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創造のSILVER  作者: 雪野
Malicious Attack
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42/71

39.君は誰

 アトリを乗せた装甲移送車の内部は、重苦しいディーゼルエンジンの駆動音と、兵士たちの装備が擦れ合う金属音だけが満ちていた。

 

 車内のベンチに腰掛けたアトリの両手首には、電脳波を狂わせるジャミング機能付きの電磁拘束具が、無情な重みを持って嵌められている。その周囲を、銃口を下ろした武装兵たちが囲むように座り、一分の隙もなく彼を監視していた。

 

「……何が可笑しい」


 兵士が銃口をわずかに向け、威嚇するように足を踏み鳴らした。


 ――アトリが、薄っすらと笑っていたのだ。

 

「いいえ。空気が美味しいなと思っただけです」


 意味不明な回答に、兵士は気味の悪そうな目を向け、それ以上の追及を諦めて視線を逸らした。

 

 ***

 

 やがて、重厚な鋼鉄のゲートが解錠される鈍い音が響き、車両は北方連邦軍本部の地下へと滑り込んだ。


 車両が完全に停止し、バックドアが左右に開かれる。

 

「降りろ」

 

 兵士の一人がアトリの肩を掴み、乱暴に車外へと押し出す。アトリは抵抗することなく、命じられるままにその足を冷たいコンクリートの床へと下ろした。

 

 兵士たちはアトリを「司令本部」へと直接移送するため、エレベーターへと歩を進めようとする。クライン中将の待つ最深部へ、直ちに引き渡す手筈だった。

 

 だが、その瞬間。引率する分隊長の耳元で、通信が鋭いアラート音を鳴らした。

 

「こちら移送班。これより司令本部へ向かう」

 

『待て、ルートを変更しろ』

 

 ノイズ混じりの冷淡なオペレーターの声が、分隊長の手足を止めさせた。

 

『まずは監査執行局の管理区域へ移送。そこでの身柄引き渡し手続きが完了次第、司令本部へ回す流れになった』

 

 分隊長は眉をひそめ、不機嫌そうに声を低める。

 

「なぜだ。これはクライン閣下の直令のはずだが」

 

『監査執行局側がごねた』

 

 通信の向こうで、オペレーターが心底面倒そうに息を吐く音が聞こえた。

 

『外縁治安部隊の管轄から中央へ対象を移動させるにあたり、正規の移送手順を踏んでいないと指摘された。署名と電子承認が無ければ、許可できない主張している』

 

「チッ……この非常時に……!」

 

 分隊長は盛大に舌打ちをすると、通信を切り、銃を構える部下たちへと顎をしゃくった。

 

「ルート変更だ。監査執行局へ向かう。……官僚どもの手際が悪くて助かるよ」

 

 兵士たちの足取りが、中央エレベーターから西翼の管理棟へと切り替わる。

 その様子を、アトリはやはり、何も言わずにただ見つめていた。


 無機質な壁が続く西翼、その重厚な監査執行局の入り口では、局長であるベルトーネがポケットに手を突っ込んだまま、退屈そうに待っていた。

 

 分隊長が靴底を鳴らして敬礼する。ベルトーネもひらひらと、面倒そうに右手を上げてそれに応じた。


「ご苦労さん。アトリ・フィンチの身柄は一時、こちらで引き受ける。……いやあ、待たせて悪いな。オーウェン中佐がたった今、腹痛から帰還したところだ。電子承認は済んで、あとは署名だけで終わる。少しだけそこで待っていてくれ」


 ベルトーネは分隊長を宥めるように言うと、ふと、アトリの両手首を厳重に締め付けている、電磁拘束具に視線を落とした。不愉快そうに眉をひそめ、顎でそれをしゃくる。


「あ、それと、拘束は解いてもらえるか」


 分隊長が明確に表情を渋らせ、一歩身を引いた。


「それは……」


「大丈夫だ」


 ベルトーネは分隊長の肩を軽く叩いて不敵に笑った。


「なんかあったら、全部監査執行局(こっち)の責任にしていいからよ……ほら、早くしてくれ」


 分隊長は応じるしかなかった。兵士が端末を操作すると、電子音とともに電磁拘束具が解錠され、アトリの両手首から重苦しい鉄の塊が取り外される。


 拘束を解かれたアトリは、監査執行局の内側へと足を踏み入れた。


 静まり返った廊下を、二人の足音だけが規則正しく刻んでいく。ベルトーネは隣を歩く小柄な少年へ、ちらりと視線を落とした。


「おう、フィンチ。初めて会うのがこんな形になっちまって、そこはまぁ、残念だよ。俺はベルトーネだ。こんな頼りねえ感じだが、一応ここの局長をやってる。よろしくな」


「あ…あの…僕はどこへ…行くんですか?」


「オーウェン中佐の大変趣味のよろしい私室だ。今、お前の身柄を何とか司令本部に渡さないよう時間を稼いでる。あいつの部屋なら、司令本部の盗聴も監視の目も入ってねえ安全地帯だ。とりあえず手続きが全部済むまで、そこにいてくれ」


