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創造のSILVER  作者: 雪野
Atri Boot Sequence
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2.銀色の眼

 雪を踏む音はしなかった。

 足裏のセンサーが「冷たい」という乾燥したデータだけを淡々と脳に送り続けてくる。


 夜の空気は凍りつくほど静かで、降り続ける雪が世界の音をすべて吸い込んでいた。背後には巨大なドームが闇の中に浮かび、透明な外壁の向こうで街の光がぼんやり滲んでいる。


 街灯の白い光が一定の間隔で雪を照らし、細い光の帯を作っていた。その帯を辿るように、ぼくはただ走る。


「……こっちであってる?」


 返事はない。

 さっきまで頭の中で喋っていた“声”が、嘘みたいに静まり返っている。


(……なんで黙るんだよ)


 雪の降る音のない世界に、ぼくの足跡が点々と続いた。


***


 街灯に沿って走っていると、白い闇の向こうに街の光が滲んで見えた。

 胸の奥がふっと緩む。


 だが、その安堵はすぐに砕けた。


 空気がわずかに震え、肌の表面にじわりと嫌な気配がまとわりつく。囲まれている――そう、本能が警告していた。


 周囲は形を失った廃墟ばかりだ。足元の雪は妙に不自然なほど平らで、ついさっきまで大型車両が通過したかのような太い帯状の跡が延々と続いている。


 先へ向かって歩き出そうとした瞬間、雪の中で影が動いた。


「──違法規格だ!いたぞ、あそこだ!」


 白い防寒装備の一団が雪の向こうから現れた。その中心には、隙のない動きで周囲を制する女性。その傍らでは、鋭い眼光で銃を構える青年がこちらを凝視している。


「止まれ!そこ、動くな!」


 その鋭い制止の声を聞いた瞬間、胸の奥で何かがざらりと逆立った。


 まただ。

 また、ぼくを捕まえようとしている。

 逃げなきゃ。逃げなきゃ──!


 一団を率いていると思われる女性が、前へ一歩踏み出し、声を張り上げた。


「落ち着け。お前を破壊する気はない!」


 低く、抑えた声。

 説得しようとしているのは分かった。

 けれど、その声の響きさえも、今のぼくには胸を深く突き刺す刃でしかなかった。


 嫌だ。

 近づかれたくない。


 気づいたときには、僕は大きく後ろへ跳んでいた。雪を激しく蹴り、街の灯を目指して、弾かれたように走り出す。


「曹長!逃げます!」

「制圧射撃に移行。止めろ!」


 背後で青白い閃光が走り、直後、右肩に焼けるような衝撃が突き刺さった。暴力的な電流が身体を駆け抜け、一瞬だけ四肢が硬直する。だが、直後に僕の身体は「異物」を排除するように勝手に再起動し、建物の影へと飛び込んでいた。


「なんで……!?直撃したのに!」

「街側を塞げ!各班、持ち場へ散開!」


 白い影たちが、雪の中で一斉に動き出す。地形を熟知した動きだ。


 だが、僕の体は止まらない。

 跳ぶ、蹴る、滑る。

 神経回路が勝手に最適解を弾き出していく。


 視界が開け、広い舗装路に飛び出した。


 ──そのとき。


 雪に覆われた道の真ん中に、ただ一人、こちらへ向かって歩いてくる影があった。白い防寒着のフードを深くかぶった細い影。


 左目は、透き通るような淡い青。そして、右目は──虹彩の代わりに薄い銀色の金属板が静かに回転し、その中心で赤い光が心臓の鼓動のように脈打っている。その赤い光が、雪の白さの中で異様なほど鮮やかだった。


