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創造のSILVER  作者: 雪野
Malicious Attack
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37.ギルダの孤独

 薄暗い大型救護車両のベッドで、ギルダは酷く冷え切った自らの指先を見つめていた。頭部には、脳波抑制用ヘッドギアが、重苦しい電子音を立てて固定されている。


 しばらくじっと目を閉じていたギルダだったが、やがて不自然なほどの静寂に眉をひそめた。他のSecondたちが、誰一人としてこの車両に入ってこない。


 ギルダはベッドの傍らで端末を操作していた衛生兵へ、低く声を掛けた。


「……他のSecondは来ないんですか」


「別の車両で治療を受けています。怪我の度合いによって分けるよう、上から指示がありまして」


 衛生兵は画面から目を離さず、事務的に答える。その声の僅かな硬さに、微かな警戒がよぎる。


「アトリはどこにいますか? 話がしたいので、ここに呼んでもらいたいのですが」


「……彼も今、別の車両にいるので。治療が終わったら会えますよ」


 ――嘘だ。


 すべてを察知した瞬間、ギルダの手が動いた。頭部のロックを無理やり引き剥がし、脳波抑制用ヘッドギアを床へ叩きつける。


「なっ…!まだ動いては――!」


「うるさい」


 ギルダの右眼が、獰猛な起動音を立てて急拡張を始めた。網膜の奥から極大の逆位相が容赦なく解き放たれる。


 バチバチッ!と激しい火花が散り、救護車両の全照明と医療機器の電力が一瞬にして完全に喪失した。 暗転した室内のパニックを置き去りに、ギルダは車両の重いバックドアを力任せに殴り開け、外の吹雪へと飛び出した。


「アトリ――!!」


 極寒の雪原に、ギルダの悲鳴のような絶叫が響き渡る。周囲の兵士たちが騒然となる中、ギルダの視界が、数十メートル先で白煙を上げる装甲移送車を捉えた。その強固なハッチの奥へと、数人の武装兵に背中を押されながら、まさに乗り込もうとしているアトリの姿があった。


 ギルダの脳内で、何かがぷっつりと音を立てて切れた。


「――どこへ連れて行く気だ!!」


 積雪を蹴立てて迫るギルダの前に、司令本部のエンブレムを胸に付けた兵士たちが即座に立ち塞がる。


「司令本部です」


 兵士は冷徹に言い放った。


「敵の狙いがアトリ・フィンチ個人だと判明した以上、前線基地に留めるのは危険です。保護のためにも、直ちに中央へ移送します」


「保護……!? なら、なぜ黙って連れ出すような真似をするんだ!拘束の間違いだろ!!」


 ギルダの怒号と、異様なテレパスの乱れを察知し、近隣の車両からソーン、そしてリアたちSecondが次々と飛び出してくる。


「ギル!落ち着け!」


 背後から駆け寄ったソーンが、ギルダの肩を強い力で掴んで引き留めた。だが、ギルダの暴走寸前の熱量は収まらない。


「アトリは監査執行局の管轄だ!指定指揮官であるオーウェン中佐の許可はとっているのか!」


「許可は必要ない。これは司令本部、リヒャルト・クライン閣下の直接命令です」


「誰の命令かは関係ない!移送手順は軍規で厳格に定められているはずだ!」


 ギルダの右眼が、警告色である赤を通り越して、血のような深紅に狂い発光する。その圧倒的な威圧感に気圧された兵士たちが、一斉に銃口をギルダへと向けた。緊迫感が極限に達し、ソーンの手にも力が入る。


 その時だった。


「──ギルダ! 僕は大丈夫だよ!」


 装甲車のステップから、アトリが振り返って声を張り上げた。彼は笑顔だった。


「僕が狙われているなら、ここにいたらギルダも、この辺にいる外縁治安部隊の人たちも、みんな危険に巻き込むことになるから!」


 アトリは一歩、装甲車の闇の中へと自らの足を引いた。


「だから本当に大丈夫!本部に着いたら、また絶対に連絡するから……!」


「………なんで…?」


 ギルダの右眼で狂ったように明滅していた深紅の光が、ふっと消灯する。剥き出しのレンズが滑らかに収束し、元の、静かな銀色の瞳へと戻っていく。ただ、張り裂けそうな人間としての悲しみだけが、その銀の瞳を酷く歪ませていた。


「……一緒に……いるって……、言ったのに……」


 ギルダの唇から漏れ出た掠れた呟きは、激しく吹き荒れる雪の音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。


