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創造のSILVER  作者: 雪野
Malicious Attack
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43.始まりの場所へ【第一部完】


 ――深く、深く、底の見えない意識の奈落。


 アトリは、光の一筋すら届かない暗黒の淵にいた。五感が麻痺したような感覚。世界のどこか遠くから、くぐもった爆音や、誰かが叫ぶ喧騒の残響がかすかに聞こえてくる。


 ――ギルダ!みんな――どこにいるの――!


 必死に叫ぼうと喉を震わせるが、声は音にならず、形をなさずに虚無へ溶けた。


 焦燥に駆られ、足を前に踏み出そうとする。だが、足元を底なしの黒い泥がずぶりと捉え、身動きを奪う。抗えば抗うほど、その冷たい質量はアトリを深く、さらに深く、暗黒の奥底へと引きずり込んでいった。


 急激な圧迫感のなか、走馬灯のようなノイズ混じりの記憶がフラッシュバックする。

 白衣を着た、顔のない研究員たち。 冷たい無機質な手。無理やり細い腕を引かれていく。


 ――嫌だ、放して! 行きたくない、行きたくない……!


 次の瞬間、視界はぎらぎらと白く灼ける手術台の上へと切り替わっていた。手首と足首を、金属製の固定具が容赦なく締め付ける。見上げる天井、巨大な無影灯が、まるで怪物の眼のように不気味に、冷酷に発光していた。


 嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――!


 絶叫とともに、世界が完全に暗転ブラックアウトする。



 ***



 ――どれほどの時間が経っただろうか。


 不意に、すべてのノイズが消え去り、奇妙なほど静謐な世界が訪れた。

 泥の感触も、忌まわしい過去の光も消え去った、真っ白な空白の空間。


 その境界線の上に、一人の青年が静かに佇んでいた。


 夜の帳のような黒髪。首元を覆う黒いタートルネックの上に、白衣を無造作に羽織っている。青年はすべてを見透かすような瞳を、じっとこちらへ向けていた。


「――やっと会えたね」


 青年は、優しく、けれど世界の真理を告げるかのような平穏な声で言った。


 アトリは言葉を失い、真っ白な空間に佇むその姿を茫然と見つめた。

 声を聞くのも、その姿を目にするのも間違いなく初めてのはずだった。それなのに、なぜか魂の深いところで、彼の正体が「なんとなく」分かってしまう。


「ずっと、ぼくの……頭に……話しかけてきた人?」


 アトリの問いに、青年は「ふむ」と眉を寄せて考え込んだ。


「人……って言えばそうなのかな? 人間の概念をどう定義するかで変わってくるんだけどね。生体脳の有無を基準にするか、それとも高度な自我の連続性を魂と呼ぶか……」


 ぶつぶつ、と顎に手を当てて急速に思考の迷宮へ潜り込んでいく青年。自分が何者なのか、アトリから投げかけられた純粋な疑問に好奇心を刺激され、その場で真剣に自己試行を始めてしまっている。


「現状の僕の構成を鑑みるに、記号としての『人間』を名乗るのはいささか語弊が――」


「……?」


 あまりの浮世離れした様子に、アトリの頭の上に困惑のマークが浮かぶ。だが、すぐに頭を振って睨みつけた。


「そんなことは、今はどうでもいいよ!ねえ、ぼくの身体を返してよ!」


「ああ、それなら、もうとっくに返してるんだけどね」


 青年は思考の迷宮からあっさりと帰還すると、困ったように肩をすくめて見せた。


「今は軍のシステムが強制的に君を眠らせているんだよ。起こそうと思えば、僕のハッキング能力でどうにでも書き換えられるけど……今起きちゃうとちょっと厄介っていうか、盤面がね。だから、もう少し向こうの事態が進展してから起きた方が、君にとっても都合が良いと思うんだ」


 アトリはむっとして、青年を強く睨みつけた。


「それは君が決めることじゃない! ぼくのことを勝手に操作しようとするのは止めて!」


 青年は一瞬だけ目を丸くしたあと、降参とばかりに両手を軽く上げた。


「うーん……ぐうの音も出ない。ごめんよ、こっちの都合に巻き込んじゃって。僕としても、今のこの状況はちょっと想定外だったんだよね」


 その言葉と同時に、何もない白い世界の床から、ポリゴンが形成されるように滑らかな曲線を描く椅子のような造形物が、すっと静かに突き出してきた。気づけば、アトリのすぐ背後にも、全く同じ形状の椅子が用意されている。


