10.リモートコントロール(遠隔操作)
訓練室の扉が開いた瞬間、 待ち構えていたように子どもたちが一斉に駆け寄ってきた。
「ヘッセン少佐は!?」
「アトリは!? どうだったの!?」
その声は、焦りと不安で震えていた。
テオは硬い表情のまま、ゆっくりと口を開いた。
「……アトリのいる研究施設に、武装集団が侵入したらしい」
子どもたちが息を呑む。
「現場で交戦中で……」
テオは言葉を選ぶように、しかし隠さず続けた。
「少佐は、アトリを助けるよりも……区画の全面封鎖を優先してる感じだった」
レイが、かすれた声で言った。
「アトリの居場所も……わからないって」
訓練室に、絶望的な空気が広がった。誰も次の言葉を見つけられない。ただ、胸の奥が冷たく沈んでいく。
「だったらこんな所にいないでさ! 俺たちで助けに行こうぜ!」
沈黙を切り裂くようにエミリオが叫び、勢いよく扉へ向かおうとする。
しかし、その肩をソーンが掴んだ。
「無理だ、外を見ろ」
ソーンは顎で廊下を示す。
扉の向こうには、ヘッセンの命を受けた兵士たちが数名、子どもたちの動きを監視するように立ち並んでいた。その無言の存在が、状況の深刻さをさらに突きつける。
ソーンは唇を噛み、言葉を絞り出した。
「状況が落ち着くまで……一歩も外に出られないぞ」
絶望的な空気を破ったのは、リアだった。
「――外に出なきゃいいじゃん」
「何言ってんの?」という視線を受けてもリアは気にする様子もなく、身を乗り出した。
「この部屋からアトリを探せばいいんだよ。 ほら、この前さ、掃除ロボをハッキングしてフロア全部のぞき見したじゃん? あれと同じで、本部からロボットをハッキングして、 そのままアトリがいる施設まで“直接”走らせりゃいいじゃん!」
テオは額を押さえた。
「……ここから何キロ離れてると思ってんだ」
だが、その声にかぶせるようにカイルがぽつりと言った。
「いや……いいかも、……それ」
全員の視線がカイルに向く。
カイルはすでに頭の中で構造を組み立てていた。 言葉が熱を帯びていく。
「本部のユニットをここから向かわせるのは無理でも…… “向こう側のユニット”の制御権を直接奪えばいい」
カイルはそう言いながら、ホログラムを起動した。
表示されたのは、外縁研究施設のユニット一覧。 警備端末、医療搬送ユニット── 軍管理下のロボットが点在している。
次々とウィンドウを開きながら、独り言のように言葉を重ねる。
「施設内の軍管理端末……警備端末と医療搬送ユニットで計十六台。中継ノードがまだ生きてるはず……だったら、距離は関係ない。警備ルート用なら同期侵入口がまだ残ってる。中継さえ取れれば、動かすだけなら……いける……いけるな」
ひとり、またひとりと、その場の表情が変わっていく。
“まだできることがある”――その実感が、胸の奥を明るくする。
カイルは息を整え、短く、しかし迷いのない声で告げた。
「……ロボットの制御権は僕が握る。ミラーナが回線を安定させて、テオが命令パケットを組み直す。ギルダが視界と敵位置を読む。レイが全体の回線を支えてくれれば――理論上はいける」
冷静に積み上げた計算の果てに導き出された、一つの結論だった。
沈んでいた視線が、ひとつ、またひとつと前へ向く。
ギルダは静かに頷き、短く言った。
「やるなら、準備するけど――いい?」
返事は一つだった。
誰からともなく頷きが広がる。
もう、この場に迷っている者はいなかった。
***
「……どう?」
ギルダがカイルに訊ねる。
カイルは椅子に座り、腕に装着した N-Link を起動していた。
N-LinkはSecond専用の処理補助デバイスだ。脳波を同期させて演算負荷を肩代わりし、 複数端末の同時操作や高速処理を可能にする。
幾重にも重なるホログラムモニターが空中に展開し、その上をカイルの指が迷いなく走っていた。
「警備ユニット三体の制御権を奪えた。映像はこっちに送ってアトリを探す」
ミラーナがすかさず言う。
「テオ、画面共有して」
テオが手を伸ばし、「了解」と短く答えた。
「ミラーナ、テオ、大丈夫?」
レイが不安そうにふたりの様子をうかがう。
「めっちゃしんどい」
「マジできつい」
二人が眉を寄せながら同時に応えた。
カイルはホログラムから目を離さず、レイに指示を飛ばす。
