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創造のSILVER  作者: 雪野
Atri Boot Sequence
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2/72

1.アトリ再起動

本文中のなんちゃってコードはAIに制作を手伝ってもらっています。

プログラミングはまったくの素人なので、専門的な正確さよりも雰囲気と物語性を重視しています。

細部はフィクションとして、楽しんでいただければ嬉しいです。

 最初に、光があった。


 暗闇を刃物のように裂く、ひとつだけの白い光。 天井から真っすぐに落ちてくるその光は、 地下の冷気を押し返すように微かに唸り、照らされた範囲だけを“世界”として切り取っていた。


 視界は(にじ)み、輪郭(りんかく)が溶けていく。

 まばたきをしようとして──その方法が思い出せない。代わりに、頭上から声が降ってきた。


≪──起きて≫


 それは“聞こえた”というより、脳の内側に冷たい指先を差し込まれたように、思考の中枢(ちゅうすう)へ直接触れてきた。


 性別も年齢も分からない。人間の声にあるはずの“温度”だけを完全に削ぎ落とし、電子のざらつきと、機械が吐くような微かな呼気だけが残っている。


≪まず、目を閉じて──ゆっくり、開けて≫


 指示に従うと、混濁(こんだく)していた映像が急激に安定した。冷たい強化ガラス越しに見える天井が、鋭い輪郭を取り戻していく。


 ──どうやら、ぼくは透明な棺桶(かんおけ)のようなものに横たわっているらしい。


 そのとき、ガラスの表面に淡い電子光がにじみ、幾何学的な文字列が浮かび上がった。


【ATRI FINCH -AT02 / STATUS: REBOOT — 37%】


 無機質な文字の羅列。それは、まるでぼくという存在の履歴を、最低限のラベルとして貼り付けたかのようだった。


(ここは……)


≪──ここは、軍の地下研究施設≫


 声が、問いより先に答えを落とす。


(……軍?)


 その言葉の意味は理解できる。だが、自分の記憶のどこを探しても、その単語と結びつく風景が見当たらない。名前も、目的も、自分がなぜこの冷たい棺の中にいるのかさえ――空白だ。


 カプセルのガラスに浮かぶ表示が、 微かな電子音とともに書き換わる。


【ATRI FINCH-AT02 / STATUS: REBOOT — 82%】

【…… 96%】

【…… 99%】


 数字が上がるたび、胸の奥で何かが“接続されていく”感覚が走る。


【100%】


 そして、身体は動いた。


 ここから出ようと、カプセルの内壁に両手を押し当てる。

 天井からの光を反射したその手は、銀色の金属を極限まで磨き上げたような、硬質の光沢を放っていた。指の関節には、髪の毛ほどの細い機械的な継ぎ目が走り、動かすたびに精密な歯車が噛み合うような感触が伝わってくる。人間の皮膚にあるはずの“柔らかさ”も“温度”もなく、触れた感触だけが冷たく乾いている。


 “作り物”の質感だ。喉の奥が震える。


(……自分は、何だ……?)


 記憶は真っ白な空白のままなのに、心のどこかで「この場所を知っている」という直感が疼く。知っているのに、決して思い出したくない。思い出せないのに、ただひたすらに、怖い。


 背骨の芯がざわりと逆立つ。ここは違う。ここは、ぼくがいていい場所じゃない。その強烈な嫌悪だけが、唯一確かな「自己」として胸に残った。


≪──ここから出よう≫


 声に言われるままに、ガラス蓋に片手を押し当て、力を込める。バキ、と乾いた音がしてロックがひしゃげた。


 上体を起こし、冷え切った床へ足を下ろす。足裏が触れた瞬間、床の材質、温度、わずかな振動までもが“読み取れて”しまう。どうやら自分の足も手と同じ素材で作られているようだった。


 カプセルから這い出し、ふらつく足取りで部屋を見渡す。無機質な壁、沈黙したままの観測機器、そして――部屋の隅に、一枚の分厚い扉。


(……出口?)


