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創造のSILVER  作者: 雪野
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28.ヘルマン劇場

「ヘルマン劇場」とは?

戦況から人間関係に至るまで、あらゆる事象がオーウェン中佐の筋書き通りに進行する、歪んだ舞台ことである。

 スクラップ工場の黄色い規制線テープをくぐり抜け、ギルダはすたすたと外へ歩み出た。


 背後からエミリオたちの小競り合いが遠ざかっていく。彼女は一度だけ、アトリを残してきた後ろをちらりと気にしたが、すぐにその懸念を脳の隅へ押しやった。

 

 今は一刻を争う。


(監査執行局にすら未報告の、違法規格が存在する。それも、恐ろしく出力の強い個体が──)


 胸の奥に、鈍い警鐘が鳴る。自然と歩幅が速くなり、工場地帯の影に身を滑り込ませると、ギルダはホロパッドを展開し、まず直属の上司であるオーウェン中佐のスケジュールを確認した。


(……審問中。あと一時間以上は動けないか)


 ギルダは迷うことなく、連絡先の指先を「テオ」へと切り替えた。


 ***


 同時刻。ドーム中心部

 ──軍本部・監査執行局。


 薄暗い『中央情報処理室』の奥深くに、テオはいた。

 

 彼の周囲には、無数のウィンドウが幾重にも展開されている。テオは常人には知覚すら不可能な速度で流動するデータの濁流を、冷徹にさばき続けていた。


 今彼が処理しているのは、局の部署から「お手上げだ」と泣きつかれた、複雑極まりない暗号化が施された不正ログの追跡処理。細い指先がキーボードを叩くたび、画面上の何重ものプロテクトが音もなく霧散し、砂の城のように崩れていく。


 ピピッ、と視界の隅でホロパッドが電子音を鳴らし、ギルダからの通信を受信した。テオは首一つ動かさず、視線だけでウィンドウをアクティブにして応答する。その間も、彼の両手は秒間数百行に及ぶデータ処理を機械的に継続したままだ。


『テオ、今大丈夫?急ぎで確認してほしいことがあるんだけど』


「どうした」


監査執行局そっちのメインデータベースに、未登録の「違法規格」の情報って入ってる? かなり出力が強い個体なんだけど……今、司令本部組の3人が、外縁でそれを追って極秘に捜査してるっぽい』


──テオの指先が、ぴたりと静止した。


「それだけ規模の大きい未登録案件は、オレの網にも引っかかっていないな」


『……ベルトーネ局長って今、空いてる?』


「この時間なら局長室にいるはずだが……。直々に報告が必要なレベルか?」


『ちょっと、嫌な感じがするんだよ。司令本部が独自に動いていて、監査そっちが把握していないなんておかしい。本当はオーウェン中佐に連絡したいんだけど、審問中だし……司令本部とのパワーバランスを考えても、この情報の差は早いうちに無くしておいた方がいいと思って』


 テオは目の前で明滅していた大量の端末群を一斉にスリープモードへと移行さた。椅子から立ち上がると、肩にかかっていた長い髪を、鬱陶しそうにゴムで一括りに縛り直す。


「わかった。局長にはオレから直接、話を繋ぐ。……今掴んでいるデータだけでいい、すぐにオレの個人端末に送ってくれ」


『ありがとう、テオ。すぐ送る』


 ***


 整然とした廊下を進み、テオは監査執行局長の執務室へと向かった。歴史を感じさせる重厚な電子ロック式の扉の前で足を止め、その脇にあるインターフォンに静かに手をかける。


「テオドールです。外縁の現場より、急ぎご報告したい案件がありまして……失礼してよろしいでしょうか?」


 少しの間を置いて、部屋の奥から低く濁った声が返ってきた。


『……入れ』


 テオが静かに扉を開けて入室すると、広いデスクの奥に鎮座する二コラ・ベルトーネ局長の姿が目に飛び込んできた。彼は苦虫を噛み潰したような顔で眉間に深い皺を寄せており、手元にあったグラスの水を、喉を鳴らしてゴクゴクと一気に飲み干したところだった。


