嘘をつく必要は、もうない
(エメ視点)
(な、ななななになになに!? これは一体どういう状況……!?)
ルシアン様が床に這いつくばるようにして頭を下げているという、心臓に悪すぎる光景。
それも、謝罪の言葉付きというところまで全く理解が追いつかない。
(今目が覚めたばかりで何がどうなって……と、とりあえず頭を上げていただかなくては!)
働かない頭でも、なんとか顔を上げてもらおうとした私の言葉を遮るように、ルシアン様が堰を切ったように話し出す。
「あ、謝っても許してもらえることではないが、助けてもらった一度ならず二度までも、君の唇を奪ってしまった!!!」
「…………ッ!?!?」
ハッと口元を手で押さえる。
確かに、目を開けて始めに視界に飛び込んできたのは、いつかと同じルシアン様の紅の瞳だった。
それから、唇に感じた温かな魔法は、紛れもないルシアン様のもの。
まだ目覚めたばかりだったこともあり、動揺と驚きから突っ込むことが出来ていなかったけれど。
(そ、そうだわ!? 私、ルシアン様に、く、口移しで魔法の力を分けてもらって……)
回想している間にも、ルシアン様の長い懺悔の言葉は続く。
「だ、だがどうか引かないでほしい。君を助ける方法は、俺が君にしてくれたことと同じ方法しかなかったんだ。
決して他意など、やましい気持ちもなかったんだが、君からしたら好きでもない男……、それも告白されてフった男から口付けられるなど気持ち悪いことでしかなかったと思う。
本当に申し訳なく思っている!!!」
「ル、ルシアン様、お顔をお上げください」
「いや、君に合わせる顔もない……」
どれだけ大丈夫だと言っても、がんとして顔を上げてくれないルシアン様を見て、私は痺れを切らして……。
「ルシアン様!!」
「はいッ!!」
大声で怒鳴るように名前を呼んだ私の剣幕に驚いたのか、ルシアン様はガバッと勢いよく顔を上げる。
それにより、紅の瞳と視線が交わった。
「……ふふ、やっとルシアン様のお顔を拝見できました」
「……ッ」
心から嬉しいという感情が湧き上がったのをそのまま表情に出した私に、ルシアン様は顔を赤くさせた。
そして、先ほどとは裏腹に黙り込んでしまうルシアン様の顔に手を伸ばし、そっと頬に触れたまま口を開く。
「ルシアン様、ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」
「……あ、あぁ」
突然の申し立てに、ルシアン様が恐る恐ると言ったふうに頷く。
それを受け、私は息を吸うと、その双眸をじっと見つめ返して尋ねた。
「ルシアン様は、まだ、私のことがお好きですか?」
「……ッ!?」
ルシアン様が一瞬たじろぎ、みるみるうちにより一層顔が真っ赤に染まっていく。
私もまた頬に熱を帯びていくのが分かったけれど、それでもじっと耐えて返答を待つ。
そんな私を前に、ルシアン様は、言葉にならない悲鳴のような呻き声を上げた後、やがて意を決したように口にした。
「……好きだ。フられても、この気持ちが消えることはなかった。それくらい、君に対する気持ちは大きい」
「…………」
頬を赤く染めながらも真っ直ぐと向けられたルシアン様の瞳は、私だけを映し出していた。
その言葉も、視線も、表情も。
私の心を震わせるのには十分すぎて。
「……ッ」
「……えっ!?」
何の前触れもなく涙を流し始めた私を見て、みるみるうちにルシアン様の顔色が蒼ざめていくのがぼやけた視界でも分かった。
「エ、エメ!? い、嫌だったか!? 嫌だったんだな!? すまない、申し訳ないが君には嘘を吐きたくなくて」
(違う)
「こんなことを言われても気持ちが悪いと俺でも思う。そんな男にいくら人命救助とはいえ、唇を重ねられるなんて耐えられないだろう」
(違うのに)
こんな大事な時に涙が出るばかりで、言葉が出てこない自分がもどかしい。
「君と一緒にいると、気持ちが膨らむばかりだ。
……もう、契約結婚は互いのためにも終了した方が……、ッ!?」
ルシアン様の不穏な言葉は途中で潰える。
