13.望んでいなかったもの
【司令本部・統合状況室(JOC)】
時刻 19:40
巨大スクリーンには、軍研究区画の立体図が幾重にも重なり、赤い警告表示が脈打っていた。
創造規制法に反発する武装集団が研究棟へ侵入。一部区画を爆破し、現在も施設内部を占拠している。人質は確認されていない。しかし、設備損傷は拡大し続け、機密情報流出の危険性も刻一刻と高まっていた。
長卓の上座には参謀長。
左右には作戦局長、情報本部長、軍法務監ら、軍中枢の将官が顔を揃えている。
そして、その末席。
まだ若いヴィクトル・ヘッセン少佐が、一人、資料へ視線を落としていた。
空調の低い唸りと、端末を操作する電子音だけが静寂を満たす。
やがて参謀長が口を開いた。
「状況は諸君の見ているとおりだ」
スクリーンが切り替わる。
赤く染められた研究施設。
突入予想経路。
敵戦力の推定配置。
「創造規制法に反発する武装勢力による研究施設占拠事件だ。私は、通常部隊では被害の拡大が避けられないと判断した」
一拍。
「よって、本作戦より第二同期ユニットを実戦投入する」
その宣告は、以前から決まっていた結論を読み上げるだけのようだった。
「任務は施設への突入、経路確保、および占拠部隊の制圧。以上だ」
「異議を申し上げます」
静かな声が会議室に響く。末席のヘッセンだ。
「理由を述べよ、ヘッセン少佐」
「年齢未達です。第二同期ユニットは全員十四歳。我が軍の運用指針では、実戦投入は十八歳以上を原則としています」
軍法務監が淡々と口を開いた。
「その認識は正確ではありません」
端末を操作すると、条文がスクリーンへ映し出される。
「十八歳未満の戦闘参加は禁止ではなく抑制です。代替不能性と緊急性が認められた場合、限定的な投入は合法となります」
画面が切り替わる。
今度は訓練成績だった。
反応速度。同期精度。軌道制御誤差。
すべての数値が基準値を大きく上回っている。
「加えて、この訓練報告書」
軍法務監は視線をヘッセンへ向ける。
「提出者は貴官だ。第二同期ユニットは反応速度・軌道制御ともに成人精鋭部隊以上、と評価されている」
続いて作戦局長が口を開いた。
「通常部隊を投入すれば損耗は避けられん。敵は旧式自律兵器を暴走状態で運用している。複雑な内部構造で白兵戦になれば被害はさらに拡大する。この施設を最短で制圧できる戦力は、第二同期ユニットしか存在しない」
「異議を重ねます」
ヘッセンは一歩も引かなかった。会議室の視線が集まる。
「能力は認めます。しかし感情処理系は未成熟です。リンク内で感情衝突が発生した場合、安全に収束できない個体も存在します。現段階での実戦投入は危険です」
沈黙を破ったのは、情報本部長だった。
「……ヘッセン少佐」
柔らかな笑みを浮かべる。
「これは貴官にとって好機だ。今回の戦果は上層部へ直接報告される。成功させれば、功績は君のものになる。次の昇進は約束されたようなものだ」
「配慮は不要です」
ヴィクトルは即答した。
「当職の最優先は、第二同期ユニットという戦力資産の損失防止です。評価や配置は、当職の扱う領域ではありません」
情報本部長の笑みが固まる。
その空気を断ち切るように、参謀長が軽く咳払いをした。
「――第二同期ユニット投入は、すでに決裁済みだ」
数秒の静寂。
ヘッセンはゆっくりと一度だけ頷く。
そして静かに顔を上げた。
「……拝命します」
ヘッセンは一拍置き、続けた。
「ですが、条件を一つ。第二同期ユニットの指揮権は当職へ一元化していただきたい」
会議室の視線が集まる。
「作戦手順の立案・適用も当職が行います。現場で指揮系統が分散すれば、同期誤差を招き、損耗率が跳ね上がります」
軍法務監が資料を閉じ、参謀長へ視線を向ける。
「法的な問題はありません。指揮権を一元化すれば責任の所在も明確になります。作戦設計権限を現場指揮官へ委ねる運用も、実務上は妥当です」
参謀長は数秒だけ考え、静かに口を開いた。
「……認める」
その一言で会議室の空気が動く。
「第二同期ユニットの指揮権はヘッセン少佐に委任する。作戦手順の立案・適用も一任だ」
参謀長は真っ直ぐヴィクトルを見据えた。
「――必ず結果を出せ」
「了解しました」
ヘッセンは踵を揃え、短く敬礼した。
***
訓練室へ向かう廊下を、ヴィクトル・ヘッセンは静かに歩いていた。
軍靴が床を打つ音だけが、やけに大きく響く。
訓練室の扉が開く。
すでに八名の子どもたちは整列していた。
誰一人として私語はない。
ほんの少し前までは、ここには笑い声があった。
訓練の合間に騒ぎ、注意されてもまた笑う。
そんな光景が、ずいぶん昔のことのように思えた。
今の彼らの表情に、笑みはない。幼さもない。
そこにあるのは、初めて見る鋭い眼差しだけだった。
ヴィクトルは正面に立つ。
「――通達」
声は普段と変わらない。
感情を一切乗せない高さで告げる。
「Second班の実戦投入が決定した」
返ってきたのは、一つの声だけだった。
「――ハイ」
そこにいつもの無駄はない。
ふざける気配も、勇ましさの空回りもない。
ただ必要な返事だけが落ちる。
「外縁研究施設内に武装組織が侵入。現在も施設を占拠し、軍の研究設備および機密情報への接触を継続している」
ホログラムに研究施設の立体図が展開される。侵入経路。封鎖区画。味方部隊の配置。すべてが赤く染まっていた。
「お前たちの任務は、研究区画への突入および敵勢力の制圧を行うこと。あわせて、重要設備の確保と機密情報の流出阻止を最優先任務とする」
「――ハイ」
返事は変わらない。
その揃い方は、訓練の成果だった。
本来、兵士とはこうあるべきだ。
自分が望んだのは、これだ。
だが――望んでいなかったのも、これだ。
胸の奥で、微かな矛盾が音を立てて沈む。だが、軍務に不要な感情だ、とすぐに踏み潰した。再び顔を上げた時、その声に揺らぎは一切なかった。
「指揮官は私が務める」
短く告げる。
「作戦開始は一週間後。それまで各自、最終調整を行え」
「――了解」
訓練室に響いたその声は、もう子どものものには聞こえなかった。




