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創造のSILVER  作者: 雪野
Lost Component
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12.機能停止(シャットダウン)

 医療搬送ユニットは、白い車体を揺らしながら研究施設の廊下を滑るように駆け抜けていく。


 非常灯が赤く点滅し、その光が無人の通路を断続的に照らしていた。壁には焦げ跡が走り、床には転倒した機材や散乱した書類が転がっている。


 カイルの指先が静かに動く。ユニットは角を一つ曲がり、速度を落とさず次の区画へ飛び込んだ。

 

 その瞬間――。


「前方三名、武装あり!距離二十!」


 ギルダの怒声が響く。


 迷彩服姿の武装集団が通路の先で振り向き、一斉に銃口を向けた。

 乾いた発砲音。銃弾が床を跳ね、火花が散る。


「カイル!」

 

 テオが叫ぶ。


 しかし、医療搬送ユニットは減速しなかった。車体を大きく傾け、壁際へ滑り込む。銃弾がわずか数センチ脇をかすめ、金属片が飛び散る。そのまま勢いよく武装集団の脇をすり抜けると、狭い通路へ飛び込んだ。


「すご……!」


 エミリオが思わず息を呑む。


 カイルは返事をしない。

 視線はモニターに釘付けだった。


 次の角。

 その先に映った光景を見た瞬間――

 カイルの指先が、ぴたりと止まる。


「……いた」


 ロボットのカメラアイが捉えたのは、赤い非常灯に染まる細い避難通路。その奥で、小さな背中が誰かを支えながら歩いていた。白衣の研究員を肩に担ぎ上げ、ふらつく足を踏みしめながら、それでも前へ進んでいる。


 アトリだった。

 肩で荒く息をつきながらも、ケガをした研究員を支え続けている。


 リアが思わずホログラムへ手を伸ばす。


「……アトリだ!」


 カイルはためらうことなく操作パネルの通信スイッチを叩いた。ユニットのスピーカーから、ノイズ混じりの電子音が響く。


『アトリ!!』


 赤い非常灯の下で、アトリの肩がびくりと震えた。ゆっくりと振り返る。汗と埃、頬を伝う血で汚れた顔。それでも、その瞳だけが大きく見開かれた。


「えっ……」


 一瞬、信じられないという表情を浮かべる。そして、聞き覚えのある声だと気づいた途端、その表情が崩れた。


「カイル…!?みんな……!?」


 驚きと安堵が入り混じった声。肩を貸していた研究員を他の研究員に預け、ユニットに近づく。


 アトリが生きていた。

 それだけで胸の奥に張りつめていたものが、少しだけほどけていく。


 その一方で、ソーンはすぐに気持ちを切り替え、専用回線へ向かって報告を飛ばす。


「ヘッセン少佐!アトリを確認しました!現在位置はE-4避難連絡通路。負傷した研究員の救助に当たっています!」


 間を置かず、ヘッセンの低い声が返る。


『了解、位置情報を送れ』


 ミラーナは回線を維持したまま、アトリへ呼びかけた。


「アトリ!こっちに来て!大丈夫、少佐にも伝えたから!もうすぐ救援が――」


 ――ギィンッ。


 ミラーナの声を遮るように金属が軋む鋭い音が響いた。


「!」


 操作していたユニットの視界が横殴りに弾かれる。画面が激しく揺れ、赤い非常灯が滲んで流れた。


「右――!」


 ギルダの鋭い声が飛ぶ。


 カイルがユニットの姿勢を立て直した、その一瞬。

 

 視界の端に、黒い兵装を構えた男の姿が映り込む。銃口は、まっすぐアトリへ向けられていた。


「――ッ!」


 アトリが目を見開く。

 次の瞬間。

 閃光。

 轟く発射音。

 高出力の電磁弾が、アトリの胸を正面から貫いた。


「アトリ!!」


 訓練室に悲鳴が響く。


 ロボットのカメラ越しに映るアトリの身体が、びくりと跳ねた。足先が震える。その震えは膝へ、腰へ、全身へと広がっていく。力を失った身体が、赤い非常灯の下で静かに崩れ落ちていった。


