私にできること
翌日。
私はルシアン様に無理を言ってあるお願いをした。
そのお願いとは、侯爵家で働く皆様に改めてご挨拶をさせて頂きたいということ。
ルシアン様も快諾してくださり、翌朝朝食の後に屋敷で働く皆様に階段のある玄関に集まってもらったのだ。
そして、ルシアン様自ら私を紹介してくださった後、私も改めて挨拶をする。
「初めまして。お忙しい中お集まり頂き、ありがとうございます。ご挨拶が遅くなってしまい、大変申し訳ございません。
一週間前よりルシアン様の妻となりました、ネージュ侯爵家の娘のエメと申します。よろしくお願いいたします」
私がそう言って頭を下げると、皆様が拍手をしてくれる。
その反応を見て、緊張で強張っていた身体から少し力が抜けていくのが分かった。
ルシアン様はそんな私を一度見遣ってから、屋敷の方々に向かって言葉を発した。
「彼女は大切な客人だ。無礼のないよう、丁重にもてなしてくれ」
ルシアン様の一声に、侍従の皆様は一斉に頭を下げる。
その統率の取れた動きを見て、驚きと、何より大勢の人々をまとめる力のあるルシアン様に対し、改めて尊敬の念を抱く。
「これで良かったのか?」
挨拶が終わり、解散となった場で尋ねてきたルシアン様に向かって頷き、言葉を返す。
「はい。お忙しい中お時間を作っていただき、ありがとうございました」
「……最初にこの時間を設けておけばよかったな。気が回らずすまない」
「いえ」
私が首を横に振ると、ルシアン様は少し間を置いてから言う。
「この後は書庫室に行くのか?」
「いえ、屋敷で働く方々に改めて挨拶周りをさせて頂こうと思います」
「先ほど紹介したというのに?」
ルシアン様が意味が分からない、と言うふうに首を傾げたのを見て、自分の考えを口にする。
「はい、お世話になる身ですから、ご挨拶させて頂きたいと思います。最初に部屋に引き篭もるという礼儀を欠いてしまっていますし、それに……、願わくは皆様と仲良くなれたらと」
「仲良く??」
ルシアン様の言葉に頷くと、階段の踊り場の壁にある窓の外、広がる青空を見上げて言った。
「私がいたネージュ家は、いつ会っても雑談を交えるほど、侍従達との距離が近かったのです。
それが当たり前で……、今思えば、お母様を亡くした私が寂しくないように、という配慮も含まれていたのではないかなと思いますが。
おかげで、私は寂しいという感情を覚えることなく賑やかで幸せな日々を送っておりました」
「…………」
ルシアン様が黙ってしまったのを見て、慌てて付け足す。
「あ、産後の肥立が悪く亡くなったと聞いているのでお母様に関しての記憶が私にはないのです。会いたいと思うことはありますが、先ほども申しあげた通り私には家族や侍従達がおりましたので……、ルシアン様のお許しを得られるのなら、フラム家に仕えていらっしゃる皆様とも仲良くなれたら嬉しいなと思うのですが、難しいでしょうか?」
ルシアン様は何も言わなかった。ただ黙って私を見下ろしていたかと思うと……。
「好きにすると良い」
「え……」
踵を返したルシアン様のお顔は見えなかったけれど、確かにその言葉は私の耳に届いて……。
「はい!」
と離れていくその背中に向かって、大きな声で返事をしたのだった。
とはいえ、そう簡単には上手くいかなくて……。
「はあ……」
思わずため息を吐き、力無くベッドに腰を下ろす。
「お疲れ様です、エメ様」
そう労いの言葉をかけてくれるエメに、私は恐る恐る口にした。
「私自ら挨拶周りに行ってしまったこと、迷惑だったかしら?」
今更になって気が付く。彼らはこの屋敷で仕事をしているのだ。
それなのに、私は“仲良くなりたいから”という一心で、仕事中の彼らの元へ行き声をかけてしまった。
そんな私の落胆具合に、アンナは尋ねる。
「ご気分を害してしまわれましたか?」
「違うわ! 私が挨拶をしたら、わざわざ手を止めて挨拶をしてくださったし、逆に申し訳なかったくらいで……。でも、ほんの一瞬のことだけれど、私が顔を出したら戸惑った表情を浮かべていらっしゃったわ。
やはり契約とはいえ、ルシアン様の妻として、私が彼らと仲良くしようというのは難しいことかしら……」
分かっている。これが我儘であることを。
でも。
(知りたかった。ルシアン様が過ごしてきた屋敷の人々がどんな方々なのか……。やはり私は、彼らにとって一生部外者という位置付けのまま契約期間を終えるのかしら……)
「恐れながら、私の一見解を申し上げてもよろしいでしょうか」
思いがけない申し出に、私は続きを促す。
「もちろん! 聞かせて」
「……侍従達が戸惑っていたのは、エメ様が氷属性の魔法使いだからかもしれません」
「……えっ」
アンナの言葉に驚き顔を上げると、アンナは少し躊躇いがちに言葉を続けた。
「フラム辺境伯家に仕える身として、私共は火属性魔法を得意としております。その中には、平民のために魔法学園に通えなかった者もおりますので、氷属性の魔法使いであるエメ様に対して誤解している者もいるのかもしれません」
「誤解……。つまり、世間一般に噂される“氷属性の魔法使いは冷たい”という言葉を信じていると」
「おそらくではございますが」
「なるほど……」
確かに、すっかり忘れていたけれどそう考えてもおかしくはない。
噂とは、“火属性は情熱的”、氷属性は“冷酷”、緑属性は“温和”……、といった具合にそれぞれの属性に対してのイメージがあると聞いたことがある。
というのも、フラム領が炎属性の魔法使いが治める温暖な地に対し、ネージュ領は氷属性の魔法使いが治めている積雪量が多い冷涼な地。
それぞれの属性も風土も真逆であることから、互いに相容れないと昔は考えられていた、というのも聞いたことがある。
(魔法学園が数十年前に創設され、貴族を筆頭に魔法使いが一同に介するようになってからは、随分とその噂は立ち消えたと思っていたけれど……)
「……まだまだその考えは深く根付いている、ということね」
私の言葉にアンナは頷く。
氷属性の魔法使いと聞いて一番に思い出されたのは、私の大切な家族とネージュ領に住む人々で……。
「……決めたわ」
私はアンナに誓うように、自分を鼓舞するべく言葉を発する。
「私、やっぱりこの屋敷の皆様と仲良くなりたい。そして、知ってもらうの。氷属性の魔法使いは噂通りの冷酷な人々ではないということを!」
私が氷属性の魔法使いの代表者、と言うには畏れ多いけれど。
(それでも、私が噂を払拭し皆が仲良くなるきっかけを作れるのなら。私がここに来た意味がまた一つ、増えるかもしれない)
「そうと決まれば、作戦を考えなければね! アンナ、貴女にも引き続きお手伝いを頼めるかしら?」
アンナは私の言葉に頷き、微笑んで答える。
「はい、喜んで」
その柔らかな表情に、私も自然と笑みを浮かべて言った。
「ありがとう」




