念願の再会…のはずが!?
ルシアン・フラム辺境伯。
炎魔法を司るフラム辺境伯家の中でも歴代最高峰の使い手とされ、齡27という若さで辺境伯の地位を前辺境伯から譲り受けたという記事を目にしたのは、まだ記憶に新しい。
光り輝く金色の髪に、炎の使い手特有のルビー色の瞳は、まさに……。
「神が作り給うた最高傑作! きゃーーー!! 夢みたいだわ!?」
そんなルシアン・フラム辺境伯様が、なぜ私に求婚してくださったのか。
分からないだけに夢だと繰り返し思い、疑ってしまうのだけれど……。
「夢ではない、のよね」
手元にある釣書には、ルシアン・フラム辺境伯様のお名前やご年齢などの情報が記されている。それから……。
「肖像画も、間違いなく私の記憶と違わない、ルシアン・フラム辺境伯様のお姿だわ……」
それを見て思い出されるのは、十年前、王立魔法学園で火事があった際、逃げ遅れてしまった私を助けてくれた時のこと。
当時、氷魔法の担い手である私は、とある事情でスランプに陥ってしまって、魔法を使えなかった。その時運悪く火事に遭い、もう駄目かと思っていた時に助けてくれたのが、ルシアン・フラム辺境伯様だった。
(あの時はあまりの格好良さに見惚れてしまって、お礼しか言えなかったけれど……、今度こそ、ルシアン・フラム辺境伯様に恩返しがしたい)
私にとってルシアン・フラム様は、命の恩人であり、魔法を使えないというスランプから脱することも出来た救世主。
助けられたあの日からずっと恩返しがしたいと願っていた私にとって、ルシアン様から持ちかけられた今回の結婚は、まさに絶好の機会なのだ。
「こうしてはいられないわ! ルシアン様に相応しいつ……、つま、妻となれるよう、努力しなければ!」
“妻”という単語に身悶えながらもそう気合を入れ、僅か二週間という異例の短期間で準備を整え、家族の反対(主にお姉様)を押し切り、馬車で数日かけてフラム辺境伯邸を訪れたのだけれど……。
(待って待って待って!?)
私は今自分が置かれている現状にパニックを起こしていた。
目の前には、大きなベッド。
そして、私が身につけているのは、身体の線が出る薄い夜着。
これは、つまり……。
(そ、そういうこと、よね!?)
覚悟はしていた。結婚するからには当たり前のことだと、知識として、教養として教わっていた。けれど。
「まさか、到着してから一度もご挨拶することがかなわず、いきなり寝室で『末永く宜しくお願い致します』になるだなんて……」
心臓が壊れてしまうのではないかと思うほど、鼓動が大きく、速く脈打つ。
どんな顔をして、どんな体制でいれば良いのか、正解が分からない。
「こ、こんなこと、習っていないわ……!?」
どうしよう、と焦っていたその時。
扉のノックが静かな部屋に数度響き渡った。
「はわぁ!?」
今度こそ心臓が止まるかと思ったけれど、そんなことよりも驚きすぎて出た変な声が聞こえてしまっていないことを祈りながら、居住まいを正し、震えないよう努めながら返事する。
「どうぞ」
私の返答に、ガチャリと扉が開き、部屋の灯りに照らし出されたそのお姿を拝見して、私は息を呑む。
(な、な……なんて神々しいの……!!)
十年ぶりに拝見するお姿は、当時よりも数段格好良さと美しさが倍増していた。
普段寝る時はラフな格好をなさっているのか、シャツを着崩していることで胸元がはだけてしまっており、シャツから覗く素肌を直視することが出来なかった私は、誤魔化すように頭を下げ、淑女の礼をして取り繕った。
「ご無沙汰しております、ルシアン・フラム様。
本日付けで妻となりました、エメと申します。
末永く宜しくお願い致します」
(あああ私としたことが! こんなにお側にいらっしゃるのにそのご尊顔を拝見しないとは、なんて勿体無いことをしているの!? この先どれほどルシアン様のお顔を拝見出来るか分からないというのに……!!)
淑女の礼で完璧に取り繕いつつ、内心ではそんなことを考えてしまっていると。
「……君とは初対面のはずだが?」
「え…………」
思いがけない発言に頭を上げて……、息を呑む。
それは、ルシアン様が私の顔を覗き込むようにして目の前に立っていたからだ。
(な、な!? 何が起こっているの!?)
頭を下げていた時間はほんの僅か数秒のこと。
だというのに、その一瞬で、ルシアン様は私の元まで近寄り顔を覗き込んでいて……。
「ヒュッ……」
「ヒュ?」
あまりの顔の近さに驚きすぎて、息を呑むのではなく吐いてしまった私は、またもや謎の声を上げてしまう。
そんな私の反応に、ルシアン様は首を傾げた。
(か、かわわわわわ)
ルシアン様を前にして昇天寸前の私の行動を理解出来ないルシアン様の反応全てが尊くて、語彙力が乏しくなり身悶える私に、ルシアン様は踵を返すと、ベッドの掛け布を持ってきて私の肩にかけた。
「え……?」
「夜は冷える。それを羽織ると良い」
「あっ、え……」
確かに薄着ではあるけれど、正直全くもって寒くなかった。
元々私が住んでいたネージュ家の領地は、辺り一帯が氷山に覆われている。対して、フラムの地は常に温暖で、むしろ暑いくらいなのだ。
(で、でも、ルシアン様の折角のご厚意を無碍にするわけにはいかない……!)
そう思った私は、お礼を述べてから素直にそれを羽織ると、ルシアン様は息を吐いて言った。
「とりあえず、そちらに座って欲しい。君と話がしたい」
「お話……」
ルシアン様は私に席に座るよう促すと、先に対面にあった椅子に腰掛けた。
私も促されるがまま、その対面に座ると。
(うっ……)
正面から向き合う形になってしまい、直視することが出来ずにルシアン様の胸元辺りに視線を向ける。
それに気付いたルシアン様が言葉を発した。
「安心してくれ。今夜君と寝具を共にするつもりはない。……いや、今夜だけでなく、この先も、と言うべきか」
「え……?」
ルシアン様の仰っている意味がよく分からず顔を上げた私は、ようやくルシアン様に目を向ける。
そうして視線を合わせたルシアン様は、静かに言葉を発した。
「単刀直入に言わせてもらう。俺は、君と契約結婚がしたい」




