12.並んで強くなる方が良い
サリバンの診療所を出てから、ギルダとアトリの二人は、〈第3補給倉庫帯〉へと走っていた。
外縁の倉庫帯は、どこまでも続く灰色のコンテナ群が迷路のように並び、 金属壁に反射した薄い夕光が、冷たい光の筋となって地面に落ちている。
ギルダは走りながら義眼の虹彩をわずかに開き、 監視カメラから送られてくるリアルタイム映像を視界の奥に重ねていた。
「……手慣れてるね。倉庫のロックは外側から壊してない。認証を一瞬だけ偽装して、中に入ってる」
映像が切り替わり、二人組のサイボーグが影を縫うように走る。
「盗んだのは高出力ユニットと神経ブリッジ。どっちも違法改造の定番パーツだよ。義体の中に空洞を作って、ちょうど今、腹部に積んでる」
そう言って、ギルダがふっと足を止める。
「アトリ」
振り返らずに、短く告げる。
「この角を曲がったら、対象二名と接触する」
アトリは息を整え、ギルダの背中を見つめた。ギルダは一度だけ深く息を吸い、義眼の焦点をわずかに絞る。
「まずは“知らないふり”して接触する。そのあと、どうするかは、状況を見て私が指示する。でも、もし向こうが仕掛けてきたら――アトリは迷わず下がって。いいね?」
ギルダが角へ歩を進め、アトリもその後ろに続いた。
角を曲がった先。薄い夕光が差し込む狭い通路で、二人のサイボーグが身を寄せていた。ひとりは腹部の装甲パネルを閉じ終えたところで、 もうひとりは周囲を警戒するように肩をわずかに揺らしている。
「すみません、監査執行局の者ですが」
ギルダが腕を軽く振ると、青白い光が空中に展開し、 身分証のホログラムが静かに揺れた。
「この辺りで、窃盗被害がありまして。ちょっとお話を伺いたいんですけど…お二人とも、義体の監査証明書を提示してもらえますか」
ふたりのサイボーグは、わずかに身じろぎした。右側の男は、右腕だけが黒のフレームに覆われ、左側の男は、パーツを入れた腹部を隠すように、上着を慌てて引き寄せて気直した。
次の瞬間、ギルダのテレパスが、アトリの頭の奥に落ちてくる。
<――二人とも違法規格。局への登録もない。拘束対象>
ギルダは表面上、落ち着いたままサイボーグたちに向き直り、あくまで丁寧な口調で話を続けている。だがその裏で、アトリにだけは別の声が響いた。
<向かって右の方は銃を持ってる。左の方は武装無し。右は私が止める。左は逃げると思うから、アトリが追って>
アトリは視線をサイボーグから逸らさずに返す。
<――わかった>
ギルダの気配が、ほんのわずかに変わる。
次に動くのが自分だという合図。
<追うだけでいい。アトリの位置情報で後から合流する。じゃ、いくよ>
「監査証明書、提示できませんか」
ギルダの声は落ち着いている。だが一段階、圧が乗った。
「提示できない場合、強制執行に移ります」
右側の男がポケットに手を突っ込み、銃を引き抜いた。
ギルダの右眼が、鋭く光る。
男の動きが、一瞬固まった。
「なっ――」
男が驚愕すると同時に、ギルダは踏み込んでいた。男の手首を内側から叩き落とし、銃を逸らす。乾いた発砲音が鳴り、弾丸は虚空を切った。
その銃声に、もう一人の男は弾かれたように背を向けた。雪を蹴散らし、全力で逃げ出す。アトリは一瞬だけギルダの方を視界の端で確認し、次の瞬間には走り出していた。
***
発砲音の余韻が残る中、男は大きく後ろへ跳んだ。拳銃はすでに手元になく、数メートル先の雪の上に転がっている。
(あの眼……)
男は息を整えながら、ギルダを睨みつける。
(目があった瞬間――体が噛み合わなかった。なんだあれ。……あんなデバイス聞いたことねえぞ。どうやったのかは、わからねえが……正面から捉えられたら、終わりだ)
男は冷静に分析した。
この女は観測型だ。解析と予測に特化した義眼を搭載している。このタイプのサイボーグは、肉弾戦に持ち込めば勝ち目はある。
(近接なら…!)
