表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創造のSILVER  作者: 雪野
Helix Dynamics
PR
22/71

20.Phase3

 アトリウムホールは、先ほどまでの混乱が嘘のような静寂と、奇妙な高揚感に包まれていた 。避難ルートから戻ってきた来賓たちの不安を拭い去ったのは、演台に立つラザロ・コーデックスの、揺るぎない「王」の風格だった 。


「皆様、多大なるご心配をおかけしました。先ほど、不法侵入者によるシステムへの一時的な干渉は、我が社のセキュリティチームによって完全に排除されました」


 ラザロは、落ち着いた、それでいて聴衆の心に深く染み渡るような声で語りかける。


「今回のトラブルは、ヘリクス社が次世代に提供する『鉄壁の防御システム』の堅牢さを、期せずして証明する機会となりました。脅威を未然に、かつ迅速に無力化する。これこそが、皆様にお約束する我が社の信頼の証です。今夜のこの小さな『余興』を、どうぞ明日の投資への確信に変えていただければ幸いです」


 会場からは安堵の溜息とともに、むしろヘリクス社の実力に対する称賛の拍手が沸き起こる。


 その輝かしい喧騒のすぐ外、ホールの重厚な扉を隔てたロビーでは――


「……あわわ、わわ……」


 ギルダは、合流したリアとアトリを見た瞬間、絶句した。 視線の先にいる二人はまるで戦場から這い出してきたかのような惨状だったからだ。


 二人の最高級の礼装は、いたるところが裂け、焼け焦げ、あちこちから肌が露出している。特にリアに至っては、片方の靴が完全に消失しており、もはや履くのを諦めたのか、壊れた靴を片手にぶら下げていた。


「……何で、こうなるんだ……」

 

  テオがこめかみを押さえ、深い絶望とともに天を仰ぐ。


「いやぁ、わりぃわりぃ。アトリがさ、思った以上に動けるようになってたから、これはいろいろ教えなきゃと思って……」


 リアは申し訳なさそうに、けれどどこか楽しげに、ボロボロになったシャツの腕をまくった。


 その脳裏に、数分前の激闘――いや、「教育」の光景が蘇る。


 ***


「アトリ! 見て! ほら、アトリの真似!」


 跳ね回る警備ユニットの猛攻を紙一重で躱しながら、リアが戦場に似つかわしくない楽しげな声を上げた。彼は跳躍一番、空中で自身の脚部を「ピック状」の鋭利な形状へと強制変形させる。


 ガツン――!


 凄まじい衝撃音とともに、リアの脚がコンクリートの壁に深くめり込んだ。彼はそのまま重力をあざ笑うように、壁に対して垂直に立ってみせたのだ。

 

 死線を潜り抜けていたアトリは、その光景に瞬きを繰り返す。


「リア……! く、靴! 靴が!!」


「あ、やっべ!」


 リアは高級な革靴を無残に突き破った自分の足先を見ておどけながら、右手を瞬時に大口径の重火器へと変貌させる。


 ドォン!


 壁に立ったまま、背後から迫るユニットを正確に粉砕した。 その傍らで、アトリもまた迎撃のために腕を「ブレード」へと変形させる。しかし、あまりにも鋭く、大きく展開しすぎた金属刃が、上質なスーツの袖を「ビリッ」と豪快に引き裂いた。


「あーーーーーっ!!」


 アトリの悲鳴が、銃声とともに地下通路に虚しく響き渡った。


 ***


 テオは、目の前の「高価なゴミ」と化した衣装を見て、吐き捨てるように言った。


「……お前ら、次はもう服を着るな。全裸で戦え」


「テオ……」


 リアは「やれやれ」と呆れたように首を振り、テオの肩をポンと叩く。


「流石にそれは無理だって……これでも一応、人前で裸になるのは恥ずかしいしさ」


「お前に恥の概念はないだろ」


 テオが忌々しげにその手を払い除けるのも気にせず、リアは「次はもっと丈夫な服にしてもらおうぜ」と、能天気に壊れた靴を振り回して笑っていた。


 その傍らで、ギルダは静かに周囲へ視線を走らせていた。 メインホールはラザロの演説で落ち着きを取り戻しつつあるが、一歩外へ出れば、スタッフたちが血相を変えて対処に追われ、隅ではいまだに震えている来賓の姿がある。


