8.思い出
僕たちが出会ってから、年月は残酷なほど速く過ぎ去った。
訓練は日々積み重ねられ、僕たちの能力は個々に洗練されていった。そして、それを同期させることで──九人でありながら、一個大隊にも匹敵する戦力になった。
時折、軍の上層部らしき者たちが管制室の観測窓から僕たちを見に来た。彼らは無言で戦況データを確認し、僕たちの「仕上がり」を値踏みするように観察する。
この日は二チームに分かれての模擬戦が行われていた。
だが、リアの動きに、いつもの鋭さがない。踏み込みが半拍遅れ、出力の立ち上がりもどこか鈍い。ヘッセンは、それを誰よりも早く察知した。
『リア、周りに合わせて出力を抑えるな』
管制室から落ちる声は低く静かだが、戦況を正確に切り取る鋭さがあった。
「で、でも…」
リアが一瞬だけ周囲を見回す。仲間の動きに合わせようとして、無意識に自分の速度を落としていた。
『お前が抑えた分は、他の者の死亡率として回収される。“合わせる”とは、下げることではない。各々が最大を引き出し、その力を同期させることだ』
その言葉が落ちた瞬間、リアの瞳がかすかに揺れた。 仲間の軌道、敵の配置、自分の踏み込み──それらが一気に頭の中で線として結びつく。
リアは小さく息を吸い、背筋を伸ばした。
「……はい!」
『理解したのなら、本来の速度でやれ』
リアは次の瞬間には迷いを捨てていた。腕部をブレード状に変形させ、空気を裂く速度で相手陣営へ突っ込む。その動きは、もはや人間のものではなかった。
観測窓の向こうで、上層部の者たちが満足したようにうなずく。
「もう、実用可能ではないか?」
黒い軍服に胸元の階級章を輝かせた男が尋ねた。その声は“期待”というより“欲望”に近い響きがあった。
ヘッセンは視線を動かし、簡潔に答える。
「書面上の能力値だけを見れば、確かに成人戦力を上回っております。しかし、感情処理系はまだ未成熟で、判断の揺らぎが大きい。この状態で現場に投入すれば、重大な事故や指揮系統の崩壊につながりかねません」
観測窓の向こうで、エミリオが一瞬だけ興奮して軌道を乱し、それをギルダが即座に補正する。そのわずかな乱れが、ヘッセンの言葉を裏付けていた。
「さらに、アトリ・フィンチの義体更新が控えています。更新後の同期状況を確認し、再訓練を重ねてからでなければ、実戦投入の判断はできません」
男は鼻を鳴らし、観測窓の向こうの九人を見下ろすように視線を向けた。
「とはいっても、創造規制法反対派によるテロ行為は日に日に過激化している。軍も新規兵器の製造が事実上不可能な状況だ……彼らを前線に出す日は、そう遠くないかもしれんぞ、ヘッセン少佐」
それは“使う時期は我々が決める”と宣告されたも同然だった。
ヘッセンの灰色の眼がわずかに細くなる。反論はしない。ただ、静かにその言葉を受け止めた。
観測窓の向こうでは、リアのブレードが閃光のように走り、仲間たちがそれに合わせて動きを同期させていた。
***
「アトリの義体更新の日程が決まった。検査と手術を含め、来週から二週間ほど、縁外の研究施設に入る」
訓練室に集まった僕たちを前にヘッセンはそう報告した。
僕たちは十四歳になっていた。
アトリの義体更新は、僕たちにとって一大イベントだった。 誰よりも身体の大半を義体に頼る彼にとって、それは“成長”であり“変化”であり── 同時に、僕たち全員の未来を静かに示す節目でもあった。
「マジかよー!身長、抜かされちゃうじゃん!」
エミリオが叫ぶ。彼はアトリに次いで身長が低い。
「ソーンよりデカくなるから!」
アトリは胸を張り、ソーンのほうを向いて得意げに言う。
「身長なんてどうでもいいだろ」
「いや、重要だね!ソーンはデカいからそんなことが言えるんだよ!」
即座に言い切るアトリに、周囲がどっと笑った。その笑いは、緊張をほぐすように訓練室へ広がっていく。
アトリは照れくさそうに笑う。義体更新が怖くないわけじゃない。でも──仲間がこうして騒いでくれると、少しだけ心が軽くなる。
ヘッセンは無言でやり取りを聞いていたが、わずかに視線を動かし、口を開いた。
「お前の運用特性は立体機動力だ。任務上、身長は――」
