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創造のSILVER  作者: 雪野
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32/73

29.禁忌

「止めろ!何をする気だ、離せ……離せッ……!!」


 取調室の分厚い鋼鉄製のデスクに、ブルック中佐は顔面を容赦なく押しつけられていた。


 どれほど血相を変えて抵抗しようとも、身動き一つ取れない。鍛え上げた人間の筋力でどうこうできる次元を遥かに超えた、冷徹な機械の暴力。


 ブルックを完全に無力化しながら、リアはオーウェンの赤い口元の傷跡へと視線を留めた。途端に、痛切な申し訳なさが浮かび上がる。


「オーウェン中佐……間に合わなくて、本当にすみませんでした……」


「いえ。君が廊下に来た時、僕は“待機”のサインを出しました。君は命令に従っただけです。気にする必要はありません、すべて想定内です」


 オーウェンはハンカチで口元の血を軽く拭うと、それを無造作にポケットへしまい、デスクの上のブルックへと視線を戻し


「──さて、ブルック中佐。消されたというのは、一体どなたですか?」


「知らん……っ!お前の勘違いだ!俺はそんなこと言ってない!」


 引き攣った声をあげる男を見つめ、オーウェンは困ったように、やれやれと小さく首を振った。


「では、質問を変えます。利き腕はどちらですか?」

「……っは、な、何の話だ……っ!」

「ですから、利き腕を聞いているんです」


 その声音は、明日の天気でも尋ねるかのように淡々としていた。

 感情の消え失せたオーウェンの瞳に射抜かれ、ブルックは心臓を掴まれたような恐怖のあまり、言葉を失う。


「答えないないなら、左からいきますか。──リア君」

「はい」


 短く応じたリアの右腕──鈍く光る銀色の義手が、精密な駆動音と共に一瞬で変形していく。指先が内側へと巻き込まれ、質量を一点に集中させた無骨なハンマーの形状へとその姿を変えた。


 リアはブルックの太い左腕を掴むと、凄まじい力でデスクの上へと固定した。ブルックは発狂したように暴れたが、ミリ単位すら動かない。


 変形した鉄槌をもてあそびながら、リアは面倒くさそうにぼやいた。


「あの……動くと余計痛いんで。じっとしててもらえます?」


「……ちょっと、待て……!待ってくれ、オーウェン!!」


 ブルックの顔から血の気が完全に引く。

 リアが左手の鉄槌を容赦なく頭上へと振りかぶる。


 本気だ──。この男たちは本当に、自分の腕を肉塊に変えるつもりだ。


「言う!!言うから待て、待ってくれ!!!」


 ──ガァァァン!!!


 凄まじい破壊音が取調室の防音壁を震わせた。

 鉄槌が叩きつけられたのは、ブルックの左腕のわずか数センチ横。分厚い鋼鉄製の天板は生木のようにへし折れ、固定していたボルトが弾け飛んだ。


「ひっ……ああ、あ……!」


 腕は無事だった。しかし、ブルックは完全に腰が抜けていた。死の寸前を味わった衝撃で、ただ荒い呼吸を繰り返しながら、床へ崩れ落ちる。


 オーウェンは眼鏡の位置を静かに直すと、汗と涙で汚れた男の姿を、どこまでも冷たい目で見下ろした。


 ***


「うーわ……なんじゃこりゃ」


 重厚な防音扉を開けて入ってきたベルトーネ局長は、凄惨に粉砕された鋼鉄のデスクを一瞥し、わざとらしく両手を上げて驚いてみせた。


 取調室には、すでに取締部管轄の副局長も呼び出されて到着していた。オーウェンは壁際に腕を組んで立ち、隠そうともしない不機嫌なオーラを全身から放っている。一方のリアは、局長の姿を見るなり、いつもの軽いノリを僅かに残した動作でピシッと敬礼した。


「レノックス、お疲れさん」

「はっ!」

「オーウェン中佐、こいつはもう下がらせていいな?」


 ベルトーネが視線で促すと、オーウェンは組んでいた腕をすっと解き、リアへと向き直った。ブルックを睨みつけていたその鋭い眼差しが、(ねぎら)いを含んだ柔らかいものへと変わる。