男の足が、地面を蹴った瞬間に“跳ねる”ように加速した。人間の脚ではありえない角度と速度。男は左右へ鋭く揺れながらギルダの視線を切り続ける。
壁を蹴り上げ、そして――踏み込んだ。
勢いを殺さずギルダに迫る。
大振りの拳。
右腕のフレームがわずかに軋み、唸るような一撃が向かう。
だが――
ギルダは、ひょいと半歩ずれただけだった。
拳が空を切る。
ギルダの脚がしなやかに跳ね上がり、男の顔面を正確に捉えた。鈍い衝撃音。衝撃で男の身体がよろめく。
ギルダは腰から銃を抜き、迷いのない動作で男の足元へ向けて一発だけ撃つ。 弾丸が義足の関節部に当たり、駆動が止まる。
「ぐあああ゛っ!」
弾丸が噛み合い部分を撃ち抜き、男の脚が、唐突に力を失う。体勢が崩れ、膝をつく。
慌てて顔を上げると、目の前に立つ女の銃口は自分に向いていた。その表情は、氷のように冷たく、温度がなかった。怒りも、迷いも、ためらいもない。 ただ任務を遂行する者の顔――
男の背筋が凍りつく。
――殺される
「やめ……!」
その言葉が終わる前に、銃声が鳴った。
弾丸は男の頭すれすれをかすめ、背後の壁を抉る。破片が舞い、男から完全に戦意が抜け落ちた。
ギルダは地面に転がっていた男の銃を無言で蹴り飛ばし、そのまま背後へ回り込む。そして、右眼が、ちかちかと短く光った。
<監査執行局:停止プロトコル認証>
<対象義体:外部制御チャネル接続確立>
<安全停止シーケンス開始>
男の義体がびくりと震え、脚、腰、腕へと、順に力が抜けていく。駆動音が途切れ、関節が自重に耐えきれず沈む。
「……ぐッ…!」
ギルダは倒れかかる男を支えることもなく、背中に回した腕を取り、後ろ手に固定する。
「動くな」
低く、淡々とした声。
「次は、頭を撃つ」
男は何度も、こくこくと頷いた。
ギルダは一息だけつき、通信を開く。
「こちら、ギルダ・カルスタ。対象一名を確保した。現在、身柄を拘束済み。もう一名は逃走。アトリ・フィンチが追跡中。フィンチの位置情報を共有する」
ホロに座標が展開される。
「確保対象を引き渡し次第、私も追跡に合流する」
***
アトリは、目の前の男を追って走っていた。男の脚部は義体らしく、出力は高い…だが。
(……追いついちゃいそう)
距離は、詰めようと思えばいくらでも詰められる。むしろ問題はその逆で、追い越さないように速度を抑えることだった。「追うだけ」と指示された以上、近づきすぎて相手を刺激するわけにはいかない。
男は振り返らず、細い路地へと飛び込んだ。
(見失う……)
そう思ったアトリは地面を蹴る。屋根を走り、建物の間を軽々と飛び越えながら追跡を続ける。 下を見ると、男が路地を抜けようとしていた。
――その先。
細い通りを、倉庫帯の作業員らしい人物が歩いている。 男はまったく気づいていない。 このままでは衝突する。
「……」
ギルダの声が、頭の奥でよみがえる。
<追うだけでいい>
だが、アトリは考えるより先に動いていた。屋根の縁を蹴り、男の進行方向へ、先回りするように、地面へ降り立つ。
雪煙がふわりと舞い上がった。
「――なっ!?」
突然現れた影に、男が足を止める。
アトリは構えなかった。ただ、逃げ道を塞ぐように、静かに立つ。
「止まって…ください」
男は一瞬、アトリの顔を見た。
体格。年齢。細い手足。
――子ども。
その認識が、警戒をほどく。
「邪魔だ、ガキ!!」
男が踏み込み、殴りかかってきた。脚の出力は高く、距離をすぐに詰めてきた。アトリは地面を蹴った。身体が空中でふわりと反転する。 軽く、無駄なく、音もなく。
男の拳は、虚空を切る。
着地したアトリは、滑るように後退しながら距離を測る。呼吸は乱れず、視線だけが静かに男を捉えていた。
(このままかわし続けてもいいけど……)