 青年は白衣の裾を軽く捌きながら、慣れた動作でその椅子に腰かけた。浅く腰をかけ、長い脚を組む。


「この空間は電脳の超深層だから、時間の概念が少し特殊でさ。君を現実リアルに一瞬で叩き起こすこともできるし、ここで数年かけてじっくりお茶をすすることだってできる。――焦る君の気持ちはよくわかるけど」


 青年は白衣のポケットに両手を突っ込むと、その賢そうな瞳にどこか懐かしむような色を浮かべて、穏やかに微笑んだ。


「ようやくこうして顔を合わせて会えたんだ。もう少し話ができないかな?」


 アトリは周囲の白い空間を見回し、唇を噛んだ。この異常な世界では、どうあがいても目の前の青年のルールに従うほかないのだと、悟った。諦めたように、背後の椅子へと静かに腰を下ろす。


「ギルダは無事なんだよね?」


「うん、無事だよ。他のみんなもね」


「……ギルダが心配するから、ぼくは早く起きたいんだけど!」


 それでも、抗議の意味を込めて声を尖らせた。


「ああ、ギルダはそうだね。今頃死ぬほど心配してるし、……後で、すごく怒ると思うな」


 その口ぶりに、アトリの胸に小さな疑問が芽生える。この人は、まるでギルダのことを昔からよく知っているみたいだ。そのとき、アトリの脳裏に、再起動して軍の地下から逃げたした時に響いた、あの声が鮮烈に蘇ってきた。


 ――この先に、会いたい人がいるんだ。どうしても。


「……ギルダに会いたかったの?」


 アトリが真っ直ぐに問いかけると、青年はそれまでの飄々とした態度を崩し、どこか気恥ずかしそうにポリポリと頭を掻いた。


「うん、そう……」


「君は……誰なの?」


 青年は動きを止め、真っ白な空間を見つめるように一瞬だけ目を伏せた。白衣のポケットから手を抜くと、意を決したようにその瞳をアトリへと戻し、名乗った。


「僕は、カイル・マーロウ。Secondの一人で……四年前に一応、死んだってことになってる」


「カイル……?」


 アトリは、その響きを確かめるように小さく呟いた。


「うん」


「何で、ぼくの頭の中にいるの?それに……死んじゃったのなら、どうして今、こうして話せてるの?」


 カイルは視線を上に向け、何かを紐解くように思考を巡らせた。


「何でこうなったか……?説明が難しいなあ。君が今知りたいのは、電脳理論的な技術面じゃなくて、僕がこうなった因果関係の理由だよね?」


「……君って、ちょっと……面倒くさいね」


 アトリの素直な指摘に、カイルは悪びれもせず声を上げて笑った。


「はは、よく言われるよ」


「……それで、君は何がしたいの? ぼくに、何をさせたいの?」


 アトリの問いかけに、カイルの表情から笑みが消え、空気が一変した。纏う空気が、どこか悲痛なほどに真剣なものへと変わる。


「君に、知ってほしいんだ。僕たちSecondのことを」


 その瞬間だった。


 ――あはは!


 何もないはずの白い空間の奥から、軽やかな笑い声が聞こえてきた。


 ふと視線を向けると、九人の子供たちがアトリの背後から走り抜けていく。全員が同じ、無機質な白い服を纏っている。それは、Secondの面々がまだ無垢な幼少期を過ごしていた頃の記憶の残滓。


 彼らは無邪気に白い空間を駆け抜け、やがて遠くの光の中へ遠ざかっていく。その足跡を追うように、足元の白い世界が波紋を描き、大きく揺れ始めた。


 崩れゆく景色の中で、カイルの姿もまた、インクを水に落としたかのように霧散し、淡く揺らいでいく。


「これから僕の記憶を君に同期させる。長い旅のように感じるかもしれないけれど、……大丈夫、現実の時間でいえば一瞬さ」


「待って!……カイル!」


 カイルの輪郭が、光の粒となって消えかけていく。その表情には、すべてを託すような切ない微笑が浮かんでいた。


「知ったうえで――君自身で未来を選択して」


 残響のようなその言葉を最後に、白い世界はガラスのように砕け散る。


 アトリの意識は重力に抗うこともできず、さらに深い――全ての「始まり」の場所へと引きずり込まれていった。




【第一部完】

挿絵(By みてみん)

第一部はこれで終了です。

ここまでお付き合いいただき、読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!


第二部はカイル君が主役で、ギルダたちSecondの子ども時代~18歳までの話になります。

ぜひお楽しみいただけると嬉しいです!

これからもよろしくお願いします!

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