「ええ。リア君、ありがとうございました。もう戻って休んでください」


「はい!お疲れさまでした!失礼します!」


 リアはオーウェンにも綺麗に敬礼を返してから、軽快な足取りで部屋を後にした。扉が閉まり、再び室内に重苦しい沈黙が落ちる。


 オーウェンは視線だけを副局長へと向け、へし折れた天板を冷ややかに指差した。


「この無残な机の件ですが、ブルック中佐の重い口をこじ開けるための必要経費です。こちらの修理費は取締部の予算持ちということで、よろしいですね?」


「……ああ、異論はない」


 苦虫を噛み潰したような顔の副局長は、床でまだガタガタと震えているブルックを一瞥すると、深く、重いため息をついて頭を下げた。


「審問部に対しては、深く陳謝する。……この度は、監督不足により、多大な迷惑と不祥事を引き起こしてしまい、本当に申し訳ない」


「……申し訳、ございません…」


 ブルックも消え入るような声で謝罪を口にする。


「おう、一旦、謝罪はその辺でいい。頭を上げろ。まずは事実確認が先だ」


 ベルトーネは形式的な謝罪を切り上げると、ふとオーウェンの顔面に目を留めた。その赤い口元の傷跡に気づき、いたずらっぽく片眉を上げる。


「なんだお前、麗しいツラに一発貰ったのか」


「はい。……まあ、私の方から殴るよう誘導した節もありますので。机の経費を全て取締部に持っていただき、こちらの要求する情報を全て開示していただけるなら、刑事告訴は見送り、不問といたします」


「ぶはっ、ははは!お前なぁ!」


 ベルトーネが豪快に笑い声をあげる。その下品な笑い声を浴びせられ、オーウェンは眼鏡の奥の瞳をジト目へと変えた。


「……何がそんなにおかしいのですか、局長」


「いやいや、悪気はねえよ」

 

 オーウェンは腕を組み直し、つらつらと冷徹なトーンで不満を並べ立て始めた。


「そもそも、今回の原因の半分は局長にあります。いくら直々の命令とはいえ、突然『十分で審問を終えろ』などと伝達されては困ります。こちらにも尋問の組み立てや、心理誘導の流れというものがある。そんな場当たり的な介入をされては、公平かつ正確な審問に支障が出ます。局長自ら現場の審問官へ過度な負担を強いるのは、組織のトップとしていかがなものかと思いますが?」


 淀みなく溢れ出るオーウェンの正論の毒舌に、ベルトーネは両手を振って降伏のポーズを取った。


「わかった、わかった!悪かったって、俺の配慮が足りんかった……だがな、今回はカルスタが現場で早期に異変へ気づき、それを受けたアッカ―が迅速に俺に伝えた結果なんだよ。二人の連携がなきゃ、先手は打てなかった。お前からも、後で二人に礼を言っといてくれや」


 ギルダとテオの名前を出された瞬間、オーウェンを覆っていた尖ったトゲが、目に見えて少しだけ収まった。彼は小さくため息を吐く。


「……そうですか。彼らの手柄と言うなら、承知しました」


 露骨に態度を軟化させた部下の姿を見て、心の内で小さくガッツポーズを作った。


(よし……セーフ!こいつも昔に比べりゃ、ずいぶんと丸くなったもんだわ)


 危機を脱したベルトーネは、小さく喉を鳴らして意識を切り替えると、床のブルックへと重い視線を落とした。


「……そんで? 藪を突いたら蛇じゃなくて、とんでもねえライオンが出てきたらしいな。ブルック、とりあえず知ってることを全部話せ。この期に及んでつまらねえ嘘を吐くのだけは止めろ」


 局長直々の威圧感に気圧され、ブルックは膝の震えを必死に抑えながら、へし折れたデスクを支えにして這い上がった。


「局長がお察しの通りです……司令本部の人間から、独自に声をかけられました 。十数年以上前に、軍の実験データごと完全に破棄されたはずの『実験体』が再起動し、身内に甚大な被害が出た。それを監査執行局(こちら)に知られぬよう、極秘裏に追跡・処分してほしいと……」


「被害ってのは、具体的に何だ?誰がやられた」


 ベルトーネの問いに、ブルックは一瞬言葉を詰まらせた。だが、背後に立つオーウェンの、氷のような視線に背中を焼かれ、ついに観念したように重い口を開いた。


「司令本部の……エルビン・レアード大佐です」


 その瞬間、取調室に奇妙な静寂が訪れた。 ベルトーネも、オーウェンも、そして取締部の副局長までもが、ほぼ同時に「あちゃー……」とでも言いたげな、何とも言えない顔で天井を見上げた。大物すぎる。隠蔽したくなるのも納得の、最悪の名前だった。


