4.リアとテオ
僕の仲間たちのことを少し話しておこうと思う。
まずは、リアとテオだ。
リアは、アトリの次に義体化率が高い。両手両足の変形速度は、どれほど複雑な形状であっても、瞬きする間に完了する。
なぜそれほど速く変形できるのか、本人に尋ねたこともあった。返ってきた答えはこうだった。
「うーん…グッって力入れてビュンって感じ!」
……生まれ持った感覚的なセンスが大きいのだろう。
リアの戦い方を見ていると、彼の本質がよく分かる。彼は雑に見える振る舞いの裏で、周囲の空気をセンサーのように鋭く読み取っている。
一方のテオは、リアとは正反対だ。
口数は少なく、常に一歩引いた位置から全体を見ている。冷静で、無駄を嫌い、必要な情報だけを選び取る。だが、冷静なだけであって冷徹ではない。むしろ、仲間のことを誰より気にかけているのがテオだ。
リアの勢いと、テオの静けさ。本来なら噛み合わないはずの二つが、不思議と並び立っていた。彼らは互いの欠けた部分を補い合うようにして、戦場を駆けていたのだ。
それを象徴するような、ひと幕があった。
***
訓練終了のブザーが響く。リアは額から流れる血を無造作に拭い、ベンチにどさりと腰を下ろした。
そこへ、端末を片手に持ったテオが、足音を荒立てて近づいてきた。その表情は、かつてないほど険しい。
「……先に前に行くなって言っただろ。死角は伝えてあったのに、オレが何のために情報を送ってると思ってんだよ」
テオの冷え切った声に、リアは痛みをこらえながら吠え返した。
「あそこはオレが行かなきゃ仕留められなかったんだよ!無茶しなきゃ止めらんない状況だったの、見りゃわかんだろ!」
普段なら、テオはここで「効率が悪い」と吐き捨てて引き下がる。だが、今日ばかりは違った。リアの傷口を鋭く指差して、一歩踏み込む。
「……毎回、お前に合わせるこっちのことも考えろよ。そんな雑な戦い方ばっかりして、いつまでもフォローしきれると思うな」
「雑ってなんだよ!」
リアが弾かれたように立ち上がる。
「毎回オレたちが体張ってんだぞ! お前はいつも安全な後ろにいて、モニター見てるだけじゃんか!」
言った瞬間、訓練場の喧騒が遠のいた。
テオの顔から一切の感情が消える。
リアは「あ」と小さく息を呑む。
言いすぎた。
でも、もう遅い。
謝罪が口に出るより速く、テオの右拳が空を切った。
乾いた音と共に、リアの頬に衝撃が走る。
「っ痛った!!」
リアは目を丸くして頬を抑える。
「テオ!ストップストップ!どーした!?」
異変に気づいたアトリが、慌てて二人の間に割って入った。続いてソーンが、背後からテオの体をがっしりと羽交い締めににする。
「何やってんだよテオ! お前らしくないぞ!」
「離せよ……!」
テオは必死に腕を振りほどこうとしながら、リアを鋭く睨みつけた。
「バカにはこれしか効かないだろ……立てよ、リア。お前が得意な殴り合いで、分からせてやる……!」
「やってやろうじゃんか、こいよ!」
リアも頭に血が上り、肩をぐるりと回して睨み返す。
そこへ、遠くから甲高い声が飛んできた。
「はーーっ!? 何してんのあんたら!!」
ミラーナが駆け込んでくる。
派手に火花を散らす二人を見て、彼女は頭を抱える。
「ケンカ!?なんで!?あんたたちのチームが勝ったのに!?……ちょっと、エミリオ!ぼーっと見てないで止めてよ!あたし、ヘッセン中尉呼んでくるから!」
エミリオは「えっオレ!?」と叫びながらも、慌ててリアの腕を掴みに走る。
訓練場は一瞬で大騒ぎになった。
***
騒ぎが収まった訓練場には、重苦しい沈黙が降りていた。
仁王立ちで腕を組むヘッセン。その鋭い眼光の前には、服を汚し、顔を腫らしたリアとテオが並んでいる。二人は互いに顔を背け、ぶすっとした表情で沈黙を守っていた。
「……状況を簡潔に説明しろ」
地を這うようなヘッセンの声に、二人は同時に口を開く。
「「こいつが……!」」
「お前たちには聞いていない」
ピシャリと撥ね退け、ヘッセンは後ろに控える他の子どもたちへ視線を向けた。
ギルダが一歩前に出て、冷静に口を開く。
「――今回の訓練で、テオが流した情報を無視してリアが先に出て負傷しました。リアは“ここで出ないと仕留めきれない”と判断したようですが、テオはその判断に納得していなかったようです」
ソーンが続ける。
「訓練終了後にテオがそのことを指摘したら、リアが“お前はいつも安全な後ろにいるだけじゃん”って言って……で、テオが先に殴りました」
ギルダが締める。
「以上です」
ヘッセンは短く息を吐いた。
「状況は理解した。――リアとテオドール以外は戻れ」
「はい!」
他の子どもたちは、嵐から逃げるように一斉に駆け足で退場していった。残されたのは、怒れる中尉と、しょんぼりした二人の子どもだけだった。
ヘッセンは、微動だにせず二人を見下ろしていた。その沈黙は、下手に怒鳴られるよりもずっと重く、リアとテオの胃をきりきりと締め上げる。
「リア」
地を這うような低い声に、リアの肩がビクリと跳ねた。