「はい…わかりました」


「じゃ、ちょっとここで待っててくれ。俺は残りの書類を片付けてくる」


 ベルトーネは一つ頷くと、そのまま廊下の向こうへと去っていった。その背中を見送ったアトリは、静かに向き直り、自動で解錠されたドアの先へと足を踏み入れた。


 ドアが閉まる音に、オーウェンが顔を上げる。眼鏡の奥の切れ長な目を優しく細め、彼はにこやかに微笑んだ。


「アトリ君、無事で何よりです。基地の襲撃と突然の移送で、酷く疲れたでしょう。まあ、そこに掛けて一杯どうぞ」


 テーブルの上には、丁寧に配置された白磁のティーセットが、微かな湯気とともに高貴な香りを漂わせていた。


 アトリは柔らかな人工芝を靴底で踏みしめて近づき、促されるままに白いアイアンチェアへと腰を下ろした。


「あの……僕は今、どういう状況なんでしょうか? どうして司令本部が、僕を連れていこうとしてるんですか?」


 オーウェンは手慣れた動作で温かいカップに紅茶を注いでいく。


「司令本部が昔行った実験体が生き延びていたようでしてね。今になってこちらに牙をむいてきました。その真意までは分かりませんが、敵の狙いは君だ。君を手中に収めていれば対象からこちらに接触してきますから、クライン閣下は何としてでもそのピースが欲しいんでしょう。これをきっかけに、Secondという戦力資産は誰もが自らの手元に置いておきたい状況になっています」


「……オーウェン中佐もそうなんですか?」


「そう、とは?」


「戦力資産のことです。中佐も、僕たちをそう見ているんですか?」


 オーウェンは一瞬だけ意外そうに眉を動かしたが、すぐにふっと柔らかく笑って、紅茶の入ったカップをアトリの前へと差し出した。


「失礼、言い方が悪かったですね。もちろん、君たちが近くにいてくれることは、僕個人としてもとても心強いですよ」


 オーウェンは自らのカップに口をつけ、琥珀色の液体を喉に滑らせる。


「……色々と知ったんですね、外縁で。君自身のことや、周りの仲間のことを」


 アトリは視線を落とし、手元にあったミルクピッチャーを持ち上げて静かにカップへと差した。


「基地では、みんなボロボロになって戦っていました。もう、あんな風にみんなが傷つく姿は見たくないです」


「そうですね。僕もできれば、彼らが傷つく姿は見たくない、と思ってはいるのですが」


 オーウェンは相槌を打ちながらも、湯気の立つカップを挟んだ対面で、ふと眼鏡の奥の目を細めた。


「アトリ君――今日はミルクを差すんですね」


 アトリの手が、ほんのわずかに止まる。

 傾けられたミルクピッチャーの口から、白い滴が静かに水面に落ち、琥珀色を濁らせていく。


「最初にここへ来たときは、砂糖をひとつだけでしたよね」


「……気分が変わっただけです」


 アトリは顔を上げ、いつも通りの無垢な笑みを返した。

 対するオーウェンもまた、柔らかく笑っている。


「そうですか。そういえば、ギルダ君もそういう飲み方をしますね」


 アトリの銀色の指先が、静かにピッチャーを卓上に戻した。陶器が触れ合うかすかな音が、静まり返った人工庭園の空気に溶けていく。その瞬間、部屋の気圧が急激に変わったかのような、異様な張り詰め方が場を支配した。