 ギルダが低く叫ぶ。


「……二発目装填!アトリに照準を合わせてる!」


 モニター越しに映る武装兵は、倒れたアトリへ二射目の電磁弾を構えていた。先端が青く光り、放電音がわずかに混じる。


 ――次の一発で終わる。


 その光を見た瞬間、カイルの手が反射的に端末へ向かった。


「……っ!」


 // DEEP SYNC : FORCE-LINK PROTOCOL

 operator: Kyle


 テオが驚いて振り返る。


「カイル!?何して――」


 /OVERRIDE_INIT

 disable_stabilizer()

 skip_safewave_check()


 カイルはすでに、予定外の運搬ユニットへ無理やり同期を始めていた。

 ミラーナが慌てて回線を抑える。


「ちょっと待って!処理が間に合わない――!」


 /TARGET_LOCK

 inject: KYLE.deepwave(force)


 /DEEP_DRIVE

 break_resistance()

 override(root)


 /CONNECT

 seal_channel(force=true)

 execute()


 同期深度を限界まで押し込み、待機中だった医療搬送ユニットへ強制侵入する。負荷警告が赤く点滅する。それでも、カイルは指を止めなかった。


「動け……!」


 震える声で呟く。


「動けぇっ!」


 カイルは “深層への入り口”を強引にこじ開ける。主導権を奪った二機目のユニットが、通路の影から飛び出した。


 ギルダが鋭く叫ぶ。


「ぶつかる――!」


 しかし壁へ衝突する寸前、ロボットの脚が壁を蹴り、体勢を無理やり立て直し――敵兵の背に、全体重でぶつかった。


 ガンッ!!


 凄まじい金属音が狭い通路に響き渡る。武装兵の身体が前方へ吹き飛び、手から離れた電磁兵装が床を滑って火花を散らした。


 ソーンが息を飲む。


「倒した……!」


「アトリは!?」


 カイルが叫ぶ。


 レイは車いすの肘掛けを強く握りしめた。頭の奥を錐で抉られるような痛みが走る。それでも、目を閉じ、意識を深く沈める。


「……弱くなってる……!でも、まだ……まだいる……!」


 レイの広い波が、アトリの脳波の揺れをかすかに拾っていた。その揺れは、消えかけた心臓の拍動のように、細く、遠く、途切れそうで――それでも確かに“そこ”にあった。


 カイルはその言葉にすがるように、震える指で深層同期の操作に入る。


「レイ、合わせるよ……!」


「うん……!」


 レイはアトリの波へ意識を伸ばし、カイルは自分の波長を深層へ落とした。ふたりの波が、暗い底に向かって沈み、潜り、さざ波のように広がる。


 カイルはそのアトリの“乱れた拍”に自分の波を重ねて押し出す。まるで、止まりかけた心臓に外側から拍動を送り込むように――


 レイも同時に、広い波でアトリの揺れを包み、弱った拍動が再び跳ね返るように支えていた。


「アトリ……戻ってこい……!」


 画面上の波形が、一瞬だけ揃いかけた。


 あと少しで、リンクが成立する。

 あと少しで、届く。


 しかし、その瞬間――


 アトリの波が渦を巻いた。

 異常に乱れた“向こう側”の波長が、カイルの深層へ逆流する。


 ギルダが息を呑む。


「カイル!!」


 カイルの瞳から焦点が消え、鼻先から、細い血が一筋流れ落ちた。ホログラムに赤い警告が走る。


 ATRI.wave → amplitude_surge

 KYLE.consciousness → undertow_caught

 identity_boundary → erosion_rate: 74%

 return_vector = lost


 波が“飲み込んでくる”――。


 その瞬間、作戦室のモニター上でも同じログが跳ね、ヘッセンは顔色を変えた。即座に通信回線を開く。


『カイル!』


 鋭い声が響いた。


『今すぐ同期を切れ!!』


 カイルは虚ろな瞳のまま、ホログラムへ手を伸ばす。


「……まだ……届く……アトリが……手を……伸ばして……!」


 異常波長に引っ張られるほどカイルは“近づいた”と錯覚する。


 アトリを呼んでいるのか、アトリに呼ばれているのか――


 もう判別がつかない危険な領域だった。


「カイル、これ以上はダメ!!!戻ってきて!!!」


 レイの叫びと同時に――


 “プツン”


