27.ギルダの過去
「この暴走ユニットに関する一切の調査、および機体の回収任務は、これより我々司令本部直轄部隊へと移管されます。本機はこちらで引き取りますので、直ちに業務を終了し撤収してください」
ソーンが厳然と言い放った言葉は、静まり返ったスクラップ工場へ容赦なく突き刺さった。
「なんだって……?」
「急に来てそれかよ」
一方的な要求に、周囲を取り囲んでいた外縁治安部隊の隊員たちの間に、一気に不満と動揺のざわめきが広がっていく。
「──全員、静かにしな」
ピシャリと叩き切るようなアイビーの声に、隊員たちは一瞬で口を噤む。アイビーは一歩前へ進み出ると、ソーンの眼差しを正面から見据えた。
「移管するにあたっての正式な書面は?」
ミラーナが、こめかみに軽く手を当てると、空間に軍公式のホログラムが展開され、承認文書が浮かび上がる。
「こちらです」
アイビーはそこに並ぶ文字列を厳しく確認し、やがて、小さく、重い息を吐き出した。
「……確かに」
アイビーは部下たちを振り返り、明確に通告した。
「これより、本事案に関するすべての権限を司令本部へ委任する。──全員、撤収だ」
隊員たちが一斉に動き始め、現場の機材を取り外しにかかる。アイビーはその様子を見届けながら、ふと、ユニットの前に佇んでいるアトリへと視線を落とした。
「アトリは、どうするんだい?ログと写真の持ち帰りを頼まれていたんだろう」
「ぼくは……自分の仕事を最後までやってから、ギルダに直接確認を取ります。大丈夫ですから、アイビーさんたちは先に戻っていてください」
「……そうか、分かった。無理はするんじゃないよ」
アイビーは深く頷くと、最後にソーンたちをもう一度だけ油断なく見据え、部下を引き連れてスクラップ工場を後にした。
治安部隊の車両のエンジン音が遠ざかり、広場には冷たい風の音だけが残される。
アトリが小さく息を吸い込んだ、その時だった。
「──あれ?そこで縮こまってるのって、アトリじゃん!?」
突然響いた明るい声に、アトリの肩がギクッと跳ね上がった。声の主へ視線を向けると、ソーンとエミリオも同時にアトリの存在に気づき、わずかに目を見開いた。
「えっ、アトリ!?」
驚きを隠せないエミリオをよそに、ミラーナの細い目が親しげにしなる。
「奇遇だねえ!ひとりでこんなところで何やってんの?」
コートの裾を揺らしながら、楽し気に駆け寄ってくる。ついさっきまで外縁部隊を威圧していた人物と同一機とは思えないほどの無邪気さだった。
アトリは慌てて両手をアワアワと振った。
「ちょっ……と、待って!」
ヘリクス社での騒動もあり、アトリの中に、彼らへの本能的な警戒心が沸き上がっていた。
「あの……ギルダにいったん、今の状況を連絡するから」
あからさまに距離を置こうとするアトリの態度に、ミラーナは口角を上げ、後ろを振り返る。
「だって、ソーン。どうする?」
ソーンは表情を変えないまま、「どうぞ」と促すように、静かに肩をすくめてみせた。
アトリはすぐに通信を起動し、ギルダへと回線を繋いだ。鳴り切るよりも早く、待っていたかのような速度で繋がる。
『──何かあった?』
「今、現場のスクラップ工場にいるんだけど……司令本部の三人が来てる」
アトリが状況を伝えると、通信の向こうで僅かな沈黙が流れた。
『……スピーカーにしてもらえる?』
アトリは音声をスピーカーへと切り替えた。
『現場に来るとは聞いてないんだけど、どういうつもり?』
スピーカー越しに突き刺さるギルダの冷徹な問い。それに対し、ソーンは淡々と応じた。
「今回の暴走ユニットに関しては、軍上層部の判断により司令本部直轄部隊へと権限が移管された。これは決定事項だ。アトリも下がらせてくれ」
『司令本部から監査執行局へ正式な通達を通してもらえないと、現場を引き渡すわけにはいかない。それが筋でしょ』
その瞬間、エミリオが舌打ちした。ソーンが横目で鋭く睨み、何か言いたげなエミリオを黙らせる。
「……ミラーナ、ヘッセン大佐に確認を取ってくれ」
「了解」
ミラーナがホロパッドを展開し、音声のみの通信を繋ぐ。
「──ミラーナです。現場に到着しましたが……ギルダとバッティングしました。監査執行局への通達を要求していますが、どう処理しますか? ……ええ。はい、了解しました」
短いやり取りのあと、ミラーナは通信を切ると、ひらひらと手を振って笑った。
「そっちも、そのまま並行して調べていいってさ」
通信の向こうで、ギルダが小さく息を吸い込む気配がした。
『……わかった。私もすぐ合流する。それまで、アトリに余計な真似はしないで』
通話が切れると、ソーンはアトリへ向き直り、 淡々と告げた。
「そういう訳だ。オレたちはそれぞれの仕事をしよう」
「……うん」
アトリは短く生返事をした。
そのままソーンの背後に立つエミリオへ、ほんの少しだけ“嫌悪”が混じった視線を向ける。
〈──お前、そんなにギルに洗脳されちゃってるわけ?