「……はい」
「お前の言う通りバックアップは後方にいる。だが、実戦で真っ先に狙われるのは、その司令塔だ。テオドールが糸を切れば、お前は目隠しで戦場に放り出されることになる。お前は今日、命綱を自ら叩き切った」
ヘッセンは一歩、リアに歩み寄る。
「本来、バックアップを守り抜くのが前衛の役割だ。それを守るどころか、その重要性を理解せず拳を向けるなど、言語道断だと思え」
リアは拳を握りしめ、地面を見つめた。何も言い返せない。
「テオドール」
名前を呼ばれたテオが、わずかに顔を上げた。
「……はい」
「馬鹿が突っ走るのを止めるのも情報官の仕事だが、突っ走った馬鹿を生かして帰すのも、またお前の仕事だ。感情で拳を振るうのは、演算を放棄した者がすることだ。冷静さを欠いた時点で、お前もまた職務を放棄した」
ヘッセンは二人の間を一歩、ゆっくりと歩いた。軍靴の硬い音が、広い訓練場に虚しく反響する。
「処罰として、今日から三日間、食堂の清掃と、機材のメンテナンスを二人で行え。……一秒でも口論をすれば、期間を倍にする。行け」
「「……はい」」
二人は蚊の鳴くような声で応えると、重い足取りで歩き出した。
肩を並べて歩きながらも、その間にはまだ拒絶の空気が漂っている。それでも、ボロボロになった二人の背中には、等しく敗北の痛みが刻み込まれていた。
……
…
食堂の隅。バケツと雑巾を手に、黙々と床を磨くリアとテオ。
その様子を、他の子供たちが遠巻きに眺めていた。
「バカ二人だ」
エミリオが、どこか楽しそうに鼻で笑う。
「意外だったね、テオが先に殴るなんて。いつもあんなに冷静なのに」
カイルが不思議そうに呟くと、レイが静かに言葉を添えた。
「リアが怪我をしたとき、テオ、すごく心配してたから。……だから余計に腹が立ったのかも」
「テオも意外と熱いんだよねー、ああ見えて」
アトリが感心したように腕を組む。
「てか、リアに清掃なんてできんの? 汚れを広げるだけに見えるんだけど」
ミラーナの呆れ顔に、ギルダはため息をついた。
「言われたからにはやるでしょ。ヘッセン中尉の命令なんだから」
「……とりあえず、またケンカになりそうだったら、今度こそ早めに止めに行くぞ」
ソーンが心配そうに、いつでも動ける構えで二人を注視していた。
***
食堂の空気は、洗剤の匂いと気まずい沈黙で満たされていた。
リアは雑巾を動かす手を止め、隣で淡々と作業を続けるテオに視線を向ける。
「……あのさあ」
テオは反応しない。機械的な動作で汚れを落とし続けている。
「……ごめんって」
「なにがだよ」
低く、突き放すようなテオの声。リアは顔を顰め、絞り出すように続けた。
「だからあ……後ろで楽してるみたいに言ってさあ……」
テオはそこでようやく手を止め、ゆっくりとリアを見た。
「別に。……そう思ってたんなら仕方ないだろ。それに、オレだって思ってた。お前は何も考えないで突っ込んで、余計なこと考えないでいいから楽だって」
「……っ」
リアの眉間に一瞬で青筋が浮かぶ。だが、言い返そうとした口を強引に閉ざした。
(口論したら期間が倍……倍……倍……)
リアは怒りを飲み込み、雑巾をバケツに叩きつけるようにして再び床を磨き始めた。
テオはその様子を横目で見て、ほんの少しだけ、硬かった口元を緩めた。
「……オレがムカついたのは、バカにされたからじゃない」
静かな声が、バケツの水の音に混じる。
「お前が無茶してケガしたのに、それを全然気にしてなかったからだ」
リアの動きが、ぴたりと止まる。
「後ろから見てるこっちが……どれだけ怖かったと思ってんだよ」
テオは一度言葉を切り、少しきまり悪そうに視線を外した。
「けど、お前が後ろを気にしないで、突っ込めるようにするのが、オレの仕事……みたいだから。……今回は、オレのサポートが悪かった。次は、絶対にケガさせない」
「…………」
沈黙。
数秒後、リアの肩が激しく震えだした。
「……うえ、う、うええええええええん!テオぉお!ごめんなさいぃい!オレが悪かったってばあああ!」
突然の大音量の号泣が食堂に響き渡る。リアは雑巾を放り出し、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔でテオに泣きついた。
「は……っ!?ちょ、止めろ!離せよ!」
テオは全力で引いたが、戦闘タイプのリアの力には抗えない。戸惑いと焦りが顔に出る。
「おい、泣くな!中尉が来たらどうするんだ!これ……これは口論に入るのか!?カウントされたら倍だぞ、止めろリア!」
***
「なんだあれ……」
遠巻きに見ていたエミリオが呆れた声を出す。
「アホくさ…」
「もう、帰ろ帰ろ」
子どもたちはやれやれと首を振って食堂を出て行った。
食堂にはリアの猛省の咆哮と、テオの必死な制止の声が響き続けていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
もうちょっとだけ、子どもたちのエピソードが続きます。