「……私、避難誘導の遅れている区画を確認してくる」


「はー!?ほっとけって。あとのことはヘリクスの連中に任せりゃいいじゃん」


 リアの茶化すような言葉に、ギルダは首を振った。


「パニックで動けなくなっている人がいるかもしれないし……念のため」


「ぼくも行く!」


  アトリが勢いよく手を挙げたが、ギルダは即座にそれを制した。


「……その格好で、いけるわけないでしょ。テオも今日はもう限界だし、みんなは先に行ってて。私はぐるっと回ってオペレーションルームに戻るから」


「ギルは、まじめすぎ!」


 リアはそうぼやきながら、テオとアトリを促して帰還路へと足を向ける。

 ギルダの背中が少しずつ遠ざかり、静寂がロビーを包み込もうとした、その時だった。


 全員の回線にオーウェンが割り込む。


『――皆さん、今どこにいますか』


 あまりに低く、切迫した声。テオは反射的に足を止め、喉を鳴らした。


「……私とリア、アトリはオペレーションルームへ戻る途中です。ギルダは避難誘導の遅れている区画を確認してから戻ります。……何かありましたか」


『今すぐ、全員合流してください。今回のパーティーの参加者リストが、外部の秘匿回線によって二重に抽出された形跡がある。……何者かが、この騒ぎに紛れて“特定の誰か”を探しています』


 オーウェンの言葉が続く。


『ターゲットは不明ですが、一人になるのは危険です。ギルダ君を呼び戻してください、今すぐ!』


「──ギル!」


 叫びと同時に、リアは既に走り出していた。 だが、ギルダの背中は吸い込まれるように、人気のない奥の通路へと消えかかっている。


 彼女の背後。システム復旧に伴い、無害なルーチンワークに戻っていたはずのウェイターユニットが、音もなく静止した。 次の瞬間、その視覚素子が、ドス黒い赤に明滅する。トレイの下に隠し持っていた銃口が、無防備なギルダの背中に吸い付くように固定された。


 アトリの視界の中で、時が止まった。指先は既に通常の形に戻っており、この距離、このコンマ数秒では、物理的な干渉は絶対に間に合わない。


(ダメだ。間に合わない。動け、動け動け動け!!)


 視界の端で、水槽の魚がゆらりと揺らめいた気がした。

 不自然なほど鮮やかな銀色の鱗を翻す。


──助けて!!


 心の底から絞り出した悲鳴に、脳幹の奥底、冷たい絶対零度の領域から声が返った。



≪──呼んだね≫



 一瞬にして世界の色彩が抜け落ち、モノクロームの静止画となる。音も、風も、熱も消えた。 そこは時間の概念が存在しない、電子の深淵。


──ぼくじゃ届かない。……ギルダを助けて。


≪──いいよ、間に合わせてあげる≫


 その声は、酷く甘やかだった。


≪──君の体、借りるよ≫


 アトリの頭の奥が、沸騰したように熱くなる。 モノクロの視界の先に、ネットワークの奔流として『人の影』が見える。


《DEEP_SYNC: SPRINT_INTERRUPT》

DEEP_SYNC: open subject=ATRI controller=SILVER

control.layer -> BORROWED

commit


lock [waiter-23.arm, guardbots.*.joints]

  force_limit = OVERLOAD

  duration = 2000ms


noise.inject [waiter-23.optics, guardbots.*.audio]

  pattern = WHITE_OUT

  level = 100%


commit

  hold duration = 2000ms

  auto.release -> immediate

  logs.wipe [current_session]


wait [ria.status == CONTACT] timeout = 2.0s


 ウエイターユニットが持っていた盆が、カランと虚しい音を立てて床に落ちた。銃口を固定していたユニットの駆動系が、電子的な『深淵』からの介入によって一瞬で焼き切られ、ガクガクと不自然に静止する。