昔のことも全部忘れて、マヌケな飼い犬になっちまったのかよ!〉
ヘリクス社でギルダを力ずくで組み伏せ、あざ笑うように言われた言葉が、 耳の奥で生々しく蘇る。
アトリの視線に宿った微かな敵意を、見逃さないのがミラーナだった。彼女は面白そうに口角を釣り上げると、隣にいるエミリオの肩を肘で小突いた。
「ほら、エミリオ。アトリになんか言うことあんじゃないの?」
「……あー……」
エミリオは酷く決まずそうに視線を彷徨わせ、ガリガリと乱暴に頭を掻いた。やがて、覚悟を決めたように視線を落とし、ばつの悪そうな顔でアトリを見た。
「その……アトリ。この前は……悪かったよ。お前のこと、飼い犬なんて言って……」
「へ……?」
唐突な謝罪に、アトリは目をパチクリとさせた。まさか謝られるとは思っていなかったのだ。
「正確には『マヌケな』飼い犬、だぞ」
「ギルに洗脳されてる、とも言ってたよね」
ソーンとミラーナが容赦なく言葉を重ねる。
「ああああああ!わかってるって!もう言うな!」
エミリオは叫び、観念したようにアトリの目を真っ直ぐに見据えた。
「アトリ、ごめん! ……オレさ、その……昔は、お前とは仲良くやってたつもり、だったから。それなのに、あんなに必死にギルを庇うのかよって思ったら……つい、頭に血が上って、最低なことを言った……悪かった」
「何それ、嫉妬だったってこと? ダッサ!!」
ミラーナの容赦ないツッコミに、エミリオは目に見えてがっくりと肩を落とした。 その惨めな様子を見ても、アトリの表情は晴れない。
「……ぼくは、何を言われても別に気にしてないけど。でも、ギルダに乱暴したのは……嫌だった」
エミリオは雷に打たれたような顔をした。
「そっ…それは仕方ねえだろ!オレは、相手が動く前に制圧するのが役割なんだ。お前だって、あの時のあいつの殺気、感じたろ!?なんかあってから止めてたんじゃ……遅いんだよ!」
身振り手振りで弁明するエミリオの必死さに、アトリは少しだけ毒気を抜かれた。単に乱暴がしたいわけではなく、彼なりの「正解」を求めて必死に動いた結果なのだと、その焦燥から伝わってきたからだ。
「まあ、確かにそういう面はあるな」
ソーンが、どこか庇うような口調で割って入った。
「その特性のせいか知らんが、こいつは昔から考えなしに突っ込む癖がある。青臭い正義感がまだ残ってる、オレたちの中じゃ希少な存在だ。『許してくれ』とは言ないが……少しだけ事情を酌んでやってもらえると、助かる」
「あの後、すっごい落ち込んで、フォローするの大変だったの」
ミラーナが肩をすくめて追撃すると、エミリオは褐色の肌を赤くして項垂れた。その姿があまりに不器用で、アトリは心のガードをほんの少しだけ下ろした。
「わかった…こっちも、忘れちゃっててごめん。いろいろ教えてもらえると、ぼくも助かる…」
「……はあ。アトリの方が、よっぽど大人だわ。ねえ、ソーン?」
ミラーナの呆れ顔に、ソーンは否定することなく、ただ静かに口を開く。
「アトリ……謝るな。忘れたくて忘れたわけじゃないだろ」
ソーンは、アトリの謝罪をいなすように短く言った。
「オレたちのことも、そのうち嫌でも思い出すさ……エミリオのアホさ加減も、ミラーナの性格の悪さも、全部な」
「ちょっと!さらっとあたしのことディスった!?」
「事実だろ……行くぞ、仕事だ」
ソーンがそう言うと、 三人はそれぞれの持ち場へ散っていった。
写真を撮る者、ログを抽出する者。冷たい風が吹き抜ける中、 四人の距離は、ほんの少しだけ近づいていた。
***
作業が始まってみると、司令本部のSecondたちは、意外とおしゃべりだった。といっても、口を動かしているのはミラーナとエミリオの二人だけで、ソーンだけが、周囲の音をシャットアウトするように黙々とデバイスに向き合っている。
エミリオは、先ほどの謝罪で少しだけ憑き物が落ちたのか、アトリの隣で作業を進めながら、ちらちらと視線を送って話しかけてきた。話題は、監査執行局にいるかつての仲間たちのことだった。
「──リアは、本気出せば超強いんだぞ、ホントは! なのにいっつもヘラヘラ、戦いやがって……見てて腹立つんだよ!」
エミリオは不機嫌そうに吐き捨てると、手にしたホロカメラのシャッターを、八つ当たり気味に乱暴に押し込んだ。フラッシュの白い光が、焦げ付いた暴走ユニットの外装を無機質に照らし出す。