「「わーーーーーッ!!」」
言い終わる前に、子どもたちの声が重なる。
一斉に手を振られ、ヘッセンはわずかに眉をひそめて言葉を止める。
「ダメです!ヘッセン少佐!」
「……何がだ」
「アトリがどのくらい伸びるか、アタシたち賭けてるんです」
「帰ってきてから、答え合わせするんで!」
「なので、まだ内緒にしてください!」
ヘッセンは一瞬だけ黙り込む。
うんざりしたように息をついてから、短く言う。
「勝手にしろ……」
その一言で場がほどけた。
「アトリ、車で行くのか?」
テオがたずねる。
「そうみたい。片道一時間以上かかるって……」
ギルダがホロパッドを展開し、研究施設の位置を確認する。
「ここか……行く途中、海、見えるんじゃない?」
その言葉に、周りが一斉に色めき立つ。
「マジで!?」
「ほら、南の方だから。この道通れば……」
「ホントだ!いいなー!」
肩を寄せ合って画面を覗き込み、声が弾む。
リアがつんと、アトリの肩を小突いた。
「二週間も離れるんだぞ。寂しいだろ、アトリ」
「……ちょっとね」
そう答えながら、アトリは皆の顔を見回す。
ふと、何かを思いついたように目を瞬かせた。
「――あ」
一歩前に出て、真っ直ぐヘッセンを見る。
「ヘッセン少佐!ぼくたちの写真を撮ってください!」
突然の申し出に、ヘッセンは一度だけまばたきをした。驚いたというより、理解が追いつかず一瞬だけ処理が止まったような反応だった。
ヘッセンにこんな頼みを正面からぶつけられるのは、後にも先にもアトリくらいだ。
「……写真を残す意図は」
無表情の問いかけに、アトリは即答する。
「思い出です!」
一瞬、空気が止まる。アトリの“思い出”という理由を、なんとか軍事的な言葉に変換しようと、僕は慌てて補足した。
「えっと……アトリの義体を変更する直前なので、現状の記録写真を残しておいた方が、後の参考資料になるかもしれません……!」
ヘッセンは少しだけ考え、「一理ある」と判断したのか、無言でホロパッドを展開する。
「十秒以内に並べ」
「わっ!」
九人が、一斉に動きだす。
「アトリ、真ん中行け!」
ソーンに背中を押され、アトリが慌てて中央に立つ。
「ギルダ、髪はねてる」
レイが指をさす。
「え?どこ?」
「ほら、こっち」
「ポーズどうする?」
「オレ動きたい!」
「写真だって言ってるだろ」
誰かは髪を整え、誰かはポーズを相談し、誰かは勝手に動き回る。
雑多で、無秩序で――妙に騒がしい。訓練室とは思えないほど、子どもらしい熱が満ちていた。
その最中。
パシャ。
乾いたシャッター音が、騒ぎを切り裂いた。
「撮影した」
「「えーーーーッ!!」」
全員の声が重なる。
ブーイングの嵐に、ヘッセンがわずかに目を見開いた。
「ヘッセン少佐!オレ、ポーズとってない!」
「撮るときは撮るって言ってください!」
口々に文句を言う子どもたちに、ヘッセンは眉をひそめる。
その空気を割って、アトリが一歩前に出た。
「僕がカウントします!だから、もう一回お願いします!」
「「お願いします!」」
九人分の声が重なり、ヘッセンは小さく舌打ちした。それは諦めの音であり、同時にどこか優しい音でもあった。
「……早くしろ」
「じゃ、みんないい?」
アトリが横を見る。
リアがにやっと笑った。
「エミリオ、ジャンプしようぜ」
「いいじゃん。やろう!」
その様子を見て、ヘッセンの眉間に深い皺が刻まれた。
「静止しろ。ぶれる」
「いくよ!」
忠告は、聞かれなかった。
アトリが息を吸う。
「3、2、1――」
跳ね上がる影と、重なった笑い声。
制御されないままの熱が、光となって視界に溢れた。
ヘッセンは、その眩しさに息を詰める。
指がわずかに遅れ――それでも、シャッターを切った。
彼らの一瞬が、すべてが、そこに閉じ込められた。
――これが、僕ら九人の最初で、最後の一枚だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
単調な話が続いてしまいましたが、お付き合いいただき大変感謝しております。
子供たちの幸せな時間は一旦ここで終わり、次回から戦争に巻き込まれていきます。




