41.トップシークレット
軟禁生活の閉塞感の中、ギルダたちは三時間ごとの交代を繰り返していた。
簡易ベッドに並んで、ギルダとリアは眠っていた。
呼吸は穏やかだが、深い眠りではない――いつでも起きられる、そんな眠り方だ。
枕元のアラームが無音で震え、ギルダの意識を引き上げた。
一瞬、天井を見つめ、状況を確認すると、シーツを鳴らすことなく身を起こした。そのまま音を殺して隣室へ向かう。
――その途中で、微かな声が漏れ聞こえてきた。
「……うん。そうか、うん……」
テオの声だ。
部屋の壁際に腰を下ろしたテオは、咥えた煙草の先から、細い紫煙を静かにくゆらせていた。その片腕の中には、ブルーがすっぽりと収まっている。テオの節くれ立った指先が、煙草を挟んでいない方の手で、ブルーの金属製の外装をとんとん、と、一定の規則正しいリズムで軽く叩く。その微かな振動に応じるように、ブルーの丸い眼が、淡い青色の光を柔らかく明滅させていた。
「テオ、交代」
ギルダの声に、テオは一拍遅れて反応する。
「ん……ああ……」
壁から背を離し、ゆっくり立ち上がる。
ギルダはその様子を見て、眉を寄せた。
「……何話してたの?」
テオは立ち上がり、テーブルの上に置いてある灰皿に、短くなった煙草を押し付けた。そこにはすでに、彼らの焦燥を物語るように何本もの吸い殻が山をなしている。
「お前が47基地にいた時の朝食メニューを、ずっと聞かされてた」
「……は…?」
間の抜けた声が、ギルダの口から漏れる。
「途中から目玉焼きしか言わなくなって、正直、めちゃくちゃ怖かった。壊れたのかと思った」
ギルダは、咎めるような目線をブルーに向ける。
ブルーは視線を上げることなく、沈黙を守っている。
テオはあくびをひとつ噛み殺すと、ギルダの肩を叩く。
「まあ……最近は、まともなものを食ってるようで安心した。じゃ、あとは頼んだ」
それだけ言い残し、テオはふらつく足取りでベッドの方へと消えていった。
部屋には、再び静けさが戻る。
ギルダはそっとブルーの傍らに屈み込んだ。一瞬だけ逡巡してから、監視カメラを意識して声を潜める。
「ブルー。……プライバシーって、知ってる?」
ブルーの丸い眼が、ピコ、と小さな駆動音を立ててこちらを向いた。
『知っています』
間を置かず、続ける。
『一般に、個人の私的情報や行動履歴を指します』
「そう、朝食メニューは私のプライバシーなの」
『朝食メニューは、通常、健康管理および生活記録として扱われる情報であり、プライバシー区分には該当しません』
「……そーなんだけど」
思わず、溜息が漏れる。
「恥ずかしいから……朝食の話は、他の人にはしないでね」
『了解しました。当該朝食情報をギルダ個人に関連する記憶として、対外共有対象から除外します』
「好きな情報を持ってきてとは言ったけど、なんで朝食のデータなんて持ってくるかなー…」
ギルダは頭を抱えてがっくりと肩を落とした。
***
『――連邦設立直前、初代統合司令官オスカー・オーウェンは、戦争と環境破壊により居住不能となった地域の拡大を受け、生存可能域への住民移動を決断しました』
見張りはリアの番になっていた。
ブルーが淡々と紡ぐ「北方連邦戦史」の朗読が、無機質な空調の音に混じって響く。手持ち無沙汰を紛らわせるために起動させたものの……内容が硬すぎる。
「あー、やべー……。余計眠くなるわ、これ……」
咥えた煙草から紫煙を吐き出すリアの眼は、完全に光を失って死んでいた。とにかく、猛烈につまらない。
『過酷な北方移動により、当時予測されていた民間人被害は約37パーセント低減されています。この判断は、後に成立する連邦の強固な基盤となりました。英雄、オスカー・オーウェンの決断は、連邦設立後も「危機管理における最優先原則」の最良たる一例として――』
リアは限界の溜息とともに、短くなった煙草を吸い殻の山へ押し付けた。絶賛朗読中のブルーの丸い頭を見つめ、退屈しのぎに、その金属製の筐体を義手の指先で「つん」と突っつく。
その瞬間、義手の指先から微弱な電流が走り、パチリと青い火花が散った。
不意の電気刺激をセンサーに喰らったブルーは、まるでくすぐられた子どものように、びくっと筐体を丸ごと跳ね上げた。朗読の声が「――と、ととして」と一瞬だけ吃音のようにブレる。
「うお、わりぃ」
リアが苦笑いして手を引くと、ブルーは車輪を小さく駆動させ、一歩後ろに下がった。だが――数秒のフリーズのあと、磁石に吸い寄せられるように、ころころとリアの膝元へ再び近づいてきた。
どこか次を期待するように瞳が細かく明滅している。