数歩離れた場所で右腕に着けたN-Linkを操作し、ユニットの残存ログを吸い上げていたミラーナが、画面を見つめたままクスクスと笑い声をあげた。
「リアとタイマン張って一度も勝てたことがないから、悔しくて仕方ないってことね」
「うっせーな! 余計な補足すんじゃねえよ!」
「でも、確かにリアはすっごい強いよね」
アトリが素直に同意すると、エミリオは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してきた。
「だろ!? 腕っぷしだけが取り柄みたいな野郎が、なんで『監査執行局』で書類仕事メインの生活なんてしてんだよ、バカだろ! 現場の損失だっつーの」
エミリオの声は、次第に熱を帯びていった。
彼にとって、Secondとしての価値は「戦場での有用性」に直結している。だからこそ、最強の駒たちが前線から遠ざけられている現状が、理屈抜きに我慢ならないのだ。
「ギルが敵の動きを先読みして、テオが戦場全体の情報を束ねてオレに流す。オレはその瞬間に仕留める。その速攻トリオで何回も戦場に行った。……負け無しだったんだぜ、オレたちは。なのに今じゃテオは監査のサーバーに引きこもってデータ処理、ギルに至っては外縁で何してんだか知らねえし。こっちがどんだけ人手不足で泥啜ってるか、分かってねえんだよあいつら」
エミリオの手元を見つめながら、アトリはふと、心に浮かんだ素朴な疑問を口にした。
「……エミリオは、またみんなと一緒に戦いたいの?」
一瞬、静寂が訪れる。
ミラーナとソーンが、同時にふっと笑いを漏らした。一方のエミリオは言葉を失い、じっとアトリの顔を見つめる。そして、誤魔化すようにアトリの頬を指先でぐにっとつねりあげた。
「い、いひゃいよ(痛いよ)……!」
「生意気言ってんじゃねえぞ……! 効率の話をしてんだ、効率の!」
真っ赤になった顔を背け、エミリオはようやくアトリの頬から手を離した。記録写真を撮り終えた彼は、アトリに突きつけるように、あるいは自分自身を厳しく律するように、声を一段と低くした。
「オレたちの後ろには……守んなきゃいけない連邦の人間が、ずらっと並んでんだ。だからオレたちは戦い続けて、『代替不能な存在』にならなきゃいけないんだよ。……お前だってSecondだ、そのことだけは絶対に忘れんな!」
熱弁を振るい、一気にまくしたててから、エミリオはふっと視線を落とし、自嘲気味に笑った。
「ま、もうギルと一緒に戦うのはごめんだけどな…あいつ、いっつも、何考えてんだか分かんねえし。あの時だって──」
「──エミリオ。そんなに積もる話があるなら、カフェでも行って来たらどうだ?」
ソーンがモニターから目を離さず、遮るように声を投げた。
エミリオは一瞬だけ口を真一文字に結んだが、すぐ噛み付くように言い返した。
「ソーン、オレにそういう高度な皮肉は通じないから!だったらマジで行くぞ!? アトリを連れて本当にサボりに行くからな!いいんだな!?」
「何だそれ、どういう脅しだ?」
ソーンは呆れ果てたように、けれど視線だけは僅かに和らげて鼻で笑った。
その時だった。
冷たい風を切り裂くように、 規制線の向こうから軽い足音が近づいてくる。
「……ホントにいるんだ。何で?そんな重要な案件なわけ?これって」
ギルダだった。
白い息を吐きながら、彼女はSecondの三人を見渡し、眉をひそめた。
アトリはぱっと顔を上げ、 ギルダのもとへ駆け寄る。
「ギルダ!」
ギルダはアトリを見ると、ふっと表情を緩めた。
「アトリ、昼ごはん用意してくれてありがと。ちゃんと食べたよ」
「カレーは届いた?」
「うん、ブルーからもらった」
「……冷蔵庫に入れた?」
ギルダの目が一瞬泳ぐ。
「あ……テーブルに置いてきた……」
「ええっ!? 傷んじゃうよ!」
「寒いから、ちょっとくらい大丈夫でしょ」
「ダメだこりゃ……」
アトリは額を押さえ、 すぐにブルーへ通信を飛ばした。
「あ、ブルー? ごめん、今いいかな? テーブルの上に置いてあるカレーのタッパーなんだけどさ。それを今すぐ冷蔵庫に──」
アトリが事後処理をこなしているのを横目に、ギルダは再び視線を鋭く尖らせ、ソーンへと歩み寄った。
