42.後始末の遂行
「第47基地を襲撃した違法規格の二名は、お前たちの前に存在した、旧同期ユニットだ。計画段階で破棄されたはずの――Firstの生き残りだ」
ヘッセン大佐の口から落とされた、爆弾めいたその事実。
作戦室に並ぶSecondの六人は、絶望的な静寂の中に突き落とされた。誰もが思考を急速に組み替えようとするが、あまりに現実離れした言葉に脳の処理が追いつかない。
「いやいやいや……」
最初に、乾いた声を漏らしたのはリアだった。笑い飛ばそうとするが、その瞳は笑っていない。
エミリオが、引き攣った笑みを浮かべて冗談めかしたように続く。
「First、Secondって…野球じゃないんだから…なあ?」
「……Secondって、そういう意味だったの?」
ミラーナが不快そうに眉をひそめる。
「あたしたちは、単純に二回目の実験体ってコト?」
「もっと深い意味があるのかと…」
テオの苦い呟きが、それに重なる。
「この分だと、Thirdもいそうだな……」
ソーンがひとり言のように付け加えた。
「――騒ぐな」
ヘッセンの低い声が、場を一瞬で静めた。
「文字通り、お前たちの前機種にあたる存在だ。15年前の初期開発段階において、義体化および電脳の出力が設計限界を大きく超越した。結果、個体がその負荷に耐えきれず、制御不能と判断された」
抑揚を排した口調が、かえって彼らが葬り去った過去の異様さを際立たせる。
「脳波の完全停止を確認した後、全個体が速やかに機能停止処理されたはずだった……だが」
ヘッセンは空間ディスプレイに、第47基地の防衛ログ、そしてソーンやミラーナがハッキングを受けた際の電脳波形の比較データを展開してみせた。
「第47基地でお前たちが接触した戦闘記録、および残された固有電脳波の残滓を精査した結果、当該個体が叩き出した異常出力の規格が――当時の記録にある“First” の固有IDと完全に一致した。奴らは生きて、軍の網の目をすり抜け、牙を剥いている」
説明が終わった、その瞬間。
「……ヘッセン大佐」
ギルダが思考の隙を一切与えず、鋭く踏み込む。
「大佐は、Firstの存在を……最初からご存じだったのですか」
「知らされていない」
きっぱりとした、一切の揺らぎのない即答だった。
「お前たちが隔離室に拘束されていたこの三日間の間に、上層部から初めて説明を受けた。お前たちが『二機種目』であるという事実など、データ上にも存在していなかった」
ギルダは、じっとヘッセンの顔を見る。
視線を逸らさず、呼吸の乱れもない。
――噓はない。
そう判断すると、彼女は張り詰めていた肩の力をわずかに抜き、一歩、後ろへと引いた。
「……失礼しました。続けてください」
ヘッセンは遮られたことに不快感を示すこともなく、わずかにうなずいて続ける。
「まず、軍への明確な敵意を持って暗躍する First 二名の捜索、ならびに排除任務にあたる。それに伴い、Second 班は、私の直轄である司令本部付きの特務独立部隊とする。総司令官は私。そして、副司令には――」
ヘッセンの鋭い視線が、半歩後ろの影に控えていた男へと向けられた。
「監査執行局所属、ヘルマン・オーウェン中佐が就任する」
ギルダ、リア、テオの三人が、揃って弾かれたようにオーウェンを見た。
オーウェンは特に言葉を発することもなく、ただ軽く一礼しただけだった。
「来月付けで再編成が確定した。各自、移行準備を行え」
ギルダは、息を呑んだ。
言うべきではない。
理屈では分かっている。軍という組織の歯車である以上、決定した命令に不服を唱えるなど無意味だ。ここで不用意に口を開いても、自分たちの立場が悪くなるだけで、状況は何ひとつ好転しない。
それでも。このまま都合のいい道具として沈黙を選んでしまえば、自分はきっと、この先ずっと後悔する。
「――要するに」
感情を押し殺しきれなかった言葉が、唇から勝手に零れ出た。
「十年以上も前の、軍の後始末をさせられる、ということですね」
「ギル……!」
ソーンが制する。
だがギルダは視線を逸らさなかった。
「何を言っても無駄なのは承知していますが、腹の虫がおさまらないので言わせてください」
ギルダは一度、言葉を区切った。
胸の奥に溜まったものを、噛みしめるように。
「Firstと言うことは、我々の前身です。我々が都合よく、無感情に対処できると本気でお思いですか」
淡々と述べながらも、胸の奥が軋む。
「それに、私とリア、テオは一度、司令本部から外された身です。そちらの都合で監査執行局へ移され、今度は都合が悪くなったから戻れと言われる。到底納得がいきません」
ギルダは、ゆっくりと顔を上げた。
ヘッセンを、真正面から睨み上げる。
「この思いを処理しきれないまま、私は再びあなたの指揮下に置かれます。その点をご理解いただいたうえで――適切な運用をお願いいたします」
凍りついたような、短い沈黙が作戦室を支配した。
後ろに控えるオーウェンは、眼鏡の奥の目を細めたまま、この危険な対峙をただ静観している。
「……理解した」