「お?なんだこれ。……もっかい」
面白がったリアが、悪戯っぽい笑みを浮かべて再び指を伸ばす。
パチッ。
リアが何度も指先を近づけるたびに、ブルーはレンズを明滅させ、逃げては近づき、近づいては逃げる。
どうやらこの微弱な放電は、ブルーのセンサーにとって「ちょうどいい」刺激らしく、彼なりの遊びとして認識されているようだった。
「はは、おもしれー…」
リアは笑いを堪えきれず、肩を揺らす。
また指を伸ばそうとした、その時――
ぴたりと、動きを止めた。
視線が扉へと吸い寄せられる。
空気の変化を察知し、その目が鋭く細まる。
<――誰か来る>
テレパスが走り、隣室で眠っていたギルダとテオが同時に目を開けた。二人は反射的に跳ね起きると、音も立てずにリアの背後へと駆け寄る。
「何人くらい?」
ギルダが声を潜めて低く問う。この部屋には電波遮断のジャミングが施されているせいが、右眼の解析機能が思うように使えず、壁の向こうを透視することができない。
「たぶん5、6人…くらい。訓練されてる奴らの雰囲気がする」
そこまで告げると、リアは片手を後ろへ伸ばし、ギルダとテオの胸元を押し返すように制した。
「……お前らは下がってろ」
ふたりは短く目を合わせ、無言のまま部屋の死角へ滑り込んだ。
「ブルーもこっち!」
ギルダはリアの足元にいたブルーを慌てて引き寄せ、自分の背後に隠す。
――その直後だった。
カチリ。
扉の電子ロックが外れる冷徹な音が、張り詰めた空気を切り裂く。厚い金属の扉が、ゆっくりと、重低音を響かせながら内側へと開いていった。
リアは迷わなかった。
腕部が金属音を立てて変形し、瞬時に銃身を形成する。
開ききらない扉の隙間へ体を滑り込ませるように突っ込み、侵入動作を取った。
――同時に。
開いた向こう側からも、ぬっと“銃の腕”が突き出される。
至近距離で、二つの銃口が正確に互いを捉え合った。
一瞬の間。そこにいた顔を認めた瞬間、リアの肩から力が抜ける。
「……んだ、エミリオかよ!」
即座に変形を解除しながら、吐き捨てる。
「紛らわしい真似すんな!撃つところだったぞ、バカ!」
「バカがバカって言うな、バカ!」
エミリオも負けじと銃腕を戻し、声を荒げた。
「リア!お前、殺気出しすぎなんだよ!オレが前に出る羽目になっただろーが!」
騒がしい二人の言い合いを、少し離れた位置から黙って見ている影がある。
――ヴィクトル・ヘッセン。
その厳格な眉間には、不機嫌そのものの深い皺が刻み込まれていた。
ヘッセンの背後には、静かに状況を見極めるソーンとミラーナの姿もある。
その張りつめた空気を割るように、後方から控えめな声がした。
「ちょ……ちょっと、すみません」
大柄な兵士たちの肩越しに、恐縮した様子で体を滑り込ませてくる人物がいる。
「通してください」
オーウェンだった。
状況全体を把握している者特有の落ち着きを帯びた声で、彼は自然に一歩、前へと出ていく。
「オーウェン中佐……!」
リアの声に応えるように、部屋の死角からテオとギルダが姿を現した。
「中佐。……お怪我は、大丈夫なんですか」
テオが、オーウェンの首筋を凝視しながら問いかける。
オーウェンの首元には、復元局でのレーザー縫合の生々しい痕跡を覆うように、白い再生パッチが貼られていた。だが当の本人は、気に留める様子もなく、眼鏡の奥の目を酷く穏やかに細めて首を振った。
「ええ。幸い大したことはありません。アトリ君も……今はまだ眠った状態ですが、ひとまず無事です。監査執行局の医療室で厳重に保護しています」
その言葉に、張りつめていた空気がわずかに緩む。
「君たちが最初にこの部屋へ入ってから……76時間。ほぼ3日が経っています。色々な手続きと、軍の方針を決めるのに時間がかかってしまいました。窮屈な思いをさせてしまって、本当に申し訳ない」
オーウェンはすまなさそうに眉を下げた。
しかし、テオは小さく首を振る。
「いえ……一週間は覚悟していたので」
ギルダもテオの言葉に同意し、うなずく。
「むしろ、想定より早かったくらいです」
その背後から、様子をうかがうように、ブルーがそろそろと顔を出した。
――その視線が、ヘッセンとぶつかる。
氷のような冷たい威圧感に気圧されたのか、ブルーは「びゃっ」とギルダの背後へ引っ込んだ。
「……お前たちに報告事項がある」
ブルーの挙動には一切目もくれず、ヘッセンはSecond全員を鋭く見渡し、短く命じた。
「全員、作戦室へ来い」
その絶対的な拒絶を許さない声に、誰も言葉を発さず、ただ静かにその広い背中に従う。
歩き出したヘッセンの後ろ姿を見ながら、リアがちらと隣のエミリオに視線を向け、テレパスを飛ばした。