リアの戦い方が頭をよぎる。あの、瞬時に形を変える義手。 様々な武器に切り替える速さ。そして、腰のN-Link。
(……あんなふうに、できるかな)
アトリは息を吸いこんだ。頭の奥で、何かが“接続”される感覚が走る。N-Linkが起動した瞬間――世界の“速度”が、ひとつ上がった。
男が再び踏み込む。その動きが、遅く見えた。
(……いける)
背後へ跳び、壁を蹴り、空中で姿勢をひねり、着地と同時に男の重心へ指先ひとつで触れる。
触れた瞬間、男の身体がふわりと浮き、地面へ転がった。うめき声を上げながら立ち上がり、アトリと距離を取る。
アトリは胸の奥がじん、と熱くなるのを感じていた。 自分のイメージ通りに動ける。体が軽い。跳べる。回れる。“できてしまう”ことが、ただ嬉しい。
呼吸は少し乱れている。 けれど、それすら心地よかった。
――ブレーキが効かない。
銀色の義手の指が、意識より先に変形した。 右手がフック状に収束し、壁へ吸い付くように引っかかる。フックを支点に、身体が円を描くように回転し、その勢いのまま、左手がハンマー形状へと変わり、男の後頭部へ、正確に、迷いなく、叩き込まれた。
鈍い衝撃。 男の身体がぐらりと揺れそのまま倒れこんだ。
「はあッ……はあッ……!」
アトリは男を見下ろしたまま、肩で息をした。顔が熱い。頬が火照り、視界の端がわずかに揺れる。すでに元に戻った左手が、かすかに震えていた。興奮か、負荷か。その境界が曖昧なまま、胸の奥だけが妙に軽かった。
「アトリ!」
名を呼ばれ振り返ると、通路の奥からギルダがこちらへ駆けてくる。
「ギルダ!」
振り返ったアトリの顔がパッと明るくなる。目の奥には、さっきまでの戦闘の余熱がまだ残っていた。
「聞いて、ぼく――N-linkを試してみたんだけど、そしたら……」
「追うだけって言ったでしょ!」
アトリの言葉を最後まで聞かず、 ギルダは勢いそのままにアトリの前へ立ちふさがった。
「なんで勝手に動いたの!」
「え……この人が逃げる先に人がいて、危ないって思って……でも、N-linkとの連動を思いついたんだ!反応が早くなるって分かったから、いけるかなって……」
「今回はたまたまうまくいっただけ!違法規格相手なんだよ!?失敗したらどうするつもりだったの!」
アトリは一瞬言葉に詰まり、それから、少しだけ眉を寄せた。
「……ちゃんと考えたよ。無理だと思ったら下がるつもりだったし……」
口を尖らせたわけではなかったが…アトリは、明らかに、少しムッとした顔をしていた。
「はーッ!?」
ギルダが、信じられないという声を出す。
「何その顔!」
「だって……勝てたし……」
「結果論でしょ!戦果と判断は別だから――」
その時、アトリの足元が、ふらりと揺れた。足を一歩、踏み損ねただけだったが、身体の軸が一瞬だけ“抜け落ちた”ように感じた。
「……っ」
次の瞬間、ギルダが腕を伸ばしていた。反射に近い動きで、アトリの身体を支える。
「アトリ?どうした?」
アトリはギルダの腕に体重を預けたまま、眉をひそめる。呼吸が浅く、視線がわずかに泳いでいた。
「……頭……ぐらぐらする……」
ギルダの表情が一変する。叱責の熱が一瞬で消え、代わりに鋭い緊張が走った。すぐにアトリの腰へ手を伸ばし、装着されたN-Linkを確認する。小型モニターの波形は、不規則に跳ね、明らかに過負荷の兆候を示していた。
「……脳揺れ……」
その言葉と同時に、ギルダの肩の力がすっと抜けた。さっきまでの鋭さが、急速に影を潜めていく。
「……ちょっと……頑張りすぎちゃったね」
アトリを抱え直し、体勢を落ち着かせながら言う。
「ごめん、アトリ。……基地に帰ろう」
***
アトリが倒したサイボーグは外縁治安部隊に引き渡され、拘束されたまま連行されていった。