 近づこうとした瞬間、頭の奥で声が弾けた。


≪──今、開けるね≫


「え、ちょっ──」


 久しぶりに出したと思われる声は掠れ、言い終わる前に、扉が“勝手に”スライドした。その直後、けたたましい電子音が鼓膜を突き刺す。


<ALERT:無許可開放を検知。警備プロトコル起動>


 天井のスピーカーから放たれた無機質な声が、 冷えた通路に反響して、皮膚の表面をざらりと撫でていく。


「……え、え? 何これ、どういうこと……」


≪──逃げよう≫


 返事を待つ間もなく、頭の声は次の指示を落としてくる。


≪──ほらダッシュ、あと三分で人が来るよ≫


 気がつけば、ぼくは走り出していた。


 部屋を飛び出し、未知の通路へと滑り込む。

 地下通路は驚くほど広く、天井には無数の配管と黒いケーブルが血管のように這い、一定間隔で配置された白い照明が床に長い影を落としている。通路の先は深い闇に消え、まるで巨大な怪物の喉奥へと続くトンネルのようだった。


 身体が、恐ろしく軽い。 自分でも驚くほどのスピードを出しているのに、息が切れる気配すらなく、むしろ走れば走るほど各部の駆動系が最適化され、滑らかになっていく。


 しばらく走り続け、角を曲がった瞬間、黒い影が二つ、通路へ滑り出た。


「おい、止まれ!」


 黒い服装の男が二人。腰丈のショートジャケット、胸元には薄い装甲パネル。見たことがある気がする──


(……知ってる。これ、軍服だ──)


 思考より早く、二人は携帯していたライフルを構えた。マットブラックの外装が光を吸い込み、銃口だけが冷たく光る。


(やば──)


≪──左手、使って≫


「は?」


 次の瞬間、頭にイメージが流れ込んだ。それに引っ張られるように、左手が勝手に変わり始める。


 銀色の指が、ひとつずつ滑るように折り畳まれ、 関節が静かに組み替わる。指先は細く尖り、短い刃のような形へと収束した。目の前の兵士たちが驚愕した表情を浮かべる。


「……な、手が変形した…?」

「義手の規格じゃない。変形機構なんて──」


 一人が半歩後退し、もう一人が即座に踏み込む。後退した方の兵士が、肩の通信機に向かって叫び声を上げた。


「本部へ通達!違法規格の可能性あり!識別コード送信、至急応援を要請する!」


≪──カメラの死角に入って。そこから右。跳んで≫


 身体が、命令より早く動いた。

 壁際へ滑り込む。照明の死角──光が届かず、監視カメラの視野が途切れる“影の帯”に身を沈める。兵士の視線が外れた瞬間、床を蹴った。


 それは跳躍というより“射出(しゃしゅつ)”に近かった。

 天井付近の配管に、刃と化した左手を深く突き立てる。金属同士が激しく噛み合う衝撃が肘まで響いたが、構わずその勢いを利用して、上段のメンテナンス用通路へと身体を引き上げた。


「飛んだ!?何だあいつは──!」


 下から響く驚愕の声が、瞬く間に遠ざかっていく。 着地の衝撃は無い。走りながら、ぼくは自分の左手を、信じられない思いで見つめた。 そこにはまだ、鈍く光る金属の刃が冷たく突き出している。


「これ……ちゃんと、元に戻るんだよね?」


≪──大丈夫。今は逃げて≫


 頭の声は落ち着きすぎていて、逆に腹が立つほどだった。


 通路の薄暗い壁に、非常灯の赤い光が反射して揺れていた。

 その揺れの中に、ふと“自分の影”が映る。


 足が止まった。


 壁に映ったのは、赤毛の少年だった。長らく手入れをされていないのか、毛先は四方へ無秩序に散り、赤銅色(しゃくどういろ)の髪筋は光の角度によって金色に近い輝きを見せている。


 白い簡素な服の袖口から覗く腕は、その袖口から覗く腕は、白銀の光沢を放っていた。足首まで覆うパンツの裾から覗く足も、同様だ。


 そこにあるのは肌の色ではない。血の通った温もりも、産毛の一本すらもない。ただ、精緻せいちに研磨された金属の四肢が、そこにある。


「……これ、ぼく?」


 声に出した瞬間、壁の中の少年も同じように口を動かす。

 赤い非常灯がまた明滅し、影が一瞬だけ歪む。

 その歪みの中で、左手の金属の刃が赤く光った。


(……ぼくは、人間なのか?)