 オーウェンが眉間に深い皺を刻んだまま、低く冷たい声を出す。


「レアード大佐は、確か二週間前に『演習中の不慮の事故』で亡くなったと、公表されていましたが?」


「……偽装だ」


 ブルックは力なく首を振った。


「憲兵隊が引き上げた大佐の遺体を極秘裏に精密検査したところ、全身の創傷から、過去に処分したはずのプロトタイプ固有のエネルギー波形……それと、傷口の肉質破壊パターンが完全に一致した。司令本部としては、自分たちの過去の『禁忌(バグ)』が現役の大佐を惨殺したなど、公にできるわけがない…」


 ベルトーネ局長は腕を組み、顎をさすりながら核心へ踏み込んだ。


「で、そのレアード大佐が殺された『理由』は」


 ブルックは尋問される怯えを引きずったまま、首を横に振った。


「そこまでは知らされてません……本当です!俺はただ、現場を秘密裏に抑えて怪物を処理しろ、としか……」


 その様子を見て、これまで沈黙を守っていたグレイヴス副局長が、重い口を開いた。


「……局長。私が言う資格がないことは重々承知ですが、ブルックをこの件から完全に手を引かせてもよろしいでしょうか」


「おう、そうしろ。グレイヴス、あとはお前が引き取れ」


 ベルトーネは短く応じる。


「んで、ブルック。お前はしばらく姿をくらませろ。身の安全が確保できるセーフハウスは、こっちで手配してやる」


 その寛大な処置に、オーウェンがわずかに眉を寄せ、不服そうな表情を浮かべた。


「オーウェン……お前、このままブルックを司令本部に返して『逆スパイ』として泳がせた方が合理的だ、とか考えてんだろ」


「……まさか。そこまでは」


  オーウェンは眼鏡の位置を直して視線を逸らしたが、声のトーンは完全に図星を突かれたそれだった。ベルトーネは呆れたように首を振り、ブルックへと宣告した。


「いいかブルック、もう司令本部(あっち)の連絡には一切応じるな。止めとけ。このまま戻れば、次はお前が『処理失敗の責任』を取らされて消される可能性が極めて高い。司令本部を相手に二重スパイなんて綱渡り、俺だってやりたかねえよ」


 ブルックは僅かに視線を泳がせ、躊躇するように拳を握り締めた。今ここで手を引けば、司令本部とのパイプは完全に断たれる。それは同時に、彼がこれまで血眼になって追い求めていた「出世」からの脱落を意味していた。


 その未練がましさを敏感に察知し、ベルトーネは盛大にため息を吐き出した。


「はぁ……馬鹿だねえ。命あっての出世だろうが。お前は完全に勇み足を踏んだんだよ。いいか?生き急いで必死に出世したところでな、その先にあるのは年中胃薬を手放せない生活だけだぞ?……命を懸けてまで、そんな惨めな存在になりたいのか、お前は?」


 局長のあまりにも悲痛で、かつ現在進行形の実感に満ちた言葉の重圧。それに圧し潰されるようにして、ブルックは青ざめた顔のまま、ぽつりと呟いた。


「……いえ。そこまでして、なりたくはありません」


「いや……ちょっとは否定してくれねえと、俺の立場ってもんがよ……」


 情けない声を漏らすトップを完全に背景(空気)へと追いやり、取調室の片隅では、すでに、グレイヴスとオーウェンによる冷徹な実務の歯車が高速で回り始めていた。


「司令本部の目が届かない場所となると、監査の息がかかった外縁の隠れ家(セーフハウス)になるが」


「いえ、外縁は現在、件の『違法規格』を追って司令本部のSecondたちが動いています。不確定要素は排除したい。ドーム内層の第三区にある、審問部の直轄シェルターを使いましょう。あそこなら、公式には存在しないことになっています」


「わかった。出張命令書の事後改ざん(バックデート)はこちらで処理しておく。局長直々の特命扱いにすれば、監査ログの上書きも容易だ。それから、例の『遺体の鑑定データ』の横流しだが、これは局長のパスワードを使用して……」


「……おい」


 完全に蚊帳の外に置かれていたベルトーネが、ひきつった顔のまま、ボソリと二人に声をかける。


「お前ら、俺の決済権限を勝手に使ってログを書き換える段取り組むの止めろや。本当に、俺の胃に穴をあけねえと気が済まねえのか?」


 オーウェンとグレイヴスは、揃って「滅相もありません、局長」と、一糸乱れぬ完璧なビジネススマイルで頭を下げた。



 ***



「……今、なんて……?」


 乾いた風が、スクラップ工場の錆びた鉄骨を鳴らして吹き抜けていく。アトリの頭の中は、真っ白に染まっていた。


「だから、ギルは四年前に、復元局のラボと、司令本部に『襲撃』を仕掛けたんだよ」


 エミリオは苛立ちを隠そうともせず、同じ言葉を繰り返した。隣でソーンが短く、諦めたようなため息を吐き出す。しかし、エミリオを止めようとはしなかった。一度決壊したこの男の口は止まらないと、分かっている顔だった。