「で、話を戻すけど。これ、そんなに重要な案件なの? 司令本部の意図が見えなくて不気味なんだけど。監査執行局にまともな事前通達を寄こさなかったのも、よく分からないし」
ソーンはホロパッドを閉じてギルダを見据えた。
「最近の暴走ユニットの増加に伴って、司令本部の技術班でもサンプルを直接調べろという通達が出た。特に、ユニットの暴走挙動の原因が不明なうちは、現場で何が起きるか分からない。だから保険としてオレたちが派遣された、というだけの話だ……それ以上の政治的な意図ついては、オレたちも知らん」
ギルダはじっとソーンを見つめ、 「ふーん」と短く返した。
その声には、 完全には納得していないが、今は飲み込む という微妙な温度があった。
ミラーナが腕に着けたN-Linkから視線を上げる。
「こっちはログの抽出、大体終わったよ。ソーン、この暴走ユニット、もう回収用のコンテナに移しちゃっていい?」
「少し待って」
ギルダが制止の声をかける。彼女は倒れたユニットの前に立つと、前髪をかき上げ、右目の銀色の義眼を駆動させた。レンズの絞りが高速で回転し、彼女の視界に無数の解析コードと熱源データが重なり合う。
《構造解析:外装亀裂──外部物理衝撃による構造崩壊》
《残存波形:超高出力高周波充填痕──戦闘型A.I./高出力サイボーグ型攻撃コード検出》
さらに、ギルダはえぐれた地面に目を向けた。これはこのユニットが自重で暴れてできたものではない。もっと強大な、高出力の何かが、このユニットをここで強引に「制圧」した爪痕──
ギルダは表情を変えず、 解析データをそっと自分の端末へ保存した。
「はい、もう回収していいよ」
ギルダは何事もなかったかのように視線を戻す。だが、その一連の『値踏みするような目つき』と不遜な態度が、エミリオの神経を逆撫でした。
「おいギル、テメェさっきから何なんだよ?人の仕事をいちいち止めて、何を探ってんだ」
「仕事の手順を踏んでいるだけ。私は監査執行局だから。不審な現場を精査するのは当然の義務でしょ」
「綺麗事言ってんじゃねえよ。ハナからオレたちのやってることが信用できねえだけだろ!」
つっかかるエミリオに対し、ギルダはわずらわしそうに銀色の義眼をちらりと流すと、そのまま完全に背を向けた。
「はいはい……ちょっと私、局へ報告の通信を入れてくる。アトリ、悪いけど地面に残ってるあの溝の写真だけ、追加で撮っておいて」
「あ、うん。わかった」
アトリの素直な返事を聞き届け、ギルダはすたすたとその場を離れていく。
エミリオは拳を固く握りしめ、去っていくその背中を忌々しそうに睨みつけていた。
「……アトリ。お前、あんな奴と本当にうまくやれてんのか?」
背後からかけられた、エミリオの押し殺したような声。アトリは手を止め、少し困ったように視線を揺らした。
「うん。ぼくは、うまくやれてるって思ってるけど……」
「あいつ……お前に自分のこと、何も話してないだろ」
数歩離れた場所でN-Linkを操作していたミラーナが、その危険な兆候を瞬時に察知して鋭く声を飛ばした。
「ちょっとエミリオ、仕事に集中して」
しかし、一度火がついた激情は、もう誰にも止められなかった。
「あいつはな、Secondの中でも頭一つ抜けた化け物なんだよ。なんでこんな外縁にいるか。お前だって、おかしいと思ってんだろ?」
すぐ隣で無言を貫いていたソーンの眉が、これまでにないほど深く寄せられた。一歩で距離を詰めると、エミリオの肩を強引に掴み取る。
「──やめろ、お前が言う話じゃない」
「じゃあ誰が言うんだよ、このまま黙ってりゃすむと思ってんのか」
エミリオはソーンの手を荒っぽく振り払い、吐き捨てるように言ってアトリを真っ直ぐに見据えた。
アトリの胸の奥が、冷たい風に煽られるように激しくざわつき始める。
「……どういうこと?」
アトリの無垢な瞳を見つめ返し、エミリオは残酷な真実を容赦なく突きつけた。
「ギルは4年前──復元局のラボを丸ごと一つ潰して、中にいた職員を……片っ端から皆殺しにしたんだ」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ギルダの過去が良くない形で明らかになってしまいました。
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