温かな交流
さらに、その翌日。
「では、宜しくお願いね」
怖がらせないよう、柔らかい表情と声音を意識して告げれば、私より五歳程年下だという庭師見習いのディオンは、恐々と頷いた。
フラムの地に照りつける太陽が柔らかくなった頃を見計らい、私はアンナを引き連れて屋敷内の広大な庭園を訪れていた。
それはなぜかというと、昨日アンナと練った作戦を決行するためだ。
作戦とは、屋敷で働いている人々に、実際にそれぞれの持ち場を案内してもらうこと。
ルシアン様からご許可をいただいた後、すぐにアンナが侍従達に声をかけてくれたのだ。
その結果、屋敷内で働いている中でも最年少の庭師見習いであるディオンが、昨日の今日で早速その役回りを引き受けてくれたのだけど……。
(……と、とても緊張させてしまっているわね)
アンナから前もって聞いていた情報によると、ディオンは人見知りらしく、今回も『その人見知りを治せ』と他の庭師から言われたことで、私の案内役となったらしい。
……そう聞くと、少し罰ゲームみたいで可哀想と思ってしまったのは事実なので、せめて怖がらせないようにしなければと、出来るだけ笑みを浮かべながらディオンが一生懸命説明してくれているのを聞く。
「……庭園は広大なため、僕を含めて、十人程の庭師がいます」
「十人!?」
思わず声を上げれば、ディオンの肩が揺れる。
(い、いけない、大きな声を出してしまったわ)
怖がらせないように、と声量にも気を付けて言葉を続ける。
「十人もいるということは、それだけ庭園も広いということよね?」
「はい。国の中でも、広い方だと思います」
「凄いわね。当たり前かもしれないけれど、ネージュ領とでは全然違う」
「……ネージュ領は、どのような庭園なのですか?」
ディオンの恐る恐ると言ったふうな発言に、まさか自らネージュ領のことを聞いてきてくれるなんて、と嬉しくなりながら答える。
「ネージュ領の庭園は積雪量が多くて管理が大変だから、花木を育てるというよりも、皆で雪像を作ったり雪遊びをすることが多いわ」
「せつぞう?」
「ゆきあそび……?」
ディオンだけでなく、アンナも聞き馴染みがないのだろう言葉に首を傾げたのを見て、私はそうよね、と小さく笑って言う。
「雪がないと馴染みがない言葉よね。順に説明すると、雪像は雪で模る像のこと。そして、雪遊びは言葉通り雪を使って遊ぶことを指すの。たとえば氷や雪の上を滑ったり、雪を投げ合ったり……」
そこまで説明してハッとする。
(い、いけない、気が付けば私ばかりお話ししてしまっているわ!? 今はディオンが庭園を案内してくれていると言うのに)
フラム家の庭園のお話にさりげなく話を戻さなければ、と考えたところでディオンがポツリと呟く。
「楽しそう……」
「拝見してみたいです」
ディオンだけでなく、アンナもそう言って目を輝かせた。
その表情を見て思う。
(……少しだけなら魔法を使っても良いかしら?)
自身の手のひらを見つめてからギュッと握ると、二人に向かって明るく口を開いた。
「雪を降らせることはちょっと難しいけれど、雪の結晶なら見せられるわ」
「「けっしょう??」」
またもや二人は首を傾げるけれど、せっかくなら見せた方が早いと思い、右手の人差し指を空の方へと向ける。
その指先に魔力を込めると、幾筋もの氷色の光が結ばれるように形を模って……、やがてポワッと光が一際瞬いたのと同時に手のひらサイズの六角形の結晶が現れる。
「「わ……」」
その光景に目をキラキラさせる二人を見て私はホッと息を吐くと、笑みを浮かべて言った。
「これが雪の結晶。とても小さな結晶を沢山含みながら、空から降ってくるものを雪と呼ぶの」
「空から……」
アンナの言葉に頷くと、私の指先を凝視したままディオンが口を開いた。
「……いつか僕も、空から降ってくる雪を見てみたい」
ディオンの言葉に嬉しくなり、私は答える。
「ぜひ! とても寒いけれど、幻想的な光景が広がっているのよ。機会があったら、ネージュ領を訪れてくれたらとても嬉しいわ」
「……その時は、奥様が今日のように、僕達を案内していただけますか?」
「え……」
思いがけない言葉に目を瞠った私より先に、アンナが嗜めるように言う。
「エメ様に自ら案内をお願いするのは失礼です」
「良いのよ、アンナ。そう言ってくれて私も嬉しいわ。……でも、その前に私のことは“奥様”ではなく名前で呼んでほしいわ」
「……エメ様?」
ディオンの恐る恐ると言ったふうな言葉に、「えぇ」と大きく頷いてみせると言葉を紡ぐ。
「ネージュ領にいつか貴方が訪れた時。その時がもし来たら、私にぜひ案内させて。よかったら、アンナも一緒にどう?」
私の言葉に二人はパッと顔を輝かせ、嬉しそうに頷いた。
二人の表情はとても明るく、輝いていて。
その眩しさに目を細め、微笑んだ。