「お忙しかったでしょうか」


 テオが淡々と尋ねると、ベルトーネは辟易したように大きく手を横に振ってみせた。


「いや、違う。胃薬を流し込んでただけだ……ったく、連邦評議会からの無理難題と予算の削り合いで、年中胃に穴が空きそうだ。で、報告ってのは何だ?」


「ギルダから先ほど連絡がありまして……」


 その名が出た瞬間、ベルトーネの険しい顔が、まるで別人のようにほころんだ。


「おお!カルスタか!あいつ、元気でやってんのか?」


「はい。アトリとも上手くやっているみたいです」


 ベルトーネは満足げに頷き、「そうかそうか」と小さく笑った。しかし、テオが続けた次の一言でその表情は一変する。


「……それで本題なのですが、ギルダが今、外縁で停止した暴走ユニットの残骸を調査している最中、司令本部の精鋭(Second)たちと現場で重なったようでして」


「──ああ?」

 

 ベルトーネの目が鋭く細められた。


「ギルダの推測では、監査執行局(こちら)に未報告の『違法規格』を追っている可能性が極めて高いとのことでした。異常な高出力の戦闘型とみられる個体です……観測データはこちらに」


 彼の指先が空間を叩くと、ギルダから送られてきたばかりの外装の亀裂データ、地面の圧壊深度、そして右目の義眼が捉えた違法規格の解析コードが、青白いホログラムとなって局長室の空中に鮮やかに並び立った。


 青白い電子の光が、ベルトーネの険しい輪郭を冷たく照らし出した。


「もし、局長が把握済みでしたら……私の杞憂ですので、すぐに退室します」


 ベルトーネは視線をホログラムに固定したまま、大きく、重いため息をついた。その顔は完全に「局長」のそれに切り替わっている。


「……今から三件ばかし連絡を入れる。お前はそのまま、そこで待ってろ」


「はい」


 ベルトーネはデスクの通信端末を荒々しく叩いた。最初の標的は、暴走ユニットが現れた第六区を統括している取締部の中佐だ。呼び出し音が一度鳴るか鳴らないかのうちに、強制割り込みのホログラム通信が繋がる。


「……おう、俺だ。お前、俺になんか黙ってることあんだろ?」


 ベルトーネは挨拶も抜きに、ドスの利いた声を浴びせた。不意を突かれた相手のうろたえる様子を、獰猛な笑みを浮かべて見つめる。


「無い?本当にねえんだな?……今のうちに言っといたほうが身のためだぞ。こっちにゃあもう司令本部が必死に隠蔽しようとしてるネタが上がってんだよ」


 画面の向こうの中佐が何か言い訳をしているらしい、ベルトーネはそれを鼻で笑い、さらに畳みかける。


「ほおー、そう来たか。緘口令(かんこうれい)ねえ。お前なぁ、司令本部の動きくらい、こっちにも筒抜けなんだよ!Secondが外縁で派手に動いてて、何もねえわけねえだろ!」


 デスクをドカッと叩き、ホログラムの中佐を睨みつける。詳細を隠そうと必死に冷や汗を流している相手の顔を見て、局長はわざとらしく鼻で笑った。


「まあ、いいさ。お前が司令本部(あっち)に怯えて口を割らないって言うなら、これ以上は聞かねえ……ただなぁ、審問部のオーウェン中佐は、すでに独自に動いてこの『違法規格』の核心を掴みかけてるぞ?」


 その瞬間、部屋の隅にいたテオの眉が微かに跳ねた。


(……そんな話は聞いていない)


 ベルトーネはその変化に気づいているのか、あるいは気づいた上で楽しんでいるのか。愉快そうに、通信の向こうの中佐をさらに煽り立てた。


「あいつは今、泳がせてる尻尾をいつ踏むか、手ぐすね引いて待ってる状態だ。今回の手柄も、ぜんぶ審問部に持って行かれるだろうな……可哀想に、お前は司令本部のパシリにされた挙句、都合のいい盾にされて、オーウェン中佐にまた大きく水をあけられるわけだ。まあ、身の程をわきまえた良い判断なんじゃないか?」


