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恩返しのために契約結婚したはずが、溺愛されている気がするのですが…?  作者: 心音瑠璃


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契約結婚に願うこと

(うぅ、あの後ドキドキしてなかなか寝付けない!と思っていたのも束の間、お昼時まで眠ってしまうなんて……!)


 でも、それも仕方のないことだと思う。

 まさか、契約結婚を持ち掛けられるとは思ってもみなかったのだから。

 むしろ、昨夜の一晩で色々ありすぎたのだから眠れただけ良かったわよね、と自分の中で結論づけていると。


「こちらのお部屋になります」


 その声にハッとし、居住まいを正して礼を言う。


「ありがとう、アンナ」


 そう案内してくれた侍女の名前を呼べば、アンナは少し目を見開いた後、「いえ」と首を横に振ってから大きな扉をノックして言葉を発した。


「エメ様をご案内いたしました」

「入ってくれ」


(ルシアン様のお声だわ……!)


 扉越しに入室を促すルシアン様の声にもときめきが止まらない。

 それに、命の恩人であるルシアン様に朝から(といってももう昼だけれど)お会い出来るなんて、と感動している間に、アンナによって扉が開かれる。

 その部屋は執務室のようで、執務机に座っていたルシアン様が顔を上げたのを確認してから淑女の礼をし、挨拶をした。


「おはようございます、ルシアン様」

「……あぁ、おはよう」


(ルシアン様に“おはよう”と仰っていただける日が来るなんて……)


 一拍遅れて返ってきた返事にも幸せを噛み締めていた私をじっと見つめ、ルシアン様は言った。


「よく眠れたようで何よりだ」


 ルシアン様の一言に、浮ついていた気持ちが一瞬にして急降下し、代わりに穴があったら入りたい衝動に駆られた私は、土下座する勢いで頭を下げる。


「も、申し訳ございません! ルシアン様から朝一番にお話があるとは思わず、つい先程までぐっすり夢の中でした……」


 もうこうなったら隠すこともない、と開き直った私に、ルシアン様は尋ねる。


「ぐっすり……、ということは、居心地が良かったという解釈で良いだろうか?」

「はい、それはもう快適でした!」


 ありがとうございます、と礼を述べた私に、ルシアン様は……。


「ッ、ククッ」

「!?」


(わ、笑っている……!?)


 な、なぜ!? 私、おかしなことを言ったかしら!?

 失礼のないように努めていたつもりだったけれど、と内心慌てる私に、ルシアン様は「すまない」と謝ってから、咳払いをした後言った。


「そうか。君にとって居心地が良いのならそれで良い。君にはこれからこの邸で暮らしてもらうことになるからな」


 その言葉にハッとし、思わず前のめりになって言った。


「ということは、昨日の条件、呑んでくださるということですか!?」

「あぁ。君と、契約結婚をしたい」

「〜〜〜嬉しいです! ありがとうございます!」


 思わず破顔すれば、ルシアン様は驚いたような表情をする。


「なぜ、君が礼を言う? 嫁いだ先で“契約結婚”と言われれば、普通ならば怒るところではないのか?」

「? ここは怒るところ、なのでしょうか?」

「勝手を言っている自覚はあるからな」

「そうなんですね……?」


 でも、私自身怒りの感情は湧いてこなかったわと戸惑いながら首を傾げた私に、ルシアン様は「君が良いならそれで良いが」と何とも言えない表情をしてから言葉を続けた。


「契約書については、後日こちらの方で作成する。昨日の互いに交わした条件で問題ないだろうか?」

「はい、問題ございません。……あ、ですが屋敷の方々にはこの件についていかがいたしましょう?」

「屋敷の者達はすでに俺の特異体質を理解しているから、俺達の仲はあくまで契約結婚であることを説明しておこう。そうすれば、君も屋敷の中では気を張る必要がないだろう」


(私が屋敷の中で気を張る必要がない……)


 つまり、私のことを考えて提案してくれているのだと分かり、心がじんわりと温かくなる。

 そして、ルシアン様は椅子から立ち上がり、私の目の前まで歩み寄ってくると、手を差し伸べて言った。


「これから宜しく頼む。エメ」

「!」


 ルシアン様から名前を呼んでいただけた。それだけで、胸が震えて……。


「っ、はい! こちらこそ、宜しくお願い致します!」


 そう言って差し伸べられた大きな手を両手で包むように握れば、ルシアン様はその手を凝視した。


「……? あの、いかがなさいましたか?」

「あぁ、君の手は冷たいのだと思って」

「し、失礼致しました!」


 氷属性の私が持つ手は、ルシアン様にとっては冷たかったらしい。

 慌てて手を引っ込めようとするも、それを他ならぬルシアン様が許してくれなくて。


「いや、大丈夫だ。ただ、気持ち良いと感じただけで」

「……きもち、いい?」


 思わず反芻してしまった私の言葉に、今度はルシアン様の方が手を離し、口元を押さえて呻くように言った。


「いや、違う、これは、その……、気持ち悪い発言をしてしまって、すまない……」

「い、いえ! ルシアン様が謝られるようなことは何も! 私も、ルシアン様の御手は温かくて心地良いなと感じていたので!」

「え……」

「え? ……あっ」


 ハッとした時には遅かった。ルシアン様の紅の瞳と目が合った瞬間、頬が厚くなるのを感じ……、慌てて手で押さえて俯きがちに言った。


「ご、ごめんなさい、私も変なことを言いました……」


 本日二度目の“穴があったら入りたい”と思う私に、ルシアン様は……。


「ッ、ははは!」


 堪えきれないというふうに笑う。

 そんなルシアン様を見て、私もつられて笑いながら改めて思う。


(あぁ、やっぱり私は、ルシアン様をお助けしたい)


 この契約結婚の間にどうか、ルシアン様のお命を救えますように。

 そう願いながら、これから始まる契約結婚生活に思いを馳せるのだった。


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