基地に戻ると、ギルダはそのままアトリを部屋まで運び、ベッドに寝かせた。ブーツを脱がせ、体を横にしてから、N-linkを外して確認する。
「……脳揺れって言って。サイバーニューロンを使いすぎて、キャパを越えると、めまいとか、気持ち悪さとか、頭痛が出ることがあるの」
ギルダは、N-Linkの戦闘ログを確認しながら続ける。
「N-linkを使った戦術自体は……悪くなかったよ。でも、ちょっと動きすぎ。避けなくていい攻撃まで避けて…距離も、速度も、変形も、全部過剰だった。処理が追いつかなくなって、結果がこれ」
「なんか、出来ると思たら…やってみたくなっちゃって…」
「わかるよ、けどN-linkも万能じゃない。速くなるための装置じゃなくて、考えるのを助ける道具なの。ブレーキを覚えるのも、強くなるために必要なことだよ。…そこは、ちゃんと教えてなかった私が悪かったね」
端末を閉じ、アトリの顔を見る。
「そこまでひどくはなさそうだけど……食欲はある?」
「あんまりない」
「だよね」
ギルダはそれだけ言って部屋を出た。数分後、戻ってきたときには、両腕にパウチ入りのゼリーをいくつも抱えている。テーブルに並べるられたゼリーは色もフレーバーもばらばらだった。
「食べられそうなら、これ」
アトリはぼんやりとゼリーを見て、それから小さく言った。
「……冷蔵庫の中は、あんまり入ってないのに。こういうのは、けっこう揃ってるんだね」
「……皮肉を言える余裕があるなら、まあ大丈夫かな」
そう言って、ベッド脇に腰を下ろす。
「私がN-link持ってたら、脳揺れもすぐに調整できるんだけど……」
「大丈夫だよ。さっきよりは、だいぶ楽になってきた」
アトリは視線を天井に向けたまま答える。
ギルダは、少し間を置いてからアトリの顔を見る。
「……さっきは、アトリの話を聞く前に、一方的に言いすぎた、ごめん」
「ぼくの方こそ、ごめん。勝手に動いて。やるなら、ちゃんとギルダに連絡するべきだった」
一瞬、言葉を探すようにしてから、ギルダは口を開いた。
「……私、8年前に……アトリが、倒れる瞬間を見てたんだ」
声のトーンが、少しだけ下がる。
「みんなで助けようとしたけど……できなかった。だから、アトリがまた“いなくなるかもしれない”って思うと……」
アトリは黙ったまま、ギルダを見た。
彼女は、笑おうとして、うまくできなかったような顔をしていた。
「言い方がきつくなったのは……そういうこと。アトリのことを信頼してないわけじゃない」
「……うん」
「君のことを管理しろとは言われてるけど。管理者と被管理者、みたいな関係には……あんまりなりたくないんだよね。助けて、助けられて……そういう関係だったから」
一息ついて、続ける。
「私……アトリを止めることばかり考えてた。でも本当は、君ができることをちゃんと見極めて、どう動けばいいか一緒に考えるべきだった。抑えるんじゃなくて、並んで強くなるほうがいい」
アトリは少し考えてから、尋ねる。
「……ぼくが、ギルダを助けることって、あるのかな」
「あるよ」
答えは、迷いなく返ってきた。
「これまでも、何度もね」
「……?」
アトリは小さく首を傾げた。
「今日はもう寝な。明日も症状が続いてたら、サリバン先生のところで診てもらおう」
そう言ってギルダは立ち上がり、部屋を出ようとした。だが背中に、弱い声が届く。
「ギルダ……もうちょっといて」
足が止まる。 振り返ったギルダは、ほんの一瞬だけ表情を緩めた。
「……いいよ」
彼女は机の前の椅子を引き、静かに腰を下ろす。
「いるから安心して寝てな。その代わり、ちょっと作業しててもいい?」
「うん、ありがとう」
部屋の灯りが落ち、ホロパッドの淡い光だけが浮かび上がる。ギルダは指先でキーを叩き始めた。 ベッドの上からアトリがじっとその姿を見つめている。しばらくして、ギルダが気づいたように顔を上げた。