 画面の向こうで必死に「それは本当ですか」と食い下がる気配を、ベルトーネは極上の冷酷さであしらった。


「本当も何も、あいつの情報の早さは知ってるだろ……もういい、話にならん。切るぞ」


 乱暴に通信を遮断したベルトーネは、余韻を一切残さず、澱みない手つきで別の通信を開いた。今度の接続先は、審問室の受付デスクだ。


「ああ、俺だ。悪いな、審問中に」


 突然の局長直々のホットラインに慌てふためく事務員の声を、ベルトーネは適当に聞き流しながら平然と続ける。


「いやいや、大した話じゃないんだけどよ。中にいるオーウェン中佐に、あと十分で今の審問を終わらせるよう伝えてもらえるか?……あ?時間が足りない?大丈夫だって!あいつなら問題ない!もし文句があるなら俺のところに直接来いって言っていいからさ。おう、頼むよ」


 ベルトーネはニヤリと笑みを浮かべ、デスクの上の胃薬のボトルに目をやった。


「──それと、取締部のブルック中佐が、今にも血管ブチ切れそうなツラしてそっちに向かってるはずだって、言っといてくれ……まあ、慣れっこだから大丈夫だろ。じゃ、よろしく」


 即座に通話を切る。

 そして息をつく暇もなく、三つ目の通信を開いた。

 声色が一瞬で変わる。さっきまでの獰猛さが嘘のように、妙に明るく軽い。


「おう、レノックス! 今、何してんだ? ……昼飯か!もう食い終わったか?……はは! うまそうだな! 俺もそれにすりゃ良かった!──ああ、それでよぉ」


 ひとしきり豪快に笑った後、声のトーンを「仕事(狩り)」のそれへと落とし込んだ。


「あと十分でオーウェン中佐の審問を切り上げさせるから、あいつを迎えに行ってくれるか?──おお、頼もしいな!よろしく頼むわ」


 通話が終了し、局長室に三度目の静寂が戻る。ベルトーネは先ほどまでの陽気な顔を瞬時に消し、ずしりと重い視線をテオへと向けた。


「……つーわけで、取締部の上層部には、ある程度司令本部(あっち)から話が行ってるらしい。緘口令を敷くってことは、ただの野良の違法規格じゃねえ……お前らがこうして生きた情報を引っ張ってきてくれたおかげで、先手を打てた。あとはオーウェン中佐が全部引っぺがして回収してくるはずだ。アッカー、お前は自分の作業に戻っていい。カルスタにも、よくやったと礼を言っといてくれ」


 テオはベルトーネの老獪な手腕をその目に焼き付け、小さく一礼した。


「はっ。失礼します」


 重厚な扉を開けて退出する瞬間。テオの視界の端で、ベルトーネが「うう……」と小さく呻きながら、再びデスクの上の胃薬のボトルへ呪わしげに手を伸ばすのが見えた。


 ***


 重厚な審問室の防音扉が開き、オーウェンが廊下へと足を踏み出した。

 