 次の瞬間、その銀色の眼がまっすぐ僕を射抜いた。


「うッ……!!」


 身体が、内部からロックされたように硬直した。先ほど撃たれた銃と違い、抗えない。内部の金属がひとりでに噛み合うように、ギギ、と軋む。


 動こうとしても、動き出す直前で固まる。まるで僕の“動きのリズム”を先回りして止められているような感覚だった。


「──あれ、こっちは効くんだ?制御阻害銃(インヒビター)無効の個体なんて、久しぶりに見た」


 フードの奥から、落ち着いた声が漏れた。その声音で、ようやく“女性”だと分かった。


 硬直が解けた一瞬の隙をつき、彼女が銃を構える。乾いた発射音と同時に、僕の左手に重い衝撃が走った。何かが生き物のように巻き付き、僕の身体を凍った地面へと引きずり落とす。


「──っ!?」


 反射的に、足元にあった石をつかんで投げつけた。狙いは正確だったはずなのに、その女はまるで予測していたかのように軽く身をずらし、石は空を切って雪の上に転がった。


 右眼が、雪の中で静かに、不気味に光っていた。女は、ぼくの目の前まで来ると、フードに手をかけた。短い銀髪がこぼれ落ち、街灯の光を受けて淡く揺れている。


 地面に膝をついた、ぼくの頭の中に、突然、あの声が響いた。



≪──ギルダ≫



「ギ、ルダ……?」


 思わず口に出たその名前に、女の動きが止まった。右眼がわずかに光を強め、その奥で“何か”が走った気配がした。


 右眼の内部で、微細な回路が一瞬だけ高速に点滅する。視界の奥に、光の層が重なるように揺らぎ、そこに“情報”が流れ込んでいくのが、分かるほどだった。


 彼女の唇が、迷うように、かすかに震えた。


「──アトリ?」


 その名前を言われた瞬間、こめかみの奥を針で突かれたみたいに痛みが走った。息が止まる。視界が揺れる。痛みに耐えて顔を上げると、銀髪の女──ギルダは、ほんの少しだけ目を細めていた。


「……なるほどね。司令本部が情報を渋る理由がわかった」


 吐き出す息が白く揺れる。ため息というより、状況を整理したあとの静かな納得に近い。


 背後で、雪を力任せに踏み締める音が近づいてくる。 複数の足音。先ほどまで僕を追い詰めていた兵士たちが、包囲網を狭めるように集結しつつあった。


 ギルダは、ぼくから視線を逸らさないまま、背後の影たちへ短く言い放つ。


「アイビーさん、この子に制御阻害銃(インヒビター)は効かない」


「は……それって、どういう——」


「アンドロイドじゃない、この子は人間」


 その声音には、迷いも動揺もなかった。ただ事実を確認し、次の手順を指示する者の声だった。


「…ぼく……、人間……?」


 胸の奥がざわついた。ギルダは、ぼくの動揺に気づいたのか、ゆっくりとしゃがみ込み、同じ高さで視線を合わせてきた。


「ギルダ、あんまり近づいたら危ないよ」


 後ろから制止の声が飛ぶ。

 だがギルダは一切振り返らず、僕の目をまっすぐ見つめた。


「アトリ…どうしてここに?何があったの?」


「…アトリって……ぼ、く……?」


 ギルダは、はっとした顔をする。右目の金属板が、静かに回転を始める。赤い光が脈打つように明滅し、その奥で“何か”が読み取られていくのが分かった。


 TARGET ANALYSIS : AT02 《ATRI》

 照合結果 : 一致

 義体率 : 92%

 【生体反応:異常兆候】

 ▸脳波振幅:急低下傾向

 ▸自律神経反応:不安定

 ▸サイバーニューロン同期:乱調


「アトリ……記憶が……というか、体調悪い?大丈夫……?」


「え……?」


 こめかみの内側が熱を帯び、世界が傾く。


「……痛っ」


 痛みが爆ぜ、息が詰まる。

 膝が抜け、体が前へ倒れ込む。

 暗転する直前、手を伸ばそうとするギルダの、切なげな顔が網膜に焼き付いた。


 「アトリ──」


 意識が闇に沈んだ。



***



 低い機械音が、遠くで波のように揺れている。目を開けると、ぼやけた天井が震えるように見えた。視線の端で、何かが動く気配がする。


『——おはようございます』


 視界が鮮明さを取り戻したとき、視界を占拠していたのは、丸っこいフォルムをした一台のロボットだった。 大きな青い光の二つの眼が、こちらを覗き込むようにして、ゆっくりと瞬きを繰り返している。