「茶会に招く人の好みは、すべて覚えるようにしているんです。……何かの役に立つかもしれませんから」


 オーウェンは静かにカップを置くと、眼鏡の奥の鋭い瞳で正面の少年を見据えた。



「――君、誰です?」



 その凍りつくような問いかけの、直後だった。


 ピッ――。


 聞き慣れない電子の警告音が、庭の静寂を裂いた。

 アトリが驚いたように顔を上げる。ここは盗聴も監視も入らないはずの、オーウェンの庭のはずだ。


「同調パターンは」


 オーウェンが虚空へ向かって淡々と言い放つ。空間に埋め込まれたスピーカーから、無機質な合成音声が即座に応じた。


『――生体神経同調パターンに、異常を検出。登録されているアトリ・フィンチの基準値と一致しません。深層領域への“不法上書き(オーバーライド)”の形跡を認めます』


 少年の瞳が、微かに揺れた。


「……中枢AIを、直接引き込んだんですか」


「ええ、まあ。このくらいしないと——“引っぱり出せない”と思いまして」


 オーウェンは表情を変えないまま、冷徹な声で虚空のシステムへ命じた。


「彼の脳波を解析しろ。深層領域に潜伏している非正規プロトコルをすべて洗い出せ」


『了解しました。解析プロトコルを実行します』


 無機質なAIの音声が空間に響く中、アトリはしばらく動かなかった。その沈黙が、かえって異様な不気味さを引き立てる。


 やがて――少年の唇から、深く、長い、退屈そうな息が漏れた。




「あーあ……しくったなぁ」




 その声音は、もうアトリのものではなかった。低く、どこか乾いていて、諦めと嘲りが混じった、完全に別の「人格」の響き。


 オーウェンの指先が、即座に机の下へと滑る。隠された護身用拳銃のグリップへ手を伸ばした、その動きよりも早く――。


 少年の腕が、音もなく変形した。

 金属の刃が生まれ、オーウェンの喉元へ吸い込まれるように突きつけられる。


「動くな。AIの解析を解除しろ」


 声は低く、冷たく、アトリの声色ではない。

 オーウェンは喉元の冷たい感触を受けながら、ふっと笑った。


「できない相談ですね。解除権限は僕にはありません。僕を殺したいならご自由に。君の行動データが取れるなら本望です」


「……」


 少年の瞳が細められる。

 その奥にあるのは、怒りでも恐怖でもない。

 “計算”だ。


 腰についているN-Linkのインジケーターが、限界値を超えるほどの高周波で駆動音を上げる。


『警告:未承認のDEEP_SYNC進入を検出。経路解析を開始します』


深層同期(ディープシンク)……!?」


 オーウェンの目が見開かれた。


 空間に展開された空間ディスプレイに、目眩を覚えるほどの莫大なコードが逆流していく。


 detect{atri.dsync,trace.route,ghost.sig} ->

  drop.index[*];

  wipe{atri:3,ghost:3,gate47:2,trace:1};


「うう゛ッ…!」


 アトリの肉体が、激しい痛みに耐えるようにガタガタと震え、短い呻きを漏らした。 強制同期の拒絶反応によって、片方の鼻孔から一筋の鮮血が静かに垂れ落ちる。


「止めろ!」


 オーウェンが声を荒らげた。だが、止まらない。鼻血を流しながらも、瞳の奥の「計算」の光は一切濁っていなかった。


 オーウェンは、首筋に突きつけられた切っ先を一切気にせず、乱暴に椅子を引いてアトリへと迫った。首の皮膚から鮮烈な赤が溢れ出る。自ら刃に向かって踏み込んできた男の狂気に、少年の瞳が、驚いたように大きく丸くなった。


「君の目的は何です。その子に何をさせたいんですか?」


  scrub.meta();

  rewind 30s;

  stub{trace_route atri, ghost, gate47}="NULL";

  commit;


「一時的であっても、他者の人格と尊厳を奪う行為は……人として許されている範疇を超えています!」


 刃がオーウェンの喉にさらに深くめり込み、首筋に鮮烈な赤い線が浮かび上がる。血が滲む。それでも、彼は視線を逸らさず、引き金を引くように言葉を続ける。



「――もっとも、君が『人』だったらの話ですがね」



 その瞬間、少年の瞳が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。


 オーウェンはその刹那の隙を逃さなかった。机の下から引き抜いた電子銃の銃口を、反射的に少年の胸元へと突きつける。迷わずトリガーを引いた。


 detach(SILVER)


 バチバチッと激しい電子音が鳴り響き、青白い電磁光がアトリの身体を包み込む。喉元を脅かしていた金属の刃が、霧散するように一瞬で元の肉体へと引き裂かれ、消えていく。アトリの身体は糸が切れた人形のようにがくりと崩れ、システムが完全にシャットダウンした。


「アトリ君!」


 オーウェンはすぐに床へ滑り込み、落ちていくアトリの身体を両腕で強く抱きとめた。


 自分の喉元から溢れ出る血を拭う暇さえ惜しみ、オーウェンは空間の虚空に向かって声を上げる。


「解析結果を提示!対象の残存ログは!」


 人工庭園の静寂の中、数秒の、ひどく重苦しい沈黙が流れる。

 やがて、スピーカーから無機質な合成音声が冷淡に告げた。


『――検索処理、完了。結果:NULL(存在せず)

「な……」

『侵入経路、およびパケットの追跡可能な痕跡(トレース)は検出されませんでした』


 オーウェンは舌打ちした。

 強制シャットダウンの直前のコンマ数秒で、自らの存在証明となるデータをすべて物理的に焼き切っていったのだ。執念とも言える完璧な手際に、オーウェンは戦慄せざるを得なかった。


「ハァ……、ハァ……」


 思った以上に首の傷が深かった。抑えた指の隙間からどくどくと鮮血が溢れ、仕立ての良い軍服の胸元を不気味な赤黒さに染めていく。


 オーウェンはアトリの軽い身体を柔らかな芝生の上へとそっと横たえると、震える手で自身のホロパッドを展開した。画面を血で汚しながら、最高優先度の軍用非常コールのアイコンを、強く叩きつけた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


最近、ブックマークしている方の人数を確認できることを知りまして…

あと、評価していただいた方もいらっしゃるようで、本当にありがとうございます!

お礼が遅くなってすみません…!


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