16.戦場の合理性
研究施設を襲撃した武装組織の殲滅作戦を境に、僕たちSecond班は、あらゆる武力抗争の最前線へ投入されるようになった。
投降した者までも排除したあの日の作戦は、大きな波紋を呼んだ。
軍の対応は過剰だった――。
いや、被害を最小限に抑えた迅速かつ適切な判断だった――。
世論は真っ二つに割れ、連日、様々な論争が繰り返された。
けれど、当事者である僕たちには、そんな評価は何の意味も持たなかった。賞賛も、非難も、命令を変えることはない。
僕たちに許されていたのは、与えられた戦場へ向かい、与えられた命令を遂行することだけだった。
創造規制法への反発は、日に日に激しさを増していく。
旧技術を信奉する技術者たちは地下へ潜り、各地で武装蜂起や破壊活動を繰り返した。軍施設だけでなく、政府関連施設や物流網までが攻撃対象となり、社会はゆっくりと戦時へ傾いていく。
そして、その最前線には、いつも僕たちがいた。
***
血飛沫が舞った。
エミリオはその間を滑るように駆け抜け、振り抜いた刃で男の喉元を裂く。噴き上がった返り血が頬を打ち、ダークグレーの戦闘服へ赤黒い飛沫を散らした。男が崩れ落ちるより早く、次の標的へ踏み込む。
銃声。
悲鳴。
骨の砕ける鈍い音。
それらはもう、耳を素通りしていく。
「はぁ……っ、はぁっ……!」
エミリオは壁にもたれ、荒く息を吐いた。限界近くまで加速を繰り返したせいで、全身が熱を帯びている。視界の端では、共有リンクに映る敵性反応が絶えず明滅している。
「……うっとうしい」
視界を埋めている敵位置のマーカーが邪魔で、 エミリオは思わずそれをオフにした。
その瞬間だった。
死体の山が、わずかに動く。
血に埋もれた男が片腕だけを持ち上げ、震える指で拳銃を構えた。
銃口は、無防備なエミリオへ向けられた。
――バンッ。
乾いた銃声。
エミリオは弾かれたように振り返る。
ギルダが、男の頭へ正確に一発撃ち込んでいた。 返り血が細い線になってエミリオの頬を伝う。ギルダの右眼の義眼だけが淡く光っている。
彼女はエミリオを一瞥し、低く言った。
「勝手にオフにしないで」
エミリオは唇を結び、小さく視線を逸らす。
そのとき、廊下の奥からリアが軽い足取りで現れた。戦闘服には血が飛び散り、その顔には汗ひとつ浮かんでいない。周囲を見回し、転がる死体の数を数えるように目を細める。
「全員、殺っちゃった?」
少しだけ肩をすくめる。
「首謀者の居場所くらい、吐かせたかったんだけどな」
ギルダは何も言わず、義眼を死体の山へ向けた。
眼の奥で赤い光が一瞬だけ走る。
「……あそこ」
指先が、血だまりの奥を示す。
折り重なった死体の下。
かすかに上下する胸郭を、義眼は見逃さなかった。
「まだ、生きてる」
その言葉が届いた瞬間だった。
死体に紛れていた男が弾かれたように身を起こし、足を引きずりながら出口へ向かって駆け出す。
リアの姿が一瞬で掻き消えた。次の瞬間には男の背後へ回り込み、襟首をつかむ。勢いのまま床へ引き倒し、肩関節をひねり上げる。
鈍い悲鳴。
逃げようともがいた脚を膝で押さえ込み、義体化された腕の関節へ体重をかける。わずかに力を加えただけで、男の身体は完全に動きを止めた。
「やめ……っ! やめてくれ! 俺は何も知らない!」
男は痛みに顔を歪めながら叫ぶ。
リアは面倒そうに小さく息を吐いた。
「騒ぐなよ」
抵抗を封じたまま、ギルダへ視線を向ける。
「ギル、どうする?」
ギルダはゆっくりと男の前へ歩み寄った。
銀色の義眼が静かに光る。
その視線だけで、男の呼吸が浅くなる。
「──お前たちの指揮系統はどこにいる?」
抑揚のない声だった。
男は首を激しく振る。
「知らない! 本当だ! 俺は何も聞かされてない!」
ギルダは答えず、男の表情を見つめ続ける。義眼が虹彩の揺れ、血流、瞳孔の開き、呼吸の乱れを淡々と解析していく。まるで心の奥まで覗き込まれているような圧迫感に、男の喉がひくりと鳴った。
やがてギルダは静かに結論を告げる。
「……ウソだね」
その一言だけで十分だった。
リアへ視線を向ける。
「吐かせよう。隣の部屋に連れてきて」
「了解」
リアは男の腕をつかみ直し、そのまま床を引きずるように歩き出した。
「待ってくれ! 本当に知らない! 頼む! お願いだ!」
男は半狂乱になって暴れる。