 アトリは弾かれたように、シーツの上で肩を跳ねさせた。


「っ……!」


 その動きに気づいた青年が、慌ててベッドに駆け寄ってくる。白い防寒ジャケットのフードが揺れ、息を少し切らしながら身を乗り出した。短く切りそろえられた明るい茶色の髪をヘアバンドで無造作に押さえた、親しみやすそうな風貌。だが、その緑の瞳は隠しきれない不安で揺れていた。


「起きた?気分はどう?気持ち悪かったり、頭痛は?急に意識を失ったから心配した」


 喉が乾いて、声がうまく出ない。

 それでも、肺に残ったわずかな空気をかき集めて言葉を押し出す。


「……だい、じょうぶ……」


 その微かな声に反応するように、ロボットの青い眼が淡く光り、胸部のセンサーが薄く展開する。


『体温——低。

発汗——なし。

心拍——不明瞭。

呼吸——擬似』


 まるで機械の点検報告みたいな調子だ。青年がロボットの表示を覗き込みながら言う。


「えっと……まあ、大きな異常はない……ってことかな、多分。うん、よかったよかった」


 青年は胸をなでおろし、続けて説明する。


「こいつはブルー。医療補助もできる統合支援ユニット。で、俺はファンって言うんだ。君に制御阻害銃(インヒビター)当てちゃったのも俺……ごめん」


 ファンの声は申し訳なさと安堵が混じっていて、アトリの緊張をほんの少しだけ溶かした。衝撃を受けたはずの右腕をゆっくりと回してみる。痛みはない。金属の軋みも、違和感もない。大丈夫だと、アトリは小さく首を振った。


 視線を動かし、薄い光の差し込む天井を見上げながら、かすれた声で尋ねた。


「ここ……どこ……?」


 ファンは「ああ」と短く頷き、少しだけ表情を和らげた。


「ここは、外縁にある第47基地だよ。君が倒れたから、一旦ここに運んできたんだ。……ちょっと待ってて、起きたって報告してくる。あ、水が飲みたかったらそこにあるから」


 扉が閉まると、静けさが戻る。

 残されたのは、アトリと、青い眼のロボット——ブルーだけ。


 外縁……基地……制御阻害銃(インヒビター)……

 初めて聞く言葉が、頭の中でゆっくりと沈んでいく。


 アトリは小さくため息をつき、乾いた喉を確かめるようにベットの横のボトルへ手を伸ばした。金属の指先がプラスチックに触れた瞬間、冷たさだけが妙に鮮明に伝わる。


 ――アンドロイドじゃない、この子は人間だ。


 意識を失う前、ギルダの声が、記憶の底から浮かび上がる。喉の渇きと一緒に、説明のつかない違和感を残した。


「機械なのに……なんで喉が渇くんだろう……」


 独り言のつもりだったが、ブルーの青い眼が一段階だけ明るくなる。


『生体脳を保持しているため、脳機能維持に必要な水分要求が残存しています。義体率が高くても、渇きの感覚は消失しません』


 無機質な説明が淡々と響く。アトリはボトルを握ったまま、ぽかんとブルーを見つめた。


「え……ああ、そうなんだ」


 自分でも間の抜けた返事だと思う。すると、青い眼がふっと細くなり、まるでウインクのように片方だけ明滅した。

挿絵(By みてみん)

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


2話目はアトリとギルダの再会?についてのエピソードでした。

次回は、この世界にある「創造規制法」という法律の紹介パートです。

説明がめんどくさい方は4話目からお楽しみください。


※ギルダのイメージイラストをのっけました。

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