「……襲撃?」


「ラボにいた研究員や職員を、片っ端から殺した。文字通り一人残らずだ。あいつはその足で司令本部にまで向かったんだよ。本部に突入する直前でヘッセン大佐に銃口を向けて……そのあと、リアとテオに力ずくで制圧された。その大不祥事のせいで、オーウェン中佐はもともと『大佐』だったのに、降格処分になった」


 アトリの脳裏に、ギルダの無表情な横顔が浮かぶ。


「……なんでそんな…」


「知るかよ。あいつ、絶対にその件に関してだけは口を割らないからな」


 エミリオの声が、徐々に低く、そして荒々しく濁っていく。


「ただ……その事件の直前に、復元局の実験中の事故でSecondの一人が死んだんだ。それにキレたんじゃないかって噂だ。でも……あいつがやったのは、そんな綺麗な復讐じゃない」


 エミリオは一度言葉を切り、喉の奥に溜まった呪詛を吐き出すように、冷たく言い放った。


「──あんなの、ただの人殺しだ」


「エミリオ」


 それまで黙って聞いていたソーンが、低い声で遮った。


「説明に、私情を混ぜすぎだ」


 エミリオは舌打ちしたが、それ以上は反論せず、ぷいと顔を背けた。

 落ちてきた不穏な沈黙を引き取るように、ソーンがアトリへと視線を向ける。


「元々は、復元局の一部職員に創規法違反の疑いが上がっていた。本来なら監査執行局が手続きを踏んで動く段階だったのにギルは、それを待たずに単独で突入した」


 ソーンの声は一定だった。エミリオのような怒りも、ギルダに対する弁解も、そのどちらも乗せない。


「“摘発のため”という名目はあったが……そこから先の行動は、さすがに庇えない。一線を越えたのは事実だ」


 ソーンは言葉を一度区切ると、当時の光景を思い返すようにわずかに目を細めた。


「だが……あの時のギルは、どう見ても正常じゃなかった。理由までは分からないが、何かが起きていたとしか思えない」


「おい、かばうのかよ」


「事実を話してるだけだ。……アトリ、悪いな。混乱させた」


 アトリはしばらくの間、自分の指先を見つめて静かに思考を巡らせていたが、やがてゆっくりと首を横に振った。


「いや……衝撃事実が多すぎて、逆に頭が冷えてきた」


 そのあまりにも冷静で、どこか達観したような返答に、エミリオは呆気に取られたように目を丸くした。


「メンタルつよ……」


「お前も見習え、少し頭を冷やしてこい」


 軽口が入るが、重苦しい空気が完全には和らぐわけではなかった。

 エミリオは気まずそうに首の裏をかく。


「まー……オレが何を取り乱してまで言いたかったかって言うとさ。ギルを信用できなくなったら、お前も司令本部(こっち)側の管理下に来いってことだよ」


「あんたにそんな権限ないでしょ」


 ミラーナが即座に切る。


「権限も何も、オーウェン中佐が裏の手を使って無理やりアトリを監査執行局に持ってったんだろ。こんな大事なことを隠したまま、お前をギルの隣に配置したってことは、何か汚い目的でアトリを利用しようとしてるのかも知れねえんだよ……だからさ、お前がその気なら、いつでもオレが司令本部に──」


 必死に言葉を重ねるエミリオの声が、唐突に途切れた。彼の視線が、アトリの背後へと固定され、その顔面からサッと血の気が引いていく。


 ザッ、と地面を踏みしめる軍靴の足音が、ひとつ。

 アトリの背後で、ピタリと止まった。


「──アトリ。いくよ」


 アトリが振り返ると、そこにはいつの間にか連絡を終えて戻ってきたギルダが立っていた。


 一体どこから、どこまで聞いていたのか。それを推し量ることすら拒絶するような絶対的な冷気が、ギルダから陽炎のように立ち上っていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

物語の第一部も終盤に差し掛かってきました。

外縁の暴走ユニットの案件が、黒幕へと向かっていきます。

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