですか」
ヘッセンは何も答えない。
「消耗品になるなって……」
「それはSecondの話だ」
あまりにも淡々とした返答だった。
ギルダは目を見開く。
「私たちは、自分たちだけ助かればいいなんて、一度だって思ったことはない!」
どうして、自分たちだけが助かればいいという話になっているのか――
それを私たちが望んでいるとでも、思っているのか――
胸の奥で暴れる言葉が、もう止められなかった。
「どうして現場にいない人が、現場の命を勝手に選べるんですか!」
息が乱れる。
「あなたは……そこで私たちが何を失うのか、何ひとつ知らないくせに――!」
――その瞬間。
ガンッ!!
ヘッセンの軍靴が机を蹴り上げた。
ホログラムが震え、積み上げられた資料が音を立てて滑る。
ギルダは肩を震わせ、息をのんだ。
数秒。
誰も動かない。
やがてヘッセンはゆっくり顔を上げる。
刃物のような瞳の冷たさの奥で――痛みが確かに揺れていた。
ギルダは言葉を失う。
恐怖ではない。
――今、自分は越えてはいけない境界を踏んだ。
その自覚が、背筋を冷たく撫でた。
視界の端が熱く滲む。悔しさか、怒りか、自分でも判別できない。けれど泣くことだけは、絶対にしたくなかった。
「……お前の感情で組織判断を否定するな。お前がどう思おうと、指揮系統は上から下へ一方向だ」
ヘッセンが低く告げる。短く、冷徹で、逃げ場のない声。
「――命令だ、従え」
ギルダは凍りついた喉から言葉を押し出す。
「………失礼します」
深く頭を下げることはしなかった。
形だけの敬礼を返し、踵を返す。
軍人としての体裁だけは、最後まで崩さなかった。
***
自動扉が閉まる。
その音が聞こえた瞬間だった。
足元の感覚が、ふっと遠のく。
呼吸は整えているつもりなのに、胸の奥だけがうまく動かない。足は思うように前へ出ず、廊下がわずかに揺れて見えた。
作戦室の前で待機していたSecondの面々が、一斉に振り向く。
最初に駆け寄ってきたのはカイルだった。
「ギルダ……!?」
顔色を見た瞬間、表情が変わる。
「どうしたの、何があった?」
返事をしようとしても、息だけが浅く漏れた。
カイルは何も聞かず、そっと肩を支える。
「座ろう」
近くのベンチへ導かれ、ギルダは力が抜けるように腰を下ろした。
呼吸を整えようとする。けれど喉が強張り、うまく空気が入ってこない。胸の奥が、ずきりと痛んだ。
「……ヘッセン大佐に……」
「え…?」
カイルは聞き返すが、そこで言葉が途切れる。
続きが出てこない。
視界が滲み、俯いた先へ透明な雫がぽたりと落ちた。
ギルダは自分でも、泣いていることに気づいていなかった。
「……大佐に……」
震える唇から、ようやく言葉がこぼれる。
「私……最低なこと……言った……」