「……なんか、面白い?」
「面白い」
「はは、へんなの」
苦笑しながら、ギルダは無意識にポケットから煙草の箱を取り出した。だがアトリの視線に気づき、箱をそっと机に置く。
「吸わないの?」
「うーん、いいや」
再びキーを叩きながら、ギルダは小さく息をつく。
「四苦八苦しながら書いてるところ、見ててよ」
「ぼくの報告書?」
「そう。オーウェン中佐に送るやつ。あの人、細かいところも見るから……」
「変なこと書かないでね」
「大変助かってます、って書いとくよ」
「うん、そうして」
ギルダを見ると、胸の奥がゆっくり落ち着いていく。アトリのまぶたが重くなり、呼吸がゆるやかに深くなる。うとうとと眠気に沈みながら、ぽつりと声を落とした。
「……ねえ、ギルダ」
「んー?」
「ぼく、ギルダのところに来てよかったって思うよ」
ギルダの指が止まる。
ふと顔を上げ、アトリを見る。
その表情は、驚きと、少しの照れが混ざっていた。
「……私も、アトリが来てくれてよかったと思ってるよ」
その声は正直で優しかった。アトリの意識はその響きを胸に抱いたまま、静かに眠りへ落ちていった。
***
【文書番号】第47-SEC/FINCH-REG-12
【分類】内部監査/定期報告
【宛先】監査執行局 ヘルマン・オーウェン中佐
【差出人】外縁第47基地 第二同期ユニット ギルダ・カルスタ
定 期 報 告 書
1.医学的所見および関連事案
医工師シーラ・サリバンによるアトリ・フィンチの二次検査結果、および第三補給倉庫帯における違法規格サイボーグ検挙事案につきましては、 別紙資料(添付1・添付2)にて報告済みです。
フィンチの内的ガイダンスにつきましては、 現時点において異常・発現ともに確認されておりません。 観察は継続いたします。
2.付記:行動観察に基づく個人的所感
以下は、当該期間におけるフィンチの行動を観察して得られた、私個人の所感です。業務報告とは性質を異にしますが、補助情報として提出いたします。
アトリ・フィンチは、今も昔も好奇心に引かれる方向へ、ためらいなく歩を進める子です。危険評価より先に「これは何か」「何ができるか」を確かめに行ってしまう。八年前、私が彼と友人として接していた頃から、その点だけは変わっていません。
もっとも、当時の私はただその奔放さを面白がり、自由さに感心し、時には羨ましさすら覚えていました。しかし現在は、彼を監督する立場にあります。役割が変われば、同じ行動に対して受け取る印象も変わるという、ごく当たり前のことを、今になって実感しています。
同じ行動でも、今は先に危険が頭をよぎり、冷や冷やする瞬間が増えました。能力の高さも判断速度も十分に信頼していますが、それでも念のため注意を促したところ、彼に少し不服そうな顔をされました。
危険を回避してもらうために注意したにもかかわらず、当の本人からその反応を返されると、こちらのほうが戸惑いや苛立ちに似た感情を覚えるものだと、今回初めて知った次第です。
ふとした折、自分がオーウェン中佐の元に配属された七年前の当時、フィンチと同じくらいの年齢だったことに気づきました。あの頃、中佐はもっと深刻な状態であった私たち三名を同時に預かっていたわけで、その心中を思うと、今になって申し訳なさと、どこへ向けるべきか分からない羞恥心のような感情が湧きます。
ようやく中佐が見ていた景色の一端を、少しだけ実感しているところです。
――以上、ご報告申し上げます。
長いのに最後まで読んでいただきありがとうございます。
ギルダとアトリの関係がちょっと前進しました。
次回からは、連邦の巨大企業の闇に迫る内容になります。
リア・テオ・オーウェンも再登場します。