ヘッセンはただ一言そう応じると、直立していた体を、一歩前へと踏み出した。その眼光は、ギルダの言葉の棘をすべて正面から受け止め、叩き潰すほどの質量を帯びていた。
「その上で、お前たちに命じる」
彼の声が、絶対的な言葉として場に重々しく落ちる。
「余計な感情も、言い訳も一切残すな。私の名の下で、軍の後始末を完璧に遂行しろ」
「「「はっ」」」
ギルダを筆頭に、Secondの六人が、寸分の乱れもない動作でヘッセンへと敬礼を捧げた。
***
作戦室の扉が開き、六名が外へと流れ出る。
ギルダは先頭を切るように、足早に廊下を進んだ。背筋は真っすぐだが、歩幅がわずかに大きい。
その背後を、何の疑問も持たない様子でブルーがついていく。
少し離れたところで、エミリオが忌々しげにその背中を睨みつけた。
「……テロリストがよ」
低く押し殺した吐き捨てだった。
だが、ギルダは振り返りもしない。
「なんか言った?」
足は止まらない。
ただ、冷徹に研ぎ澄まされた声だけが、背後へ向けて正確に返ってくる。
「ヘッセン大佐にあんなこと言って噛みついたって、しょうがねぇだろうが。いつまで根に持ってんだよ、てめえ……」
「『しょうがない』で、何度なかったことにされてきたと思ってんの」
その瞬間、ギルダがわずかに振り向き、右目だけが鋭くエミリオを捉えた。まるで冷徹な兵器としてのスイッチが強制的に入ったかのように、廊下の空気が一瞬で凍りつく。
「……今、気が立ってる。それしか言うことがないなら――黙ってろ」
その高圧的な拒絶に、エミリオの中で何かが音を立てて切れた。
「――ッ!」
一歩、ギルダに向けて床を踏み出しかけた、その刹那。
「やめろ」
リアが即座に割り込み、エミリオの肩を掴んだ。同時に、反対側からはソーンが腕を滑り込ませ、その手首を無言で抑え込む。
三人の間に、張り詰めた沈黙が落ちる。
ギルダは何事もなかったかのように視線を前方へ戻すと、ブルーを引き連れて、冷たい廊下の奥へと足音を響かせて歩き去っていった。
***
すべての通信と電波が遮断された、特別隔離室。
無機質な医療機器の作動音だけが規則正しく響く部屋の中央で、アトリは白いベッドに横たわり、深く静かな眠りについていた。その頭部には、微弱な深層電脳波を絶え間なく計測し続けるための、厳重なヘッドギアが取り付けられている。
ギルダは、指先一つ触れることのできない分厚い防護ガラスの前に立ち、ただ黙ってその幼い寝顔を見つめ続けていた。
「こんな形でしか、彼を守ることができませんでした」
静寂を破り、ギルダの後ろから穏やかな声がかけられた。振り返ると、首に白いパッチを貼ったオーウェン中佐が、いつの間にかすぐ後方に佇んでいた。
「いえ……」
ギルダは小さく首を振る。ガラスから視線を離し、オーウェンと真っ直ぐに向き合った。
「あの状況で、アトリを助けていただいて、本当に感謝しています。……もちろん、中佐がそれほどの深手を負ってしまったことは、全然良くありませんが……」
少しだけ口を尖らせた彼女なりの不器用な気遣いに、オーウェンはふっと柔らかく目元を緩めた。
「大丈夫ですか、ギルダ君」
オーウェンの声には、明確な労わりが滲んでいた。四年間もの歳月を過ごした第47基地を捨てざるを得なくなり、さらにアトリは目覚めぬまま隔離されている。彼女の肩にかかる絶望の重さは、計り知れない。
ギルダは一瞬だけ視線を落としたが、再び前を向き、防護ガラスの向こうのアトリを真っ直ぐに見つめた。
「……今、感傷に流されて思考を停止したところで、事態が良くなることは何一つありませんから。私にできることを、一つずつやっていくしかないと思っています。もう、四年前の様な馬鹿なことは二度としません。そういう意味では――大丈夫です」
その瞳には、冷徹で強固な「意志」が宿っていた。オーウェンは、彼女が自らの足で、少しずつ前へ立ち直ろうとしているのを静かに感じ取った。
そして、一歩、彼女の隣へと歩み寄り、声を一段と潜めて本題を切り出した。
「ギルダ君。……君は、アトリ君の頭の中にいる『なにか』の正体について……最初からわかっていたのではないですか?」
「……」
「咎めているわけではありません」
オーウェンはただ静かに諭すように言葉を継いだ。
「君の複雑な事情もすべて織り込み済みで、アトリ君の管理を任せたのですから。ただ……『なにか』の目的が、僕にはどうしても分からない。アトリ君の体を乗っ取って何をしようとしていたのか。そして、Firstがアトリ君を執拗に狙う理由も、そこに深く繋がっているように思うのですが……違いますかね」
眼鏡の奥の穏やかで、けれどすべてを見透かすような眼差しが、ギルダの横顔に注がれる。
「オーウェン中佐……申し訳ありません」
ギルダは締め付けられるような痛みに耐えるように、分厚い防護ガラスに手のひらを強く押し当てた。その冷たさが、彼女の覚悟をさらに研ぎ澄ましていく。
「私は、彼を……『カイル』を、もう一度こちら側に再同期できる手段を……探しています」
第一部は次の話で終了です。
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