第11話:オレンジ色の夕暮れと報酬
朝日がカーテンの隙間から差し込み、リビングを淡い黄金色に染めていた。
寝床として用意した大きなクッションの上で、子熊が小さく身をよじった。
「ガウッ?」
短く、力強い鳴き声。
子熊はゆっくりと目を開け、不思議そうに辺りを見渡した。
その瞳に宿っていた濁った影は、昨日の『お掃除』ですっかり洗い流されている。
「おはよう、子熊ちゃん。気分はどうかしら?」
私が声をかけると、子熊はトテトテと私の足元に駆け寄り、鼻先をくすぐるように擦り寄せてきた。
その様子をじっと見守っていた親熊――昨日の洗浄で、今は見事な真紅の毛並みを取り戻している彼女が、たまらずに大きな鼻を鳴らした。
親子は互いの顔を寄せ合い、まるで再会を祝うかのように何度も舐め合った。
親熊はそれから、のそりと私の前に歩み出ると、大きな体を低く沈め、頭を床にぴったりと押し付けた。
言葉はなくとも、それが全身全霊の感謝であることを私は理解した。
「ふふ、いいのよ。これに懲りて、もう拾い食いはさせないようにね。あなたの心も、お腹の中も、いつも清潔でいないとダメなんだから」
私は、少しだけ厳しいお母さんの顔をして注意した。
親熊は申し訳なさそうに一度だけ鳴くと、子熊を促して、清々しい森の空気の中へと帰っていった。
親子が去った後、私はようやく本来の目的に戻ることができた。
バスケットいっぱいの魔蜜オレンジ。
私はその一部を丁寧に剥き、皮を砂糖で煮詰めて『特製オレンジピールチョコ』を作り始めた。
キッチンには、柑橘の爽やかな香りと、カカオのほろ苦い甘さが漂っている。
夜。リビングのランプを灯すと、窓の外には満天の星が瞬いていた。
「はい、モップ。今日のお礼。あなたが怒った赤兜熊を大人しくさせてくれたおかげで、あの子も助かったわ」
私が出来たてのオレンジ菓子を差し出すと、モップは待っていましたとばかりに尻尾を振った。
大きな口でパクリと頬張り、幸せそうに目を細める銀狼。
伝説の終焉獣がオレンジピールチョコを喜ぶ姿は、何度見ても微笑ましい。
「わふっ(甘いのも、なかなか悪くないな)」
モップは満足げに私の膝に顎を乗せた。
ふと窓の外に目を向けると、月明かりの下、庭の入り口に山のような影が積み上がっているのが見えた。
「あらあら……。あのお母さん、あんなにたくさん置いていって」
そこには、親熊が運んできたのであろう、銀色に輝く大量のサーモン・トラウトが並んでいた。
きっと、親熊なりの精一杯の報酬なのだろう。
「ふふ、明日の朝ごはんはお魚パーティーね。……でも、その後は魚臭くなっちゃうから、お風呂ね?」
「くぅん……(それは勘弁してよ)」
情けない声を出すモップを撫でながら、私は穏やかな心地よい眠りに誘われていく。
どんなに禍々しい呪いも汚れも。
温かなお湯と、たっぷりの泡、ほんのちょっとの優しさがあれば、世界はこんなにも澄み渡る。
私はオレンジの香りに包まれながら、静かにまぶたを閉じた。
――――――ଘ(੭ˊウˋ)੭✧あとがき✧――――――
先日、オイラ愛用の洗剤「ウルトラオレンジクリーナー」を使い
キッチン周りのお掃除をしていて、「あ、オレンジを採りに行く話にしよう!」と思ったんです。
本当によく落ちるんですよねー。心までピカピカになりました✧
次回は、ミヤコが幻獣保護センターを辞めて、森で幻獣トリミング店を始めた直後のお話です。




