恩返しがしたいんです!
「契約結婚……?」
思わず尋ねた私に、ルシアン様は「あぁ」と返し、言葉を続ける。
「元々この婚姻は、俺ではなく元フラム辺境伯夫妻……、つまり、俺の両親が俺の知らないうちに勝手に取り決めたものだ。
俺自身は、生涯妻を娶るつもりはなかった。
なぜなら俺は、身体の内に秘めた有り余る炎魔法が定期的に暴走し、我を忘れて魔法が暴発してしまう特異体質があるからだ」
「! 特異体質……」
「そうだ。しかも、その特異体質は年々酷くなっているらしく、ゆくゆくは我が身を燃やして命を落とすと言われている」
「そんな……!」
初めて知った。天才と呼ばれるルシアン様に、命を脅かすような体質が存在しているなんて。
「な、何か方法はないのですか!? ルシアン様の体質が治る方法は」
「今現在調査中だが、前例がない症例だからもう諦めている。俺はそう長くない内に、自身の魔法に飲み込まれて死ぬだろう」
「っ……」
淡々と紡がれる衝撃的な言葉に、私は絶句し、視界がぼやける。
滲んだ視界の先で、ルシアン様は心底驚いたように目を見開き、口にした。
「なぜ、君が泣くんだ」
「っ、だって……、私を含め、皆を守るために戦い、命を救ってきたルシアン様が、なぜ、そんな酷い目に遭わなければいけないのかと思って……」
酷い。酷すぎる。神様は皆に平等だと言うけれど、ルシアン様に対する仕打ちは、あまりにも残酷だ。
そう思うと、悔しくて悲しくて涙が止まらない私に、ルシアン様は言った。
「泣いても無駄だ。何も変わらない。よって、君が泣く必要はない」
「……っ」
(……そう、よね)
ルシアン様は泣いていない。自身の運命を受け入れ、覚悟している。
そんな人に対して、勝手に気持ちが分かったように、同情したような気になって泣くだなんて失礼だ。
私は指先で涙を拭うと、もう泣かないと決め、意を決して顔を上げる。
そして、ルシアン様に向かって切り出した。
「……契約結婚」
「え?」
「ルシアン様が仰る“契約結婚”をすれば、私もルシアン様のお力になれるのでしょうか?」
「!」
ルシアン様が目を瞠る。私は今度こそ、ルシアン様のルビー色の瞳をじっと見つめた。
(助けたい。私を助けてくれたルシアン様に、恩返しがしたい。そのために、私は家族の反対を押し切ってここまで来たのだから)
たとえ、私を助けたことをルシアン様が覚えていなかったとしても、私は、助けていただいたあの日から、一日たりとも忘れたことはない。
だから今度は、私の番だ。
「ルシアン様のお力になれるのなら、私、何でもいたします。それに、元よりそのつもりでルシアン様の元へ参りましたから、遠慮はご無用です」
「……何でもって、君」
「本気です」
私の気持ちを知ってもらいたくて、ルシアン様の言葉に被せ気味に口にした私に、ルシアン様はやがて長く息を吐くと言った。
「……君は、突拍子もないことをすると言われたことはないか?」
「よく言われます」
「……そんな簡単に安請け合いすると、俺みたいなやつに引っかかるぞ」
「大丈夫です。それを言うなら、十年前からとっくに引っかかっておりますから」
「! …………」
ルシアン様は気まずそうな顔で目を逸らす。
今日この一晩だけで、すでに色々な表情を見れている気がする、と頭の片隅で考えながら、ルシアン様の言葉をじっと待っていると。
「君が契約結婚に賛成してくれると言うのなら、こちらとしてもありがたい。
その代わり、君からも、もし俺に要望があったら言って欲しい。出来る限り何でも叶えると約束しよう」
「っ、な、何でもっ!?」
「あ、あぁ」
ルシアン様の頷きに、私は喜びかけてから、ふと思い当たってぶんぶんと首を横に振った。
「だ、駄目ですよ!?」
「なにが」
「『何でも』なんて言っては! ルシアン様がそんなことを言った暁には、世の女性の皆様がどう思うか……っ」
「……君も同じことを、つい先ほど俺に向かって言っていたじゃないか」
「それとこれとは別です!」
「なぜ別なんだ……。まあ、良い。それで、君からの要望は何かあるだろうか?」
「要望……」
ルシアン様からの問いかけに、思考を巡らせる。
けれど、なにも思い当たらず、正直に口にした。
「特にございません」
「ない?」
「はい。それに、私が長年抱えていた唯一の願いこそ、『ルシアン様に恩返しをすること』。
ですので、契約結婚がルシアン様のお力になれると言うのなら、それが本望です!」
迷いなく言い切った私に、ルシアン様は目を丸くした後、前髪をかきあげながら言った。
「なぜ、そこまで……、いや、そう言ってくれるのなら、お言葉に甘えさせてもらおう」
ルシアン様は息を吐くと、長い指を二本立てて言葉を発した。
「俺から提示させてもらいたい契約は大きく分けて二つ。
一つは、互いの間に恋愛感情を持ち込まないこと。
そして、もう一つは……、次に俺の魔力が暴走した際は、君に俺を殺してほしい」