 短い断音。

 波長が一気に途切れた。


 深層同期が強制的に切断された。

 カイルは息を飲んで咳き込み、レイは強い反動で身体が揺れ、車いすの背もたれにしがみつくように体を折った。指先が震え、肘掛けにしがみつく。


「なんで……ッ」


 震える手で机に置いていたN-Linkに伸ばすが――そこにない。


 視界の端で、ギルダが静かに立っている。

 その手には、カイルのN-Link。

 親指は、非常用の赤いスイッチを最後まで押し込んでいた。


 ――強制切断。


 アトリの波形が、

 ゆっくり――ゆっくりと――

 細くなっていく。


 揺らぎが消え、波が消える。


 一本の線へと、静かに溶けていった。

 レイの唇が、小さく震える。


「……消えた」


 誰も言葉を返せない。

 同期で繋がっていた全員が理解してしまう。

 ニューロンの断線。

 同期の消失。


 そして――


 機能停止(シャットダウン)


「何するんだよ!!」


 目の焦点が乱れたまま、カイルは反射的に叫び、ギルダを睨みつける。


「行けたんだよ!あと少しで……!アトリを戻せたかもしれないのに――!」


「カイルまで“向こう側”に行くところだった。」


 低く、落ち着いた声だった。


「アトリは死んだ」


 その一言がすべてだった。

 カイルの表情が歪む。

 ギルダは声を低く、逃げ道を与えない形で続けた。


「こっちには戻せない。それは絶対にできない」


 カイルの拳が震えた。

 声にならない何かが喉でつまった。



 ***



『E-4裏通路に取り残されていた民間技術員および事務員の収容を完了。生存者は全員、C-3避難区画へ移送しました』


 現場からの報告が終わると、別の士官がすぐに続ける。


「……敵は内部通路を完全封鎖。Eブロックを占拠した模様です。全域でジャミング継続中。救助部隊の再進入は困難と判断されます」


 ヘッセンは静かに目を閉じた。

 一度だけ息を吐き、参謀室専用回線へ切り替える。


「JOCより参謀室へ。第二同期ユニット、アトリ・フィンチ、機能停止を確認。最終位置、研究棟Eブロック裏サービス回廊。現時点、敵性勢力による占拠継続につき――回収不可能」


 上層部の返答は、驚くほど早かった。


『状況把握。回収は後段。全隊、一時撤退。封鎖線を維持しつつ制圧準備に移行せよ。情報流出の阻止を最優先とする。――以上。』


「……了解」


 短く応じ、通信を切る。

 静寂。

 次の瞬間。


 ――ガンッ!


 ヘッセンの拳が、戦術卓の縁を強く打った。

 周囲の士官たちが思わず手を止める。


 ヘッセンは握り締めた拳をゆっくりと開き、深く息を吸う。そして、再び軍人として顔を上げた。端末へ指を走らせ、冷静な声で命令を発する。


「――全隊、対象個体は機能停止。現時点での回収は不要。C-3封鎖線を維持し、制圧行動に備えろ。繰り返す、対象個体は機能停止――」




 ***



 僕たちはアトリを失った。

 あの日を境に、僕たちの日常は終わりを告げた。


 訓練だけの日々は終わり、僕たちは否応なく、本物の戦場へと踏み込んでいく。僕たちの運命は静かに、そして決定的に動き始めた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

アトリが機能停止しました。

主人公ですが、この先しばらく出てきません……

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