 不快感を隠そうともせず、眉間に皺を寄せたまま、ホロパッドに視線を落とす。そこにはベルトーネから送られてきた 殴り書き同然の雑なメモが表示されている。


「……人使いが荒い」


 オーウェンが眼鏡のブリッジを押し上げ、重いため息を吐き出した、まさにその瞬間だった。回廊の向こうから、激しい足音が響き渡る。


「オーウェン、貴様……っ!!」


 血相を変えて突進してきたのは、取締部を統括するブルック中佐だった。その顔は局長の目論見通り、今にも血管がはち切れんばかりに激しく脈打っている。


「何事ですか、そんなに大声を出して……ここは審問部の区域ですよ、ブルック中佐」


「とぼけるなッ! なんで毎回、取締部が命懸けで動いている仕事を、お前はそうやって横から掠め取っていくんだ!」


 行き交っていた職員たちが何事かと足を止める。 オーウェンは一瞬だけ周囲を見渡し、 その視線の動きと同時に──襟元を指先でトントンと優雅に整えた。


 そのまま、いつもの柔らかな笑みをゆっくりと貼り付ける。


「仕事を取っているつもりはありませんが……ここだと人目が多すぎます。移動しましょう」


 オーウェンは有無を言わせぬ手取りでブルックを促し、近くにある「監視カメラの設置されていない」予備の取調室へと連れ込んだ。


 ***


 防音の扉が閉まった瞬間、オーウェンは極めて事務的なトーンで問いかける。


「それで?何をそんなに怒っているんです?」

「お前……どこまで知っている……!?」

「知っているとは?」

「とぼけるなよ……!今回の、外縁の違法規格の件だ!」


 オーウェンはふっと鼻で笑い、眼鏡のレンズを指先で弾いた。


「あなたが局長にすら報告していない内容を、こちらが先に話すと思いますか?手の内を明かしたくないのは、そちらでしょう」


「いきがりやがって……!Secondどもを抱えて気が大きくなってんのか!?」


「気が大きくなっているのは、そちらでは?……随分と立派な『後ろ盾』を得て、こんな短絡的な手段に出る。いつから取締部は、司令本部の忠実な駒に成り下がったのですか」


「なんだと…!」


 激昂したブルックが、オーウェンの軍服の胸倉を乱暴に掴み上げた。


「これ以上、取締部の案件に介入してくるな……司令本部から直々に命令を受けたのは、こちらなんだ」


「隠蔽の片棒を担ぐのが、取締部の崇高な任務になったとは知りませんでしたね」


 その一言に、胸倉を掴むブルックの手がわずかに震えた。オーウェンはその反応を逃さず、冷徹極まりない瞳で、見下ろす。


「あなたは、ただ“後始末”を押し付けられているだけです。それにも気づかず、司令本部が撒いた種を、健気に回収している姿には、同情しますよ」


 ブルックの顔が真っ赤になり、怒りで震える。


「黙れッ!処分したはずの個体が、今さら生き残ってたなんて誰も思わないだろうが!!」


──その瞬間、空気が止まった。


「……はあ。やはり、そうでしたか」


 ブルックの表情が凍りつく。


「司令本部が過去に処分し損ねた『身内の不始末』……そういう訳ですね?」


「な、なにを……!お前、知ってたんじゃ……?」


「いやあ……カマをかけただけなんですがね。たまに自分の冴えが怖いですよ」


 オーウェンは胸倉を掴まれたまま、軽く肩をすくめた。


「──あ、もう結構です。お帰りいただいて」


 ブルックの怒りが爆発した。


「てめぇ……!」


 ブルックの拳がオーウェンの顔面へと叩き込まれた。鈍い衝撃音と共に眼鏡が宙を舞い、床に転がる。


「フン!これで済んで良かったと思え!」


 口元を軽く切ったオーウェンを見下ろし、ブルックは荒い息を吐きながら踵を返した。そのまま部屋の重い金属扉に手をかけ、吐き捨てるように言い放つ。


「相変わらず薄汚いやり方をしやがって……! こんなことを続けるなら、お前もいつか消されるからな!」


 その言葉を聞いた瞬間、オーウェンの顔から、先ほどまでの余裕めいた笑みが完全に消え失せた。


 怒りでも恐怖でもない。“確信”に近い、静かな色。


 扉が開いた、その刹那。


 目の前に──リアが立っていた。


 無言。


 ただ、床に転がる眼鏡と、オーウェンの口元の血を──冷たい目で捉える。


「な……」


 ブルックが恐怖に声を漏らした瞬間、リアの銀色の義手が動いた。

 凄まじい質量がブルックの顔面を鷲掴みにする。

 

 悲鳴をあげる隙すら与えず、リアはブルックの身体を、取調室の奥へと強引に押し戻した。


 扉が重々しく閉まる。


 オーウェンは床に落ちていた眼鏡を拾い上げ、胸ポケットから取り出した白いハンカチで静かにレンズを拭いてから、何事もなかったかのようにかけ直した。


「……お前『も』?」


 ブルックの顔から血の気が引く。自分が“最悪の失言”をしたことに、ようやく気づいた。オーウェンは衣服の皺を丁寧に伸ばし、冷ややかに告げる。


「一発殴らせて、さっさと帰っていただこうかと思っていたんですが…止めにします」


 リアはブルックの顔面を掴んだまま、彼を冷たいコンクリートの壁へと叩きつけるように押さえつけた。


 オーウェンは一歩ずつ逃げ場のない距離へと近づき、静かに問いかける。


「──誰が“消された”んですか?」


 ブルックの喉が、ひゅっと鳴った。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

ベルトーネ局長が初登場です。

個人的に好きなキャラです。悲しき中間管理職…


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