<お前ら、部屋割りどうしたんだよ?ミラーナ、狭いって大騒ぎしただろ>
エミリオは前を向いたまま、心底疲れ切ったように軽く目を閉じる。
<寝室はミラーナ様に献上したに決まってんだろ>
すると、エミリオの隣を淡々と歩いていたソーンの、低く淡白な声が割り込んできた。
<下僕は床で寝た>
その瞬間、前方を歩いていたミラーナの肩がピクリと跳ね、鋭い殺気を含んだ視線が二人に突き刺さる。
リアは笑いを堪えきれず、思わず「ぐっ……」と喉の奥で小さく吹き出した。
全員の意識が、脳内で一斉に絶叫した。
<<バカ――!!>>
いつものヘッセンなら、ここで「脳内私語を慎め」と冷徹な一喝が飛んでくるはずだった。だが、ヘッセンは何も言わない。ただ、いつになく固く強張った顔をしたまま、真っ直ぐに歩みを進めていく。
叱責すらしない大佐の異様な様子に、Secondたちはどこか不思議そうな、そして一抹の不安を覚えた顔でその背中についていった。
作戦室の扉が開き、一人、また一人と中へ入っていく。
ブルーも当然のように後ろについて入り、最後に扉が閉まった。
――少しして。
扉が再び開き、ギルダが慌てた様子で半身を外へ滑り出させてきた。
「ブルーは、ここでちょっと待ってて…!」
有無を言わせない調子でそう告げると、ブルーは素直に外へ押し出され、扉は静かに閉まった。
室内の空気が、ひと段階、重くなる。
作戦テーブルを挟んで、ヘッセンの正面に Second が一列に並び立つ。ギルダ、テオ、リア、エミリオ、ソーン、ミラーナ。軍が誇る六機の兵器たちの背後、半歩下がった位置に、オーウェンが静かに控えていた。
「――第47基地における襲撃、ならびにアトリ・フィンチの件だ」
ヘッセンは前置きなく切り出す。
「第47基地を襲撃したのは、これまでにデータのない新たな勢力。違法規格である個体が二機、確認されている。一名は戦闘型のサイボーグ、もう一名は高度なクラッキング技術を有するハッカーだ」
淡々とした口調が、かえって事態の異常さを際立たせる。
「彼らの明確な狙いはアトリ・フィンチ。ただし、その身柄を確保しようとした目的については、現時点では判明していない」
室内に、張り詰めた沈黙が落ちる。全員が先日の死闘を脳裏に蘇らせていた。
「さらに――基地急襲の混乱に乗じ、アトリの深層を乗っ取る形で、軍本部へ侵入を果たした『別の存在』がいる。これについては監査執行局のオーウェン中佐が現場で対応したが、中枢AIの記録ログはすべて上書きされ、侵入の痕跡そのものが完全に消去された。当該対象の正体、ならびに目的も同じく不明」
大佐の言葉に、Secondたちは無言のまま、互いに驚愕と不穏を孕んだ視線を交わし合った。
「なお、アトリ・フィンチの身柄については、精神および電脳の安全性が完全に保証されるまで、外部との通信・ネットワークを遮断した特別隔離室で休眠状態に置いている」
その言葉を聞いた瞬間、ギルダの表情に、耐えかねたような悔恨の色が微かににじんだ。アトリを守り切れなかったという痛切な後悔が彼女の胸を刺す。
ヘッセンは彼らの動揺に構うことなく、冷徹に言葉を続けた。
「違法規格の二名については、司令本部・エルビン・レアード大佐殺害の容疑もかかっている。これらすべての異常事態を鑑み、軍上層部は先ほど、一つの判断を下した」
室内の空気が、目に見えて張り詰めた
「――Second班の再編成だ」
ざわ、と抑えきれない戦慄と動揺が、Secondたちの間に波紋のように走った。互いに視線を交わしながらも、誰一人として声を上げない。
その沈黙を破ったのは、ギルダだった。
「質問をよろしいでしょうか」
「許可する」
ギルダは一歩前に出る。
感情を押し殺した声で、しかし言葉は鋭い。
「再編成という判断が下されたということは、この件に対処できるのが、我々しかいないと軍上層部が断定した――そう受け取りました」
一瞬、間を置く。
「つまり。違法規格の二名については、すでに個体特定、ならびに素性の割り出しが進んでいる。……その認識で、間違いありませんか」
ヘッセンは目を細め、ギルダの真っ直ぐな眼差しを見つめ返した。
「……ここから先は、最高極秘事項だ。軍上層部の中でも、これを共有されている者は限られている」
一度言葉を切り、部屋に並ぶSecondたちへ、冷酷に告げた。
「第47基地を襲撃した違法規格の二機は、お前たちの前に存在した、旧同期ユニット。計画段階で破棄されたはずの―― Firstの生き残りだ」
最後まで読んでいただきありがとうございます。




