これが最善の選択です!
「俺から提示させてもらいたい契約は大きく分けて二つ。
一つは、互いの間に恋愛感情を持ち込まないこと。
そして、もう一つは……、次に俺の魔力が暴走した際は、君に俺を殺してほしい
「え……」
今、自分の耳に信じられない言葉が届いた気がして。
念のため、再度聞き返す。
「い、今なんと」
「恋愛感情を持ち込むなと」
「そちらではなく!」
思わず否定してしまった言葉は、はからずしも強めの口調になってしまったけれど、後には引けないとじっと見つめる私の視線を受けながら、ルシアン様は形の良い唇を僅かに動かして告げた。
「……君に俺を殺して欲しい」
「え、嫌です」
(や、やっぱり空耳などではなかった……!)
いえ、この場合は空耳であってほしかったけれども!!
と内心ツッコミを入れてしまう私に、ルシアン様はボソリと呟いた。
「……契約不成立だな」
「!!」
そう言いながら立ち上がったルシアン様は、私を見下ろして言った。
「遠路はるばる申し訳ないが、この結婚は無かったことにしてほしい」
「そんな……!」
絶句してしまう私をよそに、ルシアン様はそのまま部屋から出て行こうと、こちらに背を向け歩き出す。
(どうしたら良いの……!?)
契約結婚をするには、二つの条件をのまなければいけない。
でも、一つ目の条件はともかく、私にはルシアン様を殺すなんて真似はできない……。
そんな葛藤をしている間にも、ルシアン様の背中は段々と遠のいていき……、その背中を見つめていたら、ふと脳裏で何度も思い出した記憶にある光景と重なって。
「……お待ちください!」
気が付けば、その背中に向かって声を上げていた。
私が制止を求める声に、ルシアン様は答えてくれ、ゆっくりとこちらを振り返った。
そのお顔は、他の人が見れば、きっと迫力があると思われる表情だけど、私は目を逸らす事なくはっきりと告げた。
「その契約結婚、喜んでお受けいたします」
「! ……なぜ」
「え?」
ルシアン様が目を瞠り呟いた声は、静寂な部屋の中ではしっかりと私の耳に届いたけれど、まさか『なぜ』と問い返されるとは思ってもみなくて。
ルシアン様もまた、自分の発言が無意識だったのか、「あ、いや……」と口元に手を添え、気まずそうに視線を落とす。
そのお姿を見て、私はやっぱり、と内心思う。
(ルシアン様は、決して怖いお方などではない)
そんなことを考えながら、ルシアン様に大して誠実に向き合いたいと、はっきりと告げる。
「ルシアン様は覚えていらっしゃらないと思われますが、私は十年前、危ないところをルシアン様に助けていただきました。もし、あの時助けていただかなければ、私は今、こうしてこの場に立っていられなかったでしょう。年月は経ってしまいましたが、私はずっと、ルシアン様にご恩をお返ししたいと思っておりました」
だから、と一歩足を踏み出して声高に告げた。
「先ほども申し上げました通り、契約結婚することでルシアン様のお力になれると言うのなら、謹んでお受けいたします!」
そうはっきりと言葉にしたことで、自分の中で生じていた迷いがすっきりし、自分のなすべきことが明確に、鮮明になっていくのを感じた。
(そうよ、迷っている場合ではない。私は、あの時助けてくれたルシアン様のお力になりたくて、自らの意志でルシアン様に嫁いだ。
これはきっと、神様が私に与えてくださった恩返しをする最初で最後の機会。それを私自身が手放すわけにはいかない!)
胸に手を当て、この気持ちは譲れない、とルシアン様のルビー色の瞳をじっと見つめる私に、ルシアン様はやがて大きなため息を吐いた。
「……もう一度聞く。君は、突拍子もないことをすると言われたことはないか?」
「よく言われます。ですが誓って言えるのは、私が契約結婚をしようと思うのは、相手がルシアン様だからです」
「……!?」
先ほど驚いていらっしゃった時に見開いていた目よりも、より大きく見開かれる瞳は幼く見えて、少し可愛いなんて思ってしまって。
つい笑みが溢れるけれど、それを隠すことなく言葉を続けた。
「その代わり、私の条件も呑んでいただけたらと思います」
「条件?」
ルシアン様に聞き返されたことで頷き、息を吸うと言葉を発した。
「生きることを、諦めないでください」
「……!」
ルシアン様が息を呑む。それでも、これだけは譲れないと言葉を付けたす。
「私は、ルシアン様に生きてほしい。
だから、ルシアン様の“特異体質”を治す術を、私にも一緒に探させてください」
これが私の出した、後悔しない、今自分に出来る最善の答えであると信じて。
ルシアン様の返答を待つ私に、少しの間の後ルシアン様は尋ねた。
「それが君に俺が提示する条件か?」
「はい。『何でも叶えると約束しよう』と仰ってくださったので」
念のため、先ほどルシアン様が仰っていた言葉を繰り返すことで念を押す。
下手をしたら、生意気だと思われてしまうかもしれないけれど、私にも譲れない思いがある。
どうか条件を呑んで契約結婚に応じてくれますように、と祈りながら、ルシアン様の返答を待っていると、やがてルシアン様は黙って踵を返した。
(やっぱり、私では駄目かしら……)
向けられた背中を見て悲しみを覚えた、その時。
「……君の考えは分かった。一晩、検討させてもらいたい」
ルシアン様の返答に、私は嬉しくなって……。
「はい!」
つい力がこもり、大きな声が部屋に響き渡る。
その大きさは自分でも驚いてしまうほどで、一気に恥ずかしさが込み上げた私は、小さく謝罪した。
「も、申し訳ございません……」
居た堪れなくなる私に、不意に吹き出すような声が耳に届いて。
え、と驚き顔を上げると、いつの間にか振り返っていたルシアン様と目が合って……。
「君は面白いな」
そう一言口にすると、今度こそ部屋を出て行った。
そして、一人部屋に取り残された私は……。
「〜〜〜っ!?」
(い、今! 柔らかい表情をされていらっしゃったわよね……!?)
ルシアン様の見たことのない、今日一番の柔らかな表情の破壊力が凄すぎる……!
とその場でうずくまり、身悶えてしまうのだった。
こうして、ルシアン様との十年越しの再会は、予想だにしないことの連続から始まったのだった。