必死にもがく爪が床を引っかき、血の筋だけを残していく。
その姿を見つめながら、エミリオが一歩踏み出した。
「……オレも行く」
リアは振り返りもせず、苛立ちを隠さない声で言った。
「とっくに集中、切れてんだろ。お前はソーンと合流して戻れ」
「でも――」
「バーカ、そんなんで来られても足手まといなんだよ」
リアは口元に軽薄な笑みを浮かべ、わざと明るい声で言った。茶化すようなその響きは、エミリオに追いすがる隙を与えないための、彼なりの拒絶だった。
反論しようと開いた口が、そのまま言葉を失って閉じる。
ギルダは視線すらエミリオに向けることなく、歩みを止めない。返り血を纏った黒い戦闘服の背中だけが、薄暗い廊下の暗がりの中へ、淡々と溶け込んでいった。
***
男の絶叫が、テレパスを震わせた。
施設から数百メートル離れた狙撃地点。テオはスコープから目を離さないまま、小さく眉をひそめる。ミラーナが維持する長距離同期回線を介し、テオは意識を飛ばした。
〈おい、殺すな。尋問対象の処理の許可がまだヘッセン大佐から出てない〉
わずかな間。
ギルダの淡々とした声が返る。
〈必要?結論は変わらないと思うけど〉
〈だからって手順は飛ばすな。報告してからだ〉
鼻で笑う気配だけが返ってくる。
〈……殺した方が優しいと思うけどね。この状況じゃ……まあ、一応聞いてみたら?〉
テオは回線を司令チャンネルへ切り替えた。
「こちらテオドール。尋問対象より首謀者の所在を聴取中です。情報取得後の対象処遇について、指示を求めます」
『排除しろ』
返答は、一秒とかからなかった。
「……了解」
再びテレパスへ戻る。
〈ギル。ヘッセン大佐が――〉
〈聞いてた〉
即座に返ってきた。
〈今、吐いたよ。座標を送る。ヘッセン大佐に伝えて〉
テオの端末へ、首謀者の位置情報が転送される。
そして――
パン。
乾いた銃声が、回線越しに響いた。
さっきまで途切れ途切れに聞こえていた悲鳴は、その一発で完全に消えた。
やがてギルダが、何事もなかったように告げる。
〈尋問対象、処理完了〉
『首謀者座標、送信します』
テオは受信したデータを確認し、そのまま司令部へ転送した。
通信が切れる。
ギルダは血の付いた床を踏み越え、部屋を後にした。返り血の乾き始めた戦闘服を揺らしながら廊下を歩く。
右眼の義眼が淡く輝く。解析モード、再起動。 壁の向こう。床下の熱源。残存する義体反応。無数の情報が一気に流れ込み、視界を埋め尽くした。
「……っ」
頭の奥が鈍く軋む。
平衡感覚がわずかに崩れ、足元が揺れた。
その時、本部の作戦室でカイルは各隊員のバイタルモニターを確認していた。
心拍。
神経負荷。
義体稼働率。
流れる数値の中で、一つだけ異常なグラフが目に留まる。
「……ギルダ?」
義眼演算負荷──87%。
神経温度、上昇。脳波に微細な乱れ。
カイルはすぐにインプラント通信を開いた。
「ギルダ、大丈夫?」
数秒の沈黙。
返ってきた声は、いつもと変わらない。
『問題ない』
それだけだった。
通信は切れる。
カイルは画面に残る負荷グラフを見つめたまま、小さく息を吐いた。
「……全然、問題あるじゃん」
***
ヘッセンは、殲滅作戦の成功とSecond班の指揮官としての功績を認められ、少佐から一気に大佐とへ二階級特進を果たした。
異例の昇進だった。
だが、彼自身は階級や名誉に興味を示すことはなかった。
彼が見ていたのは、ただひとつ。
――どうやって、Secondを生きて帰せるか。
まだ十四歳だった僕たちが、あれほどの戦場で誰ひとり死ななかったのは、ほとんど奇跡に近い。だがその奇跡は、偶然ではなかった。
徹底した効率化。
冷徹なまでの排除。
判断の迷いを許さない戦術設計。
いかに効率的に、対象を殺害するか。
いかに確実に、生存率を最大化するか。
ヘッセンは、その一点へすべてを賭けた。
そして── その合理性を最も敏感に受信したのは、ギルダだった。
義眼の圧倒的な解析能力。
彼女自身の冷静な知性。
そして、ヘッセンが導き出した"最も合理的な答え"。
その三つは、あまりにも噛み合いすぎていた。
戦場の合理性を、冷徹さを、 “正しさ”を、 彼女は誰よりも早く、誰よりも深く理解してしまった。
そして、その適応は、なにより人間らしさを削り落としていくことでもあった。