 背後の通路から、幾重にも重なる軍靴の足音が響いてきた。


≪──止まらないで。まだ来るよ≫


 頭の声が冷たく降りてきて、思考の糸を強引に断ち切る。 反射的に走り出すと、壁に映った「少年」は、遅れてついてくる亡霊のように激しく揺れた。


「ねえ、何なの?全然わからないんだけど!ぼくは何?何で逃げてるの?…っていうか、君は誰なの?」


≪──質問が多いね。走りながら話すの、得意じゃないんだ≫


「走ってるのは、ぼくだろ!」


 通路の奥からは、金属同士がぶつかり合う音と、急き立てるような足音が地鳴りのように重なって聞こえてくる。さっきの兵士たちが連絡を入れたのだろう。地下全体がこちらの位置を把握しているような騒がしさに変わっていた。


 次の角を抜けた瞬間、黒い軍服を(まと)った兵士たちが複数名、進行方向を完全に塞いで立ちはだかった。


「対象確認!」

「撃つな、司令本部から拘束指示が出てる!」


(また……!)


 焦って背を向けようとした瞬間、頭の声が落ちてきた。


≪──壁に向かって走って≫


「ウソでしょ…?」


 半信半疑で壁に向かって踏み込む。次の瞬間、足裏が金属に吸い付くように張りついた。


 重力の感覚が一瞬だけぐにゃりと揺れ、身体はそのまま垂直の壁を駆け上がる。足が離れない。強力な磁石で引き寄せられているかのような吸着感。


「上だ! 天井に──!」

「速いぞ、追え!」


 叫び声が下から突き上げてきた瞬間、世界の速度が切り替わった。天井へ移った途端、視界の流れが一段階速くなる。照明が線のように伸び、影が後ろへ引きちぎられていく。空気の抵抗すら薄くなる。


≪──そのまま右。次の角で降りて≫

≪──大丈夫、追いつかれない≫

≪──もう少しだよ、頑張って≫


 声は落ち着いていて、妙に優しい。

 ぼくはただ、影から影へ跳び移りながら、迷路のような通路を駆け抜けた。


 どれだけ走っただろうか──、

 左手が元に戻ったころ、急に視界が開けた。


 巨大な鋼鉄の扉が、通路の突き当たりに鎮座ちんざしている。厚い金属の板が幾重にも重なったような重厚な造りで、中央には白い文字で『S-9』の刻印。人間用というより、装甲車両や大型物資を運搬するために設計されたサイズだ。


 どうやら、頭の声はここに連れてきたかったらしい。


「ここ……?」


≪──うん。ここを抜ければ、しばらく安全≫


 扉はびくともしない。どう考えても、自分の力じゃ開けられない。


≪──ロックを開けたい、手伝ってくれる?≫


「手伝うって……どうやって?」


≪少しだけ君の体を借りる。神経の深いところに触るから、後で頭痛やめまいが出るかもしれない……無理はさせたくないんだけど≫


「……それって、ぼくの中に入るってこと?」


≪一時的にね、けど、君が嫌ならここで止める≫


「これまで、勝手に頭の中で話してたくせに」


 口にした瞬間、自分でも驚くほど語気が強くなった。理由もわからず追い回され、自分の体が自分じゃないような感覚への苛立ちが、一気に噴き出してしまった。


≪それは……確かに…≫


 声がわずかに揺れた。短い沈黙が落ち、その奥で“何かを決意する呼吸”のような気配が走った。



≪──この先に、会いたい人がいるんだ。どうしても≫



 電子的なざらつきの奥から、抑えきれない熱が滲み出た。

 人工の声のはずなのに、妙に生々しくて、胸の奥を掴まれるようだった。


 ──この声は、嘘を言っていない。


 理由なんて分からないのに、直感だけが強くそう告げていた。

 ぼくは自分が何者なのかも分からない。

 どこへ行けばいいのかも分からない。

 目が覚めてから、確信できるものなんて何一つなかった。


 でも、この声だけは── 確かな“何か”を持っている。

 その確かさに、思わず縋りたくなるほどに。


 背後の通路から、兵士たちの足音が近づいてくる。

 まだ距離はあるが、時間の猶予はない。


 目の前の巨大な扉を見上げる。


「…ホントに少しだけなんだよね?」


≪──うん、30秒もかからない≫


「……分かった。やって」


≪ありがとう。すぐに終わらせる≫


 こめかみの奥に、冷たい指先が触れたような感覚が走った。

 視界の奥に、知らない文字列が浮かび上がる。


《DEEP_SYNC 起動》


 DEEP_SYNC: open subject=ATRI controller=SILVER

 neural.link -> SYNCING...