 無情な金属音を立てて、装甲車のハッチが完全に閉じられた。重量感のある駆動音と共に、車両は白銀の雪原を切り裂き、司令本部のあるドームへと走り去っていく。


 銃口を下げ、足早に撤収していく兵士たちの真ん中で、ギルダはただ、小さくなっていくテールランプの赤い光を、凍りついたように見送るしかなかった。


「ギル……」


 背後から、ソーンが低い声で彼女の名を呼んだ。その声を浴びた瞬間、ギルダの肩が小さく跳ねる。彼女はゆっくりと、呪わしいほどの冷徹さを宿した瞳でソーンを深く睨みつけた。


「司令本部がほんとにアトリを保護するって思ってんの……?」


 ドスの効いたギルダの声が、静かに周囲の空気を侵食していく。

 その異様な執着に、耐えかねたエミリオが前に踏み出た。


「お前……いい加減にしろよ!アトリを連れていかれたからって、ガキみたいに喚くな!アトリが大人しく言うこと聞いてなきゃ、お前撃たれてたんだぞ!!──おい、てめぇ聞いてんのか!」


「エミリオ、やめろ」


 ソーンが鋭く手を挙げ、エミリオの言葉を制する。ソーンは再びギルダに向き直ると、静かに、だが言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「どちらにせよ、アトリをこの基地で守り通すことはできない。本部にいた方が、安全は保証される」


 ソーンは極めて合理的な、正論をギルダに諭すように言葉を繋いだ。


「お前が、あいつの身を不安に思うのは分かる。だが――」


「――分かってない!」


 叫び声が、冷たい夜気を引き裂いた。


「みんな……!なにも、分かってない――!!」


 その瞬間、周囲の空気が、地吹雪さえも止まったかのように凍りついた。

 誰も、言葉を続けられなかった。ギルダの底知れない「絶望」の質量に、ただ圧倒されることしかできなかった。


 張り詰めた沈黙の中、ギルダは、はっとして口を閉じた。彼女の肩が激しく上下し、荒い呼吸を必死に整えようとする。


「……ごめん」


 ようやく、掠れた声が雪の上に落ちた。


「みんなに、何も説明してないのは……こっちの方だったわ……」


 自嘲気味にそう呟くと、ギルダは仲間たちから視線を逸らし、拒絶するように一歩、後ろへ下がった。


「……頭、冷やしてくる」


 それ以上、誰も彼女の背中を追うことはできなかった。銀色の右眼を鈍く光らせたまま、ギルダは一人、暗い雪原の闇の中へと歩き出していった。


 戦況の完全な終了に伴い、前線指揮所の周辺では、任務を終えた車両が一台、また一台とエンジン音を響かせて基地から離れていく。中央ドームへの帰還が始まろうとしていた。


 撤収の喧騒の中、ギルダの背中に向けて、リアとテオが近づく。


「ギル!オレたちも本部に戻るから、一緒に行こうぜ!」


 リアが努めて明るく声を掛けた。


 ギルダは、いつの間にか取り出していた煙草の白い煙を吐き出し、少しだけ横顔を向かせる。


「……私、基地の始末をしなきゃいけないから、先に行ってて」


 そのひどく落ち着いた、だが頑なな拒絶に、リアとテオは小さく顔を見合わせた。何かを言い淀む二人の気配を感じ取り、ギルダは唇の端に無理やり、いつものような薄い笑みを浮かべてみせる。


「もう、大丈夫だから」


 ギルダは無理に声を整えた。


「ごめん、心配かけて。先に戻ってて」


 その言葉にそれ以上の追及を諦めたのか、二人の乗った車両もまた、鈍いエンジン音を響かせて雪原の彼方へと去っていった。


 自分を置いて、アトリのいる、仲間たちのいる世界が遠ざかっていく。 ギルダはグッと眉を寄せ、指先の煙草を深く、深く吸い込んで、胸の奥を焼くような寂しさに必死に耐えた。


 ――車の音が、完全に遠ざかる。


 周囲が本物の、完全な静寂に包まれた瞬間、ギルダは短くなった吸い殻を冷たい地面に落とし、靴底で容赦なく踏み消した。


 そして、襲いかかってくる孤独の影を強引に振り切るように、誰もいなくなった静まり返る基地の中へと激しく走って戻った。

アトリが司令本部に連れてかれた!!!

基地もアトリも失ってしまったギルダです。

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