「レイ、二人のリンク調整も同時にお願い。ジャミングがひどくて、この二人が落ちたら同期を長時間維持できない」
「わかった……頑張って、二人とも」
ギルダが視線を画面に貼りつけたまま言った。
「接続は一体につき十分。それ以上は司令本部の監視に引っかかる。余裕を見て……八分以内に他の警備ユニットに乗り換える。ハッキングできた三台で回す」
カイルは端末を軽く叩いて答えた。
「おっけー」
ギルダは短く息を吸い、淡々と役割を区切った。
「私が視覚のラインを繋げる。ミラーナは安定化、テオは共有。レイはリンク調整と回線の維持……他の三人は――」
リアとエミリオが期待に満ちた目でギルダを見つめる。 “自分の出番だ”と信じて疑わない顔だ。ギルダは振り返らずに言い放った。
「とりあえず、応援してて」
「なんだよ!」
「つまんねー!」
二人は同時に不満を漏らした。
ソーンが肩をすくめ、現実的な声で割って入った。
「仕方ない、今回はオレたちが後方だ。八分のタイム管理はオレがする。エミリオとリアは位置確認の補助に回れ」
エミリオが「えー」と言いかけたが、ソーンは続けた。
「あと、椅子じゃなくてみんなこっちのベンチに座れ。 負荷で突然倒れたら、やばいぞ」
ソーンが部屋の端にあるベンチへ誘導する。 その動きは落ち着いていて、妙に頼もしかった。
「ほんと、助かる」
ギルダはホログラムから目を離し、 ベンチに座り直しながら、心から言った。
***
カイルは深く息を吸い、目を閉じた。
《DEEP_SYNC 起動》
銀色の光が指先から走り、N-Linkへと流れ込む。
link.boot → N-Link
route.search → SECURITY_UNIT / E-Block
node.ping… response: weak
sync.entry → force_open
unit.hijack → 3 / 16
stream.link → ONLINE
mask.log → maintenance_flag
コードが走り終わると同時に、ホログラムの画面がぱっと切り替わった。
荒いノイズが走り、 次の瞬間、警備ユニット視点の映像が訓練室に浮かび上がる。非常灯の赤がゆらぎ、 狭い廊下が続いていた。 壁には焦げ跡、床には散乱した工具。どこか遠くで金属が倒れる音が響く。
リアが施設の立体マップを素早く拡大しながら、目を走らせる。
「アトリは検査室…E-1……E-1、E-1……あった。ここだ」
「カイル、右だって右!」
いつの間にかカイルの隣へ来ていたエミリオが、画面へ勢いよく指を突きつける。
「そこ曲がれば近道!」
「うう……意外と難しい……!」
カイルは歯を食いしばりながら操作を続ける。遠隔操作は想像以上に難しかった。映像にはわずかな遅延があり、視界も狭い。ユニットの足取りはぎこちなく、曲がるだけでも慎重な操作が必要だ。
その様子を見ていたエミリオが首を傾げる。
「なー、これさ、カイルがハッキングだけして、操縦はオレがやったほうが速くない?」
悪気のない声だった。だが、その一言を聞いた瞬間、情報処理へ全神経を集中させていた二人が、ぴたりと手を止める。
そして、同時に振り返った。
「無茶言うな!」
テオが声を張り上げる。
「オペレーターを切り替えるなら、オレとミラーナをあと三人ずつ連れてこい!」
ミラーナも間髪入れずに続けた。
「切り替え中に一秒でも同期が途切れたら、接続は全部落ちるの!再侵入なんてできる保証もないんだから、軽く言わないで!」
見事なくらい息の合った反論だった。
エミリオは一瞬でしぼみ、 小さく肩をすぼめた。
「ご、ごめんなさい……」
一瞬で小さくなった彼の後ろ襟を、ソーンがひょいとつまみ上げる。
「ほら、少し離れろ。みんなが集中できない」
しぶしぶ後ろへ下がるエミリオを見届けると、ギルダが静かに口を開く。
「第一目的は、アトリを見つけること。今回は精密な操作は必要ない。カイルの操作で十分」
義眼に映るホログラムを見据えたまま、淡々と続ける。
「後方組は動線の確認と誘導に集中して。余計なことは考えなくていい」
短い指示だった。
それだけで、それぞれが自分の役割を理解する。
「……了解」
エミリオも今度は素直に頷き、指定された位置へ戻った。
モニター越しの研究施設では、赤い非常灯が断続的に点滅し、不気味な光が無人の廊下を照らしていた。どこにもまだ──アトリの姿はない。