それは、他ならない私が自ら勇気を振り絞ってその口に触れるだけのキスをしたから。
ほんの一瞬の出来事に、ルシアン様は何が起きたのか分からないというような表情で固まった。
私は意を決すると、自分が抱えているこの想いを……、嘘をつき、ルシアン様を傷つけてまで隠し続けていたこの想いの最適な言葉を、ルシアン様に向けて告げる。
「好きです」
「…………え」
「ルシアン様のことが、十年前からずっと、大好きです」
「…………本当か?」
「はい」
「つまり……、両想い、ということで間違いはないだろうか?」
「ッ、はい」
ルシアン様の言葉に迷いなく頷けば、ルシアン様は肩を震わせ……。
「キャッ!?」
私をその腕の中に強く、痛いくらいに抱きしめた。
「夢、じゃないよな?」
「はい、夢ではありません。本当はずっと、ルシアン様のことが大好きでした」
ルシアン様に告白された時。
まさか、こんなに嬉しいことがあるのかと、天にも昇る気持ちとはこういうことかと思った。
けれど、自身の身体に限界を感じていた私が受け入れるべき感情ではないと、ルシアン様を突き放したところで寿命を迎えたはずだった。
(けれど、他ならないルシアン様が助けてくれたから)
私は目を見て伝えたい、とルシアン様の顔を覗き込むようにして笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「私を助けてくださってありがとうございます!
ルシアン様にこれから、私の人生の全てをかけて改めて恩返しをさせていただきたいです。……ダメ、でしょうか」
恐る恐る祈るように尋ねた私に、ルシアン様は私の頬に触れ、愛しいという表情を隠すことなく甘やかな声音で言った。
「恩返しなどしなくて良い。俺だって君に救われてばかりだ。
これからはずっと、一緒にいよう。
契約結婚ではなく、今度こそ、本物の夫婦に」
「……! はい!」
私が心からの笑みを浮かべれば、ルシアン様もまた綺麗な笑みを溢す。
互いに額を合わせ、再び距離が縮まった、その時。
『そろそろ良いか』
「「!!!」」
脳裏に響くような声にハッとし、二人同時に空を見上げる。
そこには、子竜を連れて呆れたようにこちらに目を向ける竜の姿があった。
(!? み、見られていた!? というか)
「も、もしかしなくても、助けてくださったのですか?」
『うむ』
「あああああ申し訳ございません! すっかりお礼が遅くなってしまい! 本当にありがとうございました!!」
慌てて頭を下げた私の横で、ルシアン様もまた頭を下げる。
その様子を見て、気付いたことを口にした。
「ルシアン様。もしかしなくても、ルシアン様にも竜の声が」
『あぁ、その通り。そなたを助けるためならばと力を貸した』
「……! ありがとうございます。貴方も、助けてくれてありがとう」
私の言葉に、子竜が短く鳴く。
それを見てルシアン様と二人で微笑み合うと、竜がポツリと呟いた。
『……随分と昔、助けたくても助けられなかった命がある。そなたを助ける一助となることが出来て、本当に良かった』
目を細めて告げられた言葉に、どう返答すべきか迷っていると、竜はすぐに気持ちを切り替えるように言った。
『まあ、良い。昔の話だ。そなた達が達者で暮らせているのならばそれで良い。では、帰るぞ。我の背に乗るが良い。もうすぐ夜が明ける』
竜が視線で示した空は、白み始めていた。
「綺麗……」
「あぁ、綺麗だな」
ルシアン様の呟きにそちらを見やれば、ルシアン様の目は私を見つめていて。
「……ッ、ルシアン様、恥ずかしいので私ではなく空を見てください」
「はは、すまない。目を離すことが出来なくてな」
「ルシアン様!」
『何をイチャついておる。早く乗れ』
竜の苛立ったような言葉に、ルシアン様が私に手を差し伸べる。
「行こう」
「はい!」
差し伸べられた手をギュッと握ると、私達は共に、地上に顔を出した明るい陽の光の中を走り出した。
次話、本日昼の更新をもちまして最終回です!