 そこへ、弾かれたように走り込んだリアが間に合う。


「──らぁッ!」


 リアは躊躇なく、機能を喪失して立ち尽くすユニットを、壁に叩きつけるように力任せに蹴り飛ばした。火花が散り、装甲が曲がり完全に沈黙する。


「リア……!?」


「やっぱお前、一人になったらダメだわ……戻るぞ、ギル」


 リアは苛立ったように髪をかき上げ、状況を飲み込めていないギルダの腕を引いた。

 遅れて合流したテオが即座にオーウェンへ通信を繋ぐ。


「間に合いました……はい、現場のログを回収して戻ります……アトリ? どうした、アトリ!」


 テオの怪訝な声に、リアとギルダの視線が一点に集まる。

 そこには、虚空を見つめたまま立ち尽くすアトリの姿があった。


「……あ、れ……?」


 アトリが小さく声を漏らした瞬間、肌を伝って、鮮烈な赤が一滴──鼻先から床へと零れ落ちた。


 自分の身に何が起きたのか、今の「空白の時間」に何を見たのか。

 アトリの瞳には、一切の記憶が宿っていなかった。


 ***


 喧騒の去ったオペレーションルーム。

 オーウェンは椅子に腰かけ、大破したウェイターユニットから吸い出したログを精査していた。その眉間には、深い皺が刻まれている。


「……内部記録が、完全にフォーマットされています。自己修復不可能なレベルで、綺麗に」


 オーウェンの言葉に、その場に緊張が走った。ソファーでは、アトリが脱脂綿を鼻に詰め、ぼんやりと虚空を見つめていた。


「六件目……でしょうか」


  テオが重苦しく口を開く。


「軍用ユニットが原因不明の停止を起こし、ログが消失する……あの件と酷似しています」


「まだ、確定はできません。これまでのケースは意味を成さない暴走に近い挙動でしたが、今回は違う。まず、軍用のユニットではありませんし、明確な殺意に基づき、特定の対象──ギルダ君を狙った」


 オーウェンは一度言葉を切り、眼鏡の奥の鋭い視線をギルダへと向けた。


「間に合ってよかった……命を狙われた当人が、一番落ち着いているようですが」


「ヴィヴィアン・コーデックスを隠したいヘリクスにとって、観測者である私は“邪魔”だったのだと思います。狙われるのは、職務の副作用です……私も少し油断しすぎました」


 その声音は淡々としていて、“業務報告”の一項目にすぎないかのようだった。

 オーウェンは小さく息を吐き、表情を緩める。


「ともかく、皆さん、今日は本当によくやってくれました。お陰様で、一人の人的被害もなく、これ以上ない成果です……アトリ君、体調は大丈夫ですか」


 オーウェンが声をかけると、ソファーのアトリが小さく肩を揺らしてこちらを向いた。


「はい……もう、鼻血も止まりました。ご心配をおかけしました」


 力なく笑う少年の顔は白く、どこか遠い場所を見ているようだった。その肩を、リアが大きな手で優しく、そして申し訳なさそうに叩く。


「ちょっと頑張らせすぎちゃったかなー……ごめんな、アトリ」


「大丈夫、リアのせいじゃないよ」


 アトリは立ち上がり、ふらつく足元を隠すように背筋を伸ばした。


「我々の仕事はここまでです。お疲れさまでした……ああ、リア君。予備の靴を用意させてあります。履き替えちゃってくださいね」


 リアが靴を壊すのは“想定内”だったのだろう。オーウェンの声には微かな苦笑が混じっていた。


「オーウェン中佐ぁ…!ありがとうございます…!」


 リアが感激して靴を受け取りに行く傍らで、アトリが躊躇いがちに口を開いた。


「あ、あの…中佐……」


「なんでしょう」


「ヴィヴィアンは……彼女は、これからどうなるんですか?」


 アトリの純粋な問いに、オーウェンはただ、静かに微笑んだ。それは答えを拒む時の、慈悲深くも冷たい笑みだった。


 すかさず、ギルダがアトリの両肩に後ろからそっと手を置く。


「アトリ…ここからは私たちの仕事じゃない」


「え…?」


 その時、オーウェンの手元でホログラムが展開され、一通の優先着信を告げた。内容を確認するオーウェンの瞳から、一瞬で温もりが消え、無機質な指揮官のそれへと戻る。


「──ギルダ君は、ここに残っていてください。司令本部が到着します。……ほかの三人は私と共に。仕事を引き継ぎに行きます」


***


 社長室前の廊下は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 その時──

 