 control.layer -> BORROWED

 commit


 頭の奥が一瞬だけひっくり返るような衝撃。

 次の瞬間、ぼくの左手が勝手に動き、扉横の端末へ触れた。


 access.protocol -> OVERRIDE

 door.lock(S-9) -> UNLOCK

 commit


 地を這うような重低音が通路全体を震わせる。

 幾重ものロックが解除され、巨大な鋼鉄の扉がゆっくりと、その重い身体を横へと滑らせ始めた。


 なんで……こんなことができるんだ?

 本来開かないはずの扉が──ぼくの手を通して、開いていく。



system.log(S-9).trace -> NULL

system.log(S-9).rewrite:

access_source = "MAINTENANCE-ROUTINE"

timestamp = auto.generate()

commit


「……君は、誰なの?」


 自身の身体が自分のものではないような浮遊感の中で、僕は問いかけた。


≪僕は──≫


 その答えが届く直前、思考の深層で別の冷徹なコードが走った。


memory.edit:

target_range = -110sec

erase.mode = SOFT

commit


control.layer -> RELEASE

DEEP_SYNC: close subject=ATRI

session.end


 ──刹那、弾かれるように視界が明転した。


 気がつくと、目の前には『S-9』の巨大な扉が完全に開ききっていた。金属の板が重なり合う重厚な唸りだけが、まだ余韻として空気に残っている。 扉の向こうから、凍えるような冷たい風が吹き抜け、僕の頬を鋭く撫でた。


「……え?」


 扉の前に来たところまでは覚えている。

 だが、その先がない。

 どうして扉が開いているのか、ぽっかり穴が空いたように、記憶が抜け落ちている。


 扉の横の端末には、“メンテナンスルーチン完了”の緑の表示が点滅していた。


≪──開いたよ、行こう≫


 頭の中に響く声は、何事もなかったかのように僕を促した。


 通路は上り坂になっていて、足元のライトがひとつ、またひとつと順番に点いていく。暗闇の中に白い道筋が伸びていく様子は、まるで、ぼくを出口へと誘導しているみたいだった。


 坂を駆け上がると、視界がぱっと開ける。

 外は夜だった。


 だが、闇よりも雪の白さが先に目に飛び込んできた。静かに降り続ける雪が、音という音をすべて吸い込んでしまったかのように、世界は不自然なほど静まり返っている。


 建物はほとんどない。見渡せる範囲ではぽつり、ぽつりと街灯が立っているだけだ。その光は弱々しく、極寒の空気に押しつぶされているように見えた。


 本来なら、この気温では息を吸うだけで肺が痛むはずだ。

 けれど、ぼくの吐く息は白くならない。


 頬を刺すような冷気があるはずなのに、皮膚は何も感じない。

 寒さは“情報”として理解できるのに、身体はそれに反応しない。


 ああ、やっぱりぼくは人間じゃない。


 そう、思った。


 ふと振り返ると、巨大なドーム状の影が闇の中に浮かび上がっていた。 外側からでも一目で分かるほどの異常な規模。透明な防壁の向こう側には、高層ビル群の人工的な光が、まるで霧の中の灯火のようにぼんやりと滲んでいる。


 僕は、あの輝かしい街の、暗い奈落の底にいたらしい。


≪この道を真っすぐ──≫


 どの道だよ、と心の中で返す。

 視界の限り、世界は一面の雪に覆われていて、道と呼べるような境界線は見当たらない。


 しかし、闇の中に点在する街灯が、一定の間隔で白い地面を照らし出していた。 その光がつくる細く、脆い帯が、まるで「ここが唯一の道だ」と示すかのように伸びている。


 ぼくはドームの光を背に、白い闇の中へと駆け出していった。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


話しの進みが遅くてすみません…

次回は、もう一人の主人公「ギルダ」が登場します。

もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
Xの企画から来ました。 目覚めた直後の白い光と、脳内に直接触れてくる無機質な声の描写で一気に引き込まれました。記憶が空白のまま逃走する緊張感、金属の四肢を映す壁の影の場面が切なく、「会いたい人がいる」…
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