 コツ、コツ、と硬質な足音が向こうから近づいてきた。空調の管理された室内であるはずなのに、肌を刺すような冷たい風が吹き抜けた気がした。


 現れたのは、黒い軍服を纏った男。

 胸元には精鋭の証である銀のラインが三本刻まれ、鍛え上げられた長身が通路に長い影を落とす。撫でつけられた黒髪と、すべてを凍りつかせるような灰色の瞳。その男が放つ重圧に、空気そのものがひしゃげていく。


「あっ……」


 アトリは小さく声を漏らした。 記憶が蘇る。審問が終わった直後、冷徹な視線を浴びせながら自分の横を通り過ぎていった男だ。


 大佐の背後には、ダークグレーの戦闘服に身を包んだ護衛が三名。男二人、女一人。彼らの一切の無駄がない動きは、その実力が監査執行局のSecondたちに引けを取らないことを無言で語っていた。


<──アトリ、敬礼しろ!>


 テオの切迫したテレパスが、脳内に直接叩き込まれた。

 オーウェンを筆頭に、リア、テオが弾かれたように直立不動の姿勢をとり、完璧な敬礼を捧げる。アトリも慌ててそれに続き、指先を揃えて額に当てた。


 そのまま視線だけでテオに問いかける。


(誰……?)


<……ヴィクトル・ヘッセン大佐。司令本部の作戦統括官で──オレたちの“元”指定指揮官だ>


 リアがテレパスでぼやく。


<司令本部が一枚噛んでたのかよ……>


<……うまく使われたな。完全に“上の段取り”だ。ギルがピリついてた理由が、ようやく分かった>


 ヘッセン大佐は、敬礼を捧げる彼らを見向きもせず、ただ冷徹な足音だけを廊下に響かせて通り過ぎていく。


 だが、その後ろに続く護衛の一人──褐色の肌に鮮やかな金髪を持つ青年だけが、すれ違いざま、ぎょっとしたように目を剥いてアトリを凝視した。アトリは思わず息を呑むが、青年はすぐに表情を消し、無言で歩みを戻した。


 アトリがその視線の意味を測りかねている間に、オーウェンが淀みのない声で大佐へ告げた。


「コーデックス社長はこちらです。現場の初期処置および一次証拠の保全は、監査執行局にて完了しております……以降の処理は、司令本部に一任いたします」


 ヘッセンは足を止めることなく、無言で小さく頷いただけだった。


「……ソーン、エミリオ」


 感情を削ぎ落とした声で名を呼ばれた二人の護衛が、ヘッセンに続いて吸い込まれるように社長室へ入っていく。オーウェンもまた、その背を追うように歩を進めた。

 

 扉に手をかける直前、オーウェンは振り返り、アトリたちに鋭い視線を送った。


「君たちはここで待機を」


 重厚な扉が音もなく閉まり、廊下には三人と、ヘッセンが連れてきたもう一人の護衛だけが残された。


 ***


 社長室の内装は、ヘリクス社の威信を誇示するような華美な装飾を排し、冷徹なまでにシンプルな機能美で構成されていた。中央に置かれたローテーブルとソファだけが、 かろうじて“社長室”の体裁を保っている。

 

 ラザロはソファに腰掛けていたが、 扉が開き、黒い軍服の男が入ってきた瞬間、静かに立ち上がった。


「司令本部、大佐のヴィクトル・ヘッセンと申します」


 それは名乗りというより、“必要最低限の情報提示”だった。

 ラザロは微笑を浮かべ、手を差し出す。


「……これは。大佐自らご足労いただけるとは、恐縮です。ヘリクス・ダイナミクス代表、ラザロ・コーデックスです。歓迎いたしますよ」


 しかしヘッセンは、その手を一瞥すらしない。


「結構です。馴れ合いに来たのではありませんので」


 差し出された手は、空中で行き場を失う。ラザロの頬がわずかに引き攣ったが、ヘッセンは構わず対面のソファーに腰を下ろした。


 ヘッセンの背後には、不動の姿勢でオーウェンが立ち、入り口には二人の護衛が、逃げ場を塞ぐ黒い門番のように控えていた。


 ヘッセンは書類も端末も開かず、 ただラザロを真っ直ぐに見据えて言った。


「状況は把握済みです。──本題に入ります」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

司令本部の面々が登場しました。

次回は、軍の狙いが明らかになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